記念特集 1-1-3 “防災技術”の先に未来のテーマを探る

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Vol.100 No.10 (2017/10) 目次へ

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阿部博史 日本放送協会大型企画開発センター

Hirofumi ABE, Nonmember (Special Content Development Center, Japan Broadcasting Corporation, Tokyo, 150-8001 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.10 pp.1028-1029 2017年10月

©電子情報通信学会2017

1.最高難度の“防災技術”の先に未来のテーマを探る

 未来を議論する際「今よりもっと幸せに」という漠然とした考え方では発想は浮かびにくい.社会課題を明確にして,解決の一手をイメージすることでビジョンは具体化される.私からの提案は「命に関わる課題」の議論である.その代表例が災害だ.メディアに身を置く身として東日本大震災では強烈な無力感を突き付けられた.現況把握,変化の抽出,精緻なGIS情報の集積,安定的な情報取得,数日後~数年後までの現実的な予測,いずれも私たちは無力だった.災害時に求められる情報処理の要求は高い.【正確さ】×【速度】×【粒度の細かさ】×【カバーエリアの広さ】×【時系列蓄積】×【多属性】そして【命に関するデータを扱う責任の重さ】.これら一つが欠けても多くの命が奪われることになる.宇宙開発技術が数年遅れで私たちの生活に恩恵を与えるように,災害時の厳しい要求をクリアできれば,その技術は災害のみならず社会を豊かすると考える.具体的な課題と向き合い,夢(妄想)の技術で解決策を探る.

2.私たちはどこにいるのか
――超高密度・超高頻度プローブの未来――

 人々はどのように津波から避難をしたのか.東日本大震災発生時の携帯電話やカーナビのプローブデータを使用し解析を行った.その結果は驚くべきものだった.1,000kmにわたる沿岸部の浸水域において,避難した人は僅か34%にとどまり,戻ってきた人は41%にも上ったのだ(1),(2).津波警報のアナウンスがあれば人は避難をする,それは幻想でしかなかったのだ.2050年には「全量把握時代」に突入するだろう.災害対応の究極は「行方不明者ゼロ」「孤立者ゼロ」.スマホやメガネ,時計など身に付けるもの全てがデバイスとなりビッグデータを生み出せば,現況把握と被害予測が定量的に行えるはずだ.災害時の状況変化は早い.東日本大震災では1週間に1億7,900万ツイートが発信されたが,分析の結果,人がとる行動は数百種類に分岐し,約1.5時間ごとに変化することも分かった(2).大きなトレンドと細かなニーズの理解は,全量(に近い)サンプルに到達したとき,同時に達成されるうまみである.活用には「公共情報共有モード」のような甚大な災害時に発動するルールも必要となるだろう.膨大な情報は現場で処理する必要はないため,分析拠点を日本各地に置いた救援テレワークも可能となる.命そのものである1点1点のプローブ情報と個別状況をどう扱うか,その力量と倫理観が問われている.

3.高密度の情報マッシュアップ
――動的な1,000レイヤ――

 単一情報を幾ら高密度化しても全貌把握と詳細理解は進まない.例えば,被災地の状況を知りたいとき,避難所への取材だけでは足りない.熊本地震発生時,私のチームでは,トラックプローブ,タクシープローブ,POSデータ,道路交通規制,震度データ,天候,SNSの7種を重ね合わせて,被害状況や住民の孤立,物資の断絶などを確認しながら報道した(3).発災翌日には,これらの情報を1分刻みで取得し分析・可視化するほぼリアルタイムの仕組みも構築している.1か月で約1,500回にも及んだ余震に備えるためだ.では2050年,こうした情報の重ね合わせ=マッシュアップはどこまで進んでいるだろうか.一般的な地図には,道路や川,住宅ポリゴンなど静的な1,000レイヤが存在している.ICTによって人や車などの動的な1,000レイヤが加わったとすれば,電子空間上に投影された地球をもう一つ作ることができるだろう.多層構造の分析で威力を発揮するのは人工知能だ.次元削減してクラスタリングしたり,特定のレイヤを目的変数にとった分類問題を解くこともできるだろう.人・‘もの’・‘かね’の偏在を学習し,構造変化のトレンドとピークアウトを予測することができれば,複雑かつ変化が激しい災害時であっても先手を打った対応が国家レベルでできるはずである.

