巻頭言 私の研究と学会

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Vol.100 No.5 (2017/5) 目次へ

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 1917年5月に「電信電話学会」として設立された本会は今月でちょうど,創立100年を迎えております.私が本会に入会致しましたのが,1973年5月ですので,44年間,つまり創立後のおよそ後ろ半分の期間を会員としてお世話になってきたことになります.私が大学を退職して2年余りが経過しております.ここで,これまでの私の研究を振り返り,学会との関係を含めて紹介させて頂きます.

 大学院の学生のときは,音声帯域の電話回線を用いてディジタル通信を行うことを研究しておりました.約40年も前のことになります.アナログ電話回線は帯域幅が4kHz足らずで,低域と高域で振幅が大きく減衰し,位相ひずみも生じます.そのような回線に信号を通しますと,波形がひずみます.これによって符号間干渉が起き,誤った符号判定をする確率が高くなります.この問題を解決するため,トランスバーサルフィルタを用いるというアイデアがありました.信号処理で言うFIRフィルタです.その係数を適切に定めると,伝送路全体のひずみを改善することができます.通信のたびに回線の特性は異なりますので,その都度,最適な係数を決定しなければいけません.これは「適応等化」と呼ばれております.このときに学んだ「適応」という概念は,私の研究の一つの柱になりました.研究成果は,本会の通信方式研究会で発表しておりましたが,厳しい質問には畏怖というよりも恐怖の念を覚えました.研究会での質問に答えられるようになることが,その頃の私の目標でした.目の前に明確な目標を設定できたことは,研究を進める上で大変良かったと思っております.学会の有り難いところです.

 大学院修了後は,アンテナでの適応信号処理の研究を始めました.1980年代のことです.複数のアンテナ素子を受信機に設置して,各アンテナ素子で受信した信号の振幅と位相を適切に制御して合成しますと,受信したい信号を強く,干渉となる信号を抑圧することができます.これはアダプティブアンテナと呼ばれ,空間領域での信号処理を実現します.この分野の研究は当初,余り活発ではありませんでした.1980年から1995年までの本会総合大会でのアダプティブアンテナ関係の発表件数を数えてみたことがあります.毎回5件余りと極めて寂しい状況でした.しかし,携帯電話の普及とともに,アダプティブアンテナの有効性に多くの研究者が気付き,その研究が急速に盛んになりました.本会の無線通信システム研究会やアンテナ・伝播研究会などで多数の発表が行われ,活発な議論が行われるようになったことは大変うれしいことでした.

 空間領域の信号処理は更に発展し,送受信機の双方に複数のアンテナ素子を設置したMIMO(Multiple-Input Multiple-Output)と呼ばれるシステムが携帯電話や無線LANで実用化されています.これは,アンテナ数を増やすことによって伝送速度を向上させることができるシステムです.これが可能となりますのは,伝搬路に存在する物体によって電波が反射・散乱される現象,つまり,多重波伝搬が存在するためです.多重波伝搬は,フェージングや波形ひずみを引き起こす厄介者として,永年にわたって無線エンジニアを悩ませてまいりました.しかし,現在の空間領域信号処理では,多重波伝搬があるからこそ,高速伝送が可能となっております.多重波伝搬は困った現象という常識が覆ったことになります.「研究の世界では,今日の常識は明日の常識ではない」という教訓を実感しました.

 大学には停年がありますが,学会にはそれがありません.空間領域信号処理研究の地平線のかなたには,まだ私が知らない世界がきっと展開していると信じて,引き続き研究と学会での活動を続けてまいりたいと思います.


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