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解説
身体知研究の情報処理技術及び産業との関連解説
Embodied Knowledge Analyzed through Information Technology and Its Relevance with Industry
abstract
身体知は人が長期にわたる探究と訓練を経て獲得する経験的知識であり,技能という形で認められることが多い.身体知を言葉で伝えるのは困難であるが,これは細々としたことが多々含まれていたり,個人の特性により微調整が行われたりすることに由来する.本論では身体知を四つのレベルに分け,各種技能をそれらに対応付けることで身体知の構造を概説する.またデータ収集と分析の仕方を中心に研究上の留意点についても述べる.
キーワード:身体知,技能,技能獲得支援,熟練,演奏,スポーツ
技能は常人には容易にまねできない巧みな動きとして観察される.音楽家の楽器演奏,陶芸家による土練りなどがその例である.これらの動きは原理・原則を理解したからといってすぐにできるものではなく,長年の修練を経てようやく習得される.時間が掛かるのは言葉で説明し切れないほど細々としたことが多々あったり,個人の特性により微調整が必要になったりする事情による.
長らく技能は情報技術と縁がなかった.技能を要する仕事は肉体労働の印象が強く,相対的に賃金が安いこともあって情報化の対象とならなかった.センサや計算機を導入して技能獲得支援システムを構築するよりも,人を雇って育てる方が安上がりだった.情報技術への投資に見合う効果が得られるようになったのは退職者の増加に伴い熟練工が減ったこと,若い人が肉体労働を避けるようになったことによる.人材の供給が減ったことで技能者の価値が高まり,情報技術を適用することが意味を持つようになった.
利益が出るかどうかを情報化の基準とするなら,技能研究の応用先はいまだ限られている.その原因は応用システムの開発に要する労力が大きいからであろう.身体知研究は発展途上にあり,統一的な開発手法は存在しないし,アルゴリズムやライブラリも未整備である.分析手法に興味のある者が手軽に参照できるデータセットも限られている.成果が十分に共有されておらず教科書も少ない現状では一気に研究が盛んになる可能性は低い.しかしながら近年の技術革新と社会情勢の変化を見ると,近い将来,身体知研究が役立つものと予期される.
日本では人口減が問題視されている.消費者も労働者も減り,国力が低下するとの懸念があるが,実際のところどうだろうか.同じように人口が頭打ちであった江戸時代を見るとそのときに文化が華開いている.単純化して言うならこの時期,「できるだけ物を使わないで質を上げる」ことに注力していた.乱暴に経済活動として捉えると芸術や工芸は同じ材料を使って高く売れるものを作ることである.全く材料を使わない究極のものが介護や教育などの人的サービスであろう.これから伸びる産業はその辺りにある.
高品質の製品や質の高いサービスが利益の源泉となる時代になれば,その知識を蓄積・共有し,改善や創造に役立てることが重視される.センサやクラウドなど近年隆盛しつつある技術は知識を安価に蓄積し共有する仕組みを提供するだろう.ニーズとシーズが適合するときが遠からず到来する.身体知研究をそのように位置付けた上で,この解説では身体知を次のように解題する.まず技能の階層性に触れ(2.),それぞれの階層(レベル)について概説する.順に,平衡感覚(3.),四肢の連係(4.),狙いを定める(5.),即応性(6.)について触れる.最後に今後の展望を俯瞰して本稿を締めくくる.
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