記念講演 激変の時代から異質の将来へ

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Vol.100 No.12 (2017/12) 目次へ

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末松安晴 名誉員 東京工業大学

Yasuharu SUEMATSU, Fellow, Honorary Member (Tokyo Institute of Technology, Tokyo, 152-8550 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.12 pp.1353-1362 2017年12月

©電子情報通信学会2017



 本稿は,平成29年9月15日明治記念館で行われた創立100周年記念式典における記念講演の要旨である.

1.は し が き

 本会は「電信電話学会」として1917年5月1日に創立され,本年2017年をもって創立100周年を迎えた.この100年間は,電子情報通信技術分野の激烈な進歩の時代であった.その初期には連絡も困難だった地球上の多くの人々が,現在では極めて高性能化された通信網で即時に映像を交えて意思疎通できるほどになった.またこの間にコンピュータが生まれて著しく高性能化し,人工知能は将棋や囲碁などの限られた領域では人間を完膚なきまでに打ち負かすようになった.ネットワーク上にはこれまでになかったほどの大量の情報が蓄積されて利便に供されている.将来は人間の得意とする知識作業までが機械との分業を迫られるという人類史上未曾有の異質の未来社会が予見され始めた.この前代未聞の時期に臨んで,電子・情報・通信分野のこれまでの激変期の発展を振り返り,異次元の将来へ望む知見としたい.

 2.では本会の創立に至るまでの関連の通信技術と情報技術の発展を振り返り,次いで本会設立時とその後の本会の沿革を概観した.3.では本会の役割を要約し,4.では本会の100年間に世界で起こった当該技術分野の発展について概観した.本会が達成した各種の優れた貢献については別途「電子情報通信学会100年史」並びに「創立100周年記念マイルストーン選定委員会」で詳細に取りまとめられているので,ここでは主として国際的な流れの中で取り上げることにした.5.では,各ソサイエティからのアンケートを基に将来への課題,人工知能で代表される高度な電子計算機や世界を覆う大容量ディジタル通信,そしてネットワーク上のディジタルデータの活用などについて述べ,6.むすびでは,人類が経験したことのない人の脳の活動と機械との協働などの異質な将来への変異点を迎えて,本会の一層の発展を祈念した.なお本稿では全て敬称を省略したことをお許し頂きたい.

2.電子情報通信学会の創立

2.1 本会創立に至った人の歩み

 本会創立100年周年の機会に,人類が地球上の多くの生物の中で優位に立てた,現代にも生かされている根拠を探り,その上で通信技術や知識情報の意義をごく象徴的に振り返ってみたい.地球という奇跡は46億年を経て人類を生み,私たち共通の祖先はBC6~7万年頃に突然変異して現在の高い認知能力,会話能力を持つホモサピエンスとして出現したとされる(1).そして今日に比してとても厳しい自然環境の過酷な激変の中で,道具を工夫し,火を使い,協力する感情に恵まれて多くの人たちが連携して生き延び,他の生物にはない大きな集団を形成するに至った.こうして人類は団結力,通信力と知識力,そして他者との「共存」の感情(2)(5)に育まれて,地球上の生物中で一大勢力となった.BC1万年に至って,中近東のチグリス・ユウフラテス川の上流地帯では,狩猟採集時代にもかかわらず同一性の感情を生む宗教儀式を伴った比較的に大きな集団が定住を初めた(6).その後,大河に沿う中近東,エジプト,そして中国やインドなどでは,農耕により都市を発展させ,文字を発明して「生活の規範」を共有し,生物や材料,道具,年周期や将来予測などの知識を記録して活用するなど,文明が発展した(図1).BC1700年頃とされるハムラビ法典の石柱には,都市の集団生活を営む者たちのための規範と違反者への厳重な罰則がくさび文字で事細かく記されている(7).人々は共存するための規範という知識情報を読み取って頭に入れ,都市の生活を営んだ.メソポタミヤ文明では12進法,そして60進法なども使われ,インドのハラッパ文明で使われた2進法は,現在の10進法の社会の中でディジタル処理に返り咲いている.

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 BC700年頃にギリシャ人は,フェニキヤの子音のみの文字に母音を加えた26文字から成るアルファベットを発明し,近郊のラブリオ鉱山から掘り出される大量の銀がもたらす富に支えられて,「民主統治」を発展させ,それまでに人類が蓄えた知識を系統的に記録して発展させた(8).その上に,個々の事象を一般論で理解し,新しい事象の予測ができる「科学の手法」を発明・拡充し,「科学的手法そのものが,人類最大の発明である」(9)とまで認識されるに至った.BC600年頃には最古のリディアの貴金属「貨幣」,エレクトロン貨の利用が始まり,個人の異なる求めを満足させる原動力となっていった.中国では紙幣が発行された.BC500年頃には太陽光の反射で情報を伝えるダリウス大王連絡網の記録があり,のろしや騎馬,伝令などと並んで通信手段となっていた(10).BC490年にギリシャ・プラタイヤ連合軍がペルシャ軍にマラトンで勝ち,敗戦なら略奪の憂き目に遭うのを恐れる元老院に一刻も早く戦勝の情報を伝えるために,一兵士が伝令として42.195kmを一気に走り抜いたと言われる.この頃既に軍令などの重要な通信文には内容の漏えいを防ぐ暗号技術が使われていた(11).また,BC300年頃とされる算盤がギリシャのサラミス島で発見されている(12)(14).ギリシャの科学や技術はペルシャのアラビア人を経て西欧に伝えられた.シルクロードは東西の情報交流のベルトであった.

