創立100周年記念懸賞論文 優秀賞 「紙」を超える真のICTツールの実現に向けて

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Vol.100 No.12 (2017/12) 目次へ

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大塚作一 正員 鹿児島大学大学院理工学研究科情報生体システム工学専攻

Sakuichi OHTSUKA, Member (Graduate School of Science and Engineering, Kagoshima University, Kagoshima-shi, 890-0054 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.12 pp.1385-1390 2017年12月

©電子情報通信学会2017

abstract

 人類は数千年の文字利用と約2000年の紙利用の歴史を有する.これと比較して本会発足後100年,更にはインターネットの普及開始から僅か約30年で起こった現代の電子情報利用の拡大は革命的と言ってよい.一方で過去を振り返ると,(1)人間の適応力には限度があるため人工環境の構築には自然の摂理を十分に踏まえる必要があること,(2)読書・筆記と批判的思考能力が現代文明・科学の基礎であること,が分かる.つまり,現在の情報通信・表示媒体利用の拡大は人類の歴史と対極の方向へ向かう可能性を示唆している.そこで,(ⅰ)年齢に応じた電子情報利用制御の必要性,(ⅱ)ノートを取り振り返る習慣の大切さ,そして,(ⅲ)アナログとディジタル情報を有機的に連携する新しいICT(Information and Communication Technology)ツール開発の必要性,を述べる.

キーワード:振り返り,時間軸,二段階ノート術,手書き,文字記号

1.は じ め に

 人類は数千年の文字利用と約2000年の紙利用の歴史を有する(1).本会発足後100年,更には1980年代後半のインターネットの普及開始から約30年であり,現代の情報通信とディスプレイ表示の利用拡大は革命的と言ってよい.

 まず,テレビジョンの普及に始まり,この50年余りで現在存命中の各世代間の視覚の原体験が極端に変化したことに留意する必要がある.筆者は1955(昭和30)年生まれで,テレビジョン放送は既にあったが,小学校1年生までは精神科医であった父親の意見で自宅にはテレビジョン受像機がない生活を送った.いわば「旧人類」の最後の世代である.その後,テレビジョンは長足の進歩を遂げ,白黒からカラー,標準からハイビジョン,そして現代では8K試験放送まで進歩を遂げている.一方,おおむね1990年代(ほぼ平成生まれ)の日本人は生まれたときから携帯電話やインターネットが身近にあった世代であり,正に「新人類」と呼ぶべき人たちである.この世代の人々が既に25歳以上になっている.そして,この間の50年弱が移行期で,各世代で少しずつ異なった視覚体験をしていることになる.本稿では詳細を割愛するが,日本の教育システムはいわゆる「ゆとり教育」に2002年に移行し,批判的思考力が育つ小学校3~4年生(後述4.参照)にゆとり教育を受けた世代がちょうど重なることにも留意が必要である.

 そこで,いつの世代でも年配者がより若い世代に対して「今の若い者は,うんぬん」と言い出すのは世の常であるが,上述のようにこの50年余りの間に成長時の視覚環境が未曽有の状態で変化したことを共通認識とし,あくまでも冷静な議論を行うことが必要である.換言すると,まず自らの体験に基づいた通常の世代間の議論(すなわち感情的な議論)を行うのではなく,あくまでも客観的に事実を整理・分析し,その結果に基づいて対策を立てるという理性的な作業が求められる.

 本稿では,まず,既に顕在化し始めている子供から大人に至るまでの思考力の変化の状況を概観する.次に,人間の発達の特性について,一見環境に適応しているようだが,簡単には適応できないと予想されることを事例ベースで示す.次に,民主主義を国是として守ろうとしている米国の人々が「批判的思考能力(Critical thinking)」と「多様性」をいかに身に付けさせられているかと,これに対する国内の動向について示す.一方で日本人については「過去を振り返らず人のせいにする傾向がある」と幾度となく指摘されてきたことを示し,判断の重要性に言及する.最後に,今後の方針として,年齢に応じた電子情報利用制御(制限)の必要性,ノートを取り過去を振り返る習慣の重要性,及び,紙を超えてアナログとディジタル情報が有機的に連携可能な新しいICTツール開発の必要性について筆者の意見を述べる.

