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将来のIoTデバイスの電池レス化/電池の長寿命化,多機能・高性能化が進む携帯端末の無意識(アンコンシャス)充電,家電への遠隔給電によるコードレス住宅,PHV/EVやロボットなど移動デバイスの電源供給等,ワイヤレス給電がもたらす社会的インパクトは非常に大きい.近年急速に標準化や実用化が進むワイヤレス電力伝送技術のこれまでの進化の経緯を踏まえ,目指す将来像,主な技術課題を議論する.
キーワード:ワイヤレス給電,電磁誘導,共鳴送電,マイクロ波送電,エネルギーハーベスティング
近年ワイヤレス給電技術が注目を集めている.携帯電話の置くだけ充電器や電気自動車のワイヤレス充電,IoT(Internet of Things)用センサのバッテリーレス化等,様々な応用が検討され,商品化も進んでいる.しかし,ワイヤレス給電技術の歴史は古く,100年以上昔に遡ることができる.1864年にMaxwellがマクスウェル方程式により電磁波の存在を「予言」し,1888年にHertzが電磁波の存在を実験的に証明した頃,1884年にPoyntingにより電磁波がエネルギーであることが数式的に示された.ワイヤレス給電には電磁波を用いた技術と,高周波磁界や高周波電界を用いた技術があり,共にマクスウェル方程式で記述することができる.前者は電波形と呼ばれ,アンテナから放射された電波を介してワイヤレス給電を行うため,長距離でのワイヤレス給電が可能である.後者は結合形と呼ばれ,高周波磁界若しくは電界を介してワイヤレス給電を行うが,送電側と受電側が電磁界的に結合しており,長距離のワイヤレス給電には向かず,非接触給電とも呼ばれる.
19世紀末に実際にワイヤレス給電の実証実験を世界で初めて行ったのはNicola Teslaである.Teslaは1899年に米国コロラドスプリングスにおいてワイヤレス給電実験用のタワーを建設し,150kHzの電磁波を用いて300kWのワイヤレス給電の実証実験を行っている.Teslaは電磁波が地球との共振現象を利用して地球の反対側にすらワイヤレス電力を送れると信じて実験を行っていたため,このワイヤレス給電を「世界システム」と名付けたが,実際は地球との共振ではなく電磁波の伝搬現象によるワイヤレス給電であったため,実験は失敗に終わった.ほぼ同時期に電磁波の伝搬現象を利用したMarconiの無線通信の実用化もTeslaの研究が続かなかった要因の一つである.
同じ頃,発達し始めていた電動機や発電機,電池の技術等を用いて電気自動車の開発も行われていた.世界初の電気自動車は1870年頃に欧州で開発された.1894年にはHutinとLe-Blancにより,3kHzの高周波を用いた電磁誘導形のワイヤレス充電の特許が取得されている.しかしその後ガソリンエンジン車の目覚ましい発展により電気自動車開発は下火になり,ワイヤレス充電も忘れられてしまう.
20世紀初頭にワイヤレス給電研究で存在感を示したのが日本である.八木・宇田アンテナの発明者として名高い東北大の八木,宇田両博士は,その発明と前後して1926年にワイヤレス給電の実験結果を発表している(1).この実験では68MHzを用い,1.5~50mほど離した送受電アンテナ間にwave canalという無給電素子を配置してワイヤレス給電実験を行った.ワイヤレス給電では受信した電磁波を直流電力に変換することが必須であるが,この実験では整流器として真空管が用いられており,距離1.5mのときに出力2~3Wに対して出力電力200mW程度が得られたとされている.本会の歴史が1917年に始まり,1922年に第1回が開催された国際電波科学連合URSI(Union Radio-Scientifique Internationale)のGeneral Assemblyへの日本人の初参加が1927年であることを考えると,我が国においてもワイヤレス給電は電波科学や無線通信の歴史とほぼ変わらない長さを持っていることが分かる.
