記念特集 2-2-1 災害に強い社会の実現を目指した情報共有・利活用に関する取組み

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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臼田裕一郎 国立研究開発法人防災科学技術研究所総合防災情報センター

Yuichiro USUDA, Nonmember (Center for Comprehensive Management of Disaster Information, National Research Institute for Earth Science and Disaster Resilience, Tsukuba-shi, 305-0006 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1222-1228 2017年11月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 我が国は,地震,火山噴火,台風による風水害など,自然災害が発生しやすい国土であり,災害から人命を守り,災害に強い社会を実現するためには,ICTをはじめとした科学技術を発展させ,活用することが強く望まれている.本稿では,我が国の防災分野におけるICT活用の最新動向を紹介するとともに,特に状況認識の統一と的確な災害対応を目指した各種機関・団体間での情報共有・利活用に関する取組みについて解説する.

2.災害対応における情報の重要性

 災害対応においては,同時並行で多くの組織が活動を行うことから,全体として状況認識を統一するとともに,個々の組織が的確に対応することが重要である.そこで必要となるのが「情報」である.同じ情報を共に有し,これを利活用して対応を行うことが,状況認識の統一につながり,全体最適につながり得る.

 災害対応時の情報共有については,大災害が起こる都度その必要性が叫ばれてきた.1995年に発生した阪神・淡路大震災では,状況を把握するための情報が不足したことから,地理空間情報の共有や利活用に関する取組みが活発化する契機となった.2011年に発生した東日本大震災では,インターネットを介した情報共有・利活用が多数行われ,政府や公的機関の情報だけでなく,被災地の一般市民からの情報も多く発信・活用されることとなった.今や,スマートフォンをはじめとする情報メディアを誰もが生活に密着する形で保有する時代であり,いつでもどこでも情報を得ながら,同時に情報を発し,常に情報が行き交う社会になってきている.すなわち,災害に強い社会を実現するにあたり,情報の重要性は極めて高い状況にあると言える.

3.情報・ICTを活用した取組みの最新動向

 ここでは,近年目覚ましい発展を遂げ,社会実装が進む数々の新しい取組みについて,具体事例を紹介する.

3.1 リアルタイム情報の発信

 災害に対する観測技術の高度化と,安定した情報伝送技術,高速化する処理技術等を併せ持つことで,これまで情報を得るのに時間が掛かるものとされてきた災害情報を,ほぼリアルタイムで入手できる仕組みが作られつつある.図1にその具体事例を二つ示す.

 図1(a)の「新強震モニタ」(1)は,全国に綿密に配置された地震観測センサから得られる「強い揺れ」の観測情報を1秒おきに地図に示したものである.これにより,地震が発生すると,図に示すように,揺れの伝搬を視覚的に把握することができる.図1(b)の「XRAIN」(2)は気象観測レーダから得られる「雨量」の観測情報を1分おきに表示し,近年多く発生しているゲリラ豪雨や台風接近時においては,その特徴的な動きを把握することが可能である.このように,センサからの観測情報をリアルタイムで把握できることは,災害への警戒や対応の迅速化に結び付くため,他の災害・現象においても,その重要性から,技術開発や実装が進められてきている.

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3.2 ビッグデータ解析の活用

 リアルタイム情報が随時蓄積されていくことで,小さな情報が集合体となり,それが災害時の状況の変化や異常の発見を示す大きな可能性がある.そのために近年研究開発が進められているのがビッグデータ解析である.例えば,車や人とともに移動するデバイスをセンサとして活用し,ビッグデータとして処理することで,新たなプロダクツが生まれている.図2(a)では,道路の通行実績から災害時に「通行可能な道路」を知ることができ,図2(b)では,人の混雑度から指定外避難所の特定可能性がある.これらの技術はまだ発展途上ではあるが,今後の災害対応時にリアルタイムで提供されるようになれば,多くの場面での活用できる情報となり得る.

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3.3 ソーシャルメディアの活用

 スマートフォンの普及に伴い,ソーシャルメディアを介した個人からの発信が定着してきており,これを災害現場の状況把握に役立てられないかという研究開発が進められている.例えば図3は,twitterに投稿された個人からの発信情報を解析し,被災地のニーズや状況を把握しようとするサービスである.更には,デマ情報を回避する技術,大量の情報から行政が必要な情報に要約する技術など,高度化も進められている.

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3.4 通信途絶対策技術

 災害時の通信確保は長年の課題となってきたが,それに対する技術開発も進みつつある.例えば,図4に示すように,アタッシュケースサイズで持ち運び可能な通信ユニットの開発,スマートフォン同士の通信を活用した伝送の仕組みなどが挙げられる.

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4.国全体での情報共有・利活用に向けた取組み

 以上に挙げた最新動向は,それぞれが単独でシステム化・サービス化されてきた例である.一方,最初に述べたとおり,災害対応は複数の組織が同時並行で活動することから,その組織間での情報共有が重要となってくる.これについて,従来のトリー形・縦方向での情報伝達から,ネットワーク形・双方向での情報共有であるべきという方針が各所で出されつつある.図5は災害時の医療分野で検討されたものであるが,概念はどのテーマにも共通する.このような概念に基づいた,国全体としての情報共有に関する取組みを紹介する.

