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Vol.105 No.1 (2022/1) 目次へ

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 * 今月号では「ネットワーク数理の新潮流」という特別小特集を企画させて頂きました.ネットワークの研究は通信や電力,交通の分野では古くから行われていましたが,近年では社会の組織や地域コミュニティにおける人間の関係性,SNSによるつながり,更には生化学の遺伝子転写特性や病気の感染など,ネットワークで表現し分析する対象は拡大の一途をたどっています.それとともに分析する性質や特徴も多様化し,新しい理論的・実験的アプローチが多く提案・応用され,従来では得られなかった成果や知見が獲得されつつあります.本号ではそのようなネットワーク研究の中でも数理的なアプローチに焦点を当てて特集を組ませて頂きました.

 * ネットワークはシンプルには辺と頂点によるグラフで表現されますが,ノード数やリンク数が増えるに従って表現可能な形状は爆発的に増大するため,ネットワークに関する理論的・工学的問題は,爆発的な状態数や膨大な計算量を意識して,対象とする特徴を分析することが求められます.ネットワークをモデル化する観点でアプローチを大別すると,小規模なネットワーク,またはネットワークの一部分に着目して性質を分析するミクロ的なアプローチと,ネットワーク全体を捉えて分析するマクロ的なアプローチに分類できます.計算機性能が飛躍的に向上している現代においても,大規模なネットワークを直接分析することは計算量的に困難ですが,アルゴリズムやデータ構造の発展や新しい並列処理アプローチの登場,信号処理や確率論の新しい応用,更にはネットワーク科学による新しい分析方法により,ミクロレベルのモデルでも分析可能な問題規模が飛躍的に増大するとともに,従来では把握することができなかったネットワークの特徴や新しい知見が獲得されつつあります.本特別小特集では,このような最先端の分野で活躍されている気鋭の研究者に御専門の理論を分かりやすく解説頂くとともに,具体的な応用例を通して理論の効果的な用い方を教授して頂きました.

 * 情報通信ネットワークでは,ネットワークの設計や制御を行う上で適用する理論が工学的に有益であるかどうかという点は重要です.理論を応用する上での個人的な失敗談を一つ紹介します.大分昔,非同期通信モード技術ATMの研究が盛んだった頃,変動の大きいトラヒックを平滑化してATMネットワークに流すトラヒックシェーピング技術を,当時流行していた大偏差理論を用いた確率モデルで分析したことがありました.個人的には最先端の理論を応用したすばらしい研究と自己満足に浸りつつ研究を進めていたのですが,トラヒックのバースト性を制御するパラメータが多重化装置におけるセル廃棄率にうまく反映されず,結果としてあまり面白い知見は得られませんでした.失敗の大きな原因は,多数のユーザトラヒックが収容される多重化装置では,平均的なトラヒック流入量が顕著な影響を与え,瞬間的な変動要素の効果は時間平均的には影響を与えないところにありました.この失敗で,ネットワーク研究では,適用対象の空間的・時間的な特性を十分把握し,用いる理論の本質や性質を十分理解した上で対象に応用しなければならないことを痛感した次第です.数理的手法を適切に用いるためには,研究対象に手法を積極的に用い,応用に対する感覚を養うことは極めて重要に思われます.

 * 一般に,数理的な研究は理論を発展させることが主たる目的で,工学的な応用に関しては二の次になるきらいがあります.一方で,ネットワークで起きている問題解決に直面している研究者は,喫緊の対応を迫られているため,役立ちそうな手法を十分把握する前に使ってみて,うまくいった場合はそのまま適用し,うまくいかなかった場合は別のアプローチを探す,という形で,手法そのものを十分理解して応用するところまで手が回らないように見受けられます.これは昔から言われ続けている問題で,結局のところ,理論家と実務家の密なコミュニケーションが重要という当たり前の結論に至りますが,それゆえにそのような場の提供が学会の使命であると考えます.本会の会誌や論文誌,研究会活動,大会活動を通じて,理論志向と開発志向の両者が問題を共有し,密な情報交換を通してネットワークの普遍的知見の更なる獲得につながることを願ってやみません.

(編集理事 笠原正治) 


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