 1450年頃にグーテンベルグにより開拓された活版印刷技術は,それまで,現在に換算すると,1軒の家に匹敵するほどにも超高価だった手書きの書物(聖書)の価格を小形車の値段並みに引き下げ,大容量の知識情報の安価な蓄積・伝搬手段として革新をもたらした(15).他方では1623年にWilhelm Schickardは機械式計算機を発明し,1781年にClaude Chappeが発明した腕木伝信機はフランス全土で実用された.1780年にLuigi Galvaniは生体電気を発見し,1799年にAlessandro Voltaは電堆そして電池を発明し(12),電荷を電線で数十km先まで送ることに成功した.また1838年頃にLouis J. Daguerreは銀塩写真法を発明し,画像記録法を発展させた.科学と資本主義はイノベーションを推進し(5),経済は個別の歴史を変えた(16)

 ところで,1837年頃にSamuel Morseは電信に関して,モールス符号を発明して世界中で瞬時に情報のやり取りができる電信網構築の糸口を作った.電信の威力は絶大で,1865年にナポレオン3世は万国電信会議を主宰し,第2回開催の1879年には明治維新を経た日本も代表が出席した(17).1876年にAlexander Graham Bellは電話を発明した.遡る1964年にJames Clerk Maxwellは電磁気学の方程式を構築して電波の存在を予測し,1888年にHeinrich Hertzは電波を実証し,これを用いてGuglielmo Marconiが1896年に無線通信に成功した.前後して1885年に日本国内に逓信省が誕生し,1892年には同省内に電気試験所が設置された.1903年には米国により太平洋横断電信ケーブルが敷設された.1905年には旗艦三笠に向けて発せられた信濃丸からの無線打電の一信が一国の存亡を左右した(18)

 この時代の電波は火花放電で発生させて共振回路で強調した減衰振動で,電界が不規則に減衰しながら振動する電波であった.1906年にLee De Forestは電気振動が増幅できる三極管を発明し,これにより一定周期の一定振幅で持続振動する非減衰型の高周波が生み出され,電気通信技術の飛躍的な発展につながった.この頃の1914年にはHenry Fordにより自動車量産が始まり,本会が発足した1917年にはAlbert Einsteinが誘導放出の概念を提案し,現在の一定周波数の一定振幅で振動する光波を発生するレーザの原理につながった(19)

2.2 本会の創立と沿革

 こうした社会的技術的背景の中で,1911年に逓信省電気試験所内に第2部研究会が設置され,この研究会が発展して,1917年に利根川守三郎を初代会長として本会前身の「電信電話学会」が設立された.設立の目標は「電信電話の学術技芸の研究,知識の交換及び事業の振興を図る」ことにあった.本会の発足時には,既に上述のように,一定振幅の持続的高周波により高度の通信技術に発展し得る素地ができていた.その後,新たに発展した技術分野名を学会名称に反映し,1937年には「電気通信学会」へ,1967年には「電子通信学会」へ,そして1987年には「電子情報通信学会」へと改称した.

 図2に本会の会員数の年次推移を示す.第二次大戦終えん時には会員数が半減したが,その後順調に回復して増加し,情報通信の時代をけん引し,1995年には広がる技術分野の柔軟な活動のためにソサイエティ制を実施した.会員数はITバブルの崩壊でやや減少した.

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2.3 国際化の波と20世紀の展開
――和文論文誌から英文論文誌へ――

 本会の国際化を目指し,同時に本会会員が論文投稿で被る国際的な不利益を避けるために,1976年に和文論文誌に加えて新たに英文論文誌を刊行した.しかし最初の15年間は発行部数が伸びず散々であった.その後,苦難の25年を経て,図3に示すように2000年以降は英文誌が和文誌に代わって主力となった.刊行当時,編集幹事(現編集理事)として英文誌発刊を推進した筆者には感慨が深い.

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 ところで,本会創立後の100年間は技術発展が社会を大きく変え,その恩恵が家庭に及んで人の営みを変えた記録すべき激変と発展の一世紀であった.この間の変革を,米国工学アカデミーは,おおよそ次のようにまとめている(20).①電気化,家電化,②自動車,高速道路,飛行機,宇宙工学,③農業機械化,水の供給と排水,空調と冷蔵,④携帯電話,ラジオとTV,映像技術,電子工学,⑤PC,電子計算機,大容量通信,インターネット,⑥レーザと光ファイバ,⑦石油と石油化学,⑧高性能材料,⑨健康技術,⑩原子力技術.この中では電気関係が大きな部分を占め,本会は電信・電話の時代から,トランジスタが発明されて人知に迫る電子計算機が出現し,インターネットの時代を支える光通信を構築するなど,人類史の「怒とうの100年」をけん引してきた.