同時期に東北大の岡部博士が開発した分割陽極型マグネトロンはその後のワイヤレス給電の歴史を変える.マグネトロンの実用化により,高効率で大電力のマイクロ波が利用可能となり,大利得のアンテナを用いることで電磁波エネルギーをより集中させることが可能となったのである.もちろんマイクロ波技術の発展はワイヤレス給電だけではなく,無線通信やレーダ技術も発展させる.第二次大戦中に急速に進んだレーダ技術のスピンオフとして,マイクロ波加熱装置である電子レンジも発明された.マイクロ波レーダの開発を行っていた米Raytheon社のSpencerは,偶然レーダから放射されたマイクロ波によりポケットのチョコバーが溶けることを見て,マイクロ波加熱現象に気付き,電子レンジの特許を取得し,1947年には世界初の電子レンジが開発された.ワイヤレス給電では無線で送られた電磁波エネルギーは最後に電気に変換し利用するが,マイクロ波加熱では最後に熱に変換し物を温める.両技術とも,無線通信で言うところのキャリヤそのものをエネルギーとして利用していることは同じである.この熱としての電磁波技術は,日本では太平洋戦争末期に新技術として研究が行われたことがある.後のノーベル賞受賞者である湯川博士,朝永博士が動員され,マグネトロンとパラボラアンテナを用い,日本上空を飛行するB29をマイクロ波エネルギーで落とすことを目指した研究が海軍島田研究所で行われていた.もちろん飛行機を落とすほどのマイクロ波エネルギーを集中させることは技術的に困難であり,この開発は失敗に終わったが,マグネトロンやマイクロ波技術の発展に寄与したこととなった.
戦後,マイクロ波技術を利用してワイヤレス給電は米国で再び花開く.1960年代に,米国Brownらが主に2.45GHz(電子レンジでよく用いられ,マグネトロン技術が発達していた周波数)を用い,1964年に飛行するドローンへのマイクロ波送電実験,1975年にDickinsonらと組みゴールドストーンでの1マイル先への450kWマイクロ波送電実験と次々に成功する(2).Brownはマイクロ波を受電するアンテナと整流回路を組み合わせたレクテナ(Rectenna: Rectifying Antenna)を開発し,ネーミングしたり,Magnetron Amplifierと呼ぶ位相が制御可能なマグネトロンを開発したりもしている.
Brownらのマイクロ波送電の研究はその後宇宙太陽発電所SPS(Solar Power Satellite)という応用を生み出す.SPSは1968年に米Glaserによって提唱され(3),1970年代に米NASA/DOEにおいて詳細な概念設計がなされ,3万6,000km上空の数kmサイズの衛星で発電した100万kW以上の電力をマイクロ波に変換し,マイクロ波で地上に電力伝送を行うという構想である.しかし,2.45GHzを用いたマイクロ波送電は,100%に近いビーム効率(送電アンテナから放射した電波のうち受電アンテナで受電できる効率)を実現するためには電磁波の理論上非常に大きなサイズのアンテナを必要とし,当時SPS以外の有用な応用を見いだせなかったため,一部のSPSのためのマイクロ波送電研究以外の研究は一時下火となる.
1980~90年代の日本のワイヤレス給電の研究は,米国のSPS研究に刺激されたアンテナ・マイクロ波研究者らが中心であった.北海道大学による世界初のマイクロストリップアンテナを用いたレクテナの開発や,京都大学らによる小形ロケットを用いた宇宙空間での世界初のマイクロ波送電実験(1983年),京都大学・神戸大学らによる世界初のフェーズドアレーを用いたマイクロ波送電飛行機実験(1992年)等,次々とマイクロ波送電研究を発展させていった(4).京都大学松本博士らを中心にして本会にマイクロ波無線送電研究専門委員会が設立され,活動していたのは1990~92年であった.当時はまだ本会には研専運営会議もない時代のことである.我が国ではSPSの実現を目指した研究会活動も行われ,1987年には宇宙科学研究所に組織されたSPSワーキンググループもスタートしている.(1997年にSPS研究会,2015年にSSPS学会へと発展.)
欧米でも1990年代には様々なマイクロ波送電の研究が行われていた.カナダのSHARP計画で模型飛行機を飛ばした実験は1987年であり,米国Texas A & M Universityから多数のレクテナの論文が発表された.2001年頃にはフランス領レ・ユニオン島での陸上定点間マイクロ波送電の実験も計画されている.
