巻頭言 学会における価値観

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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 本会創立100周年のこの時期に学会運営に携わっておりますと,本会が肥沃な先端学術分野を網羅していることを実感するだけでなく,過去に残した偉大な学術的足跡を認識することができます.

 一方,無線通信に研究のベースを置きながらも,草の根レベルの国際開発・国際協力を途上国のフィールドで実践していると,絶えず学術と実践のギャップに直面します.特に先端技術を導入することが短期的・中期的に必ずしも優位とは言えない中で,現地カウンターパートと一緒に適正な技術を探ることは非常に難しく,一方では成功すれば直接的に社会に裨益する効果を目の当たりにすることもあり,大きな達成感があります.しかしながら,このような達成感を本会の皆さんと共有できる機会はほとんどありませんでした.電子情報通信分野の学術としての価値観と照らし合わせると,そこに新しい発見がないのです.このような状況は,電子情報通信分野に限らず,様々な工学分野で同様でした.

 ならば,ということでもありませんが,自ら国際開発工学という分野を確立しようと,土木,機械,応用化学など異なる工学分野を専門とする専攻の仲間とともに10数年にわたって苦闘しておりました.2012年からは国際開発・協力を研究対象とした国際開発学会の中に研究会を立ち上げ,社会科学系の研究者とも議論しながら,学術研究としての方法論や出口を4年間にわたって議論し,国際開発工学においては,技術そのものよりも,実践を通じた現場のコンテキストにおける適正性,持続可能性が主な議論の対象であり,実践事例の積み上げによる体系化が必要である,という結論を導きました.同じ工学系でも,土木学会は2010年に土木技術者実践という論文誌の刊行を始めたそうで,実践事例を積み上げることの重要性を認識しているようです.100%の再現性や量産・標準を前提とし地域性に乏しい電子情報通信工学と,基本的に一個もので環境や人のファクタの大きい土木工学とは,自ずとアプローチが異なるものの,電子情報通信分野においては,実践を学会での議論の俎上に乗せることに対する敷居がまだ高いのではないかと感じます.

 本会は過去100年間にわたって学術・技術的な新規性に大きな価値を置き,スポットライトを浴びながら最前線を走ってきました.しかしながら,次の100年間は違う価値も追い求めていかなくてはいけないのではないかと感じています.スポットライトが当たるのは技術そのものではなくて社会的価値だったり経験だったりするかもしれません.これらの価値は時に文脈によって変化し,客観化も難しいものかもしれません.私の専門に近い分野ではIoTなどが例に挙げられそうです.センサやネットワークの技術が従来から本会が創造してきた種類の価値だとして,アプリケーションによる価値の創造や評価を新しい価値尺度として取り込むことができれば,本会がより発展できるのではないかと期待しています.このような価値尺度に果たして学術的意義を持たせられるかどうかは分かりませんが,科学技術のイノベーション創出が叫ばれる現代において,少なくとも今後本会が正面から取り組む必要がある課題ではないかと感じています.


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