記念特集 2-3-3 マイクロ波を用いた物質創成技術――ナノからセンチメートルスケールまでのマイクロ波制御――

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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和田雄二 東京工業大学物質理工学院応用化学系

藤井 知 正員 沖縄工業高等専門学校情報通信システム工学科

Yuji WADA, Nonmember (School of Materials and Chemical Technology, Tokyo Institute of Technology, Tokyo, 152-8552 Japan) and Satoshi FUJII, Member (National Institute of Technology, Okinawa College, Nago-shi, 905-2192 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1285-1289 2017年11月

©電子情報通信学会2017

1.はじめに
――マイクロ波――

 スマートフォンの出現により,半導体産業をけん引してきたムーアの法則に変わり,今や,移動体無線技術がハイテク産業のテクノロジードライバの役割を果たし,米国等を中心に経済けん引の中心となっている.無線通信における電波の利用は,第5世代では3~6GHzのサブバンドと30GHzの利用が提案されており,1901年にマルコーニが行った無線実験850kHzと言われるものから,情報通信については,116年の間に無線に使用する電波のキャリヤ周波数が3,000倍ないし3万倍と進展した.一方,加熱については,1925年頃,アメリカにて2kHz高周波誘導加熱が金属溶解電源として使われ出したと言われている.また,1945年には,アメリカのレイセオン社からレーダの研究成果としてマイクロ波加熱原理が発表され,1950~1960年には食品加熱用として一般家庭向けに電子レンジが市販されるに至っている.歴史が示すとおり,電波は,情報に加え,電波のエネルギーそのものを物質に伝える手法として研究が進んできた.情報技術の劇的な進展により,ネットワークアナライザなどの計測器,電磁界シミュレータが開発され,今や,化学研究室でさえ,容易に扱えるようになってきた.

 マイクロ波照射下で進む化学反応について研究を行う分野を“マイクロ波化学”と呼ぶことがある.電熱ヒータや,石炭などの化石燃料の燃焼熱を用いる代わりに,マイクロ波により化学反応を駆動するエネルギーを供給する.このように,直接,エネルギーを化学反応場に供給することにより,劇的な省エネルギーが達成できることや,化学反応収率(用語)を大幅に向上させることができるなど,多くの魅力的な事例が発見されている.これらの現象制御には,対象とする物質のサイズにおいて,ナノからメートルまでを一度に扱うことになる.つまり,マイクロ波工学では,アンテナやキャビティサイズなどを考慮するとマイクロ波帯では,数十cm程度のサイズ,つまり1m以下,から,高周波におけるスキンデプス(用語)を考える必要があることから,数十µmまでを扱う.それに対し,化学では,原子レベルのナノメートルからミリメートルの触媒の大きさまでの大きさを扱うことが多く,これらの二つの領域を合わせると,正に,ナノサイズからメートルサイズまでを一度に扱うことになり,多様なスケールで全てつじつまが合うように統合する必要がある.つまり,物質製造産業へのマイクロ波技術の展開は,幅広いスケールにおける物理化学現象を検証し,的確に制御する必要がある.マイクロ波化学に似た分野として,光化学では,電磁波の更に波長の短い光を使った光化学反応や光に関する研究が量子化学を基礎として発展し,確立した学問分野となっている.一方,マイクロ波化学は,未解明の現象にあふれ,現在,活発に研究対象とされている一分野と言える.

 本稿では,筆者らが,一企業と協同で開発したマイクロ波によるマグネシウム金属製錬技術を例として,マイクロ波化学の今後の研究開発の重要性を訴えたい(1)

2.新しいマグネシウム精錬法
――マイクロ波ピジョン法――

2.1 従来技術
――ピジョン法にマイクロ波を導入――

 いきなり化学式を提示して恐縮だが,化学以外の分野の読者にもマグネシウム金属を製造するには,高温と大きなエネルギーが必要であることを理解して頂きたい.図1の化学式では,()焼ドロマイトと呼ばれるマグネシウムとカルシウムの複合酸化物が,フェロシリコン(鉄とシリコンの金属間化合物)によって還元され,マグネシウム金属が生成することを示している.この反応は,レトルトと呼ばれるステンレス鋼の円柱形入れ物の中で,1,200℃という高温かつ真空下で行われる.マグネシウム金属1tを製造するために,石炭7.2tが消費され,37tの二酸化炭素が発生する.

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 筆者らは,石炭の代わりにマイクロ波をエネルギーとして用いるマイクロ波ピジョン法を開発することを立案した.それによって,省エネルギー,排出二酸化炭素削減を実現した新しいマグネシウム金属精錬技術を創成することを目指した(図2).マイクロ波を用いた場合,図2(a)に書かれた利点が予想できる.すなわち,①反応物質のみを選択的に加熱,②迅速な加熱,③反応場のみの局所加熱,という三つの特長はそのまま省エネルギープロセスの実現につながる.加えて,マイクロ波の特殊な効果として,反応温度低下を望むことができる.また,マイクロ波発振に必要な電力を太陽光発電に頼れば,二酸化炭素発生をゼロとすることも可能である.

