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我が国では,2015年に団塊の世代が前期高齢者(65~74歳)となった.高齢者人口は,2015年に3,392万人となり,団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる2025年には3,657万人に達する.その後も高齢者人口は増加を続け,2042年に3,878万人でピークを迎え減少に転じると推計されている.高齢者となれば直ちに介護や支援が必要となるわけではなく,65~74歳で要支援・要介護の認定(用語)を受けた人の割合はそれぞれ1.4%と3.0%であるのに対し,75歳以上では要支援・要介護の認定を受けた人の割合は,それぞれ8.8%,23.3%となっており,75歳以上になると要介護の認定を受ける人の割合が大きく上昇する(1).団塊の世代が介護を受ける可能性の高い後期高齢者となる2025年度に掛けて,医療・介護の給付費が急激に増加する.介護に限って見ても2015年の10.5兆円から2025年の19.8兆円に増加すると推計されている(2).介護人材も不足する見込みである.厚生労働省の需給推計(3)によれば,2025年の介護人材の需要見込みが253.0万人であるのに対し,現状推移シナリオによる介護人材の供給見込みは215.2万人となり,その需給ギャップが37.7万人となる.
高齢化の進展に伴う要介護高齢者の増加や介護期間の長期化などの介護ニーズの増大,核家族化の進行や介護する家族の高齢化など要介護高齢者を支えてきた家族をめぐる状況の変化に,高齢者介護に関する従前の制度による対応には限界があった.2000年に,高齢者の介護を社会全体で支え合う仕組みである介護保険制度(4)が開始された.この介護保険制度では,単に介護を要する高齢者の身の回りの世話だけでなく高齢者の自立を支援することを理念とし,利用者の選択により多様な主体から保健医療サービス,福祉サービスを総合的に受けられ,給付と負担の関係が明確な社会保険方式を採用している.制度は3年ごとに見直され,第6期計画(2015~2017年)では,団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に,重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう,医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される体制(地域包括ケアシステム)の構築を実現するとされている.
介護に限らず超高齢社会(総人口に対する65歳以上の高齢者人口が占める割合である高齢化率が21%を超えた社会であり,我が国では2007年から超高齢社会となっている)を支える情報通信技術についての期待は大きく,本会誌(5)でも解説されているように多くの研究プロジェクトが進められている.介護人材の確保,介護者負担軽減等,介護分野における情報通信技術への期待は大きいものの,実際の介護現場における情報通信技術活用は十分進んでいるとは言えない.本稿では,介護分野について概観し,介護分野における情報通信技術利活用の現状と期待について,介護事業に従事する方々へのアンケートを交えながら解説し,高齢者介護で期待する情報通信技術について本会会員の皆様のヒントとなる情報を提供したい.
介護と情報通信技術について論じる前に介護保険について主要な関係者やサービスについて理解する必要がある.介護保険は,市町村などが保険者となり,利用者である被保険者,介護サービスを提供する介護事業者によって運用されている.もちろん制度や財源等についての情報通信技術の利活用も期待されているが,よく話題として挙がるのは,事業者が利用者に提供する介護サービスについての情報通信技術活用の期待であろう.介護サービスの中でも代表的な身体介護のうち,生活を送る上で欠かすことのできない食事介助,入浴介助,排泄介助は3大介護と呼ばれる.入浴介助であれば,単に利用者の体を洗えばよいというわけではなく,事前に取り決められたケアプランに従ってサービスを提供し,利用者の状態や介護の内容等一連の介護記録を作成することが求められる.この介護記録は事業者の職員間で共有され,円滑なサービス提供に不可欠なものとなる.文献(6)では,記録と伝達が介護の要であると述べ,この記録と伝達を正確に素早く行うための情報通信技術活用事例について紹介している.
介護分野における現状の把握と情報通信技術で解決できる課題探索のため,大阪府社会福祉事業団の複数の介護施設の職員を対象に2017年5月11~18日にアンケート調査を実施し,25名から回答を得た.回答者の属性を図1に示す.各属性の分布から,利用者に介護サービスを提供する介護士が大半(約80%)であり,女性も多く活躍しており,年齢層も幅広いことが分かる.施設の種別も要介護認定の度合いや利用形態によって様々なものがあることが分かる.なお,介護保険制度における施設種別はこれで網羅しているわけではなく,分布もあくまで調査対象の一例であることを付記しておく.アンケートは,2016年12月1日の施設見学と職員へのヒアリングを元に作成した.情報通信技術等の活用が期待される事項は何かを選択肢を提示すると同時に日勤・夜勤別に勤務実態の調査とそのときに困ることを自由記述が追加できる形式で調査した.調査対象者の日勤・夜勤別のタイムスケジュールの典型的例について,図2に示す.この図からどのような介護が実施されているかが読み取れる.
始めに全体的な傾向を俯瞰し個別の要望について紹介する.件数が多かったものについて図3に示し,以降で情報通信技術との関連について考察する.本会の読者には意外なことかもしれないが,2.で述べた3大介護をはじめとする介護サービスそのものに直結する情報通信技術への要望は多くはなく,入浴介助が4件,食事介助が0件,排泄介助が1件であった.これは,介護サービスの基本は介護職員の力量(マンパワー)によるところが多く,結果として情報通信技術というよりもロボット技術等のマンパワーを補完する形の期待につながったと考えられる.情報通信技術に対する期待感と比較する際の参考とするため,ロボット技術等への個別の項目についても触れる.最も件数の多かったものは腰痛防止の16件であった.既に,入浴介助のためのリフト装置や壁面を開閉でき,またぐ必要のない介護用浴槽(図4)が導入されている介護施設もある.また,入浴以外の介助においても装着型の介護ロボットが開発(7)されている.