3.電子情報通信学会の役割と期待

3.1 本会の役割

 本会は,社会を支える有力な産業界,それを管轄する公の関係者から成る官界,そして多くの大学や高専などの教育研究機関の関係者らから成る高度な専門家集団,知識人から成るボランティア集団である.こうして高度な専門家集団でなければできない業務を行っている.私的見解によると,本会の役割は大きく4分類される.(1)所属する専門職業人の能力向上,(2)専門知識の集積と発信,(3)会員の顕彰,そして(4)社会の啓発などであろう.

 (1) 専門職業人の能力向上とサービス

 具体的には会誌の刊行,講演会,研究会の開催などによる職場の壁を越えた討論と競争がなされている.本会は関連する産官学の関係者などから成る専門的な知識人集団として,会員相互の啓発により会員の能力向上を図っている.その中でも時々刻々進歩する専門事項を掲載した会誌の発行が中心的な活動である.月例で開催される研究会活動(昨年度中に合計で530回開催され10,287件の発表)は進歩の激しい専門分野の研究成果を論文誌に掲載される前に,会員同士でじっくりと討論を交わしてまとめ上げる場でもある.春秋に開催される総合大会やソサイエティ大会(昨年度合計で3,853件の発表)は若い研究者たちが最新の成果をぶつけ合う場で,所属の壁を越えた討論と競争が行われる.サービスの向上のために,近隣の電気5学会による連合大会が行われている.

 (2) 専門知識の集積と発信

 具体的には論文誌による論文の発行,そして国際連携を行う.本会は,投稿された研究論文を複数の専門職業人仲間によって査読・評価し,掲載が適当と評価された論文は,適切な修正を経て論文誌に掲載され,人類の知識として蓄積され,また国際的研究論文流通ネットワーク網で世界に配布されている.論文数は,図2に示したように和文論文(昨年度合計で約400論文)から英文論文(昨年度合計で約1,150論文)へと移っている.また,ネット配信も行われ,紙からディジタル情報への流れがある.

 研究者が自分たちで論文を評価し記録するシステムの中にこそ,独自のアイデアを延ばし,新分野を創り上げるのに必要な機運を醸成する重要な意義がある.国内学会が必要不可欠な理由である.また,当該学術分野の発展のために国際連携を行っている.

 (3) 会員の顕彰

 専門分野を代表する会員同士の評価により学会賞の顕彰を行う.専門分野への高度な貢献は同じ分野の発展を知る専門家でなければ評価できない.この点に学会が行う評価・顕彰の社会的な意義がある.また,評価に携わることで,どのような仕事が高い貢献をするかという実態を知ることができる.評価者が他者の評価を通じて自身の仕事への反映ともなる.各種の趣旨の学会賞により,広い分野と年齢層とをカバーしている.若者に賞を与えて励ますのも学会の大切な任務である.また,他の団体が出す賞へ,ふさわしい会員を推薦するのも一つの任務である.

 (4) 社会の啓発

 当該専門分野に関する書籍の発行,大学教科書シリーズの刊行(現在数で123冊),そして次世代を担う子供たちへの専門分野の啓発を行っている.進歩の早い電子情報通信分野で起こっている出来事や将来への影響に関して,社会の啓発を行うことは極めて大切な学会の任務である.専門知識を生かした国の施策への貢献も挙げられる.専門的知見の社会への発信により,社会が近々に遭遇するであろう変革の方向を早々と示唆し,進展させることにつながっている.総合大会で開催される産学連携の討論の場も学会の大切な活動である.世界一を目指す専門分野の活動が,ひいては社会の活力を引き出す基になるという考えを広める役割もある.

3.2 ソサイエティ運営からの期待

 本会事務局の御支援の下,各ソサイエティから寄せられた学会運営に関する諸意見を下記に要約した.

 ①産業発展のための議論・競争を行う場としての学会機能の拡充.

 ②新ソサイエティを生み出せるソサイエティ制の枠組みの整備.オープン化時代の収支構造改革・学会のビジネスモデルの立て直し.機械・情報・通信分野の連携,学会合併・他学会との連携(FIT: Forum on Information Technology)の見直しなど.

 ③論文誌の質向上(インパクトファクター向上).各専門分野の深化と新領域の創出のバランス.

 ④会員数減少,財務悪化,国内空洞化防止,若年研究者人口の減少への対応,海外会員の獲得など.