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4.1 組織間での情報共有

 2014年,内閣府総合科学技術・イノベーション会議は府省の枠や旧来の分野の枠を超えた「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」を開始した.その中の「レジリエントな防災・減災機能の強化」(9)の一つの課題として「ICTを活用した情報共有システム及び災害対応機関における利活用技術の研究開発」が設定されている.ここで研究開発が進められているのが「府省庁連携防災情報共有システム(SIP4D: Sharing Information Platform for Disaster Management)」である.図6に示すとおり,SIP4Dは,府省庁・関係機関がそれぞれ保有するシステム間で情報を共有するために,「仲介役」としてシステム間での情報変換を行い,「統合役」として同種・異種情報を統合して意味付けするシステムとして研究開発が進められている.これにより,各組織の情報収集や変換等の負荷を軽減し,本来業務に集中できるようにすることを目指している(11)

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4.2 災害情報の集約・発信

 災害時における情報を集約し,広く活用に資することを目的としたシステムの開発も進んでいる.「防災科研クライシスレスポンスサイトNIED-CRS(National Institute for Earth science and Disaster resilience-Crisis Response Site)」は,災害時に飛び交う多種多様な情報を集約し,クラスタリングして発信するサイトであり,平成28年度は図7で示す熊本地震を皮切りに,台風,噴火,津波,大雪など,5種12回の災害に関する情報発信を実施した.今後,このようなサイトが前述したリアルタイム情報やビッグデータ解析結果を統合発信するためには,サイトの構築・開設や情報更新,状況管理などを自動化する技術が必要となり,ICTへの期待は更に高いものとなってきている.

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5.お わ り に

 本稿では,防災分野におけるICT活用の最新技術の動向と,組織間情報共有の取組みについて紹介した.

 非常事態である災害の現場における対応者の負荷は極めて大きい.それに対し,ICTの導入により,その負荷は軽減されたかというと,現状では,むしろ増大したのではないかとさえ思える場面もある.手書きや音声で発生するミスや手間を減らすのが本来の意義であるはずが,その認識ができないなど,まだまだ研究開発する余地は多分に残されている.

 第5次科学技術基本計画においては,「Society5.0」という概念が示され,その実現のために,図8のとおり複数のターゲット領域が検討されている.その中で,防災は平成30年度に設定することが望ましいターゲット領域候補とされている.ここでは,IoT,AI,ビッグデータが重要な技術として位置付けられており,ICTはその基盤としてなくてはならないものとなっている.災害時において,情報共有で協調し,利活用(表現,抽出,編集,サービス化等)で競争する.その結果,災害対応者の負荷を減らす.そんな現場に即した実効性高い技術の開発と社会実装に,今後一層期待したい.

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文     献

(1) 防災科学技術研究所,新強震モニタ,
http://www.kmoni.bosai.go.jp/new/ (2017年5月31日閲覧)

(2) 国土交通省,川の防災情報XRAIN,
http://www.river.go.jp/x/xmn0107010.php (2017年5月31日閲覧)

(3) ITS-Japan,
http://www.its-jp.org/ (2017年5月31日閲覧)

(4) 小和田 香,大規模災害時における公益貢献 ~インフラ事業者の空間情報活用の可能性,CSIS-S4D第2回公開シンポジウム「社会を支え助けるためのG空間宇宙利用工学のフロンティア」,
http://s4d.csis.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/20170111_S4DSympo02_06.pdf (2017年5月31日閲覧)

(5) 情報通信研究機構,DISAANA―対災害SNS情報分析システム,
http://disaana.jp/H28KM/search4pc.jsp (2017年5月31日閲覧)

(6) 小田部悟士,小向哲郎,坂野寿和,“移動式ICTユニットのICTサービス提供技術,”NTT技術ジャーナル,vol.27,no.3,pp.29-32, March 2015.

(7) 構造計画研究所,スマホdeリレー,
http://www.kke.co.jp/solution/pdf/RelayBySmartphone_WTP2016.pdf (2017年5月31日閲覧)

(8) 総務省情報通信国際戦略局,大規模災害時の非常用通信手段の在り方に関する研究会~ICTによる災害医療・救護活動の強化に向けて~報告書の概要,
http://www.soumu.go.jp/main_content/000427273.pdf (2017年5月31日閲覧)

(9) 内閣府総合科学技術・イノベーション会議,戦略的イノベーション創造プログラム 課題「レジリエントな防災・減災機能の強化」,
http://www.jst.go.jp/sip/k08.html (2017年5月31日閲覧)

(10) 臼田裕一郎,“2016年熊本地震 熊本地震初期対応における各種災害情報の共有,”日本地震工学会誌,no.29,pp.33-36, 2016.

(11) 臼田裕一郎,花島誠人,“熊本地震災害対応における情報共有の取組み―防災科研の支援活動について―,”土木学会誌,vol.102, no.2,pp.54-57, 2017.

(12) 防災科学技術研究所,防災科研クライシスレスポンスサイト(平成28年熊本地震),
http://ecom-plat.jp/nied-cr/hp/20160414kumamoto (2017年5月31日閲覧)

(13) 内閣府総合科学技術・イノベーション会議(第29回)議事次第,
http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui029/siryo1-1.pdf (2017年5月31日閲覧)

(平成29年6月9日受付 平成29年6月27日最終受付)

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(うす)() (ゆう)(いち)(ろう)

 平9慶大・環境情報卒.平11同大学院政策・メディア研究科修士課程了,平16博士課程了.大学院助手等を経て,平18防災科学技術研究所入所.以来,災害情報研究に従事.同所総合防災情報センター長.博士(政策・メディア).平29文科大臣表彰科学技術賞(開発部門)受賞.


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