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2015年9月の国連特別総会にて,国連加盟国が採択した17の目標から構成される「持続可能な開発目標(SDGs)」は,あらゆる形態の貧困に終止符を打つための取組みを更に進めることを狙い,国際社会が共通的に目指すべき目標として設定されている.特に,開発途上国においては情報通信技術(ICT)を効果的に利活用することにより,過去の成功例に縛られない非伝統的なアプローチを創出し,SDGs達成のためにイノベーションを促進すべき,という議論が近年盛んである.このような取組みを,国際開発分野では一般に「ICT for Development」または「ICT use Development」と表現している.
日本国内では,イノベーションを「技術革新」と訳す例を多く見るが,本稿ではイノベーションを単なる技術的な革新にとどまらず,国際開発の目的を達成するために既存の考え方や活動を非伝統的な手法で組み合わせたり,ICTによる新技術と融合させたりすることによって実現し得る社会課題の解決方法を,イノベーションと定義する(1).
更に近年,被援助国側と援助側(組織・国)の間で行われる活動計画策定の議論において,議論の当事者間だけではなく広義の関係者,すなわち当該開発目的達成のために直接的・間接的に何かしら関係があり得る多くのステークホルダが,効果的・効率的に活動に参加するための枠組みを設置することがますます求められている.更には,当該ステークホルダによる関連情報の交換や,フィードバックを収集・分析し,最適解を求めていくオープンな取組みによるイノベーションの創出,すなわちオープンイノベーションをどのように行っていくか,特に被援助国側から援助側に積極的に検討を求める事例が増加している.この潮流は,SDGsにおいて,「イノベーションの拡大」及び「グローバルパートナーシップの活性化」がそれぞれ個別目標に正式に言語化され組み込まれたことによって,国際場裏においてもこれまで以上に明示的に促進されている.
SDGs達成を追求していくためにも,オープンイノベーションを開発の手法に取り入れていくことは,国際電気通信連合(ITU)が主催する世界情報社会サミット(WSIS)・フォーラムの2017年6月会議における議論でも,必要不可欠な手段の一つとして議論がなされている.すなわち,SDGs達成を追求するために,ICTを今まで以上に革新的に利活用すると同時に,必要なオープンイノベーションも促進し,リープフロッグ(かえる跳び)の国際開発を実現することで貧困削減を進めていくことが,国際開発現場における喫緊の課題となっている(2).
本稿では,国際社会の共通目標であるSDGsの達成に向けた国際場裏における議論に基づき,ICTが国際開発にどのように新たな役割と効用を与え得るのか,具体的な貢献事例として東南アジア地域フィリピン国及び東アフリカ地域ルワンダ国における非伝統的なアプローチとして具体事例を説明し,今後の発展可能性と課題についても論じる.
国際開発においてICTを利活用することが強く意識され始めたのは,2000年に国連で採択されたミレニアム開発目標(MDGs)において,目標8「開発のためのグローバルなパートナーシップの推進」の中で「民間セクターと協力し,特に情報・通信における新技術による利益が得られるようにする」という指標が定められた頃からであった.日本においても,同年7月に沖縄で開催された第26回主要先進国首脳会議(G8サミット)でICTに関する重要性が初めて公式声明に掲載され,同サミットは「沖縄ITサミット」とも呼ばれ,ICTの利活用がもたらす経済成長への貢献に対する期待を明文化した「沖縄IT憲章」(正式名「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」)が採択されたことにより,ICTと開発の関係性に係る議論の優先度は上昇していった.
それまでの国際開発におけるICT分野の支援アプローチは,開発途上国における電気通信網の物理的な整備(特に電話交換機関連設備の近代化),国営・公営放送局への放送関連機材整備等のハード面や,それらを適正に運転・運用・維持管理する人材の育成,電気通信事業者の独占禁止や競争政策導入に係る法整備支援といった,主に電気通信と放送に対する対象国ごとの状況に応じた個別的支援が主であった.開発手法に関しても,主に経済協力開発機構(OECD)開発援助委員会(DAC)参加の援助国側が,独自の判断基準で自己評価した「グッドプラクティス」を被援助国側に提示し,これに現地事情・条件を一定程度加味して現地化させていくというアプローチが一般的であった(3).本稿では,これを「伝統的なアプローチ」と呼ぶ.一方,1990年代からインターネットが世界的に急速に普及し,瞬時に情報が世界中で共有される時代になった中で,国際開発に対する途上国側の主体者意識も,急速に変容していく様が見られるようになった.
