特集 2-3 「考えるネットワーク」に向けて

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Vol.100 No.8 (2017/8) 目次へ

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タイトル

中尾彰宏 正員 東京大学大学院情報学環

島野勝弘 正員 日本電信電話株式会社NTT未来ねっと研究所

Akihiro NAKAO, Member (Interdisciplinary Initiative in Information Studies, The University of Tokyo, Tokyo, 113-0033 Japan) and Katsuhiro SHIMANO, Member (NTT Network Innovation Laboratories, NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION, Yokosuka-shi, 239-0847 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.8 pp.771-776 2017年8月

©電子情報通信学会2017

abstract

 コンピューティング技術の急速な発展とクラウドの普及に伴って,ネットワーク(NW)装置にも仮想化の波が訪れた.その動きは2007年前後から顕在化し,日本では,総務省・NICTが中心となって推進した新世代NW基盤技術の研究開発の一環として,その基本概念としてのNW仮想化のインフラを研究開発するVNodeの委託・共同研究がオールジャパンで推進され,米国ではSDN,OpenFlowを中心に,NW仮想化テストベッドのGENIプロジェクトの形で研究が進められた.また,2013年からはNW機能を個別に分離し,それぞれを汎用ハードウェアの上でのソフトウェアとするNFVの検討が始まった.それに伴い,ソフトウェアによる高速のパケット処理が求められ,日本国内ではx86上で動作するLagopusや,メニーコアプロセッサ上で動作するFLAREが発表された.更に第5世代移動体通信の検討が進む中,コアNWもビッグデータや人工知能(AI)技術を活用した「考えるNW」として発展の道が開かれつつある.

キーワード:Network Virtualisation, Software Defined Networking(SDN), Network Function Virtualization(NFV), Network Softwarization

1.NW仮想化のれい明

 ムーアの法則に従って,コンピューティングは急激な性能向上を成し遂げた.クラウドコンピューティングの進展とともにサーバは仮想化され,それらを接続するネットワーク(NW)においても仮想化が重要な技術要素となった.当初は仮想マシン(VM)間を接続するVLANの接続替えを柔軟に行うだけだったものが,クラウドコンピューティング技術が高度になるにつれ,高度化の要望が高まった.

 その中で,日本ではNW仮想化(Network Virtualization)の共同研究としてVNodeシステムの研究開発(1)が開始され,ほぼ同時に米国においても同様のアーキテクチャを持つGENIプロジェクト(2)が始まることとなった.VNodeは,後年,重要な技術となる「NWスライス技術」と「NWソフトウェア化」の萌芽的研究とも捉えることができる.NWスライス技術は,インフラをスライス,つまり,「NW機能やサービスを実現するための,プログラム可能なコンピュータ,ストレージなどのNW資源の独立な集合体」に分割し,異なる要件のアプリ・サービスのトラヒックを各スライスに収容する技術である.後者のNWソフトウェア化(Network Softwarization)は,「NWの機器や機能をソフトウェアプログラムによって具現化し,より柔軟かつ迅速にサービスを構築・運用していく」概念である.図1にVNodeシステムの概要を示す.VNodeのノード装置は,仮想的なリンクで仮想的なノードを接続するために,仮想リンクを実現するリダイレクタ機能と仮想ノードを実現するプログラマ機能,それらを統合管理するマネージャの三つの部分から構成されていた.また,複数のVNodeを連結したNW全体の管理システムを備えた.NW管理システムは仮想リンクと仮想ノードから構成される仮想NWとコンピューティングの集合をスライスとして管理し,それぞれのスライスは独立性を保って運用できるよう設計された.運用者(スライスのオーナー)は,仮想ノードに通常のNWで用いられるパケット転送機能だけでなく,VMとして任意の機能を配備して運用に供することが可能になった.また,スライス全体の構成は,XMLに準じた文法を用いて記述することができ,それを管理システムが解釈することで仮想NWをスライス内に構築できる仕組みを備えた.同研究プロジェクトでは,日本全国に七つのVNodeを配し,実証実験を行い,また,米国のGENIプロジェクトとの相互接続実験を進め,プログラマブルなノードを有する仮想NWの原理を実証することができた.このシステムでは,仮想ノードをVMとしていたので,プログラマビリティの自由度が高くデータプレーンでペイロードも参照,書換えが可能であり,Deeply Programmable Network(DPN)の概念を実現したものであった.