2.現代の状況:世界で変化が顕在化(2)

 筆者は,2007年に大学着任以来,数年間掛けて大学や大学院で指導する学生を観察した結果として,従前は学生の質の変化は国内において緩やかに進行しており,今後もその傾向が続くと認識していた.そして,その主たる原因はいわゆる「ゆとり教育」の弊害が残っているためであろうと推測していた.

 しかし,現実には昨年(2016年)を境として,日本国内のみならず世界の至るところで,かつ,若者の認知能力は言うに及ばず一般人の性向までもが劇的に変化する状況を目の当たりにする結果となった.これは,今後更に世界に衝撃を与える可能性もある.以下,現在までの状況を簡単に記載する.

2.1 日本と米国における中学生などの変化

 まず,日本においては,国立情報学研究所(NII)の新井らによって,(1)一般の中学生が,本来は簡単に理解できるはずの穴埋め問題すら理解できないこと,また,(2)この現象が公立中学校でのみ発生しており,中学受験を経た私立中学校の生徒にはほとんど見当たらないこと,が大規模な調査から明らかにされた(3)

 この結果から,一般の子供たちがAIと同様に単なる共起表現によって物事を判断しており,因果律を用いた論理的な考えができていないという重要な事実が示唆される.また,筆者が何人かの高校教員や保護者との会話に基づいて推測した結果,私立中学に通う生徒は小学校において既にアクティブラーニング(反転授業という意味ではなく,本来の主体的学習という意味)に親しんでおり,ノートを取る習慣が十分に身に付いていた結果であると言えよう(根拠は後述の4.を参照されたい).

 次に,米国においては,昨年(2016年)11月の米国大統領選挙の最中にStanford大学のチームがネットにある偽情報(Fake news)に学生が難なくだまされる事実を大規模な調査から明らかにした(4).米国では,4.で後述するように論理的に考える訓練が徹底されているはずであるので,この衝撃は日本の比ではないものと考えられる.

2.2 大学における変化の一例

 詳細は文献(2)に記載したとおりであるが,筆者の勤務する大学においては,事後に振り返れば一昨年(2015年)予兆を察知することも可能であったが,感覚的には昨年(2016年)突如として,比喩ではなく物理的に前方の狭い領域にしか注意が向かない学生が多数入学した.ここで,いわゆる入試のレベルが極端に変動したわけではないことに留意して頂きたい.

 また,ノートを取り日々振り返りをすることが少なくなった最近の学生は,研究室に所属する大学4年生や大学院生においても,階層構造を理解することが極めて困難で,思い込みや共起表現のみによる推論に頼っていることも次第に明らかになりつつある.また,この傾向は工学部のみならず,論理的思考が最重要である理学部においても一部の学生では同様の傾向であることも理学部の教員との意見交換で明らかとなった.

 更に,筆者が速記録として十分な程度にノートを取る習慣を身に付けていたが論理的な考察が苦手であった学生(他研究室の大学院生)に対して,振り返りの指導を行ったところ2~3か月で改善の兆候を認めることができた.

2.3 世界に拡散しつつある偽情報(Fake news)

 2017年4月時点において「正に現在進行中」であるが,米国大統領選挙のみならず,ヨーロッパ諸国の大統領選で大きな問題となっていることが,先日のNHKの番組「クローズアップ現代+」で取り上げられたばかりである(5).人間は見たくないニュースは見ない性向があること,更に,これに対応してニュース配信側ではレコメンデーション機能を作用させているのでこの傾向が加速されること,などを特に注意すべき事実として認識する必要がある.なお,前者については,畑村が失敗学の中で以前から指摘している(6),(7).また,後者について,レコメンデーションなどの機能がなくても,インターネットにおいては情報が瞬時に大量に拡散されるため「摩擦がゼロの世界」として捉える必要があることも以前から東倉らによって指摘されている(8)

3.人間の発達の特性:簡単には適応できない

 現在,ネット時代に育った若者たちはネットを巧みに利用しているかのように見える.しかし,上述の例を見れば必ずしもそのとおりではないことも明らかである.