2000年以降,ミレニアム開発目標(MDGs)採択などを契機に,新たな国際公共財となったインターネットを中心としたICT利活用促進にかかる考え方が国際社会で広まり始めていく中で,インターネットを駆使することで遠隔教育や統計・観測など,国際標準技術とネットワーク性を最大限に生かすICT利活用という開発アプローチが増加するようになった.先進国のみならず開発途上国もインターネットに接続され始めたことから,被援助国側においても様々な非伝統的な,すなわち過去に事例のないボトムアップ型の問題解決要請が,援助側に要請される傾向が増加していった.この傾向は,年を追うごとに強まりを見せ続けており,国際開発において根本的に求められてきた援助実施後の持続発展性確保,すなわち当事者意識(オーナーシップ)の確保において,強い正のインパクトを見せ始めるようになった.
このような被援助国側のオーナーシップの高まりは,必ずしもインターネットを含むICTの発展だけによるものではないが,インターネットの特性である情報発信・受信機会の平等性,知識や技術の習得機会増加への貢献などは,開発途上国に対して大きな影響を与えていることは明白である.この側面は,MDGsが目標年限を終えた直後に発効した「持続可能な開発目標(SDGs)」の形成過程においても,大きな影響を及ぼした.
2015年9月の国連特別総会にて,SDGsが採択された.SDGsは,先進国を含む世界共通の目標であり,経済・社会・環境の3側面を重視した持続可能な社会の実現に向けて,17の目標(ゴール),169のターゲットで表現されており,それまでの国際開発目標であったMDGsと比較すると,対象とする課題が広がっている.「誰一人取り残されない」という重要なキーワードも強調されており,貧困層だけでなく,女性,高齢者,障がい者など幅広い捉え方で誰も取り残されない,ということを目指している.
SDGsの採択に際しては,1990年を基準年として2015年までの期間で計画・実施・モニタリングされたMDGs(8の目標,21のターゲット)が,果たして世界の貧困削減や開発効果の向上に貢献し得たかどうか,目標期限終了前にそのレビューがなされた.
当該レビューの結果,特に予防・治療・リハビリ等で必要な保健医療サービスを,全ての人々が享受できる状態を指す概念である「ユニバーサルヘルスカバレージ(UHC: Universal Health Coverage)」について,国連を中心に「SDGsの多く,特にUHCを2030年までに達成するためには,過去のやり方(BAU: Business-As-Usual)では十分ではない.政府,民間部門,国際機関,市民社会,学術界の間の新たなパートナーシップとともに,変革のための解決策が緊急に求められている」と警笛が鳴らされた(図1).
より具体的には,2015年時点で既に教育,保健,金融,事業開発,更には平和構築などに資する社会インフラとして重要な役割を担っているICTとブロードバンドインターネットが,2030年までにUHCを含むMDGsで達成し得なかった開発目標を劇的に改善するために貴重な役割を果たす必要がある,と指摘された(4).このため,ブロードバンドインターネットの世界的な普及を商業目的のみならず社会開発の促進のためにも官民合同で進めていくこと,女性や障がい者を含む社会的弱者がICTを利活用することにより公平な社会参加を成し得ることを促進すること,若年層の失業を改善するためにICTによる新産業の創出を促進すること,最貧困層がインターネットの恩恵を平等に受けられるように情報通信機器の末端価格を官民共同の努力により低下させていくこと,などがMDGsにはなかった新たな,そして大変重要な使命として,SDGsにおけるICTの新しい役割として期待されている(5).
