特集 1-3 システムと信号処理の過去・現在・未来――信号処理技術の変遷を通じて――

電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
Vol.100 No.6 (2017/6) 目次へ

前の記事へ次の記事へ


タイトル

梶川嘉延 正員:シニア会員 関西大学システム理工学部電気電子情報工学科

Yoshinobu KAJIKAWA, Senior Member (Faculty of Engineering Science, Kansai University, Suita-shi, 564-8680 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.6 pp.414-418 2017年6月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 システムと信号処理の分野において,過去の100年間を通じて多くの偉大な成果が産み出されてきた.そして,その恩恵を受け,現在の様々な電子機器や情報端末が産み出され,その恩恵を享受していると言える.このような中,システムと信号処理分野がカバーする研究領域は非常に広く,回路理論,システム理論,LSI設計技術,信号処理,離散事象システム,数理モデル,機械学習並びにそれらの様々な応用技術など多岐にわたる.このように幅広い研究分野を,浅学菲才な筆者が網羅的にそれらの歴史,現在の研究動向,更には今後の研究展開などを述べることは荷が重すぎるため,拙稿では当該分野を研究領域とするシステムと信号処理サブソサイエティの簡単な紹介から始め,そして筆者に比較的なじみのある信号処理分野に絞り,信号処理のトレンドがどのように変遷してきたのか振り返る.最後に,今後の研究動向について筆者の見解を簡単に述べてまとめとしたい.

2.システムと信号処理サブソサイエティ

 システムと信号処理サブソサイエティは元々,1955年5月に発足した回路網理論研究専門委員会(以下,研究専門委員会は研専と略す),すなわち現在の回路とシステム研専に端を発する.回路とシステム研専は設立当初から現在のサブソサイエティが取り扱う全ての研究領域の基礎となる研究領域をカバーしており,その研究分野が発展・拡大するとともに1967年4月に回路とシステム理論研専に,1980年4月に現行の回路とシステム研専に名称変更を行ってきた.また,電子情報通信技術の発展とともに次第に関連する研究分野がより多岐にわたり活発化してきたことから,新たな研専を立ち上げる機運が高まり,1987年4月にVLSI設計技術研専が,更に翌年の1988年4月にディジタル信号処理研専がそれぞれ発足し,そして1994年4月にコンカレント工学研専が発足し,現在の4研究会体制となった.その後,2004年4月にディジタル信号処理研専は信号処理研専に,2011年4月にコンカレント工学研専はシステム数理と応用研専と名称変更し,現在に至っている.そのカバーする領域は多岐にわたり,回路理論,システム理論,LSI設計技術,信号処理,離散事象システム,数理モデル,機械学習にまでわたる.そこで,次章ではこの中から信号処理分野に的を絞り,その主要技術の変遷を見ていくこととする.

3.信号処理分野における主要技術の変遷

3.1 1940年代後半(Annus Mirabilis(驚異の年))

 信号処理(拙稿では主にディジタル信号処理)の歴史を振り返ると古くはニュートンやガウスの時代にまで遡ることになるが,ディジタル信号処理の学問としての原点は「サンプリング定理(標本化定理)」と言える.サンプリング定理の理論的予想は既に1928年にハリー・ナイキストによる論文“Telegraph Transmission Theory”において示されている.しかし,正確な証明は,1949年にベル研究所のクロード・シャノンによる論文“Communications in the presence of noise”並びに電電公社電気通信研究所(現在のNTT武蔵野研究開発センタ)の染谷勲の著書“波形伝送”でなされている.

 サンプリング定理の確立によってアナログ信号をディジタル信号に変換し,ディジタル領域で処理・加工を行い,その後アナログ信号に変換するという現在のディジタル信号処理システムの基礎が確立された.ちなみに現在のIEEEにおけるSignal Processing Society(SPS)は1948年に設立しており,シャノンらの研究と同時期であることは興味深い.また,その当時の伝送対象は主に音声であることからディジタル信号処理と音声・音響分野の研究の変遷は密接に関連しており,IEEE SPSの前身であるIRE Group on Audioでは,その名のとおり主に音声・音響工学に関わる研究を取り扱っていた.