4.社会を制御できるのか
――超ローカルな判断頭脳を――

 東日本大震災発生時,各地で大渋滞が発生した.そのしきい値は日常の走行車両+5%という繊細なものである(2).タクシー,カーナビ,トラックのプローブデータを用いて解析したところ,東日本大震災発生時,首都圏での渋滞長は1,000kmに及んでいた(2),(4).個別の判断の積み重ねが,社会全体として大きな問題に発展する典型例である.デバイスが行き渡っているであろう未来,問題の種類によっては適切な制御が必要である(5).それは,人間の弱さを補うものでなくてはならない.例えば「油断行動」「異常行動」「高齢化などの能力低下時の行動」だ.身近な危険である交通事故は年間約57万件(6)発生しているが,自動運転によってこの三つの弱点を補えば事故件数は激減するだろう.しかしこれでは足りない.エンジンやブレーキ制御にとどまらず,信号やガードレールなど空間的な近傍状況とも連携することが理想だ.期待したいのが超未来型ビーコン.身の回りのあらゆるデバイスが信号を発し,その関係性を保持しながら相互メリットのある制御を行う.例えば,あるデバイスを持っている子供に車が突っ込むことは絶対になくなり,高齢者がATMの前で電話をしながら送金してしまうこともなくなる.「抑制」ができれば,全く同じパスを利用した「行動促進」も実現するだろう.Wi-Fiのホッピングが日本全体を包み込み,そのエリアが沿岸部や山奥にまで届くのであれば,南海トラフ地震発生時も,津波避難のより強いメッセージが潜在被災者の手元に届くかもしれない.

5.技術革新を社会課題の解決にも

 2050年にはデバイスサイズが桁違いに小さくなり,通信速度も桁違いに向上しているだろう.その社会を想像することは難しいが,“単一技術”ではなく“組合せ技術”の方がはるかに多くの価値を生むことは間違いない.防災のみならず,自殺や子供の貧困,高齢化社会など,私たちの生活に関わる全ての社会課題に活用の幅を広げて頂きたい.最後に「どこまでの情報が公共物か」この議論の決着にも個人情報の論だけでなく,説得力のある技術的解決策が示されることを期待する.

文     献

(1) NHKスペシャル震災ビッグデータ~いのちの記録を未来へ~,NHK,2013年3月放送.

(2) 震災ビッグデータ,阿部博史(編),NHKスペシャル「震災ビッグデータ~“いのちの記録”を未来へ」制作班(編),NHK出版,2014.

(3) クローズアップ現代熊本地震“連鎖”大地震 いのちの危機 ~現場からの最新報告~,NHK,2016年4月18日放送.

(4) NHKスペシャル震災ビッグデータ~首都パニックを回避せよ~,NHK,2014年3月放送.

(5) 栗原 聡,“人口知能処理”電子情報通信学会100年史情報・システム,6.3,電子情報通信学会,2017.

(6) 平成28年度警察白書.

(平成29年3月15日受付 平成29年6月26日最終受付)

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()() (ひろ)(ふみ)

 日本放送協会放送総局大型企画開発センター所属.東日本大震災以来,ビッグデータを活用したデータジャーナリズムと局内システムを開発・運用.NHKスペシャル「震災ビッグデータ」,「戦艦武蔵の最期」,「沖縄戦全記録」,「阪神淡路大震災21年目の真実」,「復興予算」,「原発避難」など多数.新聞協会賞,放送文化基金賞,ギャラクシー賞,科学ジャーナリスト賞各受賞.著書「震災ビッグデータ」.東大大学院情報学環総合防災情報研究センター客員准教授.


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