4.電子・情報・通信技術分野の100年間の発展

 電子・情報・通信の分野は本会発足後,新しい技術分野として著しく発展した.こうした発展への本会会員の世界への貢献には極めて大きなものがある.本会における技術革新の諸成果は「電子情報通信学会100年史」(21),「創立100周年記念マイルストーン選定委員会」(22)において詳細に収録されており,また,ネットワーク上の「発明と発見のディジタル博物館」(通称)(23)には本会の業績賞事例が全て採録されているので別途参照して頂きたい.そこで,本稿では,我が国で選ばれた重要視されている代表的な国際的研究である日本国際賞や京都賞,戦前の研究を含む文化勲章,ないしはそれに並ぶ海外の受賞テーマなどから具体研究を例示して参照し,電子技術,情報技術,そして通信技術の3分野ごとに,世界の発展の中で例示して概観することにする.なお,公益社団法人発明協会では創立110周年を記念して「戦後日本のイノベーション100選」(24)を選び,2016年6月15日付けで公表した.本会関連分野では37件が選ばれているので,身近な具体的事例として分野ごとに全て取り上げて列挙した.

4.1 電子技術の進歩

 電子技術は本会の基盤技術である.2.に述べたように本会創立までには海外で電話や無線通信が開拓され始めていた.本会の活動期間に入った1926年に,世界で初の電子表示が高柳健次郎によって,特別製作のブラウン管上に「イ」の字として表示され,この初の電子表示の業績は現在のスマートホンにまで広く長く生かされている.1927年には撮像管がPhilo Farnsworthによって提案され,電気式TVの開拓が始まった.同年の1927年には分割形の本格的な磁電管が岡部金治郎によって開拓され,マイクロ波帯開拓が始まった.1930年には高周波コイルの磁芯に用いるフェライトが加藤与五郎と武井武により発明された.なお戦前・戦中の発明・開拓で知的財産の帰属が不明確のままにTDKで製品に開発されたが,TDKが,戦後の経済不況の中で経済支援と引換えに実施権をフィリップスに移した余波で,発明までもが移ったかのように国際的に誤解された.

 戦後,1948年にトランジスタがJohn Bardeen, Walter Brattain,そしてWilliam Shockleyにより発明され,電子工学が大躍進する契機となった.1950年に静電誘導トランジスタ,1953年にはpinダイオードがそれぞれ西澤潤一らにより発明された.1957年にはトンネルダイオードが江崎玲於奈により発明され,超格子構造へと発展した.1958年にモノリシック半導体集積回路がJack S.C. KilbyとRobert N. Noyceにより発明され,LSIに発展した.1967年には半導体ダイナミックメモリ(DRAM)がRobert H. Dennardにより発明された.1982年には三村髙志らによりHEMTと呼ばれる高電子移動度トランジスタが発明され,高周波増幅器に多用されている.

 1953年には電流を流した半導体pn接合で光増幅ができるとJanos von Neumannが講義で明らかにし,受講したJohn Bardeenらの大学院生たちが後にこの内容を出版した.1958年に光メーザ(後のレーザ)がArthur SchawlowとCharles Townesにより提案され,1960年にルビーレーザがTheodore H. Maimanにより人類初のレーザとして実現され,その後の各種のレーザに発展した.1963年のHerbert Kroemer提案の二重ヘテロ接合を用いて,1969~1970年にはGaAlAs/GaAsレーザの室温連続発振がZhores I. Alferovら,そして林 厳雄やMorton B. Panishらにより達成された.1988年に小電力動作と二次元アレー化を特徴とする面発光レーザ(VCSEL)が伊賀健一らにより開拓され,レーザの応用範囲を広げた.1989にはGaN結晶による青色LEDが赤崎 勇,天野 浩,中村修二により開拓され,照明分野に省電力化をもたらし,またレーザディスクの大容量化に貢献した.

 1954年には有機半導体が赤松秀雄,井口洋夫,そして松永義雄により発見され,その後の有機発光などにつながった.1977年には導電性プラスチックが白川英樹らにより発見され電池の電極などの新しい材料技術となった.1968年には液晶がGeorge H. Heilmeierにより発明された.1977年に,垂直磁気記録方式が岩崎俊一により提案・実現され,大容量磁気記録に発展した.2003年には透明半導体が細野秀雄により開拓された.

 1969年に固体撮像素子CCDがWillard S. BoyleとGeorge E. Smithにより発明され,更に.1970~1990年間の固体撮像素子(CCD,PPD,CMOS)の発展に,越智成之,Michael Tompsett,寺西信一,そしてEric Fossumらが貢献した.

 この間,1965年に,マイクロプロセッサのトランジスタ総数は2年で約2倍増となるという,いわゆるムーアの法則が発表されて産業界の指針となり,その後の半導体産業の発展をけん引してきた(図4).