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2.SDN(Software Dedined Networking)とOpenFlow

 VNode, GENIとほぼ同時期に,米国を中心に従来の設定ベースのNW管理からソフトウェアにより柔軟な設定変更を可能とするSDNの検討が始まった.SDNの中核的なプロトコルとしてフローの単位の細やかな制御を実現するOpenFlow(3)の検討と標準化が進められた.OpenFlowでは,制御系(コントロールプレーン)と転送系(データプレーン)が分離されたモデルが採用され(図2),コントロールプレーンでは,保守運用者が設定したプログラムに応じてフロー種別とそれに対応したアクションが規定され,それを命令としてデータプレーンをつかさどるOpen Flowスイッチへと送られる.データプレーンでは,IPヘッダ,イーサネットヘッダ,TCP/UDPヘッダ,VLANタグなど多くのヘッダ情報の組合せでデータフローを識別し,識別された情報に対してアクション(ヘッダの編集,転送先方路の変更,消去など)のフローテーブルを参照し,命令が実行される.フローの定義が記述されていないパケットは,コントローラへ送られ,コントローラで処理が行われる仕組みである.OpenFlowでは,このようにして保守運用者の指示が記述されたプログラムによってNWの挙動が記述され,プログラマビリティを実現する仕組みであった.

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3.NFV(Network Function Virtualisation)

 2013年からは,ETSI-NFVでの標準化の活動が始まった.NFV(4)では,従来は専用のLSIを用いた専用のハードウェアと,そのハードウェアに特化したオペレーティングシステムを含む専用ソフトウェアから構成されていたNW装置を,仮想化技術を活用して汎用のハードウェアとソフトウェアの組合せで実現する(図3).

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 ETSI-NFVでは,前述のNW機器の構成法の革新のほかに,従来,多くのNW機能を一体のきょう体に実装していたことに代わり,個別の機能をソフトウェア的に分離して必要な機能のみを組み合わせてNWを構成するDisaggregationの議論や,NFV化されたNW機器から構成されるNWの管理システム(NFVオーケストレータ)の検討,NFV技術を用いた新しいユースケースが提案,議論され,PoCが盛んに行われている.一般にはNFVにより,市場への参入障壁が下がり,競争が促進されてコストが下がること,ハードウェアとソフトウェアが分離されたことによるそれぞれの領域での技術革新を迅速に取り込めること,ソフトウェアの再利用性が高まるので製品の寿命が延びること,汎用技術が広く使われて対応できる技術者の裾野が広がることなど,多くの期待が寄せられている.また,プログラマビリティの観点では,NFVオーケストレータによる自動化されたオペレーションによるコスト削減に注目が集まった.

4.ソフトウェア化されたNW装置の高速化

 NFVの概念が浸透し,クラウドコンピューティングでNWの仮想化が進展するにつれ,ソフトウェア化されたNW機器の性能向上に関心が集まり始めた.当初はRSS(Receive Side Scaling)やSR-IOV(Single Root I/O Virtualization)などハードウェアレベルでVMとNWインタフェースを連携し,パケット転送を高速化する技術が用いられていた.インテルは,サーバのNWインタフェースカードに到着したパケットをDMA(Direct Memory Access)を用いてオペレーティングシステムのアプリケーション領域のメモリに転送し,OSカーネルの処理をバイパスしたり,PMD(Polling Mode Driver)を用いることでパケット転送の高速化を図るData Plane Development Kit(DPDK)(5)に取り組んでいたが,2012年頃から急速にDPDKによる性能向上が見られるようになった.我が国では,SDNやNFVを拡張し,前述のDPNを追求する研究開発が始まり,データプレーンのソフトウェア化を進める動きが活発化した.NTTはDPDKを世界に先駆けてOpenFlowスイッチに適用した,SDNソフトウェアスイッチLagopus(6)によって,一般的なx86サーバを用いて当時世界最高クラスの10Gbit/sを超える転送性能を達成した.Lagopusの構成を図4に示す.図に示すとおり,LagopusではマルチコアCPUの能力を引き出すためにマルチスレッド化,並列化,パイプライン化が行われ,モジュール間の接続にはリングバッファが用いられている.また,東京大学は,一般的なサーバに用いられるマルチコアCPUではなく,より多数(36~72以上)のコアを持つメニーコアCPUにより高性能を達成するFLAREアーキテクチャ(7)を提唱し,ソフトウェア化され,更に,スライス化されたNW装置での高性能化が可能であることを示した.近年では,上記DPDKを採用し,x86サーバにFLAREアーキテクチャを移植したFLARE-DPDKアーキテクチャの研究開発に取り組み,NTTとの共同研究において,Lagopusを更に性能向上し,また,FLARE-DPDK構成要素として,様々なNW機能と組み合わせて利活用可能とした.これらのソフトウェアベースのNW装置においては,全てのパケット転送処理がソフトウェアで記述されていることから,自由度が高く,かつ,容易にプログラム可能なインフラ構築技術が実現できるようになった.