 まず,少し長期的なスパンで早い段階からの指摘について概観すると,筆者の調べた範囲では1980年代初頭の久保田の(協調作業として)手を使うことの重要性の指摘(9),(10)に始まり,1990年代後半の三宅の指摘(情報の獲得ではなく,自分の情報を理解し発信することが重要)(11)が続く.更には,2000年代に入ってからも,子供の養育に対する電子機器の潜在的危険性の注意喚起(12),(13)や仮想的有能感に関する指摘(14),(15)などが相次いでいる.

 ここで,乳幼児の視覚の発達(16)(18)について一例を挙げてみよう.ハイハイをするような赤ちゃんでも高所を恐れることが一般的に知られていた(これを視覚的断崖という).この能力が常にきちんと獲得されるのであれば,現在も後を絶たない高層マンションからの幼児や児童の転落死(俗にいう高所平気症)は本来起こらないはずである.しかし,小学1年生がDVDを見た直後に転落死した事故(19)に端的に示されるように,判断能力が大人並みに発達するまでは,現実と仮想の世界の区別も曖昧であることが示唆される.

 また,筆者の専門である立体視機能等についても関連が疑われる事例がある.まず,Kanizaのアモーダル縮小と呼ばれる幾何学錯視は,人間が両眼立体視機能を利用するために生じることが明らかとなっている(筆者らが1994年に仮説を立て(20),Gonzálezらによって2005年に実証されている(21)).このことから,人間は多くの視機能を成長とともに外界からの視覚刺激によって形成していることが推測される.しかし,近年,検査で正常な立体視機能を有しているにもかかわらず,通常の状態では陰影の手掛かりのみに頼っている若者が約30%もの多数存在することが明らかとなった(22).更に,筆者らが最近発見した高精細ディスプレイで起こる曲面残効と命名した一種の錯視において,約半数の人で起こらないことが明らかとなった(23).なお,一般にこのような錯視の個人依存性についての報告例は見当たらない.ここで注目すべきことは,視覚のみならず平衡感覚から外界の情報を的確に取っている人では錯視が起こり,いずれの情報もうまく利用していない人では錯視が起こりにくいという事実である.このことから,現実と異なることに敏感である能力(すなわち最終的な生きる力)を養うために自然の環境と触れ合うことがいかに重要であるかの示唆を得る.

 総括すると,まず,人類には,幾多の進化の失敗にもめげず結果的に脳を肥大化させ巧みに新しい機能を身に付けてきた進化の歴史がある(16),(24).しかし,少なくとも何百年,何千年という単位ではなく,僅か数十年という単位で,これまで自然界に全く存在しなかった視環境を全面的に受け入れるような突然の変化には,現在進行中の変化であるので断定はできないが,進化の対応が困難であると考えるのが自然であろう.

4.どうやって論理的な力を育ててきたか

 従来から多くの解説書などに記されている(25)(34)が,最近刊行された松本の著書(31)に米国の事情が初心者向けに簡潔に記載されているので,その第1章から主だったものを引用する.

・  「民主主義を守る」と「アカデミックな力」は同一スキル

―  聞く・読む:為政者にだまされない(注1),情報を読み取る力

―  話す・書く:自分の意見を述べる,情報を伝える力

―  総合的な力:合意を目指す,情報を交換する力

・  能力開発に際し重要な年代

―  小学校3~4年生(9歳頃)

―  読書:Reading by 9

―  作文:エッセイ教育の基礎を小学校3,4年生で完了

 エッセイ教育の際に最も重要になるのが,多くの著書にあるように,パラグラフとトピックセンテンスの概念である.筆者も1990年代の初頭にその重要性をカナダ在住のProf. Onoから直接聞き,学会誌の記事の執筆を依頼した(27)

 しかし,外山の指摘で明らかなように,明治以来,日本人はこの点に関する注意がおろそかであった(30).したがって,一般的に理性的(論理的)な考え方には十分になじめず,感情的(情緒的)な考え方を取りがちであると考えられる.そのほか,私見であるが「情報」という言葉の捉え方についても日本人は英語圏とは異なっているのではないかと推測している.少なくとも「情」は「感情~なさけ」であり,理性的な事実とは異なる.しかし英語で「Information」の意味を確認すると「Fact or details about…」と記載されている(35)