当時のマイクロ波送電の研究開発は電力を1箇所に集中するビーム形と呼ばれるものが主流で,実用化には至らなかった.しかし,1980年代から無線通信技術の発展として非接触で半導体メモリの情報を読み書きし,その電力もワイヤレスで供給するRF-IDの研究開発と実用化が始まっている.我が国でも日立が2.45GHz帯を用いたRF-IDµ-チップの開発で世界をリードしていたが,現在のRF-IDは915MHz帯が主流となっている.ICの動作電力は一般に100µW以下であるため,密度の薄いマイクロ波を広い範囲に放射する利用法となる.現在はRF-IDもワイヤレス給電技術を用いている,と認識されているが,当時はまだRF-IDはワイヤレス給電という文脈で語られることは多くなかった.
マイクロ波送電のみならず,kHz-MHz帯を用いた電磁誘導によるワイヤレス給電の実用化をリードしていたのも我が国であった.電磁誘導によるワイヤレス給電はいわゆる「置くだけ充電器」として,電動歯ブラシ,シェーバー,コードレス電話等に応用され,パナソニックから1981年には商品化されている.また近距離RF-IDであるNFC(Near Field Communication)の一種としてソニーが開発した非接触ICカード規格Felica(周波数13.56MHz)は1995年に登場し,いまや日常には欠かせないものとなっている.我が国では将来を見据えた研究も盛んに行われており,東北大では1988年に人工心臓用非接触電力伝送のプロトタイプを開発したことを皮切りに,PCの非接触充電の研究やEVへの非接触充電の研究等,多くの非接触ワイヤレス給電の研究を行っていた.1980年代に水中ロボット開発を始めた三井造船は1999年に電池式無索自律水中ロボットを開発,同時にワイヤレス水中給電システム(15kHz,2kW)の開発研究が行われた.マイクロ波は水中での伝搬は非常に難しいが,高周波磁界は水中での減衰がほとんどないために,水中へもワイヤレス給電が可能なのである.その後,三井造船の技術は子会社の昭和飛行機工業に移管されEV及びバス用ワイヤレス充電の研究も行い,現在に至るまで多くの製品を出している.
20世紀後半の欧米での電磁誘導によるワイヤレス給電研究開発はEVへの非接触給電の実証実験が中心であった.1970年代にはニュージーランドUniversity of Aucklandでは小さなトロリーバスへの電磁誘導非接触給電の提案を行い,特許も取得している.同大学は日本のダイフク社と交流が深く,ダイフク社は近年工場内AGV(Automated Guided Vehicle)のワイヤレス充電器等多くの製品を開発している.また同大学の技術はドイツへと渡り,IPT(Inductive Power Transfer)と呼ばれるワイヤレス給電技術として1990年代以降,商用電気バスやEVへのワイヤレス充電システムとして多く採用されるようになっている.1982年頃には米カリフォルニアでPATH(Partner for Advanced Transit and Highways)Projectと呼ばれる電磁誘導(400kHz)を利用した走行中EVへの非接触充電実験も行われていた.フランスでは1995年にEVのワイヤレス充電の研究プロジェクトとしてTulip(Transport Urbain, Individuel et Public)計画が実施された.これら20世紀のEVワイヤレス充電はEVの本格的な実用化前であったこともあり,その実用化には21世紀を待たなければならなかった.
ワイヤレス給電技術に革命を起こしたのが2006年にアメリカMITから発表された磁界共鳴(共振)送電方式である(5).電磁誘導は高周波磁界を利用しているため,高周波回路や磁界を発生させるコイルが高効率で安価であるという利点がある一方,ほぼ0距離でしか電力を供給できないという弱点がある.MITの共鳴(共振)送電は10MHzを用いて,ほぼ電磁誘導と同じ等価回路を利用しながら,電磁誘導で用いるコイル(インダクタンス)に,コイル線間キャパシタンスを使ってLC共振現象を起こし,Q値を高めて送電距離を伸ばすことに成功した.MITの共鳴(共振)送電の理論はモード結合理論を用いて説明されていたが,それ以前から電磁誘導で実施されていた力率補償回路としての理論でも十分説明ができることが分かっている.また共振現象は1700年代から知られていた現象であり,共振器間の結合による帯域フィルタは携帯電話のフィルタとして欠かせないものになっている.しかし,MITは電磁誘導技術と共振器フィルタ技術を融合させた「コロンブスの卵」的な発想で世界を変えたのである.