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5.第5世代移動体通信におけるコアNW

 2014年頃から第5世代移動体通信システム(5G)の検討が進められ,ギガビットクラスの大容量セルラだけでなくWiFiやミリ波を用いた通信とのシームレスな連携や,無線区間遅延1msに対応したより遅延量の少ない転送性能を求められるようになった.この新しいNWでは,多様な大容量無線アクセスによる8K/4K高精細映像配信,高リアルタイム性を要求する自動運転車(コネクテッドカー)の実現,競技場やイベント会場など多くの人が密集する場所での大容量無線通信の提供,IoTを実現する膨大な数の端末収容などが期待されている.それを支えるコアNW技術として複数無線アクセスNWの収容,サービスごとの要求条件に対応するNWスライス技術,NW内での情報処理を垂直分散的に行うエッジコンピューティング技術など,新しいコアNWが検討されている.NWスライス技術ではサービス要求条件に応じて自動的にリソースを組み合わせる部分などに,エッジコンピューティング(図5)では分散コンピューティングのリソース制御や最適化などに,広範にプログラマビリティが活用されることが期待される.

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 我が国では,2014年9月30日に,第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)が設立され,5G全般の検討が開始された.その中でも,NW委員会では,5GのNWの総合的なアーキテクチャに関する検討と,NW基盤に関わる要求条件,技術に関する検討を任務としている.5GMFの白書(8)では,基本概念として「超柔軟性(Extreme Flexibility)を掲げているが,特に,NWインフラに対しては,スライス技術とソフトウェア化の二つを鍵となる技術として提示している.この二つの技術の定義は,ITU-Tでの標準化の舞台で改めて明確化されることとなった.この二つの技術が成熟することは通信NWにおける大きな変革を意味する.

6.考えるNW

 NW機器の設定,監視情報,警報情報などの多くの情報を集め,これまで困難だった故障の予兆を事前に検出して予防保全に役立てたり,NW以外の情報,例えば人口のリアルタイム分布の変化やイベント情報などの人間活動の情報から,NW内のトラヒック動向を予見して事前にリソース配分を変更するなどのトラヒック制御を行うなど,これからのNWではNW自身がビッグデータ解析や人工知能(AI)の技術を用いて,これまで高められてきたNWプログラマビリティを活用することで,新たなパラダイムを開くことが期待されている.

 SDNのアーキテクチャによれば,データプレーン,コントロールプレーン,アプリケーションプレーンという3層が明確に分離され,近年では,アプリケーションプレーンにおいて,収集したトラヒックデータの解析に機械学習を適用する研究が盛んに行われている.深層学習(Deep Learning)やAI制御により運用コスト(OPEX)の低減に期待が集まっている.しかし,今後は,更にデータプレーンのプログラム性を活用し,データプレーン上で特徴抽出や学習オフロード,自律制御などのプログラム実行による,より高度なNW制御が研究開発されるべきである.つまり,これまで,我々が培ってきた,NW内における深遠なプログラム性(Deep Programmability)を駆使し,柔軟な通信基盤の構築を進め,「考えるNW」を実現するべきであろう(9)