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 日本のTVを代表とする家電製品や半導体メモリは,1980年代には米国を抜いて世界最高となり,日米貿易摩擦を引き起こしたが,この波は2000年代には日本から韓国,台湾,中国へと移った.発明協会「戦後日本のイノベーション100選」(24)は,電子技術関連で以下のような課題を選んでいる(括弧内は実用化の年).すなわち,トランジスタラジオ(1958),積層セラミックコンデンサ(1966),クオーツ式腕時計,並びにブラウン管式テレビ(1969),家庭用ビデオカセット(1976),イメージセンサ(CCD・CMOS)(1978),ウォークマン,並びにフォトレジスト(1979),半導体露光装置(ステッパー)(1980),CD,CD-R(1982),X線フィルムのディジタル化(1983),フラッシュメモリ,並びに薄形テレビ(1988),液晶ディスプレイ(1990),ディジタルカメラ(1995),DVD(1996),そして太陽電池セル(1999)などである.活発なイノベーションが展開された様子が思い返される.

4.2 情報技術の進歩

 コンピュータが発明され進展し,社会を変えた.1946年にプログラム内蔵コンピュータのデザインがAlan Turingによりなされて,その後の発展に影響を与えた.1949年にはプログラム記憶式コンピュータ(EDSAC)の開発がMaurice V. Wilkesらにより行われた.1958年に人工知能(AI)の研究とプログラム言語LISPの発明がJohn McCarthyにより行われ,1961年に人工知能の基本理論がMarvin Minskyにより確立され,1970年頃に神経回路網が甘利俊一により研究された.その後,AIが現在の社会に現れるには実に50年近くを要した.

 1960年頃にはRichard M. Karpにより計算複雑さの理論が展開され,1963年にコンピュータグラフィックスと対話的インタフェースがIvan E. Sutherlandにより,1969年には,ソフトウェア科学に対する基礎的貢献がAntony Hoareによりなされた.同年には開放形を目指してUNIXオペレーティングシステムの開発がDennis M. RitchieとKen L. Thompsonによりなされた.1970年代にはAlan Curtis Kayらによりパーソナルコンピュータ(PC)の概念が創られて実現された.1974年頃にはプログラミング手法や電子出版ツールの開拓がDonald E. Knuthらによりなされた.

 1971年にはマイクロプロセッサが電卓(電子式卓上計算機)会社の嶋 正利の要請によりStanley Mazor, Marcian Edward Hoff, Jr., Federico Fagginとの協力で開拓された.1977年頃には情報セキュリティのための暗号(RSAなど)がAdi Shamirらにより作られた.1985年頃には自動運転などには欠かせないコンピュータビジョンの基礎理論が金出武雄らにより構築され,1990年頃には自然言語処理により画像の知的処理に対する研究が長尾 眞らにより行われ,自動翻訳ができるようになった.

 図5はスーパコンピュータの処理能力,計算速度が年とともに指数関数的に増加している様子を示す.スーパコンピュータの処理能力の向上や,Deep learningと言われるような処理方法の進化で,人工知能(AI)の性能が飛躍的に向上して人間の知識作業の一部を代替えし,2045年には人の知識活動を凌駕する技術的特異点(シンギュラリティ)を迎えるのではないかと関心を呼んでいる.

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 なお,最近,西森秀稔と門脇正史の1998年の「量子アニーリング理論」を応用した世界初の「量子コンピュータ」がカナダD-Waveで実現・市販されている.

 データの活用にも関心が高い.2004年に喜連川 優は「情報爆発」の造語で申請書を文部省に提出して大容量データ活用の意義を提示し(25),その後米国でビッグデータと呼ばれて利用が広がった.図6は世界のデータ容量の年次増加を表す.地球上のデータはデータセンターなどの蓄積装置の増大に伴って2000年代に爆発的に増加して新しいビジネスを生み,今後,一層大きな発展をするものと予測されている.

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 発明協会「戦後日本のイノベーション100選」(24)の情報技術関連の選定課題を一覧すると,社会の情報化が下記のように目覚ましく進展した様子が理解される.すなわち,座席予約システム(1960),電子式卓上計算機(1964),自動改札システム(1967),郵便自動処理装置(1968),オンラインセキュリティシステム(1975),日本語ワードプロセッサ(1978),ATM(1982),3.5インチフロッピーディスク(1984),家庭用ゲーム機・ゲームソフト(1985),そして非接触ICカード技術(1997)などである.

4.3 通信技術分野の進歩

 先に述べたように本会発足時点では三極管が発明されていて持続振動形高周波利用の時代に入っていた.1926年に八木・宇田アンテナが八木秀次と宇田新太郎により発明され,国外の利用に始まって逆輸入された.1928年にはNE式写真電送が丹羽保次郎らにより開拓され,1932年にはそれまでの常識を破る無装荷ケーブルが松前重義らにより実現し,1933年には温度変動によらないで一定の周波数で振動する温度無依存の水晶振動子が古賀逸策らにより発明され,安定な周波数源を用いる無線通信への端緒を開いた.水晶振動子は現在でもスマートホンなどのモバイル端末の発振器や腕時計などに広く使われている.

 1949年には染谷 勲とClaude Shannonによりディジタル通信の基礎となる標本化定理が作られた.そして1956年にタイムスロット入れ替えディジタル交換機が猪瀬 博により発明され,また,同年に蓄積プログラム制御の電子交換機がAmos E. Joel, Jr.らにより開拓された.1961年には通信や放送のための符号理論がWesley Petersonらにより開拓された.同年に安田靖彦らによりΔ-Σ変調方式が提案された.1970年頃には携帯電話の基本がMartin Cooper, Joel Engel, Richard Frenkiel, Thomas Haug,そして奥村善久らにより開拓された.