2000年以降,ICTの急速な発展とインターネットの世界的な普及が進み,MDGsの教訓も踏まえたSDGsにおいて,新たなパートナーシップとともに変革のための解決策が緊急に求められている.係る状況の中で,ICTを利活用した非伝統的なアプローチによって国際開発の新たな効用が発現している代表的な事例を,以下に報告する.
成田空港から飛行機に乗り,僅か5時間で到着するフィリピン国の首都マニラから,更に国内線に乗り継いで約1時間半の位置にあるボホール島は,同国内においても貧困率の高い地域である.同島にあるボホール州立大学敷地内には,日本の青年海外協力隊(JOCV)であった徳島泰氏が尽力されて2014年に開設された,市民に開かれたディジタル工房「ファブラボ・ボホール」がある.ファブラボは,米マサチューセッツ工科大学のニール・ガーシェンフェルド教授が標準型を考案したディジタル工房であり,「ほぼあらゆるもの(“almost anything”)」を作ることを目指し,3Dプリンタやレーザカッター等の多様なディジタル工作機械を備えた市民工房である.日本や米国等の先進国のみならず,アジアやアフリカなど開発途上国にも存在し,基本概念として市民が自由に利用でき,世界中のファブラボがインターネット経由でつながって情報共有ができることが特徴である.世界各国で,大学や研究所や非営利団体(NPO)など様々に異なる母体によって運営されながら,2016年1月時点で世界中に600か所以上のファブラボが存在している.
ファブラボ・ボホールと横浜市の「ファブラボ関内」で共同開発され,日本のベンチャー企業によって実用化が進められている「3Dプリント義足製作ソリューション」(図2)は,オープンソースである「RepRap」の技術情報を利用して構成されており,従来数百万円以上は必要であった義足の製作環境の構築を25万円程度で構築している.ファブラボ・ボホールでは,実際に膝下義足を必要とする患者のために,ハンディスキャナや3Dプリンタ,専用ソフトウェア等で構成される「3Dプリント義足製作ソリューション」を用いて,安価でデザイン性も優れ,作り直しも容易で加工時間も圧倒的に短く,必要な耐久性も確認された膝下義足を製作することに成功している(図2及び3)(6).同ベンチャー企業は,3Dプリント義足をフィリピン国内で通常使用されている輸入木製義足の半額以下で販売することを計画しており,JICAの支援により2017年3月には市場調査や生産・販売計画などを終了しており,現在普及段階に入っている.
本事例の特徴として,以下3点が挙げられる.(1)社会課題であった義足の価格低廉化を当初目標としていること,(2)デザイン用ソフトウェアと義足関節部分特殊素材以外は全てフィリピン国内で調達可能な材料で賄っていること(7),(3)1社の技術や発案に依存せずオープンに関係者を巻き込み開発と生産を進めるオープンイノベーション手法を採用していること.これらの特徴は,標準化されたディジタル機材と標準的に訓練された人材の集うファブラボという環境があれば,地域や国を問わず3Dプリンタ義足が製作可能であることを示唆している.すなわち,フィリピンにおいて成功した「ICTを利活用した非伝統的なアプローチ」を域内他国,更にはアフリカや中南米など他地域でも拡大再生産可能であるということである.
木製の輸入義足に依存せざるを得ない,という伝統的アプローチに偏っていたフィリピンにおいて,本件が非伝統的なアプローチとして同国内に与えている影響は,ICTによる斬新さだけではなく,実際の価格競争力においても必要としている人々に対して恩恵を与えている点からも,非常に大きなインパクトであると考えられる.
2016年10月,世界初の「ドローン空港」がルワンダ国ムハンガ市に開設され,米国ジップライン社と同国政府保健省間において「無人航空機(UAV)による輸血用血液運搬」にかかる契約が締結され,商用運行サービスが開始された.