情報通信技術に関係し最も多くの期待を集めたものは,介護記録が簡単に入力できるようすること(図3の介護記録,20件)であり,参考として挙げた腰痛防止よりも件数は多い.図2の日勤の場合は,おおむね,勤務開始から12時間たってからの介護記録を入力し,夜勤の場合は,空き時間に介護記録を入力している状態である.具体的内容として,「記録がPCでないとできない.棟に1台しかPCがないので空いていないと後回しにして忘れがち」「食事摂取表,排せつ表などの入力が時間短縮になるもの」「申し送り事項を転記するのが手間である」「各部署全ての情報を共有できるもの」などの要望が挙がった.これは,単にPCを配備すればよいというわけではなく,音声認識技術やセンサ等を活用した負担の少ない入力インタフェースや職員間の効率的な情報共有のためのシステムが求められていると考えられる.
また,別の入居者の対応などの業務中に,ケアができていない入居者の話し相手になるような何か(図3の話し相手,15件)も要望が多かった.具体的内容として,「一人対応中にすぐに(ほかへ)行けない,一人に時間を掛けていられないことがある」「傾聴をサポートしてほしい」という要望が挙がった.図2の夜勤の勤務状況からも分かるように,夜間は各フロアに介護士が一人しかいないところで,20名程度の入居者のケアをしなければならない.一人のトイレ介助をしているときに,別のトイレ介助で呼び出されることもある.他のフロアで手の空いている介護士を呼ぶ手段もない上,各フロア間のサポートをしていたら,介護士は仮眠の時間さえなくなる.「夜間動作自動検知(4件)」「夜間呼出自動制御(4件)」にも関連することであるが,対応が必要な事象認知から対応すべき優先順位の判断への一貫したプロセスについて,センシングから介護担当者への情報提示までの様々な情報通信技術の活用が期待される.
介護施設では,利用者が能動的に使用するナースコールやベッド横に設置して起き上がりやずり落ちを検知する離床センサマット(図5)が使用されている.既存のナースコールシステムを使用して報知するタイプでは利用者がナースコールを使用したのか離床センサマットで検知したのかが区別できない.また,入居者がケーブルを抜いてしまうこともあり,製品の改善も求められる.センサマットの検知やナースコールについて,「ハイリスクのものから表示するシステム」「検知しても人数がいないと対応できない」「起き上がりが分かる手段がない」という要望が挙がった.これらの要望については,利用者の動作を検知する無線センサネットワークからハイリスクな事項を高精度に提示するAI等,多種多様な情報通信技術を統合したシステムの研究開発が期待されているようである.
ここまで,介護サービスの利用者に直接関係する事項について述べた.これらに加え,利用者に直接関係しないいわゆるバックオフィス業務についても要望が挙がっている.ヒヤリ・ハットすることがあったが利用者に影響のなかったインシデント,同様のことがあり利用者に影響があったアクシデントの事例を全国の介護施設で共有できること(図3のインシデント・アクシデントの共有,4件),新任や定期的な職員研修のためのeラーニング教材(図3の研修,7件)についても要望が挙がった.eラーニング教材は介護分野特有というわけではないが,図1に示すように職員の年齢層も幅広く必ずしもITスキルが高いわけではない.ICTに慣れていない人でも使いやすいインシデント・アクシデントの共有システムやe-ラーニング教材が求められていると考えられる.
本稿では,介護分野について概観し,介護分野における情報通信技術利活用の現状と期待について,介護事業に従事する方々へのアンケート調査を交えながら述べた.アンケート調査についてまとめると,介護職員は,「準備に時間を要せず」「(準備や操作が)面倒でなく」「簡単」に使用できる機器等を求められている.加えて,介護保険は社会保険として運用されているため,施設の管理者は「利用者にとって安心安全」「安価」「効率的」な機器やサービスを求めている.健康・医療・介護分野におけるICT化の推進は我が国の重要課題であり,厚生労働省からICT化の将来像とその実現に向けた具体的方策(8)が示されている.この中で,目指すべき将来像(10年後の将来)として「今後,我が国は,社会の変化に即応し,医療・介護の質の向上と国民の健康づくりを推進するとともに,社会保険の持続可能性を確保していくために,国,自治体,医療機関,介護事業者,保険者,国民が一丸となって,情報共有や情報の利活用の高度化を進め,情報による付加価値を高めていくことができる社会を目指す必要がある」とある.この喫緊の社会的課題の解決のため,本会の会員の皆様にも御専門とされていることが介護分野で活用できないか御検討頂きたい.
(1) 内閣府,平成28年版高齢社会白書,平成28年.
(2) 内閣,“社会保障に係る費用の将来推計について,”第6回社会保障制度改革国民会議資料,平成25年.
(3) 厚生労働省,2025年に向けた介護人材にかかる需給推計,平成27年.
(4) 厚生労働省,介護保険制度の概要,平成27年.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/gaiyo/index.html
(5) 伊福部 達,“超高齢社会を支える情報通信技術,”信学誌,vol.98, no.9, pp.810-817, Sept. 2015.
(6) 竹内英二,“介護現場におけるICTの利活用,”日本政策金融公庫論集,no.30, pp.1-15, Feb. 2016.
(7) サイバーダイン株式会社,HAL介護支援用,
https://www.cyberdyne.jp/products/Lumbar_CareSupport.html
(8) 厚生労働省,健康・医療・介護分野におけるICT化の推進について,平成26年.
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000042500.html
(平成29年6月9日受付 平成29年6月30日最終受付)
■ 用 語 解 説
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