 先立つ1966年には低損失光ファイバの可能性をCharles K. Kaoらが示唆し,1970年には20dB/kmの低損失シリカ光ファイバをRobert Maurerらが実現し,1974年には更にMCDV法がJohn MacChesnyらにより提示されて極低損失の光ファイバ開拓の筋道が示され,その後,極低損失光ファイバが日本を中心にして実現されていった.1977年には気相軸付け法(VAD法)が伊澤達夫,枝廣隆夫,中原基博らと企業の連携により開拓されて光ファイバの低価格化による普及に貢献した.1981年には大容量長距離光ファイバ通信用の半導体レーザ,動的単一モード(DSM)レーザ,が筆者,末松安晴らにより実現され,その後の発展により,1978年頃からNTTをはじめとする陸上の幹線で,そして1992年からは太平洋横断の大陸間光海底ケーブルとして世界的に広く用いられ始め,現在に至っている.

 Vinton G. CerfとRobert E. Kahnにより開拓されたインターネットの設計概念と通信プロトコルが1983年に標準装備され,仕様が異なるインターネット間の接続が国際的に容易となった.1991年にはTimothy J. Berners-LeeによりワールドワイドWeb(WWW)が公開されて発展した.そして2007年にはインターネットが使える携帯電話,iPhoneがAppleから発売されネットワーク利用者を地球人口の多くにまで広げ,情報通信技術時代の招来に拍車をかけた.

 図7は,大容量長距離光ファイバ通信の光ファイバ当りの性能指数が年とともに指数関数的に増加した様子を示している.当初の1980年に比して現在では約1億倍に増加し,世界を結んでいる.光通信の広帯域性により,電気通信時代のアナログ通信から,ディジタル通信が実用化され,コンピュータが生成するディジタルデータと良い整合性がある.この躍進には,三木哲也らにより開拓された波長分割多重(WDM)方式や,川上彰二郎らによる分散シフトファイバ,David Payneや中沢正隆らによる光ファイバ増幅器,鈴木正敏らによる非線形性を考慮した分散補償方式,高密度波長多重方式,そして菊池和朗らによる多値変調方式などが次々と開発されて貢献した(19)

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 通信技術に関して発明協会「戦後日本のイノベーション100選」(24)に選定されている諸技術は次のようである.移動電話(自動車電話,音声符号化等)(1976),G3ファクシミリ(1980),カーナビゲーションシステム(1981),直接衛星放送サービス(1984),光通信用半導体レーザ(DSMレーザ)・気相軸付け法(VAD法)(1987),ハイビジョン放送(1989),多機能携帯電話(i-mode,カメラ付きなど)(1999),そして携帯電話等のディジタル情報暗号化技術(2000)などである.

 なお,テレビジョン画像の分解能は高精細化が進められ,明年2018年には8KTVの放送が開始され,新聞見開きと同程度の高精細度が実現される.

5.将来への研究課題

5.1 将来への研究課題

 本会はICT社会の未来像をロードマップとしてホームページ上に掲載し,「仕事や学業,私生活や社会生活など,人のあらゆる活動を,ICTベースのコミュニケーション基盤で支える」として,研究課題を示しているので,具体的な課題はそちらを参照して頂きたい.ところで,各ソサイエティから御提示頂いた10~20年後の諸課題は以下のようである.

 (1) 組合せによる新技術の創出.

 (2) 工学に根ざした新しい数学の創成,定量的解析を超えた先の認識とは何か,そして最適解探索の確実性の問題.

 (3) 生産性向上と安全性,巨大システムの信頼性,そして無事故社会の構築.

 (4) ムーアの法則の範ちゅうを超えた先の新デバイス技術,そして自己組織化・自己再生技術.

 (5) AIの学習構造の最適化,AI並びにビッグデータの活用,自動運転技術の社会実装,そして特異点を超えた先のAI.

 (6) 人体とITの融合による人体強化(能力補償,増強,訓練,人工視覚,そしてサイボーグ化),そして生体模倣チップ.

 (7) 量子情報通信,そして量子コンピュータ.

 (8) 複雑コミュニケーションでの情報生成の機構.

 (9) 地球規模のネットワーク・ユビキタス通信技術,個人環境適応の通信サービス,文化の異なる人との意思疎通技術,これらを用いる,時間・空間を意識しない社会,そして高セキュリティ・ストレスのない社会の構築.

 (10) プライバシー保護,社会保障実現,そして医療・安全支援.

 (11) テラヘルツ通信,地上―月間/惑星間通信,そして非線形デバイスによる通信システム.

 (12) 低炭素社会や超低消費電力技術.