 また,この時期にはトランジスタの提案並びに最初のノイマン形コンピュータの開発が行われたことでもよく知られている.これらは信号処理分野の発展に大きく影響を与えることとなり,1980年に開発されたディジタル信号処理を実現する専用のデバイスであるDigital Signal Processor(DSP)の誕生に密接に関連している.

3.2 1950年代(ディジタル信号処理のれい明期)

 サンプリング定理の提案の後,1950年頃から10年ほどの期間において,ディジタル領域において信号を処理・加工するために利用されるディジタルフィルタに関する研究が進められ,ディジタルフィルタの設計理論が確立されていった.初期の段階ではアナログフィルタをいかに近似するかという点に重点が置かれていたが,その後,コンピュータの発展に伴い,アナログフィルタで実現が困難な特性をディジタルフィルタで実現する方向へ進展し,その過程でフィルタ設計のための最適化手法の研究なども急速な進展を遂げることになった.そして,1950年代後半には現在のディジタルフィルタの代名詞とも言えるFIRフィルタに関する理論も確立されていくことになった.ディジタルフィルタの進展の背景にはそれまでに確立されていた回路網理論や数値解析手法によるところが大きいことは言うまでもない.

 なお,本会において1955年に回路網理論研専(現在,回路とシステム研専)と電気音響研専(現在,応用音響研専)が発足し,ディジタル信号処理やそれに関わる音声・音響技術の研究について活発に議論を行うようになったことも特筆すべき点である.

3.3 1960年代(信号処理分野における3大技術)

 1960年代には,更にディジタル信号処理の学問領域を加速度的に進展させた技術が提案されることになる.すなわち,線形予測分析(LPC),高速フーリエ変換(FFT),適応フィルタである.

 1967年にビシュヌ・アタルとマンフレッド・シュレイダーにより適応予測符号化(APC)が提案され,更にその適用範囲を広げる目的でLPCの提案へと至ることになる.LPCに関する同様の考え方については日本において電電公社(現在のNTT)の板倉文忠と斎藤収三によって独立に1967年に論文が日本音響学会誌で発表されている.更に板倉らは1969年にPARCOR並びに1975年にLSPを提案し,現在の音声符号化手法の基礎を築き上げた.このような背景の中,本会においても音声研専が1985年(注1)に発足し,日本のみならず世界の音声研究をリードしていくことになった.

 この頃からコンピュータが広く企業や大学において利用されるようになり(1964年に発表されたIBMのSystem/360等),コンピュータシミュレーションが一般的となった.その過程で,コンピュータを信号処理そのものに利用しようという機運も高まり,企業や大学においてディジタル信号処理専用のコンピュータの開発が進められ,後のDSPへとつながっていくことになる.この背景には,1962年頃からICの大量生産が行われるようになり,その性能が劇的に増大したことがある.

 このような背景の中,ディジタル信号処理分野における画期的な提案と言えるFFTが,1965年にジェームズ・クーリーとジョン・テューキーによって提案された.FFTを利用することで離散フーリエ変換に要する積和演算の回数を数百分の一にすることができるため,周波数領域への変換を利用する様々な研究領域,例えば信号の周波数解析やディジタルフィルタの設計などの研究が活発に行われるようになり,ディジタル信号処理を発展させる起爆剤になった.

 一方,1960代には現在でも信号処理分野における大きな研究トピックの一つである適応フィルタも提案されている.1960年にベルナルド・ウィドローとテッド・ホッフによって適応フィルタのアルゴリズムの基礎となるLeast Mean Square(LMS)アルゴリズムが提案された.同時期にはニューラルネットワークの基礎となるパーセプトロンも提案されており,これらは密接に関連している.ただし,この技術が実際に様々な分野や技術に応用されていくまでには更なる時間を要し,DSPの誕生を待つことになる.しかし,適応フィルタの提案によりその後,通信,音声・音響の分野を中心に爆発的に研究の裾野が広がっていくことになる.

