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延岡健太郎氏(一橋大学名誉教授)が提唱する「機能的価値」と「意味的価値」を御存じだろうか.
機能的価値とは,技術的な機能の有無や性能の高さなどが,数字や仕様によって客観的に測定・評価できる価値のことだ.例えば,コンピュータの処理速度やカメラの画素数などがそれに当たる.かつて日本の製造業は,その高い技術力によってカタログに明示できる機能的価値を競うことで成功してきた.
一方の意味的価値は,感性や情緒など顧客の主観で決められ,客観的に測定することが難しい価値のことだ.例えば自動車.移動という目的を達成するための運動性能など,客観的に数値化できる機能的価値とは別に,外観のスタイリングや内装デザインの良さなど,顧客の主観的な好みや,「高くても購入したい」と思わせるユーザ体験が意味的価値である.同様のことを山口周氏は「役に立つより意味がある」と表現している.
機能的価値を生み出すのがサイエンス(あるいはエンジニアリング)であり,意味的価値を生み出すのがアート(あるいはデザイン)だとすると,両者の違いは再現性の有無にある.誰がやっても・いつやっても・どこでやっても同じ結果,すなわち正解を導くのがサイエンスである.再現性がなく,主観によって評価が異なり,正解がないのがアートである.
日本企業の多くは,正解をいち早く発見し,より安く市場に提供することで成長してきた.ところが新興国を含む世界の競合は,とっくに日本企業のスピードにもコストにも追い付いている.正解である機能的価値のみを求めて経営すれば,必ず他者と同じレッドオーシャンで戦うことになる.かつて正解を出せる人や組織が少なかった時代には,正解に高い値が付けられたが,多くの機能的価値すなわち正解がコモディティ化した現在,必ずしも正解とは限らない意味的価値に高値が付けられるようになったのである.
我々工学分野の研究における意味的価値とはどういうものだろう.例えば再生可能エネルギー由来の電力.化石燃料で作った電力と比べて機能的な価値に違いはない.場合によっては化石燃料由来に比べ割高の場合もあろう.しかしながら意味的価値は計り知れないほど大きい.例えば再生プラスチックはどうだろう.元のプラスチックに比べ品質が劣化する場合があるため機能的価値は劣るかもしれないが,循環型社会に貢献する意味的価値は明らかに大きい.
電子情報通信学会は,これからの研究に機能的価値と意味的価値の両方を求めていこうではないか.これまでどおり機能的価値に向かって正解を求める姿勢に変わりはない.しかし,機能が優れてさえいれば必ずその技術が社会実装されるわけではない.機能的価値と意味的価値の両方で相乗効果を発揮することで,初めてその技術が社会実装されるだろう.
意味的価値あふれる研究によって,人や社会を共感させ,この世界をより良いものに変える技術を生み出そう.その研究で実現した製品やサービスを使うユーザは,微力ながらも世界に貢献した自分を好きになり,次もまた電子情報通信学会の研究を求めるだろう.その研究を実施し意味的価値を生んだあなたは,あなた自身を誇りに思い,更なる意味的価値を求めて邁進するだろう.人々の共感を呼ぶ研究,誰かを幸せにする研究,あなた自身も幸せにする研究,社会に実装され今日よりも明日を良くする研究.研究に意味的価値を求める意味はそこにある.
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