解説 近世日本における相場情報の通信技術

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解説

近世日本における相場情報の通信技術

Communication Technology in Early Modern Japan:
The Case of the Rice Market Information

高槻泰郎

高槻泰郎 神戸大学経済経営研究所グローバル金融研究部門

Yasuo TAKATSUKI, Nonmember (Research Institute for Economics & Business Administration, Kobe University, Kobe-shi, 657-8501 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.9 pp.987-991 2017年9月

©電子情報通信学会2017

abstract

 無線通信・有線通信の発明以前にも通信技術は存在していた.近世日本においては,中央市場・大坂の米市場が,諸国から集まる情報を価格に反映し,そこで形成された米価が米飛脚という相場情報の伝達に特化した飛脚や,手旗信号をリレーする旗振り通信によって各地に伝搬されていた.当時,大坂米仲買が取り組んだ取引の8~9割が外部からの発注であり,西日本や日本海沿岸各地に,情報ネットワークが構築されていた.本稿では,現代のインターネット通信の類似点を論じながら近世日本における相場情報の通信技術と,その活用事例を解説する.

キーワード:旗振り通信,手旗,相場,飛脚

1.は じ め に

 江戸時代の日本において最も重要な商品が米であり,それが集中的に売買された中央市場が大坂にあったことはよく知られている.米納年貢制の下,領主階級は米を貢租として徴収し,それを市場で現金化することで財政支出に当てていたため,米価の下落は歳入の目減りを意味し,領主階級の財政悪化は,借金返済の滞りや消費支出の減少などを通じて,民間経済にも悪影響を及ぼした.反対に米価の高騰は,最悪の場合,餓死者を出す事態にもつながりかねなかった.

 このため,大坂で形成される米価は,官・民を問わず,中央・地方を問わず,広く関心を集めた.当時,大坂は「諸国相場の元方」,すなわち諸国の相場の基準を定める市場と呼ばれ,地方の相場は大坂のそれに追随する関係にあった(1).この背後には,後述するように大坂の相場情報を速報することを(なり)(わい)にする業者が存在したのだが,ここで「速報」が必要とされたことの意味を考えねばならない.政策当局が米穀需給を判断する材料とする,あるいは地方に住む商人や農民が,中央市場の動向を把握するというだけならば,相場情報を伝達する速度は,さほど求められないはずである.

 速度を求めたのは,実のところ投機筋であった.大坂米市場では,資力に乏しい者でも,僅かな手数料で参加できる先物取引が盛んに行われ,投機目的でこれに参加する者も多かった.江戸時代中期以降になると,米相場,とりわけ先物市場で勝負する上でのテクニックを解説する書籍も盛んに出版されており,旺盛な投機意欲をうかがわせるに十分である(2).取引市場で売買を行う資格を有した米仲買について,彼らが取り組む売買の8~9割が,顧客からの注文によるものであったとする史料もあり,上記のことを裏付けている.

 最大の取引市場は大坂米市場であったが,米の取引市場は全国に分布していた.大津米市場や下関米市場のように,先物取引を併設する市場も存在した.こうした地方米市場で取引を行う投機筋も,大坂米価に関する情報,それもできるだけ鮮度の高い情報を求めた.地方から大坂に注文を出す人々,地方米市場で取引を行う人々のニーズから,相場情報をできる限り速やかに伝達するための技術が生み出されたのである.

 以下では,相場情報の伝達に用いられた各種手段について解説し,その技術的特徴,応用事例について検討する.なお,以下の内容は,筆者のこれまでの研究に,若干の新知見を加えた解説文として再構成したものであることをあらかじめ断っておく.

2.米飛脚の登場


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