 以上のように1960年代にはその後のディジタル信号処理分野の基礎を成す画期的な研究成果が得られていることが分かる.上記のほかにも宇宙探査の目的から画像信号処理,画像符号化,画像伝送等の基礎的な研究も行われている.また,コンピュータ断層撮影(CT)についても最初の商業的CTが1967年に考案され,1972年に発表されている.このようにディジタル画像処理の研究についても盛んに行われるようになった.

3.4 1970年代(信号処理研究の拡大)

 1970年代にはディジタル信号処理は更なる研究領域の広がりを示すことになった.音声符号化の領域ではADPCMが1973年にジェームズ・フラナガンによって示唆され,その後1984年に音声符号化の新しい規格として採用されることになる.また,オーディオ分野においてはディジタル収録が行われるようになり,1982年に生産が開始されたコンパクトディスク(CD)の研究開発も活発に行われていた.その他,ディジタルフィルタ設計の研究も引き続き行われ,等リップルFIRフィルタの設計法や精度解析,直交ミラーフィルタ(QMF)などが検討された.その他にも,状態空間法とその応用やマルコフ連鎖の音声信号処理への応用などが行われた.

 一方でプロセッサに関する研究開発も活発に行われ,DSPの先駆となるような様々な信号処理専用デバイスやマイコンなどの開発が次々と行われた.例えば,1979年にはベル研究所がシングルチップの適応エコーキャンセラを,同じ年にインテル社がシングルチップDSPコンピュータを発表している.

 一方,学会においてはIEEEのSignal Processing Societyの前身であるIEEE Professional Group on Audio and Electroacousticsが,所属する会員の多くがディジタル信号処理の研究を大きな研究テーマとしていることを受け,1974年にAcoustics Speech and Signal Processing(ASSP)Groupと名称変更し,更に1976年にはASSP Societyへと装いを新たにした.そして同年に信号処理分野で世界最大かつ最も重要な国際会議であるICASSPがフィラデルフィアで開催された.また,ヨーロッパにおいては1978年にEuropean Association for Signal Processing(EURASIP)が設立された.また,国内においても1972年に本会において画像工学研専が設立された.このように1970年代は正しくディジタル信号処理分野の研究が大きく広がりを見せた年代であると言える.

3.5 1980年代(ディジタル時代の幕開け)

 次の1980年代はディジタル信号処理が大きく花開き,様々な応用技術や実用化技術を一般の人々が享受できるようになった年代であると言える.その一番の貢献は何と言っても,DSPの登場である.DSPはディジタル信号処理における演算に特化したマイクロプロセッサである.ディジタル信号処理では畳込み演算やFFT演算など積和演算を多数行うため,それを高速に行う高速乗算器を持つなど,ディジタル信号処理のリアルタイム処理を念頭に置いたアーキテクチャとなっている.最初のDSPに関する発表はNEC並びにベル研究所から1980年のICASSPにおいて同時に行われた.ベル研究所のDSP-20は商用向けではなかったため,NECが発表したmathPD7720が商用向けDSPにおいても最初のDSPとなり,その後数年はNECのDSPの独壇場となった.その後,2年遅れでTI社がTMS32010を発表し,電機・半導体メーカ各社がしのぎを削り,その後DSPの技術並びに開発環境も含めて大きく進展し,現在に至っている.

