1-3 小形情報端末を創り出したエレクトロニクス

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Vol.100 No.9 (2017/9) 目次へ

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タイトル

小勝俊亘 日本電気株式会社データサイエンス研究所

Toshinobu OGATSU, Nonmember (Data Science Research Laboratories, NEC Corpration, Kawasaki-shi, 211-8666 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.9 pp.896-901 2017年9月

©電子情報通信学会2017

abstract

 スマートフォンや携帯電話,携帯ゲーム機器,ウェアラブル端末など,自由に持ち運んで利用するこれらの情報端末は,通信で外部と接続することで大きな利便性を獲得している.技術的には通信を行いながらアプリケーションを動作させるための消費電力の抑制や,携行性を確保するための小形化,常時使用するための堅ろう性(壊れにくさ)といった,相反するような幾つもの課題を部品メーカからセットメーカまでが一体となってクリアしてきた.ここでは特にハードとしての装置設計の視点から,これまでの技術の変遷を解説する.

キーワード:情報端末,小形化,携帯機器,プリント基板,実装技術

1.は じ め に

 携帯電話からスマートフォンへ,20数年前にはほぼゼロだった携帯通信端末の市場は,2016年には世界で年間19億台以上が販売,2017年には20億台を超えるとされ(1),市場規模は世界で50兆円を超える巨大な市場へと成長している.この間,屋外のどこにいても通話ができる,携帯電話はショートメッセージ機能からパソコン並みの電子メールの送受信機能へと変化し,カメラやカラー画面のほか近距離通信やGPS(Global Positioning System),電子決済機能を装備し,スマートフォンに至っては,電話機能はほんの一部にすぎず,インターネットの閲覧はもちろんのこと,パソコンでしかできなかった動画像のダウンロード,GPSを利用したナビゲーション機能などを備えた携帯情報端末へと変貌した.携帯電話,スマートフォンの世界的な普及はディジタル高速通信技術,小形高性能かつ低消費電力のプロセッサ技術,液晶や音響デバイス,アンテナ,カメラなどのデバイスの小形化,それらを一つのきょう体に収め信頼性を確保する実装技術,更にユーザに新しい体験を提供するソフトウェアなど,様々な技術の集大成と言える.誰でも,世界中どこにいても瞬時に動画像を配信できるというような世界は,20数年前には想像もつかなかったであろう.

 携帯ゲーム機やオーディオプレーヤなど,他のパーソナルユースの端末も通信機能を装備し,世界共通仕様で大量生産しながら普及することで,劇的な進化を遂げている.端末の進化を支えたのは一言で言ってしまえば,エレクトロニクス技術の進化,である.だが,その領域は余りにも広く,一つ一つの技術は非常に示唆に富んで深いものがある.ここでは主に携帯電話とスマートフォンを中心に,端末の発展の歴史とともに,これらを支えたシステム設計にフォーカスしてその変遷を追ってみたい.

2.携帯電話からスマーフォンへ,発展の歴史

2.1 携帯電話の普及

 1985年頃,初期のアナログ式携帯電話は「ショルダーフォン」と呼ばれた肩掛け式で,重さが約3kgあった.図1に携帯通信端末の変遷を示している.その約6年後の1991年,NTTドコモからムーバシリーズが発売され,重さが300~400g程度まで軽くなり,持ち運び可能なサイズへと一気に小形化が進んだため本格的な普及が始まった.1993年にはディジタル方式(PDC: Personal Digital Cellular)の携帯電話のサービスが始まり,1997年頃からディジタル化によって周波数帯に余裕ができたことで,携帯からのテキスト送受信を可能にしたショートメールサービスが開始する.ディジタル化によって電池の持ち時間も長くなり,携帯電話の体積が100cm3を切るようになって,サイズボリュームは競争軸の一つとなっていた(図2).

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2.2 携帯電話からの携帯通信端末へ

 2000年代に入ると第3世代の普及が始まり,インターネット接続が本格化.機能面ではカメラが標準搭載され,画像や動画像のやり取りが可能になる.携帯電話の形状もキャンディーバー形と呼ばれた画面とボタンが同一面に配置されたものから,画面の大形化に伴い折り畳み形が主流になる.サイズ競争を行っていた第2世代から一転,機能競争へシフトし,50cm3まで小形化していた携帯電話のサイズは150cm3程度まで大形化する.そんな中,2003年にNECが海外市場向けに発売したのがN900と呼ばれるカード形携帯電話で,カメラなど基本機能はそのままに,体積を一気に40cm3まで小形化している.