 加えて日本人の多くが,事実に基づいて過去を振り返ることが苦手であり,同じ失敗を繰り返しているという事実である.少なくも伊丹によって,第二次世界大戦直後に指摘されており(36),その後も指摘され続けている(37).関連したもう一つの観点として,恐らく一般の日本人が不得意であることの一つに「判断」があると考えられる.畑村が失敗の神話化として指摘していることでもある(6),(7)

 これを防止するためには,階層構造を持った因果関係を理解し,仮説検証を行うためのたゆまぬ振り返りの習慣と典型的な非線形処理である「判断」の訓練の積み重ねが必要であることは多くの書物に記載されているとおりである(38)(43).更に簡単に要約すると,まず善悪の判断をして,善人に対してはポジティブに情報を提供し(文献(38)に記載されているGive & Giveの表現はとても象徴的),次に情報交換,情報整理をして,多様性を認め合って合意を行い,リスクを取って主体的に判断を行って前進することに尽きると考えられる.換言すると,目先にとらわれることなく,本質を考えて困難な道を選ぶことによって成功の可能性が芽生えてくることを意識することである.

5.今後の対処方針の提案

 これまで述べてきたとおり,現在,ICTとディスプレイ技術の劇的な進歩により,人類の進化の歴史に照らして明らかに革命的と考えられる視環境の変化にさらされている.

 したがって,微視的な利便性にとらわれることなく長期的視点で人類がより賢くなるためにはどのような対策が必要かについて,今後議論を重ねる必要があり,困難な選択であっても勇気を持って合意することが肝要であると考えられる.

5.1 年齢に応じた電子情報利用制御の必要性

 現在既に,多くの人々や国のレベルにおいても,幼児期から学童期においてスマートフォンなどの電子機器の利用について慎重な考えを抱いており,徐々に対策が打ち出されている(44)

 しかし,今まで確認してきたとおり,高精細(更には3D)の電子ディスプレイで動画像を見ることは人類史上経験のないことであり,早急により慎重な対応がなされるべきであると筆者は考える.

 産業革命以降の他の発明,例えば高速に移動する自動車,更には飛行機を子供に運転・操縦させることを勧める大人は誰一人としていないであろう(注2).これは,高速移動に対する恐怖を実世界中で共有できているからである.この意味で遊園地にあるゴーカートはよく制御された状態で子供にスリルを与えることができるツールとなっている.

 一方で,白黒テレビジョンに始まる受動的動画像視聴から始まって,最近のVRに至る膨大な非現実視覚情報の提供は,人間を「超高速移動」という体感なしに現実の世界から仮想の世界に移動させると同時に,本質的には「自分はいつも絶対に安全な状況にいる」という安心感(錯覚)を抱かせるツールになる.それゆえに多くの大人はカーレーシングやフライトのシミュレーションゲームには寛容になり,子供が楽しむことをいとも簡単に許すことになってしまうと考えられる.

 これらをまとめると,最初に実体験(特に恐怖)を伴うことなく「大人が感じる仮想環境」を子供に直接与えてしまうことは,「仮想環境」をあたかも「実環境」であるかのごとく子供に誤認識させる結果となり,その取扱いには目に見えない有害物質と同等の注意を要すると考えられる.

5.2 ノートを取り振り返る習慣の重要性

 既に述べたとおり,論理的な思考について書かれた書物や会社の役員クラスの行動分析(45)等で,「事実としてのメモ」と「その後の長期的な振り返り」を二段階で別々に行うことの重要性は明らかである.日々大学生と接している筆者の経験でも,階層構造を理解し,本質とは何かを考えるためには,従来以上に重要視する必要がある(2)

5.3 紙を超える新しいICTツール開発の必要性

 今まで,ICT技術のどちらかというと負の側面を強調し使用の自制を求めるような論調となったが,人類は好奇心旺盛な動物であり,その好奇心を満足させるように身の回りの環境を変化させてきた歴史がある(46).この事実に照らせば,無用にICT技術不要論を述べても仕方がない.

