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学会の活動を支える2本の柱は言うまでもなく「学術集会」と「学術出版」です.私は編集理事という立場ですので,出版事業,中でも論文誌について考えることが多くあります.本会は,1999年にPDFによる論文のオンライン公開を始め,2006年からは個人会員への冊子体での論文誌配布をオプション扱いにしました.更に2014年から冊子体での発行を廃止しています.世間に目を向ければ,一般の書籍の売上げは1996年をピークに全体的に下降線が続いています.電子書籍の売上げが増えたと言っても,紙媒体の1/10以下です.世の中はだんだん紙媒体で文章を読まなくなっていると言えます.
義務教育の現場である小中学校では,紙媒体の教科書はあるものの,ICTの活用もどんどん進んでいます.それに伴い,学習にはオンライン読書と紙媒体の(オフライン)読書のどちらが向いているのかという研究が数多く行われており,結論から言えば,学習のための読書に関しては,オンライン読書よりもオフライン読書の方が多くの利点があることが明らかにされ続けています.
紙媒体による読書は,文章を左から右へ最初から最後まで順に読む読み方が主流で,本を持ち上げて開く,ページをめくるといった行為がページをスクロールする行為よりも意図的であるのに加え,本を読むときに多くの感覚を使う(手触り,重さ,匂いを感じる)ことが読書体験をより効果的にします.更に,ある情報が本の左側のページの上部にあったと思い出すように,脳がテキストの認知マップを構築することで,理解度を高めるだけでなく,その内容を覚えている期間を長くすると言われています.
一方,オンラインの場合,様々なセクションやリンク先に飛びながら拾い読みする読み方が主流で,急速に変化する画面の情報に常にさらされることで,脳は情報をより速く,より徹底的に処理するよう訓練されますが,細部の情報が余り残らないというデータがあります.また,画面を凝視すると目の負担が増えますし,広告や他の気が散る情報がある中で集中するのは精神的に消耗するため,読書体験が効果的でなくなります.更に,スクロールして常に目印が動いている状態で認知マップを描くことは困難です.こう書いてしまうと,オンライン読書にメリットがないかのように思えてしまいますが,移動や持ち運びの手間を減らせる,必要な情報を即座に探せる,母国語でない言語の文章を即座に翻訳して読めるなど,オンラインにも多くのメリットがあります.
さて,それを踏まえて論文誌の媒体としてのPDFですが,PDFはファイルを保存したり印刷することでオフラインで読めます.また,ページレイアウトは固定なので,認知マップは作りやすいかもしれませんが,小さな画面で拡大表示してスクロールしながら読む場合には,その限りではありません.そう考えると,PDFはオンライン読書とオフライン読書の両方の側面を持つと言えるでしょう.
次世代の研究者となる今の若者たちは,Z世代と呼ばれ子供の頃からオンライン読書に慣れ親しんだ世代です.オフラインの読書が得意な生徒が必ずしもオンラインの読書も得意とは限らず,その逆もまたしかりであることが研究によって明らかになっています.
本会が紙媒体で論文を発行する状態に戻ることはないかもしれませんが,多様な手段を提供するのは必須であると思います.近々,本会では論文をテキストで読めるようにする試みが始まります.加えてそれが各国語に翻訳されて読めるようになります.今後も,より多くの人に本会の論文を認知し,読んでもらうにはどうすればよいかを考えていきたいと思います.
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