解説 機械学習と宇宙論

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Vol.107 No.10 (2024/10) 目次へ

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 解説 

機械学習と宇宙論

Machine Learning for Observational Cosmology

吉田直紀

吉田直紀 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻

Naoki YOSHIDA, Nonmember (School of Science, The University of Tokyo, Tokyo, 113-0033 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.107 No.10 pp.966-972 2024年10月

©2024 電子情報通信学会

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 大形望遠鏡を用いる宇宙観測からはペタバイト級の画像データが生み出され,天文学者は巨大データを分析してはじめて宇宙や天体に関する情報を得ることができる.機械学習やAIを用いたデータ分析技術の開発は世界中で進められており,手法とスピードの差が観測プロジェクトの成否の鍵となることも多い.宇宙論や天文学分野での機械学習の応用と実観測データへのアプリケーションについて紹介する.

キーワード:深宇宙観測,機械学習,画像解析,シミュレーション

1.はじめに:データサイエンスとしての宇宙論

 近年の地上大形望遠鏡や宇宙望遠鏡を用いた観測により,私たちの宇宙の成り立ちや天体の形成進化について多くのことが明らかになってきた.地球から100億光年も離れた場所にある星々の光を捉え,太陽系外の惑星の姿を直接見ることさえできる.高性能の観測装置を用いて精彩な天体の画像を取得できるようになり,この10年ほどの間に天文学における観測データの量は爆発的に増加してきた.近い将来には一つの望遠鏡から生み出されるデータがエクサバイト級になると予想されている.例えば,我が国が米国ハワイ島に設置したすばる望遠鏡の巨大カメラHyper-Suprime Cam(HSC)の焦点面には104個のCCDチップが搭載され,一つのスナップショットで10億ピクセルの画像が生成される.一晩の観測で,数百GByteのデータが生み出され,天文学者はその日のうちに相応の量のデータを分析することになる.また,10か国以上が参加する国際共同電波観測プロジェクトSquare Kilometer Arrayによる観測データ生成速度は1秒当り1TByte近くに達し,6時間の観測で数PByteのデータが生成される.全データを物理的に保存し続ける実用的な技術はいまだ存在せず,必要なデータのみを保存することが合理的だろう.しかし,保存するべきデータをどのようにして知り,どのように選択すればよいのかは現時点で誰にも分からない.こうした課題に対して,効率的で信頼性の高い機械学習またはAIベースの手法に対する期待は大きい.

 膨大なデータを処理することさえできれば,宇宙観測によって様々な科学的成果が得られる.遠くの宇宙で発生する超新星爆発の様子や,全く新しいタイプの天体の発見,多数の銀河の位置を同定して行う宇宙の地図作りなど,期待される成果は多岐にわたり,数千人の研究者が巨大データ分析に従事することになるだろう.本稿では,天文学や宇宙論の研究で使われている機械学習やAIについて解説する.実観測データへの応用例も紹介するが,個々の手法やアルゴリズムについての詳細は割愛し,どのようなプロセスを経て科学成果が得られるのかに焦点を絞る.以下では,機械学習や深層学習,生成系AIなどを含めた広い意味でのデータ分析手法をML/AI手法と総称する.

2.機械学習の宇宙観測への応用

 天文学や宇宙論では撮像画像から分光データ,天体の明るさの時系列データなど様々なタイプのデータを取り扱う.本章でははじめに天体画像の分析に関するアプリケーションを紹介しよう.


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