MITの革命以後,ワイヤレス給電は商用化と標準化に向け加速していく.中心になったのは電磁誘導を利用した携帯電話の置くだけ充電器とEVのワイヤレス充電である.携帯電話の置くだけ充電器はNTT DoCoMoが2003年頃に研究開発を行っていたが,単発に終わっていた.しかしMIT以後は携帯電話の置くだけ充電器の標準をめぐっては,企業主体のコンソーシアムが設立され,しのぎを削っている.2008年12月に電磁誘導形の市場確立を目指した8社がWireless Power Consortium(WPC)を設立し,2010年12月に出力5WのQi規格という100~200kHzを用いた非接触給電の国際規格標準化を発表し,商品化を進めている.Qi規格の置くだけ充電器は多くのAndroid携帯に実装されるようになり,2017年2月にはアップル社がWPCに加盟したとのニュースが発表された.ほかにも2015年に既存2団体が合併して設立されたAirFuelや,我が国発の技術として「直流共鳴」の実用化を目指すWPMc等がワイヤレス給電の普及に向けて活発に活動している.
EVのワイヤレス充電への期待も高く,世界中で研究開発が行われている.欧米ではIPTをはじめとするこれまでの研究開発を基に,既に商用電動バスへの応用事例も多数ある.モーターショー等では2010年頃からほとんどの世界の車メーカがワイヤレス充電の開発展示を行うようになった.これらは停車中のEVにワイヤレス充電を行うものであるが,韓国のKAISTにおいてOLEV(On-Line Electric Vehicle)という走行中に20kHz/60kHzの高周波磁界を用いてワイヤレス給電を行う電動バスの開発が行われている.英国では2015年にelectric motorways構想という,走行中ワイヤレス給電に関する研究プロジェクトの実施が発表された.
EVワイヤレス充電の標準化に関しては携帯電話用のようなコンソーシアム活動ではなく,IEC(International Electrotechnical Commission)やIEC内のCISPR(Comité International Spécial des Perturbations Radioélectriques),ISO(International Organization for Standardization),ITU(International Telecommunication Union)といった国際標準化団体が,電気機器的,一般的,そして無線利用機器的な標準化活動の主戦場となっている.車の規格ということでSAE(Society of Automotive Engineers)J2954T/FもISOと密に連携し,活発に活動を行っている.我が国はEVのワイヤレス充電の標準化の議論を先導しており,ブロードバンドワイヤレスフォーラムBWFというワイヤレス給電の実用化を目指す団体の議論と検討を踏まえ,2016年3月16日付の総務省の省令改正の官報(号外第57号)にて85kHz,7.7kW以下のEV用ワイヤレス充電器の型式認定が可能となり,実用化への道筋が引かれた.BWFではEV用の電磁誘導形だけではなく,電波形ワイヤレス給電も含めた多くのワイヤレス給電の実用化と法制化を目指して活動を行っている.
これまでのワイヤレス給電はマイクロ波を用いたものや高周波磁界を用いたものがほとんどであったが,近年我が国では高周波電界を用いたワイヤレス給電の研究開発も行われている.我が国では高周波電界(400kHz)を用いたタブレットの置くだけ充電器が市販され,室内床からのコードレスコンセントや回転体への高周波電界結合給電の研究開発が行われ,豊橋技科大学のグループではタイヤを利用したEVの走行中ワイヤレス給電の研究開発も行われている.