 DSPの誕生により,ディジタル信号処理の技術は商用向けに多数展開されていくことになった.特に,音声符号化など通信向けの用途において大きく進展があった.AT & Tのビシュヌ・アタルとマンフレッド・シュレイダーによる符号励振線形予測(CELP)である.CELPは現在最も広く使われている音声符号化手法の基礎となるものである.一方で,オーディオ分野においては1983年にフィリップスとSONYがCDプレーヤの販売を開始し,オーディオ分野においてもディジタル化の波が一気に加速していくことになる.また,この年代はパーソナルコンピュータも大きく普及したことで,信号処理分野の研究開発をより容易に行うことができるようになる素地が出来上がったと言える.これはLSI技術並びにコンピュータ技術の大きな発展の賜物と言える.このような背景の下,本会において1987年にVLSI設計技術研専が新たに発足した.

 画像処理分野においても1980年代は大きな進展が見られた.医用画像工学の分野においてはCTの普及が加速し,MRIも様々な病院で利用されるようになった.これにはCTやMRIから得られる画像を処理・加工する画像処理技術の進歩が大きく影響している.また,より大きな進展としては画像符号化の規格JPEGの実現である.このJPEGの成功は1990年代のMPEGへと引き継がれていくことになる.更に,画像認識に関する研究もニューラルネットワークの研究の進展(1986年の誤差逆伝搬法の再発見)とあいまって盛んとなった.

 また,通信分野においてもIntegrated Services Digital Network(ISDN)の実用化が一気に進んだ.これにより,交換機,中継回線,加入者線まで全てディジタル化が実現し,パケット通信・回線交換データ通信が利用できるようになった.ISDNの導入に伴い,ディジタルフィルタ,適応フィルタ(回線エコー対策),信号解析などに関する研究が盛んに行われるようになった.更に衛星通信や宇宙通信などの分野においてもディジタル信号処理の恩恵によりパケット音声通信や深宇宙探査における静止画像の伝送などが可能となった.

 以上のような背景の下,1988年にディジタル信号処理研専が発足し,ディジタル信号処理の理論とその応用について議論する場を提供することになった.また,その2年前の1986年に世界最大の信号処理分野の国際会議ICASSPを東京で開催することになったことも日本の研究者・技術者が当該分野をけん引していたことの現れとも言える.

3.6 1990年代(コンシューマ製品へのディジタル信号処理の浸透)

 1990年代はディジタル信号処理を利用したコンシューマ向けの製品が多く世に出た年代である.マルチメディアパソコン,ノートパソコン,スキャナ,CSディジタル放送,ディジタルカメラ,コードレス電話など,多くのディジタル機器が普及した.これらの製品のほとんどにDSPが内蔵されており,ディジタル信号処理の様々な手法や理論に基づき実用化された.これには集積回路の集積度の飛躍的向上が大きく寄与していた.またこの頃から従来のLSIとは異なるという文脈でSystem-on-a-chip(SoC)という言葉が使われ出した.

 また,1990年代は携帯電話が一気に普及した時代でもあった.1993年に開始された第2世代からはディジタルの携帯電話となり,携帯電話が単なる音声通話のための端末から情報端末へと進化していくことになる.特に1999年にNTTドコモで開始された世界初の携帯電話IP接続サービス(iモード)によって,メールの送受信,携帯電話向けのWebサービスはその利便性から爆発的に普及した.

 更に,動画像符号化並びにオーディオ符号化においても大きな進展が見られた.動画像符号化においてはMPEG-1が1991年に,MPEG-2が1995年に,MPEG-4が1998年に標準化された.MPEG-1はデータの蓄積を目的としてエラーフリーの環境を前提にVHS品質の符号化の実現を目指していた.また,MPEG-2は汎用・高品質な符号化方式として検討され,ディジタル放送,DVDなど様々な分野で爆発的に普及した.更にMPEG-4では狭帯域用の符号化方式として規格化が進められ,エラー耐性の強化など様々な技術が取り入れられている.一方,オーディオ符号化においてはMPEG-1 Layer III(MP3)が1991年に,MPEG-2 AACが1997年に,MPEG-4 AACが2000年に標準化されている.MP3はCD音源の符号化を目的としたもので,2000年代の携帯音楽プレーヤの爆発的な普及に大きく寄与した.また,MPEG-2 AACはマルチチャネル対応並びに高音質化と符号化効率の向上を両立させることを目的として,主に衛星及び地上波ディジタル放送に採用された.そして,MPEG-4 AACは低ビットレートから高ビットレートまで扱える汎用符号化方式として標準化され,2000年代のワンセグ放送,携帯音楽プレーヤなどで採用されることになった.

