記念特集 2-1-4 多様なワークスタイルを提供する社会に向けた電子情報通信サービスへの期待

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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小室淑恵 (株)ワーク・ライフバランス

Yoshie KOMURO, Nonmember (Work-Life Balance Co., Ltd., Tokyo, 108-0023 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1189-1192 2017年11月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 私は2006年に創業して以来,ワークライフバランスの推進・ダイバーシチの実現に向け,組織での働き方の見直しに様々な助言を行ってきた.創業当初はそれらの言葉の認知度も低く,育児中の女性のためのみに必要なものと誤解されてきたが,ここ数年で介護と仕事の両立を余儀なくされる男性中堅社員の増加もあり,柔軟なワークスタイルへのニーズが高まる中で広く必要な取組みだと理解されつつある.ワークライフバランスを経営戦略と位置付ける企業も増えており,電子情報通信サービスへの期待も多様になってきている.

2.人口ボーナス期からオーナス期への移行

 皆さんは「人口ボーナス期」という言葉を御存じだろうか.

 ハーバード大学David E. Bloomが約10年前から提唱し非常に認知度が高まっている考え方で,若者が多数を占め,高齢者の割合が低い国の状態を指す.現在人口ボーナス期を迎えているのは中国,韓国,シンガポール,タイといった国々である.彼らは経済成長著しいように見えるが,David E. Bloomによれば,若年労働者が多く高齢者が少ない分,社会保障費がかさまない人口構造である人口ボーナス期の国は,経済活動におけるインフラ投資などを積極的に行えることに加え,豊富な労働力で人件費を抑えることができるため経済発展するのは当たり前だという.日本では1960年代から90年代半ばまでがこの時期に当たる(図1左側).

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 しかし,この人口ボーナス期が永遠に続くわけではない.人口ボーナス期に経済が発展すると親が子供の教育に投資し高学歴化が進む.すると人件費が上昇するとともに,出産年齢が遅くなり少子化が促進される.となると,世界中から価格競争において仕事を受注するというビジネスモデルが成立せず,仕事は人件費の安い他国に流れてしまう.その結果GDP(国内総生産)は横ばいになり,人口ボーナス期からオーナス期に移行する.人口ボーナス期は一つの国で一度終わると二度と来ないので,人口オーナス期に合わせた経済成長のルールに合わせて仕事のやり方を変えることが重要となる.

 現在の日本は高齢者割合が高く,若年労働者割合が低い人口構造にある状態,正に「人口オーナス期」にあるのだ(図1右側).

3.人口オーナス期で経済発展するために

 人口ボーナス期には表1にあるように,①なるべく男性ばかりで,②長時間労働し,③人材が均一な組織が勝つ.しかしオーナス期では真逆になる.

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 一つ目は,なるべく男女共に働くこと.頭脳労働の比率が高まるとともに,労働力人口は圧倒的に足りなくなるため,労働力をフル活用する企業が発展する.

 二つ目は,時間当りのコストが高騰化するため,なるべく短時間で働くこと.企業側が徹底的に短時間で成果を出すようなトレーニングをして,時間内の成果でしか評価しない,というやり方に変える必要がある.また,日本社会は今後,大介護時代に突入する.親の介護に携わることになるのは今後更に企業の経済活動の中心となる団塊ジュニア世代(1970年代生まれ)であり,男女問わず親の介護を理由に時間的制約を持つことが予想される(図2).自らは長時間労働をいとわなくても,短時間で成果を出さざるを得ない状況になるのだ.更に,東京大学の島津准教授によると人間の脳が集中力を発揮できるのは朝目覚めてから13時間以内で,集中力の切れた脳は酒気帯びと同程度の,更に起床後15時間を過ぎた脳は,酒酔い運転と同じくらいの集中力しか保てない.集中力の面でも短時間で成果を上げることが求められているのだ.

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 三つ目に,なるべく異なる条件の人をそろえるということ.短サイクルで商品・サービスを生み出していかないと均一なものに飽きた市場の期待に応えられなくなる.違う考え方や経験を持った人の共存が重要,すなわちダイバーシチが実現できているか,が鍵となるのだ.

 これまでの日本企業は,転勤や出張・残業の可否で豊富な労働力をふるいに掛け,24時間働ける体力のある男性を中心に構成されていた.女性は結婚や出産を機に残業ができなくなり,出張や転勤が難しければ,昇進昇格を諦めるしかなく,結果退職に追い込まれていたのがかつての時代だ.しかし,今後も同様の方法を採っていくと,ただでさえ少子化で労働力人口が激減している中,女性も働けない,男性も親の介護を理由に残業出張転勤ができず,ふるいから振り落とされてしまう.これでは日本企業は経済活動を維持するだけの労働力を確保できず,いずれ衰退してしまうだろう.こうした事態を避けるためにも,育児,介護,難病などが労働する上での障壁とならない労働環境の整備が人口オーナス期に発展できる企業のルールと言えるのだ.この「労働環境の整備」という点において,電子情報通信サービスの発展が大きな鍵を握る.