2.3 スマートフォンの登場

 機能面で大幅な進化を遂げた携帯電話が,小形化とデザインに各社の競争軸が移っていた2007年,iPhone発売によって,ソフト競争に置き換わる.機能を充実しながら小形化を含めた端末のデザインで工夫を凝らすだけでは勝てなくなり,日本のメーカは苦戦を強いられる.iPhoneの大きな画面に直接タッチするUI(ユーザインタフェース)は国内でもかなり検討と開発を重ねていたが,画面に直接触れることの抵抗感からペンが必要であるとか,従来型のキーのようなクリック感が必要であるとか,なかなか採用に踏み切れないでいたのだ.それがいとも簡単に普及していく様は,開発者にしてみれば衝撃としか言いようがない.それでも何とか特徴を出そうと,NECでは2画面タイプのスマートフォンを開発している.だが,iPhoneに代表される大画面とタッチパネルのUIという基本構造が変わらない中での製品開発競争では,もはやデバイス機能での差別化とそれを組み合わせるソフト面の差別化が中心であり,iOS対Android+デバイス機能の競争となり,スマートフォン業界の世界的な流れはApple社とSamsung社の一騎打ちに中国メーカが台頭するなど大きく変わってきている.

3.小形・薄形化のキーデバイス

 端末の進化に伴って,デバイスも大きな成長を遂げた.図3に示すように,表示デバイスや情報処理プロセッサなどは数兆円の市場規模となっている.デバイスの機能進化そのものか小形化・薄形化のみならず端末の進化に大きく貢献していることは論を待たない.ここでは特に端末の小形化に貢献したデバイスについて,その経緯をたどりたい.

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3.1 プリント基板

 携帯用の情報端末では機能ごと,若しくはエリアごとに複数の配線基板が採用されることが多い.特に折り畳み形ではキーボード側と液晶側に配線回路を形成する場合が多い.複数のプリント基板の中で,メインボードと呼ばれるような,通信用のプロセッサやアプリケーション動作用のプロセッサなどの主要な部品を実装するプリント基板の大きさは,情報端末自体の装置サイズに大きく影響する.プリント基板の回路設計では,最小パッドサイズ,最小ライン幅,ビア構造,絶縁材料の物性など,採用するプリント基板の基本仕様によって基板のサイズが大きく変わる.更に,実装工程での加熱による変形やはんだなどの接続部の実装信頼性,使用状態での発熱や落下時の衝撃を緩和する機械的な信頼性も必要になる.これらを統合的に捉えての部品間隔,回路形成に必要な層数が決まり,絶縁層や配線層の銅はく厚みが決まり,全体の厚さが決まる.SIP(System In Package, サブ基板上に複数の部品を実装した機能モジュール)の進化によってモジュール化が進むと,それを実装するメインボードは簡単な配線だけで済むと考えられてきたが,実際にはプロセッサの進化のサイクルや,端末デザイン,多機能化など様々な要因で,メインボードの役割は相変わらず大きく,相応なスペックの基板が必要とされ続けている.

 図4は携帯に使用されるメインボードの進化の変遷を示している.小形の情報端末では,最新のプロセッサが実装可能で,高密度化が可能な最新のプリント基板が常に採用されてきた.携帯電話の市場が拡大した2002年頃から10年間ぐらいの間,コア材の厚みは1/3に,8層で0.75mmあった基板は10層で0.5mmと大きな進化を遂げている.貫通スルーホールで構成されたコア層は消え,全層ビルドアップのエニーレイヤ基板の採用が始まっている.エニーレイヤ基板では配線効率が格段に改善されるため,小形・薄形化への貢献が期待されている.図5は代表的なエニーレイヤ基板の断面図である.

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3.2 カメラモジュール

 スマートフォン,携帯電話でのカメラ実装率は90%を超えている.また画面の大形化に伴いカメラの画素数も増え続け,16メガピクセルを超えるディジタル一眼レフ顔負けの画素数を誇るものも少なくない.またiPhone7をはじめ,リア側にカメラ二つ配したデュアルカメラ仕様のスマホも増えている.広角と望遠,カラーとモノクロの組合せで画質を向上する,など様々だ.この間,撮像素子もCCDから小形化と大量生産に向いているCMOSプロセス応用したタイプに取って代わり,オートフォーカスやズームレンズ機能が付加された.それでもカメラモジュールの外形サイズは最大10mm×10mm×高さ7mm程度と小さくなることはあっても大きくなることはない(図6).このことは次項で説明する,モジュールレイアウト設計と大きく関係している.平たく言えば,設計上カメラに確保されるエリアがこのサイズ以下でしかなく,結果としてカメラモジュールメーカはこのサイズの中で多機能化にしのぎを削るのである.

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4.全体システム設計とモジュール構造

4.1 端末の小形化設計

 2002年頃,端末が大形化する中で,各社は小形化の技術の開発を既に始めていた.小形化を進めるために,まずは小形のデバイス,薄いデバイスを集める,ということは容易に想像がつく.デバイスメーカもセットメーカの動きを察知して,小形・薄形の部品の開発を進める.そうなると同じようなロードマップでしか動けず,他社との差別化は難しい.着目したのはきょう体の中の空間であった.背の高い部品と低い部品の差に生まれる空間.きょう体が変形しても中の部品と接触しないための空間.部品の寸法公差で生まれる空間.実装禁止エリアとして,回路基板上への部品実装時の装置側の制約で生じる,プリント基板上に何も部品が搭載されていない空間.これらの空間にはそれぞれ空間を発生させる理由があるが,改善の余地がないわけではない.

