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本会の果たすべき役割の中でも,コミュニケーションの場を提供することは,その最も基本的なものである.この目的のために,本会では,口頭や文書での研究発表の手段を設け,興味を持つ人々が広くそれらを受け取れる仕組みを整えている.この枠組みは,本会の100年以上にわたる歴史の中で,昔も今もそう大きくは変わっていない.
その一方で,私たちの日頃のコミュニケーションの手段は近年劇的に変貌した.今や個人で情報を発信することも入手することも容易である.日々の研究開発自体が,学会とは直接関係しない,研究者からの情報発信やツール・ソースコードの共有によって支えられている分野もある.すなわち,単にコミュニケーションの場を淡々と提供するというだけであれば,学会の存在意義は乏しくなっている.本会にとって大事なのは,このような環境の下での私たちのコミュニケーションに,どのような価値を載せられるかである.
そこで,コミュニケーションの枠組みについて(1)内容(what)と(2)外見・方法(how)に分けて考えてみよう.(1)は伝える内容そのもの,(2)はそれが表現された媒体の見た目や伝え方である.
例えばTED Talksや教育系の投稿映像などでも,伝え方の巧みさに感じ入ることがある.その域には至らずとも,何かを伝えるには適切な方法による必要がある.良いコミュニケーションについては様々な方法論が語られている.方法論は汎化され技術として蓄積されていく.これはもちろん身につけるべき大事なスキルである.一方で過剰適応が話題になることもある.Deep Paper Gestaltと題する文書(https://arxiv.org/abs/1812.08775)では,コンピュータビジョン分野のトップ国際会議を題材に,原稿の画像としての外見とその採否との間に強い関係があることが示唆されている.これが高じて,○○会議で採録されるにはこの場所にこのような図を入れるのがよい,等のノウハウが語られることもあるが,これはもちろん,外見の模倣が大事という趣旨ではない.もっとも,コミュニティごとに原稿の作り方に暗黙の作法のようなものがあり,それに沿っていないものが結果的に不利になるといったことはあるかもしれない.
ところで,本会の特徴の一つは,80を超える研究専門委員会があり,それぞれが研究会を開催していて,分野をまたがったコミュニケーションの可能性が開かれていることである.研究発表において,分野ごとの作法を気にし過ぎることなく,伝えるべき内容そのものを整えることに集中できれば,情報発信のハードルが下がり,異分野交流が促され,ひいては新しいアイデアの萌芽を助けるのではないだろうか.例えば,論文誌や技報の一角に専用コーナを設け,そこに投稿する場合には,用意された質問文への回答を埋めていけば自然に文章の骨格が出来上がるようにしておく,などが考えられる.骨格,つまり論旨が明瞭で簡潔な情報は受け手にとっても有益である.情報・システム技術で目的に合った外見を適宜補完することもできるだろう.
このような試案に限らず,コミュニケーションを促し育むことは,更に大きな価値を生む礎になる.例えば,パターン認識・メディア理解研究専門委員会で敢行されている研究メンターシッププログラムは,研究指導を求める人と提供できる人とのコミュニケーションを取り持つことで,コミュニティに潜在する価値を引き出そうとする先進的な試みである.折しもウィズコロナとメタバースの時代,学会の在り方にも常に進化が求められる.それには,様々な試みを積み重ね,その経験を共有していくことが必要だ.慣習や固定観念に捕らわれることなく,私たちにメリットをもたらすコミュニケーションの枠組みをたゆまず模索していきたいものである.
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