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2.2 マイクロ波ピジョン法反応装置

 図2(b)には,マイクロ波ピジョン法の装置構成図を示す(2),(3).眞空チャンバー内に設置したドロマイトとフェロシリコンの混合体(団鉱と呼ぶ)にマイクロ波を照射し,高温とし,発生するマグネシウム金属を上部のコレクタで凝縮回収する.この構成が機能することを実験的に検証するため,実験室で小形の装置を試作した(図3).実際の写真で見ると,外見はステンレスの箱であり,内部には熱遮蔽用の耐火物で作成した外筒内に,実験用小サイズ団鉱を入れた石英管を挿入した.実験用小サイズ団鉱は,直径13mmのものを積み重ねて配列した.

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2.3 化学反応におけるアンテナ効果の発見

 図4にマイクロ波照射下における団鉱の温度上昇曲線を示した.図に示すように,団鉱は,均一でなく,中央にフェロシリコンを集中的に集めた「まんじゅう」のような構造とした.青線(B)は,積み重ねた団鉱の高さをマイクロ波の1波長と合致させたときであり,黒線(D)は,1.1倍のものである.また赤線(A)は,まんじゅう形でなく,ドロマイトとフェロシリコンを均一に混合したときの温度変化を示している.団鉱高さが1波長と同じときには,マイクロ波照射直後から急激に温度が上昇するが,1.1波長のときには,温度上昇に遅れが見られる.これは,マイクロ波の振動電界と磁界の分布が被照射系の形状に依存していることを示しており,電磁波シミュレーションの結果,1波長と同じ高さの団鉱の内部には,電界と磁界が侵入し,効率的に損失が起こり,発熱していることが分かった.筆者らは,これを“アンテナ効果”と名付けた(4)

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 用いたマグネトロン(用語)の周波数分布は,図4右のように幅を持っている上に,揺らいでいる.均一混合体の団鉱の大きく遅れた温度上昇は,この揺らぎによるものと理解している.揺らいだマイクロ波が,偶然マッチングを起こすことがここでは観測されたわけである.アンテナ効果は,マイクロ波エネルギーを高効率で利用するために,極めて重要であり,そのためには,まんじゅう形の団鉱構造が鍵となる.被照射体すなわち,反応物にアンテナ構造を持たせるアイデアは初めてであり,今後,固体化学反応系にマイクロ波化学を利用する場合に,一つのキーテクノロジーとなる.

2.4 マグネシウム金属の製造

 図5には,マイクロ波ピジョン法によって初めて合成できた精錬マグネシウム金属のデータを示した.ここでは,11.1gのドロマイトと2.85gのフェロシリコンから,1.72gのマグネシウム金属が合成でき,収率は71.4%である.X線回折は明らかなマグネシウム金属であることを示し,図の写真にあるような金属色を示すマグネシウム金属を分離回収することに成功した.

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2.5 エネルギー削減効果と二酸化炭素ゼロエミッションの成果

 上記のラボスケール実験の結果を用いて,マイクロ波ピジョン法を用いたマグネシウム金属製造法の省エネルギー効果を試算してみた.従来のピジョン法を用いて,1tのマグネシウム金属を製造するためには,192GJのエネルギーが必要だが,マイクロ波ピジョン法では,59GJまで削減できる.この3分の1へのエネルギー削減と二酸化炭素ゼロエミッションという大きな利点に加え,生産コストも33%削減できるという試算も可能である.この試算による数値には,幾つかの推定・仮定が含まれているため,慎重な取扱いが望まれるが,マイクロ波技術の可能性を論じることは,将来の物質製造技術を考えるときには,極めて重要な情報であろう.

3.既設のマイクロ波化学の工場

 本稿の最後に,既にマイクロ波を用いた製造プロセスが実用化の段階に至っている事例を示したい.現在,日本で最も成功し,注目を浴びている大学発ベンチャーがマイクロ波化学株式会社である.マイクロ波化学株式会社はマイクロ波プロセス工場と実証棟を2014年に大阪住之江に世界初の脂肪酸エステルを製造するため装置を建設した.最近,同社は,三重県四日市市に太陽化学株式会社としょ糖エステル合弁工場(年間1,000t製造)も完成した(図6).マイクロ波化学の実用化において,しばしば懸念事項として取り沙汰されるのが,スケールアップの問題である.実際,波長が10cm前後のマイクロ波を用いた技術において,大形装置を設計に対応するための特殊技術が必要である.しかし,マイクロ波化学株式会社のこの工場群建設は,スケールアップが可能であることを明確に証明している.