東アフリカの内陸国ルワンダは,国土の多くが起伏ある丘陵地であるために,国土面積は小さくても車両交通のための道路整備にはコストがかさみ,特に首都から地方公共施設へ医薬品を含む必要品を輸送する際には,道路の起伏や整備不足もあいまって,輸送に掛かる時間と燃料費の削減は積年の課題であった.米国籍の新興企業であるジップライン社は,自社が開発した全地球測位システム(GPS)により制御した無人航空機(UAV)に最大1.5kgの荷物を積載し,目的地においてあらかじめプログラミングされた工程にのっとりUAVからパラシュート付の積み荷を落下させることで,通常の車両輸送では数時間掛かる地方病院に,「ドローン空港」から発射されたUAVが僅か10数分で輸血用血液を届けている(図4及び5).同社は2017年5月時点において,ほぼ毎日のように地方病院からの発注に基づいて1日数回の輸送を行っており,サービス開始から既に100回を超える輸送が実施されているものの事故や墜落は全く起こっていない(2017年5月11日同社広報担当者へのインタビューより).
国際社会から見たルワンダ国の一般像は,いまだに1994年の民族間紛争による大量虐殺事件であることは,否めない事実である.僅か20余年前に,100万人とも言われる虐殺が起こったことは,現在のキガリ市の美しい街並みからは想像さえ難しい.一方,世界銀行が毎年発表する「ビジネス環境の現状(原題:Doing Business)」では,ルワンダ国はサブサハラ・アフリカ地域においてモーリシャス国に次いでビジネスに適した国とされており,事業家に対しては「アフリカ投資の玄関口」という正反対の姿を見せている.特に,国是としての「ICT立国」標榜によりICT関連ビジネスへの成長期待は非常に高く,日本の政府開発援助(ODA)によってキガリ市中心部に設置されたインキュベーションスペースやファブラボを訪問する外国人やメディアは,日々増加している.
ルワンダUAV事例の特徴として,以下3点が挙げられる.(1)地理的制約要件を社会課題として捉え,必要不可欠な公共サービスをICTにより全く新しい形態に変容させていること,(2)UAVの運行管理用ソフトウェアとGPS等の一部部品以外は全てルワンダ国内で調達可能な材料で製作していること,(3)UAVの設計当初から保健関係者などをオープンに巻き込み開発と生産を進めるオープンイノベーション手法を採用していること.これらの特徴は,フィリピンの3Dプリンタ義足と同様に,標準化されたディジタル機材と運用手順(SOP)によって訓練された人材が操作・管理を行うことで,飛行に関する基準や規制をクリアできれば,地域や国を問わず同様サービスの展開は可能であることを実証している.実際,国連児童基金(ユニセフ)がマラウィ国で,JICAがザンビア国で,同様のUAVによる医療品等の公共輸送改善支援を開始している.
UAVが完全に車両輸送の代替となることは現実的ではないが,ルワンダ事例が示しているのは,伝統的な輸送手段をICTとSOPによって非伝統的なアプローチに変容させることで,非伝統的なアプローチ(輸送代替手段)が提示され,公共サービスにおけるコストの考え方が劇的に変容させられた,ということである.更に,輸送対象物が人間の生死に関わる医療品であるという点は,正に非伝統的手法の採用により救える命の可能性を増加させた,ICTを利活用したイノベーションであり,既存の価値観を根本的に変え得る画期的な取組みである.
フィリピンとルワンダの事例は,国際開発における非伝統的なアプローチという意味では,際立って特徴的である.一方,これらのほかにも,開発途上国においてICTを利活用することで社会課題を克服する非伝統的アプローチは数多出現している.ケニア国が発祥で,既に10年近くにわたって商用サービスを拡大し続けている,携帯電話を利用した非接触型決済,送金,マイクロファイナンスなどを提供する金融サービスである「エムペサ(M-Pesa)」は,アフリカ全域で300億ドル以上の市場に成長しており,これを研究する論文も多い.また,米国発の自動車配車サービスである「ウーバー(Uber)」と同概念のオートバイやタクシーの配車サービスは,アジアやアフリカ各国において増殖的に拡大しており,インドネシア「GOJEK」は慢性的な交通渋滞に対する貴重な解決手段になっている.