 今まで述べてこなかった重要な点は,今,一番ICT技術の恩恵を受けているのは,筆者と同年代かそれ以上であると推測できることである.筆者も含め冒頭に述べた「旧人類」は成人するまでの間,実世界と向き合うことがほとんどであり,常に考えることと判断を強いられた.例えば,野口の超整理法シリーズに代表されるように昔の整理困難な紙の情報処理に追われて取捨選択を迫られていた時代にはそれに適合した処理法が編み出された(47).その後,インターネットの普及により,生データの整理は不要となり,仮説があれば全世界の情報を検索によってほぼ一瞬で探し出すことの可能な時代になった(48).昨今特に教育で重視される「考える力」(49),(50)を既に有していれば,居住している場所を問わず,また組織に依存しない単独個人であっても,情報の質,量の両面から過去と比べて比較にならないほど高度な処理が可能となった.

 今後,人類が更に発展し続けるには,今まで述べたように,若い間に見掛けの便利さに慣れ親しんではいけないが,なるべく成長の早い段階で「紙」を超えるICT技術を活用して,逆に「真の意味の思考能力」を強化する方法を開発してゆく必要があると思料する.このための一例として,時間軸によるリンクを行った手書きアナログの筆記記録とタイプされた文字記号のテキストデータ,更には外部検索結果などを統合的に扱うことのできる端末を提案中である(2)

 そして,人間が「最後の判断を下す能力」を維持することが我々の持つべき理念であろう.

6.む  す  び

 電子情報通信技術の発展が人々に与えた影響について,最近の50年間で起きた世代間の視覚経験の劇的な差異を踏まえて論じた.現在の高齢者は,技術革新が自らの成長よりも後になるようなタイミングで便利な技術を開発し続けた結果,一番恩恵を受けていると想像できる.一方で若い世代は,いつでも簡単に情報が入手できる環境下で育った結果,逆に共起表現で物事を類推するにとどまり,真の意味の考える力を失いつつあるように推測できる.我が国の教育政策も「考える力」を重視する方向に動いていることは間違いない.そして,現在の状況は,初等から中等・高等教育現場の各段階で既に幼少期には成長過程に見合った一見古風な教育を行って成果を出しているところもあれば,見掛けの利便性から抜け切れていないところもある過渡期にある.更に,現在までに成人した人々の今後についても「主体性(自ら考え,判断する能力)」をいかにして伸ばすかが課題であろう.今から積極的に対策を取らないと,既に社会人となりつつある「新人類」が将来管理職として登用される時期になってから対策を打とうとしても手遅れとなる可能性が示唆される.

 現在世界中の注目を浴びている偽情報(Fake news)の氾濫と混乱を見ても明らかなように,ICT技術が今まで以上に進歩した状態に至っても,一人一人の人間が「最後の判断を下す能力」を維持することが人類にとって最後のとりでと言えよう.

 したがって,世界が二度の大戦という惨事を経ながらも長年掛けて培ってきた個人個人の「批判的思考能力(Critical thinking)」と「多様性」の維持を念頭に置き,「紙」を超えた,見掛けの便利さとは異なる思考力増強目的のツールをICTにより作り出すことが,現在我々の矜持すべき「理念」であると結論付ける.

 謝辞 本稿の執筆にあたり,筆者が1980年に当時の電電公社に入社して以来,2007年に(株)NTTデータを退職するまでの間,常に論理的思考について上司として示唆を与え続けて頂いた諸先輩に感謝致します.また,最近の大学生の考え方の変化を理解するために協力して頂いた学生の皆さん,高校の先生方,その他関係者の方々に感謝の意を表します.最後に,本稿執筆の基礎となる学生の考え方の変化の仮説の妥当性について長時間にわたり多角的に御議論頂いた酒井善則東京工業大学名誉教授(本会元会長)に深謝致します.