 図7は厚さ11.9mmを実現したときの折り畳み形携帯電話の断面図である.当時の一般的な端末が24mmぐらいだったので半分の厚さである.液晶があるきょう体は裏にサブ液晶を配置して厚み4㎜に抑えているが,当時のきょう体の肉厚が通常1mm程度だったことを考えるといかに薄いかが分かる.メインボードは部品高さがまちまちだった部品レイアウトを高さ方向にそろえて表裏の両面実装とし,実装基板と重なっていた電池を基板と別に配置している.こうすることで配線基板そのものの面積半分以下に減らし,基板の厚みも片面6層0.7mmから8層両面0.6mmへ薄くしている.アンテナはマイク部分からヒンジの裏側へ移動し,アンテナ周辺のデッドスペースを削減している.

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 また実装基板は落下や外力による変形などに対する強度を実装した基板での信頼性を重視していた.基板を薄形化しても実装上のレイアウトを工夫すれば落下衝撃の信頼性は確保できる(2),(3)が,局所的に加わる外力の変形には弱くなる.これを緩和するためにはきょう体を薄くて剛性の高いものにする必要があり,開発したのはハイブリッドきょう体と呼ぶ高剛性のステンレスバスタブ構造のきょう体に,外装を高強度プラスチックで一体成型する構造である.金属のみとしない理由はアンテナを内蔵するためには完全に金属で覆うことができない,ということと衝撃に対するダンピング効果が低いことが大きい.このことから最も強度が必要なヒンジ周辺は樹脂の比率が非常に多い.これはアンテナと衝撃緩和の観点での最適化の結果である.

 実装レイアウトを構造面から行うとしても電気回路の制約,つながりを無視することは当然できない.突き詰めていくと機能ごとに構造をある程度固定していくモジュール設計へと向かう.この設計手法は以降の弊社の端末構造のスタンダードとなり,スマートフォンになっても構造は引き継がれた.

4.2 最新機種の設計

 Samsung社のGalaxy S7とNECのN-06Cの実装基板を図8に示す.両端末共に厚さが7mm台と薄い端末だが,画面サイズがN-06Cが4インチに対してS7が5.5インチとかなり大きくなっており,これに伴って面積が1.42倍増えているため,実装上の余裕は増えている.スマートフォンの基板がL形になるのは,電池サイズときょう体の上下端に配置することが多いアンテナの影響が大きい.一つに見えるN-06Cのシールドフレーム(半導体周辺の金属フレーム)にもエリアごとに壁面が設けられており,機能ごとに不要雑音の干渉が起こらないような構造になっている.回路ブロックごとにモジュール化設計されている.アルミダイカスト成型の骨組みに,樹脂を一体モールドして非常に強度の高いきょう体構造を採用しており,液晶,表面,裏面の曲面ガラスなど,構造物としての強度をほとんど期待できないパーツで構成されている全体の強度をしっかりと支える構造になっている.

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5.ま  と  め

 これまでの携帯情報端末の歴史を振り返り,主にエレクトロニクスの進化とともに進展したシステム設計の観点で変遷を解説した.限られた誌面ではなかなか伝え切れない面があるが,小さなきょう体の中に多くの機能を詰め込む携帯情報端末が,試行錯誤の中から多くの技術を生み出してきた功績は大きい.新しいマーケットを創造するこのような機器の登場は,業界全体で待ち望むところであるが,携帯情報端末の進展がディジタル通信回路から始まり,数々のデバイス技術が支えたように,個々のデバイス技術が重要であることは言うまでもない.

文     献

(1) 矢野経済研究所,
https://www.yano.co.jp/press/pdf/1607.pdf ,
https://www.yano.co.jp/market_reports/C58113200

(2) 小勝俊亘,阿部勝巳,大嶋洋一,北川丈晴,“狭ピッチBGAの薄型多層基板への実装信頼性,”エレクトロニクスにおけるマイクロ接合・実装技術シンポジウム(Mate) 2007,溶接学会p.37, Feb. 2007.

(3) K. Fujii, K. Abe, Y. Oshima, T. Kitagawa, and T. Ogatsu “Drop test reliability of fine pitch CSPs on thin multilayer printed wiring board,” ICEP, エレクトロニクス実装学会,Tokyo,May 2008.
https://web.jiep.or.jp/old/event/icep/ICEP2008/program/ICEP2008AdPro.pdf.

(平成29年5月15日受付 平成29年6月5日最終受付)

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()(がつ) (とし)(のぶ)

 平2東京理科大・理工・機械卒.平4同大学院修士課程了.同年日本電気株式会社入社.以来,光半導体,水晶振動子の生産プロセス開発を経て,携帯電話,パソコンなどの実装技術の研究に従事.現在,同社データサイエンス研究所研究部長.平24年度関東地方発明表彰発明奨励賞受賞.


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