 そのほかにも音響信号処理の分野においては,DSPの普及に伴い,適応フィルタの応用として,アクティブノイズコントロールや音響エコーキャンセラ,適応ビームフォーミングやマイクロホンアレー,更には立体音響再生などが幅広く検討,更には実用化されていくことになった.また,ファジー論理や遺伝的アルゴリズムといった他分野での理論や手法が信号処理分野に積極的に取り入れられたことも注目に値する.更には,独立成分分析(ICA)や非負値行列因子分解(NMF)といった多変量解析や線形代数における新たなアルゴリズムの検討により,ブラインド信号分離や信号強調などの研究が活発に行われるようになった.

3.7 2000年以降(ディジタル信号処理の新たな幕開け)

 21世紀に入り,ディジタル信号処理分野における研究開発は一段と加速し,その適用範囲も急速に広まり,その過程で様々な基礎理論も検討されていくことになった.その中でも最も大きなトピックの一つとしては深層学習(ディープラーニング)が挙げられる.ジェフリー・ヒントンが2006年にNeural Computationに発表した論文において,ディープブリーフネットワークを対象にこれまで困難であった深い層の学習を可能とする方法を提案し,近年の深層学習ブームのきっかけとなった.詳細は多数の優れた解説記事や良書に譲るとして,その後(2012年頃),音声認識や画像認識において深層学習を利用することで飛躍的な認識率の改善が可能であることが示され,一部実際の製品としても利用されつつある.(例えば,Appleの音声認識システムなど.)実際,ICASSP2016においても音声関連のセッションで多数のディープラーニング等のキーワードがタイトルに含まれた論文が発表されている.深層学習はもちろん機械学習分野の成果であるが,現在では機械学習分野と信号処理分野との垣根はほとんどない状態で,相互の理論は密接に関連しており,また,様々な信号処理応用技術に機械学習は利用されている.更に,GPUやFPGAなど高速演算可能なプロセッサなどの発展も大きく後押ししていると考えられる.

 符号化の分野においては1990年代からのMPEGの流れが継続し,映像符号化では2003年にMPEG-4 AVCが標準化された.MPEG-4 AVCでは3Gによる無線ディジタル通信網を利用した映像サービスから4K相当の解像度の映像信号までを視野に入れて標準化されている.また,2013年にHEVC(MPEG-H)が標準化された.YouTubeなどのストリーミングサービスが普及したことで回線容量がひっ迫したことを背景に,MPEG-4 AVCの2倍の符号化効率を目標として標準化された.

 オーディオ符号化においては,2003年にMPEG-4 HE-AACが標準化された.AACに比べて更なる高音質と低ビットレートの両立を目標に検討され,現在ではワンセグや携帯音楽プレーヤに広く採用されている.音声符号化においてはCELPをベースとする符号化方式がこれまで標準化並びに実用化されてきたが,より高音質化と低ビットレート化を目指して,1999年にAMRが,2002年にAMR-WBが,そして2009年にAMR-WB+がそれぞれ標準化され,現在広く携帯電話において利用されている.そして,2014年に高速な無線通信網の確立という背景の中,音声帯域を可聴域まで広げることで超高音質の音声通話を実現することが可能なEVSが標準化された.