5.2 発展する情報通信技術社会

 よく知られているようにITによるDNA解析が進んで,医療や犯罪捜査,動植物の品種改良にと幅広く用いられ,生体に関する展開が進行している.また新機能材料の創成が進展し,炭素素材のように材料に関する従来の考えを決定的に変えた.更にエネルギーの発生についても,太陽電池や風力発電,そしてシェールガスなどの登場によりエネルギーソースの転換が図られている.他方では,AIが進歩して特殊分野では人間をしのぎ,自動運転車や医療,会計処理,あるいは,ある種の教育のように,人が聖域としてきた知識作業領域で機械との共同労働が始まり,介護ロボットのような準自立型の家屋内移動機械に関心が高まっている.またインターネットの用途の多様化により世界中の人々を瞬時に動かせる仕組みが出現し,その経済活動への活用や,それを支える光ファイバ通信の性能向上,通信の大容量化によるIoTの拡大,主要な部品を個々に全て監視する超安全システムや,公共の場に設置されて安心・安全を生む高画質監視システムの活用などにも関心が向けられ,社会や経済活動などの回転速度が著しく早くなると予想されている.反面,歴史的な経験が浅いこうした仮想空間ではプライバシーの漏えいや犯罪の温床になるといった問題が深刻化し,ネットワーク空間の治安対策が急務の課題となっている.

 更に,人の脳とITの連結が進めば,人が異質な能力で活動できる反面で,人類が共有してきた「共存」の価値観が揺るぎかねない事態に至る.「運命を決めるのはテクノロジーではない.私たちだ」(26)と,健全な倫理観が一層強く要請されている.私たちが長い人類の歴史の中で選び取ってきた健全な社会システムは,「共存」の旗の下に,同一性の感情で支えられる社会であり,「健全な民主主義」の政治的な仕組みで維持されていると言われる(図8(2)(5).その中で得られる「豊かさ」は,取得した貨幣によって個人の好みに応じて獲得されている.こうした仕組みは「節度のある資本主義」で維持されてきた.そして,その豊かな生活を支えるのは,「変革」であり,変革をもたらすのは創造の成果を社会実装するイノベーションで,この創造を生み出すのが本会が関与する科学・技術研究なのである.更に蛇足を加えれば,こうした社会の営みが続けられるのは小学校や中学校の教育で引き継がれる知恵や知識であり,その活用は大学教育の「人間力」(27)に依存する.今や異質な社会への入り口に立って,その原因を作る技術者たちには今まで以上に社会の営みに無関心ではいられないであろう.

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6.む  す  び

 本会創立以来の100年の間に情報通信技術は激変の技術革新を達成し,1億倍規模の量的進歩により対社会的に質的な変化をもたらした.すなわち,この間に発明されたコンピュータの制御部であるマイクロプロセッサに組み込まれるトランジスタの搭載量は,年ごとに指数関数的に増えて当初の100万倍にも達した.そしてこの量的進歩が質的進歩となり,コンピュータの処理能力を指数関数的に増大させて1Tflops/s(1012flops/s),当初の1,000万倍に及ぶ驚異的な性能を持つに至った.この進歩がAIによる人間の知識作業へ参入を促し,「準自立型の知能機械」が社会的に進出し始めている.更にクラウド(28)に蓄積される世界のディジタルデータの総量は指数関数的に増加して20ZByte(2×1022Byte)となり,国会図書館の蔵書のそれの1億倍にも達し,ディジタルデータ活用のあり方を変えた.

 他方で,インターネットを支える光通信では,大容量長距離通信の光ファイバ当りの性能指数は100(Pbit/s)・km(1017(bit/s)・km)に達し,1980年当初に比べて約1億倍に増加し,データ伝送費用は限りなく低下し,他方ではスマートホンのようなインターネットに直につながる携帯端末が発展して地球上の人や物の多くが結ばれている.すなわち,個々が刻々にネットを通して認識されて「地球が有機化」し,また,地球規模の強大な「ネット連脳」が生まれようとしている.

 このような激変の技術革新が異次元とも見える将来の社会へ展開されようとしている.この傾向は,Society 5.0とも呼ばれて,ますます発展するものと考えられている.そのような異次元の社会を支える技術基盤はディジタル技術であり,人工知能や大容量ディジタル通信と考えられている.「日本語の高精度翻訳機」や「人ネットワーク間マイクロインタフェース」などの開拓が,世界との対話をスムーズに運ぶのに不可欠であろう.

 「知識がこれまでにない速度で生産されるようになったので,人類の一部は,持続的な豊かさを享受できるようになった」(29)と言われる.

 本会はこの異質な時代を先頭に立って開拓している.もちろん,将来への課題はいつの時代にも山積しているが,「楽観主義の方が結局は時代を制する」(30)との意見が勝るとされている.異質の技術時代への扉を開くにはAIやネットワークなどの政策研究とは別に,この社会の入り口の空気を吸って育った若者による「自発研究」を大々的に支援し,多くの試みの中から数少ないとしても特異な発展を探り当てる必要がありましょう.