文     献

(1) wikipedia, “文字の歴史,”https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%AD%97%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2 (2017年4月30日閲覧)

(2) S. Ohtsuka, A.U Rehman, S. Iwaida, and S. Hira, “Enhancing note-taking and review processes using an interactive dual-input and dual-display interface,” SID symposium Digest of Technical Papers, vol.48, no.1, (58-4), pp.868-871. (May 2017採択済み)

(3) 新井紀子,“英語やプログラミングの前に日本語力が必要,”日経産業新聞電子版,2016年8月4日,2016.http://www.nikkei.com/article/DGXKZO05615580T00C16A8X12000/(2017年4月30日閲覧)

(4) B. Donald, “Stanford researchers find students have trouble judging the credibility of information online,” Nov. 22, 2016. https://ed.stanford.edu/news/stanford-researchers-find-students-have-trouble-judging-credibility-information-online (2017年4月30日閲覧)

(5) “選挙とフェイクニュース~揺れるヨーロッパ~,”クローズアップ現代+,NHK,2017年4月26日(水)放送.http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3967/(2017年4月30日閲覧)

(6) 畑村洋太郎,図解雑学 失敗学,ナツメ社,2006.

(7) 畑村洋太郎,最新図解 失敗学,ナツメ社,2015.

(8) 東倉洋一,“ユビキタス社会における人,技術,社会システムの調和を求めて,”JST社会技術開発センター第1回社会技術ワークショップ「複雑化する情報と社会そしてガバナンス」,基調講演1,慶大三田キャンパス,June 2006.https://www.ristex.jp/examin/infosociety/gobernance/pdf/wor03.pdf (2017年4月30日閲覧)

(9) 久保田 競,脳力を手で伸ばす,PHP文庫,PHP研究所,2010.(原書は紀伊國屋書店から1983に出版)

(10) 久保田 競,手と脳 増補新装版,紀伊國屋書店,2010.

(11) 三宅なほみ,インターネットの子どもたち (今ここに生きる子ども),岩波書店,1997.

(12) 金澤 治,デジタル家電が子供の脳を破壊する,講談社+math新書162-2B,講談社,2005.

(13) 小西行郎,子どもの脳によくないこと,PHPサイエンス・ワールド新書038,PHP研究所,2011.

(14) 速水敏彦,他人を見下す若者たち,講談社新書1827,講談社,2006.

(15) 南淵明宏,“天才心臓外科医のライブ・エッセイ 第50回「異端のメス」,”週刊現代,2006.9.2号,pp.146-147, Aug. 2006.

(16) R.L. Gregory,脳と視覚―グレゴリーの視覚心理学,近藤倫明,中溝幸夫,三浦佳世(訳),ブレーン出版,2001.

(17) J. Atkinson,視覚脳が生まれる―乳児の視覚と脳科学,山口真美,金沢 創(訳),北大路書房,2005.

(18) 山口真美,金沢 創,赤ちゃんの視覚と心の発達,東京大学出版会,2008.

(19) “子供の転落死多発,背景に「高所平気症」高層階で生活…恐怖心育たぬケースも,”産経West,April 2016.http://www.sankei.com/west/news/160413/wst1604130047-n1.html (2017年4月30日閲覧)

(20) 大塚作一,矢野澄男,“立体画像の知覚ひずみとPoggendorff錯視,”テレビ学技報,vol.18, no.60, pp.25-30, Oct. 1994.

(21) E.G González, H. Ono, E. Lam, and M.J Steinbach, “Kanizsa’s shrinkage illusion produced by a misapplied 3-D corrective mechanism,” Perception, vol.34, no.10, pp.1181-1192, Jan. 2005.

(22) K. Kihara, H. Fujisaki, S. Ohtsuka, M. Miyao, J. Shimamura, H. Arai, and Y. Taniguchi, “Aging and availability of binocular disparity and pictorial depth cues in 3D graphics contents,” J. Soc. Inf. Disp., vol.22, no.7, pp.329-336, July 2014. DOI: 10.1002/jsid.254.

(23) S. Ohtsuka, “(Invited) Visual effects of concave curved displays in large and wide-angle environment: Immersion and aftereffect,” Proc. the International Display Workshops, vol.23, no.VHF5-1, pp.961-964, Dec. 2016.

(24) 遠藤秀紀,人体 失敗の進化史,光文社新書258,光文社,2006.

(25) 木下是雄,理科系の作文技術,中公新書624,中央公論新社,1981.

(26) 外山滋比古,思考の整理学,ちくま文庫,筑摩書房,1986.

(27) 中溝幸夫,H. Ono (ヒロシ オオノ),“私の国際交流ノート(15)―英語論文の書き方ノート―,”テレビ誌,vol.49, no.10, pp.1373-1377, Oct. 1995.

