特集 11. 量子コンピュータ時代の暗号技術に関する国内外の標準化動向

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Vol.106 No.11 (2023/11) 目次へ

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耐量子計算機暗号の最新動向

特集

     11.

量子コンピュータ時代の暗号技術に関する国内外の標準化動向

Domestic and International Standardization Trends of Cryptographic Technology in the Quantum Computer Era

篠原直行

区切り

篠原直行 正員 国立研究開発法人情報通信研究機構サイバーセキュリティ研究所

Naoyuki SHINOHARA, Member (Cybersecurity Research Institute, National Institute of Information and Communications Technology, Koganei-shi, 184-8795 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.106 No.11 pp.1021-1025 2023年11月

©電子情報通信学会2023

abstract

 量子コンピュータとShorのアルゴリズムを利用することで整数の素因数分解や離散対数問題を効率良く解くことができる.したがって,これらの数学的な問題を安全性の根拠としている暗号技術,特に現在広く使用されている公開鍵暗号であるRSA暗号やだ円曲線暗号等に対して量子コンピュータの脅威が存在する.そのため,量子コンピュータを利用しても安全性を保つことができる暗号の必要性が高まっており,このような暗号は耐量子計算機暗号と呼ばれている.本稿では国内外における耐量子計算機暗号の標準化動向について紹介する.

キーワード:量子コンピュータ,耐量子計算機暗号,耐量子計算機暗号ガイドライン,CRYPTREC

1.耐量子計算機暗号とその利用に向けて

 現在広く利用されている公開鍵暗号としてRSA暗号及びだ円曲線暗号が挙げられる.これらの暗号は数学的な計算問題を解くことの困難性をこれらの安全性の根拠としている.具体的には,整数の素因数分解の計算を効率良く実行可能ならばRSA暗号は容易に解読されてしまう.また,だ円曲線上の離散対数問題を効率良く解くことができるならばだ円曲線暗号は容易に解読されてしまう.量子アルゴリズムであるShorのアルゴリズム(1),(2)によって素因数分解及び離散対数問題を解く計算は効率良く(多項式時間で)実行可能であるため,量子コンピュータの性能が向上することにより,これらの公開鍵暗号の安全性が大きく危殆化することが懸念されている.

 RSA暗号の鍵長,すなわち公開鍵として使用される合成数の桁数を大きくすることで解読の計算コストを増加させ,RSA暗号の安全性を高めることができる.そのため量子コンピュータでも解読が困難になるほど大きな合成数を使用すればよいという考えがあるかもしれない.しかし,その考えは現実的ではない.Shorのアルゴリズムの計算量と同様に,RSA暗号の暗号処理(暗号化,復号,署名,検証の計算)の計算量も多項式時間であることがその理由である.つまり,Shorのアルゴリズムでも膨大な計算時間を必要とするほど大きな合成数を使用すると,暗号処理も膨大な計算時間を必要とするため,RSA暗号は使い物にならなくなってしまう.これはだ円曲線暗号についても同様であり,鍵長の設定だけでは量子コンピュータの脅威には対抗できない.


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