 大きな変革の可能性に面して私たちは,社会システムを健全に保ち,その下で異次元の未来を築きたいものであり,そこに期待される本会の役割は極めて大きく,ますますの御発展をお祈りする次第である.

 謝辞 終わるにあたり,本講演の機会を与えられた,佐藤健一前会長並びに篠原弘道会長,多忙な中にもかかわらず将来への課題を寄せられた各ソサイエティ会長,本会の業績をまとめられた辻井重男創立100周年記念マイルストーン選定委員会委員長,計算機の能力などに関してデータを提供された喜連川優国立情報学研究所長,通信の発展に関してデータを寄せられた萩本和男NTTエレクトロニクス社長,並びに秋葉重幸元KDDI研究所長,「戦後日本のイノベーション100選」の資料を提供された腰原正秀公益財団法人発明協会部長,そして本会の各種資料を提供された蓑毛正洋本会事務局長の各位に深謝する次第である.

文     献

(1) ピータ・ワード,ジョセフ・キルシュビンク,生物はなぜ誕生したのか,梶山あゆみ(訳),河出書房新社,2016(原書2015).

(2) NHKスペシャル取材班,ヒューマン~なぜ人は人間になれたのか~,角川書店,2012.

(3) 滝 久雄,貢献する気持ち,紀伊國屋書店,2001.

(4) A. Toynbee, An Historian’s Approach to Religion, Oxford University Press, 1956.

(5) ユヴァル・ノア・ハラリ,サピエンス全史,柴田裕之(訳),河出書房新社,2016 (原書2011).

(6) P. Coppens, “Goebekli Tepe: the world oldest temple,” Feature Articles, Nexus Magazine, vol.16, no, 4, June-July 2009, and Darklore, vol.4.

(7) 中田一郎(訳),ハムラビ「法典」,リトン,1999.

(8) ジョン・マン,人類最高の発明~アルファベット~,金原瑞人,杉田七重(訳),晶文社,2004(原書2000).

(9) ルイス・ダートネル,この世界が消えたあとの科学文明のつくりかた,東郷えりか(訳),河出書房新社,2015(原書2014).

(10) J. Nayyer, 東京工業大学博士論文,March 1976.

(11) 辻井重男,暗号,講談社,2012.

(12) 湯浅光朝,科学文化史年表,中央公論社,1950.

(13) I. Asimov, Asimov’s Chronology of Science and Discovery, Harper & Row Publishers, 1989.

(14) F.R. Parturi, Chronik der Technik, Chronik Verlag, 1997.

(15) ジョン・マン,グーテンベルグの時代,田村勝省(訳),原書房,2006(原書2002).

(16) 大村大二郎,お金の流れでわかる世界の歴史,KADOKAWA, 2015.

(17) 若井 登,高橋雄造(編著),てれこむノ夜明け,電気通信振興会,1994.

(18) 小池 明,日本海海戦と三六式無線電信機,歴史春秋社,2011.

(19) 末松安晴,“わが国の光ファイバ通信研究(前編・後編),”科研費NEWS,2015年度,vol.3, pp.18-30, Dec. 2015/vol.4, pp.18-22, March 2016.

(20) “The Bridege,” Engineering in the National Academies, National Academy of Engineering, Aug. 2010.

(21) 電子情報通信学会100年史(創立100周年記念出版),電子情報通信学会,Sept. 2017.

(22) “創立100周年記念マイルストーン選定委員会報告書,”電子情報通信学会,Sept. 2017.

(23) 日本学術振興会,“卓越研究成果公開事業,(通称)「発明と発見のディジタル博物館」,”(データは月々増強される)2017.

(24) “戦後日本のイノベーション100選,1945-2000,”発明協会,Feb. 2017.

(25) 喜連川 優,“情報爆発時代に向けた新しいIT基盤技術の研究,”文部科学省科学研究費補助金,平成17年発足特定領域研究申請書,平成16年11月16日申請,2004.

(26) エリック・プリニョフソン,アンドリュー・マカフィー,ザ・セカンド・マシン・エイジ,村井章子(訳),日経BP社,2015 (原書2014).

(27) 末松安晴,明日を拓く人間力と創造力,丸善ライブラリー,2005.

(28) 宇治則孝,クラウドが変える世界,日本経済新聞社,2011.

(29) ダニエル・コーエン,経済と人類の1万年史から21世紀世界を考える,林 昌宏(訳),作品社,2013 (原書2009).

(30) リチャード・ドッブス,ジェームス・マニーカ,ジョナサン・ウーツェル,マッキンゼーが予測する未来,吉良直人(訳),ダイヤモンド社,2017 (原書2015).

(すえ)(まつ) (やす)(はる)(名誉員)

 昭35東工大大学院了.東工大で教授,工学部長,学長.現在は栄誉教授.高知工科大学長,国立情報学研究所長,本会会長を務める.Valdemar Poulsen金メダル,Eduard Rhein賞,IEEE James Mulligan Jr. Ed. メダル,日本国際賞,文化勲章など各受賞.


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