巻頭言 研究開発から事業化へ,リーダーへの期待

電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
Vol.105 No.10 (2022/10) 目次へ

次の記事へ


巻頭言

研究開発から事業化へ,リーダーへの期待 Expectation for R&D Leaders toward Product Commercialization関西支部長 小林正宏

 約40年も昔の私事で恐縮だが,新人研究員の小職は光通信用受光素子の研究に携わった.当時は国内幹線ルートに伝送速度1.6Gbit/sの光通信を導入するという時代で,りん化インジウム系材料の1.55µm帯高感度受光素子を研究するチームに所属した.化合物半導体デバイスとして目指す性能や信頼性,そして製造での再現性確立など,難題に取り組む日々であった.論文を読みあさり,メンバーと議論を繰り返し,学会交流から得た着想も多く,試行を繰り返した.様々な情報・技術を把握・吸収し難課題を解き明かす,好奇心と興味とが研究への強いモチベーションとなっていた.研究部門から事業部門に異動し,製品開発と技術営業・顧客対応も主導した.有機金属エピタキシャル法などプロセス技術の革新も味方に,1990年代には10Gbit/s光信号用の受光素子まで製品ラインアップを広げ(世界シェアトップ),10年以上にわたる高収益な事業となった.苦労して開発した技術が製品となり顧客に採用され,通信インフラの重要部品として広まっていく,この過程では事業成功への野心的な意欲も高まり,企業人として貴重な経験をした.

 開発品の拡販に注力しているとき,「セレンディピティ(Serendipity)」という言葉を知った.偶然遭遇したり気付いた事象に対して,不思議に思い興味を持ち,才気を振るって追究・究明し,その結果として全く新しい‘もの・こと’を発見・発明すると説明されている.偶然を生かせるかは常日頃の心構え次第で,「偶然は用意された心にのみ幸運をもたらす」という.研究者は専門領域で深い知識を持つが,意識する領域を広げて,無意識であった領域へと知の範囲を広げる努力が不足していると,セレンディピティ的事象は起こりそうもない.事業やビジネスの局面でも幅広い技術分野への対応に加え,見えざる顧客を含む市場の変化にも絶えず注意を払って情報を収集し,偶然的な出会いから新しい発案を得たりして,先行して課題解決を提案する(製品等を提供する)ことが成功の重要要素と教訓を得た.

 ある研究が将来どれほどの価値(利益)を生み出すかは,研究初期で判断することは困難で,少しでも筋の良い研究テーマをベンチマークやステージゲートを経て選択していくことは,企業では一般的に行われる.企業での研究開発は投入と回収の効率が評価基準となり,稼げる案件にシフトしていく.研究成果を高める強力なドライバーは研究者やチームが持つ好奇心や興味であることは確かであるが,初期の検討段階を経て事業化や製品化を目指す段階では,リーダーの資質がプロジェクト成否の重要な要素となることは言うまでもない.最後に決断するリーダーは,技術面と事業面の双方で高い「見識」を目指して知の範囲を広げる努力を続ける人であり,成功を目指す野心的な意欲を強く持つ人が好適と思う.プロジェクト推進の過程で,課題の予見と解決への気付きが得られる期待は高まる.更に,見識が決断力と実行力と一体化する「胆識」となれば,自身の信念に基づいた判断ならば,困難があろうとも結末まで遂行し続ける強さになる.統率するチーム内で野心的な目標と達成の意欲を共感させ,チームとしての成功を追求する姿勢にも,リーダーの重要な部分があると思う.

 新技術が次々と現れて社会に広がっていく今日では,技術面の補強にはアカデミアからの知見も多く必要で,企業の開発プロジェクトと学会諸活動との知の連携が展開することも期待したい.更に,技術分野で幅広く見識を持つ人が,専門にこだわらず新しい領域にも踏み込む意欲を持ち,事業化にまで挑戦することで,日本の産業力の底上げにつながってほしい.事業化を目指す挑戦者が多く現れる風土へ仕向けていきたい.


オープンアクセス以外の記事を読みたい方は、以下のリンクより電子情報通信学会の学会誌の購読もしくは学会に入会登録することで読めるようになります。 また、会員になると豊富な豪華特典が付いてきます。


続きを読む(PDF)   バックナンバーを購入する    入会登録

  

電子情報通信学会 - IEICE会誌はモバイルでお読みいただけます。

電子情報通信学会誌 会誌アプリのお知らせ

電子情報通信学会 - IEICE会誌アプリをダウンロード

  Google Play で手に入れよう

本サイトでは会誌記事の一部を試し読み用として提供しています。