7.ま  と  め

 現在までの10年間の短い歴史を振り返ると,我が国では2007年頃に始まった新世代NW基盤技術の研究開発,その基盤としてのNW仮想化技術の研究開発,SDN,NFVから,より深いプログラム性を追求するDeep Programmabilityの追求,そして,5GのコアNWにおけるスライス技術やソフトウェア化技術の適用へと発展してきたことがよく分かる.今後は,NW内のプログラム性を機械学習に適用し,トラヒック予測や障害検知などにより高度で柔軟な通信制御が「考えるNW」として発展していくことは間違いない.2007年当時,NW仮想化技術の定義や,スライスという言葉の定義,課題の整理,標準化など,学会や共同研究で延々と議論をしていたことが昨日のことのように回想される.こうして回顧すると,NW仮想化技術が,新しい通信基盤の使われ方に柔軟に対応できるように,ソフトウェアプログラムにより迅速に柔軟に変化する技術として認識され,その適用が正に花開こうとしている時代に突入してきていることがよく分かる.

 欧米では,学術分野において,情報科学(computer science)と通信技術(communication technology)の融合が急速に進んでいる.NW仮想化技術とその適用の研究開発において,このような学際分野の教育,人材育成の推進が必須となると考えられる.通信プロトコルや制御技術と,OS・アーキテクチャなど通信機器の構成技術の両方にたけた人材を育成することが,今後の我が国の課題となる.

 最後に,本会の創立100周年記念特集の発行に際し,近々の10年におけるNW仮想化技術を中心とする回顧と論点整理をする機会を頂いたことに感謝し結語としたい.

文     献

(1) A. Nakao, “VNode: A deeply programmable network testbed through network virtualization,” 3rd IEICE Technical Committee on Network Virtualization, March 2012.

(2) M. Berman, J.S. Chase, L.H. Landweber, A. Nakao, M. Ott, D. Raychaudhuri, R. Ricci, and I. Seskar, “GENI: A federation testbed for innovative network experiments,” Computer Networks, vol.61, pp5-23, 2014.

(3) N. McKeon, T. Anderson, H. Balakrishnan, G. Parulker, L. Peterson, J. Rexford, S. Shenker, and J. Turner, “OpenFlow: Enabling innovation in campus networks,” ACM SIGCOMM, vol.38, no.2, pp69-74, April 2008.

(4) ETSI GS NFV 002, “Network functions virtualisation(NFV);Architectural framework,” 2014.

(5) Intel White Paper, “Increasing platform determinism with platform quality of service for the data plane development kit,” 2016.

(6) Y. Nakajima, T. Hibi, H. Takahashi, H. Masutani, K. Shimano, and M. Fukui, “Scalable, high-performance, elastic software OpenFlow switch in userspace for wide-area network,” ONS2014, 2014.

(7) A. Nakao, “Software-defined data plane enhancing SDN and NFV,” IEICE Trans. Commun., vol.E98-B, no.1, pp.12-19, Jan. 2015.

(8) 5GMF White Paper, http://5gmf.jp/whitepaper/

(9) 中尾彰宏,“考えるネットワークの可能性,”電子情報通信学会第33回NS/IN研究会ワークショップ「ネットワークとAIが実現する未来」,沖縄,March 2017.

(平成29年3月27日受付 平成29年5月15日最終受付)

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(なか)() (あき)(ひろ) (正員)

 平3東大・理・物理卒.平4同大学院理学系修士中退.平6同大学院工学系修士了.同年日本IBM大和研究所入社.平10東京基礎研究所.同年米国プリンストン大コンピュータサイエンス学科留学.平12修士了.平17博士了.同年東大大学院情報学環助教授,平19准教授,平26教授,平28学際情報学専攻長・教授,現在に至る.九大・米ユタ大客員教授兼任.平28第5世代モバイル推進フォーラムネットワーク委員会委員長.専門はコンピュータネットワーク.

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(しま)() (かつ)(ひろ) (正員)

 平3早大・理工・物理卒.平5東大大学院修士課程了.同年日本電信電話株式会社入社.以来,光通信方式,GMPLS,ネットワーク仮想化の研究に従事.現在,同社未来ねっと研究所第一プロジェクトマネージャ.平11年度本会学術奨励賞.

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