これら先行事例を鑑みても,クラウドサーバの活用やスマートフォンを含む携帯電話の普及経過に比例しながら進化を加速させていることから,サービス開発時の初期コストは年を追うごとに低廉化していく傾向が見られる.したがい,フィリピンの3Dプリンタ義足やルワンダUAV血液輸送が,今後他の開発途上国において順次発展拡大していく可能性は低くないと考えられる.その根拠の一つとして,開発途上国では先進国よりも様々な規制がまだ厳格化されていない点が挙げられる.UAV事例で明らかなように,ルワンダ国の航空規制は日本のそれに比べれば格段に寛容である.したがい,このようなイノベーションが他の開発途上国で拡大発展していくためには,先進国が既に導入している伝統的な規制をそのまま複製して導入することを優先するのではなく,当該途上国における社会課題を解決し得るイノベーションをまず検討し,それを実装するためにはどのような規制やルールが現地事情を踏まえて真に必要なのか,「必要なイノベーションを有効に機能させるための規制」を逆説的に考えていくことが肝要となる.このような考え方は,アジアやアフリカの様々な場面で自然発生しており,非伝統的アプローチの発展可能性は拡大していくと考えられる.このような開発途上国において独自に発生し拡大していくイノベーションとそれに関わる事象は,「リバースイノベーション」とも言われている(8).
一方,開発途上国において,ICTを利活用した非伝統的なアプローチを生み出して社会課題を革新的(イノベーティブ)に解決していくためには,容易に直面する根本的な困難や課題も当然存在する.例えば,前述のとおりJICAはザンビア国でUAVによる輸送サービスの商用化を支援しているが,同国では現在のところ政府の航空規制関係者が直接立ち会わない限り,UAVの飛行は認められていない.このような既存の規制が,イノベーションのスムーズな導入を困難にし得る地域・国においては,既存の規制とイノベーションにかかるトレードオフの議論,イノベーションを適用するための既存規制の微修正,そして教育や保健医療など公共セクターとの契約・調達に係る必要な条件見直し,などを行うことが肝要となってくる.これらを進めるためには,開発途上国の直接関係者による強い当事者意識,社会課題に対する深い理解と挑戦意欲,当該意欲を不変的に支持する政治・行政のリーダーシップ,関係者間の利害調整を積極的に行う調整能力,そして他国の成功事例や失敗事例を積極的に学び教訓を取り入れる学習能力などが不可欠となる.援助側にとっては,これらの観点で経験の共有や関係者間調整,政策や技術に関する助言など,国際開発援助による介入に関する合理性と必要性が出てくるため,被援助国側は現地と外国の両リソースを有機的に活用するオープンイノベーションを求める場合が出てくる.
加えて,ICTを利活用したイノベーションを促進していく際に,開発途上国における基幹通信網の圧倒的な不足も大きな支障となっている.一般に,光ファイバや無線を含む電気通信網の整備は投資に対する内部収益率を見込みやすいために,公的資本による整備よりも民間資本による整備が期待される.しかしながら,開発途上国では電気通信網の大口利用者である第二次産業が未発達であることが多いために,収益性を早期に見込むことは困難である.したがい,基幹通信網の整備には公的資本を用いる必要性が生じ得る.この必要性に対して,国際社会全体の公的資本は応えきれていない.結果として,民間資本が様々な理由によって資本投下した地域・国と,資本投下が遅れている地域・国との間に,国間ディジタル・ディバイドが生じているのが現状である.一部を除きおおむねの国が一人当りGDP1,000米ドルを超えているアジア地域では,公的資本による基幹通信網整備は限定的な議論となる.一方,多くの国がいまだ一人当りGDP1,000米ドルを超えていないアフリカ地域では,公的資本の必要性が高いにもかかわらず,整備状況は芳しくない.ルワンダ国の場合,自国がICT立国となるために光ファイバ通信網整備へ優先的に予算を配分し,並行して民間資本に対して事業権付与に寛容な政策を採ったために,韓国テレコムによる1.5億米ドルという巨額の資本投下を誘引して国内90%以上のカバー率で第4世代携帯電話通信網を整備することに成功した.この通信網整備は,外国人投資家や国内起業家にとって事業実施環境として大きなアドバンテージとなったため,結果的にルワンダはアフリカ域内で投資先としての比較優位性を更に高めることに成功している.他国が,ルワンダのようにイノベーションを促進していくためには,このように基幹通信網や海外直接投資の誘因による通信インフラ整備に成功できるかという点も,大きな分岐点となっている(9).