(28) 野口悠紀雄,「超」文章法,中公新書1662,中央公論新社,2002.

(29) 竹内 薫,99.9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方,光文社新書241,光文社,2006.

(30) 外山滋比古,“知識と思考,”學士會会報,no.883, pp.41-54, June 2010.

(31) 松本輝彦,5段落エッセイ指導で日本の子どもが変わる!,リーブル出版,2015.

(32) 出口治明,本物の思考力,小学館新書279,小学館,2017.

(33) 河野通和,「考える人」は本を読む,角川新書K-134, KADOKAWA, 2017.

(34) 伊藤公一朗,データ分析の力 因果関係に迫る思考法,光文社新書878,光文社,2017.

(35) Oxford Learner’s Dictionary of Academic English, D. Lea (Chief Editor), Oxford University Press, 2014.

(36) 伊丹万作,“戦争責任者の問題,”(初出)映画春秋,創刊号,Aug. 1946.http://www.aozora.gr.jp/cards/000231/files/43873_23111.html (2017年4月30日閲覧)

(37) 半藤一利,江坂 彰,日本人は,なぜ同じ失敗を繰り返すのか 撤退戦の研究,知恵の森文庫,光文社,2006.

(38) 小杉俊哉,ラッキーをつかみ取る技術,光文社新書188,光文社,2005.

(39) 羽生善治,決断力,角川新書 (oneテーマ21) C-95,角川グループパブリッシング,2005.

(40) 林 成之,<勝負脳>の鍛え方,講談社現代新書1861,講談社,2006.

(41) 羽生善治,大局観 自分と闘って負けない心,角川新書 (oneテーマ21) C-198,角川グループパブリッシング,2011.

(42) NHK「プロフェッショナル」制作班,「プロフェッショナル 仕事の流儀」決定版 人生と仕事を変えた57の言葉,NHK出版社新書362,NHK出版,2011.

(43) NHK「プロフェッショナル」制作班,プロフェッショナル 仕事の流儀 運命を変えた33の言葉,NHK出版社新書474,NHK出版,2014.

(44) 文部科学省,「子供のための情報モラル育成プロジェクト」~考えよう 家族みんなで スマホのルール~,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/jouhoumoral/index.htm (2017年4月30日閲覧)

(45) 森本千賀子,増渕達也,“役員になる男VS課長止まりの男「書き方比較」,”プレジデント,vol.54, no.7, pp.24-31, Feb. 2016.

(46) 高橋 透,文系人間のための「AI」論,小学館新書279,小学館,2017.

(47) 野口悠紀雄,「超」整理法3,中公新書1482,中央公論新社,1996.

(48) 野口悠紀雄,超「超」整理法 クラウド時代を勝ち抜く仕事の新セオリー,講談社文庫Y676,講談社,2012.

(49) 中央教育審議会,新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて~生涯学び続け,主体的に考える力を育成する大学へ~ (答申),Aug. 2012. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1325047.htm (2017年4月30日閲覧)

(50) 文部科学省,学習指導要領「生きる力」,平成29年3月.http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm (2017年4月30日閲覧)

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(おお)(つか) (さく)(いち) (正員)

 昭53金沢大・工・電子卒.昭55同大学院修士課程了.同年日本電信電話公社(現NTT)入社.以来,画像通信・視覚情報工学等の研究に従事.現在,鹿児島大教授.工博(北大).文科省文部科学大臣表彰「科学技術賞(研究部門)」(平18),本会業績賞(平15)など各受賞.


(注1) 選考委員会から「為政者にだまされない」とう表現が強すぎるとの指摘を受けたが,文献(31)には正にこの表現が使用されており,また,一例ではあるが筆者が日本語に堪能な米国籍の人に直接確認したところでも間違いないとの回答を得た.

(注2) 本稿投稿後の2017年6月に茨城県で31歳の男性がひざに乗せた子供に実際に車を運転させて撮影した動画像を投稿するという事件が発生し(例えば日経新聞電子版http://www.nikkei.com/article/DGXLAS0040002_Y7A610C1000000/),現実には筆者の予想をはるかに超える事態に立ち至っていることが明らかとなった.

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