 また,基礎信号処理分野においては,1990年代後半頃から盛んとなったスパース信号処理(スパースコーディング)に関する研究は2000年代に大きく花を開いた.また,2003年に圧縮センシングの理論が打ち出され,その後,MRIなどの医用画像の再構成など幅広く応用されてきている.そのほかにも2000年代前半にはカーネル適応フィルタや適応信号処理のアルゴリズムを体系的に説明する方法が提案され,2013年頃にはグラフ信号処理が新たな信号処理技術として注目されるようになった.このように現在では信号処理,機械学習,情報理論などの各分野においてこれまで独立して行われてきた研究が相互に発展的に進展並びに統合してきており,それらの垣根はほぼ失われていると言っても過言ではない.これらは歴史的にも近付いたり遠ざかったりの関係を繰り返していることからも,今後どのように研究が変遷するかの参考になるかと言える.なお,2012年にはICASSPを京都で開催し,2度目の日本での開催となった.

4.お わ り に

 拙稿では信号処理分野における研究開発の変遷を通じて,現在のシステムと信号処理サブソサイエティの役割を考えた.現在ではサブソサイエティがカバーする信号処理技術,LSI技術や回路・ネットワーク技術などがますますその重要性を増してきていることは言うまでもない.今後のシステムと信号処理サブソサイエティがカバーする研究領域がどのように進展していくのか浅学菲才な筆者には想像の域を越えるが,生活の全てがますますディジタル化されていく中で,これまでの人間の視覚・聴覚に密接に関連した技術に加えて,味覚・嗅覚・触覚に関連した技術が盛んになっていくと考えられる.実際,既にそのような動きが世界の様々な研究機関で始まっている.また,近年大きく研究が進み始めている生体情報・生体信号に関わる技術もより大きな発展が見込まれると言える.更に,それらの応用技術を支える機械学習,統計信号処理,最適化手法など数理的側面からの研究も大きく進展すると期待される.

 最後に,拙稿執筆にあたっては多くの素晴らしい解説記事を参考にさせて頂いた.信号処理全般の詳細な歴史についてはIEEE SPSが50周年の記念で発行した文献(1)をベースに執筆した.また,DSP技術については,その提案者でもある西谷隆夫氏の解説記事(2),(3)を参考にさせて頂いた.更に,音響信号処理分野について詳細な調査を行われ,年表にまとめ上げられた伊藤彰則氏のサーベイ論文(4)により,各年代の重要な技術の提案やそれらの相互関係を詳細に再確認することができた.このほか多くの解説記事を参考にさせて頂いたことは言うまでもない.最後に誌面の都合並びに筆者の力量不足のため,取り上げた技術に偏りがあり,多くの重要な業績を網羅することができなかったことを申し添える.

文     献

(1) IEEE Signal Processing Society, “Fifty years of signal processing,” 1998.

(2) 西谷隆夫,“DSPの誕生とその発展(前編),”信学FR誌,vol.1, no.4, pp.17-29, April 2008.

(3) 西谷隆夫,“DSPの誕生とその発展(後編),”信学FR誌,vol.2, no.1, pp.9-21, July 2008.

(4) 伊藤彰則,“音のディジタル信号処理:その発展と応用,”日本音響学会2017年春季研究発表会,1-8-11, March 2017.

(平成29年1月20日受付 平成29年2月4日最終受付)

images/fig_1.png

(かじ)(かわ) (よし)(のぶ) (正員:シニア会員)

 平3関西大・工・電子卒.平5同大学院博士課程前期課程了.同年富士通株式会社入社.平6から関西大・工・助手.以来,アクティブノイズコントロールなどの音響信号処理の研究に従事.現在,関西大・システム理工・教授.博士(工学).平25年度日本音響学会佐藤論文賞受賞.著書「電気の回路と音の回路」など.


(注1) 日本音響学会では1963年に発足.


続きを読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。


続きを読む(PDF)   バックナンバーを購入する    入会登録


  

電信情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。

電子情報通信学会誌 会誌アプリのお知らせ

電信情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード

  Google Play で手に入れよう

本サイトでは会誌記事の一部を試し読み用として提供しています。