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学生時代から機械学習をやってきた私にとって,最近の人工知能研究の進歩には驚くばかりです.AIの記事を新聞紙で見ない日がありません.レイ・カーツワイルの2005年の著書である「シンギュラリティは近い」では,2045年に人知を超えた人工知能が出現すると大胆に予想されていることは,皆が知るところです.シンギュラリティ(Singularity:技術的特異点)とは,Wikipediaによると,“未来学上の概念の一つ.端的に言えば,再帰的に改良され,指数関数的に高度化する人工知能により,技術が持つ問題解決能力が指数関数的に高度化すること”とされています.
世界最高峰の囲碁のプロ棋士を負かした囲碁ソフトAlphaGoに衝撃を受けた人は多いと思います.私にとって,更に衝撃的だったのは,その後,囲碁の基本ルール入力のみから成長させて作り上げ,AlphaGoよりも強くなったAlphaGo Zeroの存在でした.囲碁の定石を教えず,基本ルールのみを入れた二つの囲碁ソフトを互いに競い合わせて最強の手を見つけていく手法は,人知がなくても0から人知を超える手段があることを証明したからです.同じような考え方でAIを強化する方法として,「敵対的生成ネットワーク(GAN: Generative Adversarial Network)」があります.これは,一つのAIが贋作を生成し,もう一つのAIが真贋を見極め,お互いに競い合わせて高精度な贋作を作り上げるというものですが,GANの応用では,人が創り出すような新しい作品を創造するという分野が開拓されつつあります.
AlphaGoでも用いられた強化学習やGANなどの研究成果が,シンギュラリティを想起させるようになったのは間違いないでしょう.それらだけでは,人知を超えることはないという批判があることを承知していますが,加速的に進歩する技術が,いつかシンギュラリティに到達し,その水平線の向こうの世界を想像することは意味があることだと思います.
皆が一番心配しているのは,多くの知的な職業がAIに置き換わっていくことでしょう.業務の効率化のために,既にRPA(ロボティックプロセスオートメーション)の導入が始まり,これまで人がやっていた業務が自動化されてきています.今は,まだ,単純な作業の置き換えだけですが,徐々に高度な作業も行えるようになっていくでしょう.一見高度な知的作業とされている会計士の監査や医者の問診なども,AIは人よりもうまくやってしまうように思います.これは,ソフトロボットの話ですが,メカトロの身体を持ったロボットが進歩していけば単純な労働だけでなく,高度な労働も職人以上の精度と速さでこなすような時代が来るかもしれません.正に,映画の「ブレードランナー」が描いたアンドロイドが人に代わって危険で過酷な労働を肩代わりしてくれる世界です.
シンギュラリティの果ての世界に恐れや不安を感じる人もいるでしょう.このような技術の進歩による脅威の話は,今に始まったわけではありません.技術は常に中立で,その使い方が問題になるだけです.よって,来るべき世界に備えて議論し,社会的な倫理観を高めていくことが重要です.現在の貧富の格差や若者の失業問題は,“勤労とは何か”という問題を現代に突き付けています.将来,知的で人間的と思われている職業がどんどんAIに奪われたとしても,人が尊厳を持ち続ける術を見つけていく必要がありそうです.楽観的な私は,シンギュラリティの果てに何があろうと,人はそれを克服し,自らの存在に意味付けができると信じています.
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