国際開発におけるICTの新たな役割と効用について,フィリピンとルワンダにおける実例報告を通じて論じた.いずれも,(1)対象地域における社会課題を解決するためにイノベーションを起こす視点から出発している,(2)開発途上国で持続的に生産・運営できる体制を目指している,(3)オープンイノベーションをてこにしている,等々が重要な共通点である.2000年以前の国際開発において多く用いられていた「伝統的アプローチ」と,昨今の「非伝統的アプローチ」の根本的な違いは,特に(3)である.そして,開発途上国におけるオープンイノベーションを実現させている原動力は,まさしくICTの急速な発展である.インターネットの普及により,被援助国側においても援助側と二次情報レベルで同等程度の情報を入手できるようになったため,過去に比してより対等な情報量が共有され,開発計画や課題解決手法を策定する際に垂直的ではなく水平的なオープンイノベーションが可能となり,結果として開発効果を最大化させる可能性が加速的に広がってきている.
ほぼ全てのアフリカ域内各国では,近年,ICT担当大臣を政府内に配置している.2017年5月にルワンダ国キガリ市で開催された,域内最大のICT関連国際会議「トランスフォーム・アフリカ・サミット」には,域内12か国の国家元首とほぼ全ての域内各国ICT担当大臣,そして4,000名近い参加者が世界80か国以上から参加し,ICTをてこにアフリカの開発を革新的に進めていく方策について,真剣な議論を展開した.会議中には,5,500万米ドルを超える事業契約が締結された(10).
国際開発の最前線において,ICTは被援助国を援助国と対等な立場に引き上げる役割に貢献し,革新的で非伝統的な社会課題解決手法の創出を後押しし,SDGsが求める開発効果の最大化に重要な効用を及ぼしている.
(1) 内藤智之,“オープンイノベーションの開発における効用―ファブラボおよびインキュベーションセンターの実例とICTインフラ整備に関する国際的な議論を通じた考察―,”国際開発学会第27回全国大会一般口頭発表,no.E8,2016.
(2) H. Zhao, “Opening remarks,” the World Summit on Information Society Forum, Geneva, Switzerland, 2017.
(3) 内藤智之,“開発におけるICT利活用の効果と可能性―IoT時代におけるアウトカム志向への転換―,”国際開発学会第16回春季大会一般口頭発表,no.E-1,2015.
(4) Ericsson and the Earth Institute at Columbia University, ICT & SDGs, May, 2016,
https://www.ericsson.com/res/docs/2015/ict-and-sdg-interim-report.pdf
(5) T. Unwin, Reclaiming Information and Communication Technology for Development, Oxford University Press, 2017.
(6) JICA研究所,オープンイノベーションと開発研究会報告書,独立行政法人国際協力機構,東京,2016.
(7) JICA公式YouTube, “ICT and development,” Super low cost prosthetic leg using 3D scan and print technology in the Philippines, Japan International Cooperation Agency, 2016.
https://www.youtube.com/jicaictanddevelopment
(8) ビジャイ・ゴビンダラジャン,ワリス・トリンブル,リバース・イノベーション新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき,ダイヤモンド社,2012.
(9) World Economic Forum, Summary & Key Outcomes of High Level Roundtable on Internet for All, Geneva, Switzerland, 2016.
(10) H. Toure, Closing Ceremony at the Transform Africa Summit, Kigali, The Republic of Rwanda, 2017.
(平成29年5月30日受付 平成29年6月21日最終受付)
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