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4.今後の展開へ向けて

 マイクロ波化学では,“マイクロ波特殊効果”の真偽について,長い議論の歴史がある.筆者らは,既にマイクロ波特殊効果の発現機構解明に踏み込んでいる.第1は,固体触媒充塡層内において起こる局所選択加熱現象である(図7上段).固体触媒粒子同士が,接触する点にマイクロ波の電界と磁界が集中し,そこが周囲に比較して高い温度となることを実験的並びに理論的に解明しつつある.その結果として,固体触媒反応,あるいは固体―固体化学反応は,この接触点を反応場として起こるときには,マイクロ波の大きな促進効果を受ける.

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 第2は,電子移動化学反応に対するマイクロ波の加速効果である(図7下段).多くの化学反応は,電子の授受を含んでいる.特に酸化還元反応は,正に電子移動の結果起こる分子構造の変化である.筆者らは,光照射下で硫化カドミウムによって起こる光触媒反応に対するマイクロ波の加速効果を発見し,電子移動速度がマイクロ波照射下では加速することを証明した(5),(6).本稿で例として記述したピジョン法も酸化マグネシウムのフェロシリコンによる還元反応であり,上述の接触点の局所選択的加熱効果と電子移動加速効果の両方が,マイクロ波ピジョン法の省エネ効果に貢献している可能性が高い.

 物質を製造する化学反応を制御する手法は,反応条件,触媒,など,極めて多量かつ深い研究蓄積がある.しかしながら,今後の物質製造技術において望まれるものは,従来技術では困難な対象が重要である.例えば,化学的には安定なメタンや二酸化炭素を原料として有用な化合物を合成する技術が望まれるはずである.そのような場面では,マイクロ波化学は,有望な選択肢となるはずである.

 謝辞 本稿で例として挙げたマイクロ波ピジョン法は,オリコンエナジー株式会社との共同研究において開発した技術である.また,工場の写真の掲載を御許可頂いたマイクロ波化学株式会社に謝意を表したい.

文     献

(1) Y. Wada, S. Fujii, E. Suzuki, M.M. Maitani, S. Tsubaki, S. Chonan, M. Fukui, and N. Inazu, “Smelting magnesium metal using a microwave Pidgeon method,” Scientific Reports, vol.7, 46512, 2017.

(2) “マイクロ波を利用したマグネシウム製錬装置及び製錬方法,”特願2016-004089, 2016.6.3登録

(3) “炉壁を回収部とするマイクロ波金属製錬装置,”特願2016-148133, 2017.1.20登録

(4) “共振構造を持つ製錬原料ペレット及びこれを用いた製錬原料,”特願2016-115948, 2017.1.20登録

(5) F. Kishimoto, T. Imai, S. Fujii, D. Mochizuki, M.M. Maitani, E. Suzuki, and Y. Wada, “Microwave-enhanced photocatalysis on CdS quantum dots-Evidence of acceleration of photoinduced electron transfer,” Scientific Reports, vol.5, 11308, 2015.

(6) F. Kishimoto, M. Matsuhisa, S. Kawamura, S. Fujii, S. Tsubaki, M.M. Maitani, E. Suzuki, and Y. Wada, “Enhancement of anodic current attributed to oxygen evolution on math-Fe2O3 electrode by microwave oscillating electric field,” Scientific Reports, vol.6, 35554, 2016.

(平成29年6月18日受付 平成29年7月8日最終受付)

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()() (ゆう)()

 昭52東工大・工・化学工学卒.昭58同大学院博士課程了.フリッツハーバー研,南イリノイ大での研究員,東工大助手,阪大講師・助教授,岡山大教授を経て,平19東工大教授.光機能化学,マイクロ波化学,ナノ化学を専門.工博.日本学術振興会産学協力研究委員会電磁波励起反応場第188委員会委員長.

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(ふじ)() (さとし) (正員)

 昭60筑波大・基礎工卒.昭62同大学院修士課程了.平17京都工繊大大学院博士課程了.昭62住友電工,平16エプソン,ダイヤモンドSAWフィルタ等の研究に従事,平21千葉大特任教授,平26東工大特任教授,平27沖縄高専,電子デバイス,マイクロ波工学を専門.工博.

用 語 解 説

収率
化学反応において,原料から目的物を生成する率のこと.ここでは,原料であるドロマイト中のマグネシウム原子のうち,金属マグネシウムとして回収できた率で,百分率で表示する.
スキンデプス
物質に入射した電磁界が1/eに減衰する距離のことで,マイクロ波がどの程度,物質内に侵入するかを示す尺度として重要である.
マグネトロン
マイクロ波の発振用真空管の一種であり,ここでは,2.45GHzのマイクロ波を発生するマグネトロンを使用している.一般的に,ほとんどの電子レンジなどでも発振器として利用されている.


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