マイクロ波を用いた電波形のワイヤレス給電も実用化が加速している.2003年に創業された米国ベンチャーのPowerCast社は,米国FCC(Federal Communications Commission,連邦通信委員会)のワイヤレス給電用特定周波数(915MHz)の技術認証を受け,ワイヤレス給電のシステムを世界に先駆けて発表した.2008年に創業した米国Ossia社は,最大40フィート(約12m)まで離れた携帯端末を,1Wの電力でワイヤレス充電できるテクノロジーをCotaと名付け,2013年に公表した.Cotaはビーコン波を用いて目標追尾を行い,マルチパスを利用して安全性と効率を高めている.同じ米国のベンチャー企業Energous社は,Cotaと同様のマイクロ波を用いたスマホ充電システムをWattupと名付け,商品化している.我が国では2013年に筆者らが中心となりワイヤレス給電の実用化を目指すワイヤレス給電実用化コンソーシアムWiPoTを立ち上げた.欧州にもRF-IDやエネルギーハーベスティング,ワイヤレス給電の実用化を目指すコンソーシアムWIPEも活動を始めている.
長い歴史を持ち,近年商用化が加速するワイヤレス給電であるが,これまで電磁誘導形が我が国の電波法上では高周波利用機器という定義のうちで実用化されているのみで,厳密に言えば世界中でいまだワイヤレス給電は法的な規定がない.そこで近年のワイヤレス給電の研究開発の活発化を受け,ITUの中でも無線通信部門であるITU-Rで電波の新しい応用であるワイヤレス給電が他の既存通信等と共存できるよう議論が始まっている.そもそも1979年,ITU-Rの前身のCCIRが,宇宙からの無線エネルギー伝送に関する最初のCCIR Reportを京都総会で承認したことにITU-Rでのワイヤレス給電の議論は始まる.当時の研究はマイクロ波送電が中心であったが,研究はCCIRからITU-Rへの改組に伴い,1993年に中断している.その後ITU-Rでは,SPS応用のマイクロ波送電のために1997年にQuestion ITU-R 210/1 Wireless power transmissionが米国から提出され,その後10年ほど米国とJAXA(宇宙航空研究開発機構)から寄与文書が出し続けられ,議論が続けられていた.ワイヤレス給電の研究の広がりにより,2013年にワイヤレス給電のQuestionを結合形のNon-Beamと,電波形のBeamに分けることが了承された.2014年のITU-RでNon-Beamのレポートが正式発行され(2015年改定,SM. 2303-1),2016年には電波型のBeamのレポート(SM. 2392.0)も正式発行された.Beamワイヤレス給電のうち,我が国のNICTが推進する二次元通信/電力伝送と呼ばれる,シート状の薄い二次元導波路の中をマイクロ波を伝搬させ,情報と電力を共に伝送可能なワイヤレス給電システムが2015年12月にARIB STD-T113規格として認証された.周波数は2.498GHz1MHz,送電電力は30W以下という規格である.
これらワイヤレス給電の実用化を支えているのは学会である.ワイヤレス給電は,kHz~MHzの高周波電源回路技術を学問のベースとする結合形と,GHzのマイクロ波工学をベースとするマイクロ波送電があり,別々の発展を遂げていたが,MIT以後はそれぞれの学問領域が近づき,一つの「ワイヤレス給電」という学問領域として確立され始めた.本会では先述の1990年代の研究会活動を受け,通信ソサイエティに2002年に宇宙太陽発電時限研究専門委員会が設置され,更に2010年に改組され無線電力伝送時限研究専門委員会(WPT時限研専)として研究活動を行っていた.WPT時限研は2014年4月に常設研専として無線電力伝送研究専門委員会(WPT研専)となり,電磁誘導からマイクロ波,アンテナ,回路,半導体,EMC等全てのワイヤレス給電に関わる研究を推進する活動を行っている.WPT研はアジア域のWPT研究の発展を目指してAsian Wireless Power Transfer Workshop(AWPT)を2015年に台湾でスタートさせ,以降毎年開催している.また21世紀に入り,マイクロ波の加熱応用も製鉄や新材料創成という新しい観点で電子レンジ以上の科学的興隆を見せ始め,我が国では2007年に日本電磁波エネルギー学会が設立され,活発な活動を行っている.