4.ICTツールの効果を高める運用ルールの必要性

 これまでの日本社会であれば,朝,時間制約を持たない社員が全員で同じ時間に出勤,全員で定例の朝礼をこなして,オフィスから客先へ就業時間ぎりぎりまで訪問した後に帰社,社内業務は就業時間後に対応するという働き方が一般的だった.しかしこれからの社会では,育児や介護・自己研さんなどライフの価値を高めるための時間が必要になる.それに伴い,午前中は育児や介護に対応しながら自宅で会議をし,午後から客先へ訪問,夕方は客先近くのカフェで報告書を執筆してそのまま帰宅する,など,限られた時間を最大限活用し付加価値を上げる働き方が求められる.こうしたワークスタイルを実現するためには,ICTを利用した設備の充実はもちろんのこと,ICTの特性を踏まえた働く仕組み作り・ルール作りが重要になる.特に,大仰な機材などを準備できない中小企業においては,後者を意識するだけで既存の安価なICTツールでも十分な効果が期待できる.

 例えば,社内のコミュニケーションスタイルを変えてみることをお勧めしたい.これまで全て対面で会話をしていた場合,会議のたびにわざわざ集まらねばならず時間的コストや交通費などのコストがかさむことになる.そこで,対面にこだわりたいものと,テキスト文章や画面越しの会話で成り立つものとに分類し,後者についてはチャットツールや簡易的なWeb会議システムを活用する.

 こうした便利なツールを使う際に気を付けたい点としては,情報を受け取る側への配慮,であろう.対面で会話をする場合は相手の表情が見えるし,そもそも会話をしに集まっているので集中しやすい環境にある.しかし,遠隔地同士でのやり取りの場合,相手が別の仕事をしていてもお構いなしに呼び掛けることができてしまう.呼び掛けた側は良かれと思って話し始めたことも,呼び掛けられた側からすると集中力を阻害されてしまった,ということにもなりかねない.こうした事態を避けるために,「話し掛けられたくない時間帯をあらかじめ表明しておく」「お互いの作業の進捗を確認する時間を事前に決めておく(それ以外の時間帯は話し掛けない)」などのルールを作っておくことが肝要である.

 私たちがコンサルティングを提供する企業では,必ず図3のような「朝メール・夜メール」をつけている.朝出勤をしたら,1日の予定を所要時間や時間帯と合わせてリスト化し,一緒に働く仲間に共有するのが朝メール,1日の仕事の進め方を振り返り,延長してしまった仕事があった場合には延長理由を考えるのが夜メールだ.個人や組織の働き方の癖や課題を発見し,解決策を講じるための基礎情報として活用している.こうした朝メールで,在宅で実施する業務の予定を書き入れたり,Web会議しやすい時間帯を表明し,組織内で共有したりしておくと,お互いにコミュニケーションの取りやすい時間帯が分かる.

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 更に,労働環境の整備に最も根本的に必要なインフラは,職場全体が原則として8時間以内の業務成果で評価される環境である.この環境がないと,能力の差ではなく提供できる時間の差が最も成果に大きな影響を与えるため,充実したICT環境を有していたとしても,オフィス外で時間を仕事に掛けられる人が勝つという構造になってしまうため,時間制約を持った時点で男性でも介護との両立において割り切り型社員が増える等の弊害が出る.評価は一人一人のモチベーションにも大きく関わるものだ.限られた時間内でいかに高く山を積めたかどうかを評価すべきで,時間無制限で高い山を積む競争からは一刻も早く抜け出した方がよいだろう.

5.ま  と  め

 既にゲームチェンジは始まっている.ワークライフバランスの実現,すなわちライフで得た様々な経験や情報,人脈をフル活用し,ワークの成果につなげるという相乗効果(シナジー)を生み出していける企業環境こそ,これからの時代に必要な経営戦略なのだ.男女という性別の違いはもちろん,一人一人の個性もビジネスの力に昇華できるよう,限られた時間で高い成果を生み出す働き方に変えていく必要がある.電子情報通信サービスにおいても,新しい働き方に即した発展を期待したい.

(平成29年3月7日受付 平成29年4月7日最終受付)

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()(むろ) (よし)()

 900社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち,残業を減らして業績を上げるコンサルティング手法に定評があり,残業削減した企業では業績と出生率が向上している.「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任.著書に「労働時間革命」等多数.2児の母.(株)ワーク・ライフバランス代表取締役社長.


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