巻頭言 先端技術と説明責任

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Vol.100 No.7 (2017/7) 目次へ

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 20世紀から科学技術は,社会の制度や構造を大きく変化させてきました.高度な科学技術が,社会の基盤を担うようになり,技術による便宜を享受する利用者と技術を提供する企業や専門家の関係も変化してきました.急速に進歩する科学技術をその原理を必ずしも十分に理解せずに社会が拙速に受容し,重大な事故や予期せぬ副次効果を招くことも多々あります.福島の原子力発電所の大規模事故とその後の対応は,その典型的な例とも言えます.地震や津波,集中豪雨などの自然災害などに対しても,災害の原因やその対応の可否について,専門家の説明責任がしばしば問われる時代となっています.

 特に,本会が対象としている情報通信技術は,その進歩の速さと導入後の経済効果や社会に対する影響の大きさにおいて,他の技術分野とは比較にならない極めて特殊な技術と言えます.今世紀に入ってからでも,携帯電話の普及による通信に関する社会的な常識の変化(例えば,固定電話では,場所に電話していたのに対し,携帯電話では個人に電話している),物流構造の革命(アマゾンなどによる店舗を持たない小売業の確立など),テレビ放送のディジタル化による高精細動画像放送,光通信や無線通信による高速インターネットの個人利用など,30年前の夢の技術が瞬く間に普及し,人々の生活や企業活動を変えてきました.導入から10年もたたないうちに,利用者は日常生活でその技術の新しさを意識しないで使っています.政治的にも,ソーシャルネットワークは,アラブ諸国の政治的変革をもたらし,イギリスのEU離脱やアメリカの大統領選挙でも既存のマスメディアによる情報流通だけからは予想できなかった結果を産みました.

 携帯電話などのモバイル機器が市民の日常生活に浸透する中で,「なぜ,携帯電話がつながるのか?」という一般市民からの単純な質問に対して端的な説明ができる専門家はどれくらいおられるでしょうか.通信不能な状況が起こった場合に,キャリヤや機器メーカは十分に社会に理解してもらえる説明責任を果たせるでしょうか.もし,秘密通信が破られて政治問題や大規模な経済損失が発生して技術を提供する側の責任が問われた場合に,我々は訴訟に耐えられるような説明を行えるでしょうか.

 我々は計算複雑さに基礎を置いて暗号の安全性を説明してきました.一方で,数年前まで将棋や囲碁の難しさも計算複雑さで人工知能の限界を説明してきましたが,最近は人間の力をしのぐようになりました.専門家の中には,計算複雑さが障壁となっていた問題も今や解けるようになったというような発言をする人もいます.暗号による個人情報の保護を信用するか,人工知能による自動運転を採用するか,相反する専門家の主張に対して,一般の市民や法律家が納得できる説明を我々は準備できるでしょうか.最近は,経済基盤の電子化も急速に社会に浸透し始めました.しかし,ビットコインやブロックチェーンなどの基盤技術について,その安全性や安定性は,学術的に十分に検証されているとは言い難いと思います.

 構造や原理を知って技術を使うというのは,近代工業化社会のある種の不文律であったと思います.自動車の教習所では,車の構造や始業点検を教えていました.しかし,現在のハイブリッド車やEV車ではそのような知識は役立ちません.利用者に構造や原理を分かりやすく説明する努力をして,不測の事態に対して利用者にもある程度の責任を負わせるのか? ブラックボックスを提供して製造者やサービス提供者が全ての責任を負うのか? 技術が高度化し複雑化する中で,社会全体での議論をリードするのも100周年を迎える本会の重要な役割の一つではないでしょうか.


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