米国では,日本と異なり1960年代以降IEEE Microwave Theory and Techniques Society(MTT-S)が学会の中心となる.米国ではIEEE MTT-SのTechnical Committee 26(Wireless Energy Transfer and Conversion)が主催する国際学会IEEE Wireless Power Transfer Conference(WPTc)が,全てのワイヤレス給電の研究領域を網羅している.WPTcは,2011年に筆者らが中心となり開催したInternational Microwave Workshop Series on Innovative Wireless Power Transmission(IMWS-IWPT)が母体となっている.
欧州ではURSIの活動において,SPSとワイヤレス給電は全ての電波科学に関連するとの共通理解で,URSIを構成するAからKの10のcommitteeを横断する形でinter-commission working group on SPSが設立され,2007年にはURSI初のWhite Paperとして冊子がまとめられた(6).
ワイヤレス給電は,通信/放送,リモートセンシング,加熱に次ぐ第4の電磁波応用技術として今後更に研究開発と実用化が加速していくことが期待される.ワイヤレス給電は,アンテナ,回路,半導体等の技術開発をエネルギー視点でブラッシュアップしなければならない古くも新しい技術である.アンテナを介して放射される電波を利用するマイクロ波送電は,アンテナを極端に近付けるとアンテナ同士が電磁界的に結合し,アンテナが共振器として働いて共鳴(共振)送電状態になることは理論的技術的に知られている.つまり周波数の違いや結合/放射の違いは電磁界理論的には本質ではなく,全てのワイヤレス給電はマクスウェル方程式に基づき,統一的に記述されるということである.100年後若しくはそれよりも早く,距離が近ければ共鳴(共振)結合となり,遠ければ電波放射による送電となるような,結合/放射の区別のないシームレスなワイヤレス給電が実現できるはずである.
また現在ワイヤレス給電はまだ電力のみを伝送し,情報は別の電波を用いることが多いが,その電波や高周波磁界に情報を印加して電力/情報同時伝送することも技術的な障壁はない.しかし,ワイヤレス給電が既存の通信システムと干渉しないことを示し,電波法上に存在を明記されるまではまだその実現は難しい.しかし100年後若しくはそれより早く電力/情報同時伝送は可能であると考える.
エネルギーという視点でワイヤレス給電を見ると,固体を輸送していた石炭に始まり,パイプラインで流すことのできた液体の石油がエネルギーの利便性を上げ,物質ではない電気を送電線で送ることで人類はエネルギーを有効に利用してきた.そして送電線すら不要となり,極端には電池も不要となるかもしれないワイヤレス給電はエネルギーの利用に革命をもたらす.無線による情報通信で人類の活動は飛躍的に発展を遂げ,将来は無線によるエネルギー伝送で更に人類は変革を起こせるかもしれない.100年後の未来はワイヤレス給電を含む全ての無線技術が社会を支えていることを夢見ている.
謝辞 本稿をまとめるにあたり本会WPT研専門委員の助言を受けた.
(1) H. Yagi and S. Uda, “On the feasibility of power transmission by electric waves,” Proc. 3rd Pan-Pacific Science Congress, vol.2, pp.1307-1313, 1926.
(2) W.C. Brown, “The history of power transmission by radio waves,” IEEE Trans. Microw. Theory Tech., vol.32, no.9, pp.1230-1242, 1984.
(3) P.E. Glaser, “Power from the sun; Its future,” Science, vol.162, pp.857-886, 1968.
(4) H. Matsumoto, “Research on solar power station and microwave power transmission in Japan: Review and perspectives,” IEEE Microw. Mag., vol.3, no.4, pp.36-45, 2002.
(5) A. Kurs, A. Karalis, R. Moffatt, J.D. Joannopoulos, P. Fisher, and M. Soljačić, “Wireless power transfer via strongly coupled magnetic resonances,” Science, vol.317, pp.83-86, 2007.
(6) URSI White Paper on Solar Power Satellite(SPS)Systems and Report of the URSI Inter-Commission Working Group on SPS, http://www.rish.kyoto-u.ac.jp/SPS/WPReportStd.pdf
(平成29年3月1日受付 平成29年3月10日最終受付)
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