巻頭言 価値創造と価値獲得

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Vol.107 No.1 (2024/1) 目次へ

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巻頭言

会長 森川博之価値創造と価値獲得 Value Creation and Value Capture

 1年ほど前,日本経済新聞の書評欄の担当者から「スマート・イナフ・シティ」の書評の依頼を頂きました.少し逡巡しましたが,「テクノロジー企業の安請け合いによる夢の技術に踊らされてはいけない!?」という刺激的な帯にひかれお受けすることにしました.

 とても歯切れの良い本です.最新技術という魔法で都市を最適化できるというスマートシティ神話に警鐘を鳴らし,北米でのスマートシティ事業において成功したものはないと言い切っています.

 テクノロジー企業と行政との間で価値に齟齬があるためです.テクノロジー企業は技術が生み出す価値を考えるのに対し,行政は住民へのサービス提供価値を考え,価値提供に至るまでの複雑な道のりと財政の制約とを考えるためです.

 イノベーションには「価値創造」と「価値獲得」の両輪が必要です.「価値創造」は素晴らしい新技術や新プロダクトを開発することです.しかし,最終的な価値は顧客が決めます.顧客がコスト以上の対価を支払ってくれなければ,そして企業に経済的な収益をもたらさなければ,真の意味で価値を生み出したことにはなりません.創造した価値を,経済的な価値に変換するための活動が「価値獲得」です.

 イノベーションは「既存の若しくは新しい技術,アイデア,仕組み,組織などの新しい組合せ」であって,「企業に経済的な収益をもたらすもの」と定義されています.前者が「価値創造」,後者が「価値獲得」です.

 我が国の科学技術政策において社会実装による課題解決の推進という旗が掲げられたことで,社会実装を主眼に据えた研究開発プロジェクトも多く組成されてきました.しかしながら,多くの研究開発プロジェクトがPoC(Proof of Concept)を実施しただけでとどまっているのが実情です.残念ながら,デモを行うことやユーザアンケートをとることだけで終了している研究開発プロジェクトが多いかもしれません.社会実装とは,研究成果が経済的,社会的,公共的価値を生み出すことです.価値獲得にまで至るのが社会実装です.

 もちろん事業開発の成功確率が低いように,価値獲得も容易ではありません.5Gであっても価値獲得に苦労しています.

 価値獲得にまでは至らなかったとしても,価値獲得に至らなかった理由を分析して知として蓄積し,次につなげることが大切です.PoCで終わってしまうのには,価値認識のずれ,コスト,制度,セキュリティ/プライバシーなどの理由があるはずです.これをきちんと分析し知を蓄積していけば,価値獲得に至る確率を上げることができます.

 昨年4月にスペースXが大形ロケット「スターシップ」の打上げに失敗したとき,社員が歓声を揚げる様子が映し出され,社内解説者は「素晴らしいデータが得られた」と語り,イーロン・マスクは「おめでとう!多くのことを学んだ」とツイートしました.トーマス・エジソンも,「私は失敗したことがない.ただ,1万通りの,うまくいかない方法を見つけただけだ」と言っています.

 電子情報通信学会は,今まで価値創造を中心に活動してきました.価値獲得に至る知を蓄え,次の研究開発につなげ,社会・経済価値の実現に貢献することも,電子情報通信学会が先導していくことができればと思っています.

 先日,日本学術会議電気電子工学委員会通信・システム分科会から見解「情報通信分野を中心に据えた産業化追求型(価値獲得型)研究開発プロジェクトの推進」を発出しました.価値獲得を目指す研究開発プロジェクトにおいては,タスク型ダイバーシティを有するチームを組成し,技術開発以外にもきちんとリソース配分すべきと提言しました.これも一つの試みです.どのようにすれば価値獲得につながるのか,皆さんと一緒に考えていければと思っています.


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