論文賞贈呈

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Vol.101 No.7 (2018/7) 目次へ

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 論文賞(第74回)は,平成28年10月から平成29年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.

Analytical Stability Modeling for CMOS Latches in Low Voltage Operation

(英文論文誌A 平成28年12月号掲載)

受賞者 鎌苅竜也 受賞者 塩見 準 受賞者 石原 亨 受賞者 小野寺秀俊

 情報通信技術の急速な発展を背景に,集積回路デバイスの普及台数が爆発的に増大している.メンテナンス容易性や低炭素社会の観点から,あらゆる集積回路デバイスの省エネルギー化が重要な課題になっている.

 集積回路の電源電圧スケーリングは省エネルギー化を実現する最も有効な手法の一つである.しかし,集積回路をトランジスタのしきい値電圧付近の低い電圧領域で動作させると,回路の信頼性が悪化し結果として誤動作を招く.特にラッチ回路に代表される記憶素子は雑音に非常に敏感であるため,ディジタル集積回路の最低動作可能電圧を決定する非常に重要な要素回路である.ラッチ回路の安定動作条件を正確に解析し,安定性の高い設計指針を得ることは,集積回路の極低電圧動作を実現するための最重要課題である.

 本稿では,MOSトランジスタが弱反転状態で動作する極低電圧領域において,記憶素子の基本単位であるラッチ回路の歩留まりを精度良くモデル化する方法が提案されている.具体的には,ラッチ回路を構成するMOSトランジスタの電流―電圧特性を利用し,極低電圧領域においてラッチ回路が正しく値を保持するための条件を解析的に導出している.従来は,モンテカルロ法に基づきトランジスタの動作条件を変え,シミュレーションを多数回実行することでラッチ回路の歩留まりを見積もる方法が主流であった.したがって,高い歩留まりを持つラッチ回路を設計する場合,計算時間が膨大になる問題があった.本稿で導出する条件により,瞬時にラッチ回路の歩留まりを求めることが可能になる.シミュレーション及び試作回路を用いた実測の両側面から,提案するモデルの検証を行っている.最後に,提案するモデルを利用し,極低電圧領域において高い歩留まりを持つラッチ回路のための設計指針を示している.

 本稿で提案される歩留まりモデルは極低電圧動作する集積回路の根幹に関わるものであり,集積回路デバイスの省エネルギー化に大きく貢献するものである.以上の理由から本稿は本会論文賞にふさわしいものである.

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Linear Quadratic Regulator with Decentralized Event-Triggering

(英文論文誌A 平成29年2月号掲載)

受賞者 中島共平 受賞者 小林孝一 受賞者 山下 裕

 様々な機器の計測データが通信ネットワークを介して集約できるIoT(Internet of Things)時代が到来している.データを集約するだけでなく,得られたビッグデータを基に実システムを制御することも重要になっている.交通,医療,農業など様々な分野で,IoTを活用した制御が検討されている.また,制御工学の分野においても,制御対象と制御器が通信ネットワークを介して接続されたシステムの制御(ネットワーク化制御)が盛んに研究されている.

 従来のディジタル制御理論を利用してネットワーク化制御を考える場合,通信間隔はあらかじめ与えなければならない.また,通信間隔を一定とする場合が多い.しかしながら,制御の状況に応じて,通信間隔を可変とすることが望ましい.この観点から,事象駆動制御が提案されている.事象駆動制御では,センサが事象駆動メカニズムを持つ.このメカニズムでは,センサが計測データをクラウドサーバなどで実装された制御器に送信するかどうかを決定する.多くの場合,直近で制御器に送信した計測データと現時刻の計測データを比較して,送信有無を決定する.事象駆動制御は通信と制御の両方を考慮した方法として,盛んに研究されている.

 本論文では,複数のセンサが分散的に配置されているセンサネットワーク上の事象駆動制御の新しい方法を提案した.制御問題として,幅広く利用されている最適制御問題を考え,その準最適解(制御器)がLMI(線形行列不等式)最適化問題を解くことで導出できることを示した.更に,複数のセンサを一つのセンサとみなし従来手法を適用した場合と比較し,制御性能が改善されることを示した.

 以上から,本論文で提案したセンサネットワーク上の事象駆動型最適制御は,事象駆動制御の理論の発展に大きく寄与するものと期待される.また,超スマート社会の実現に向けた,IoT時代のシステム制御技術の基礎としても期待される.

区切

Zigzag Decodable Fountain Codes

(英文論文誌A 平成29年8月号掲載)

受賞者 野崎隆之

 誤り訂正符号は通信・記録システムの信頼性を効率良く向上させる基礎技術であり,その理論を符号理論と呼ぶ.符号理論の研究の目的は,復号性能の高く計算量の低い符号と復号法の組を構成し,その性能を数理的並びに数値実験的に評価することである.

 噴水符号はネットワークにおけるUDP,特にマルチキャストに適した誤り訂正符号である.噴水符号においては,パケット同士を符号化することで,消失したパケットを復号する.Raptor符号は噴水符号の一つであり,排他的論理和のみで符号化ができ,反復復号法で効率的に復号され,優良な復号性能を有する.

 本論文では,Zigzag Decodable(ZD)噴水符号と呼ばれる噴水符号を構成し,この符号に適した復号法を提案している.この符号は,排他的論理和とシフト演算のみで符号化ができ,一種の反復復号法で効率的に復号される.符号化・復号において単純な演算しか用いていないため,その実装は容易である.数値実験によりRaptor符号を凌駕する復号性能とRaptor符号よりも低い空間計算量を実現することを示している.また,同等の設計パラメータで与えられるRaptor符号と比べ,復号性能が下回ることがないことを数理的に証明している.更に,密度発展法と呼ばれる手法を用いて,符号化するパケットの数が十分に大きいときの復号性能を数理的に明らかにしている.

 以上のとおり,本論文では,既存法を凌駕する性能を有する噴水符号とその復号法の組を構成し,その性能を数理的並びに計算機実験によって復号性能を評価している.符号器・復号器の実装も容易であり,その有用性は高い.加えて,本論文の結果は符号の構成におけるシフト演算の有用性を示しているものであり,今後の研究の広がりが期待される.

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Plate-Laminated Waveguide Monopulse Slot Array Antenna with Full-Corporate-Feed in the E-Band

(英文論文誌B 平成29年4月号掲載)

受賞者 Xin XU 受賞者 広川二郎 受賞者 安藤 真

 喜安善市賞(第11回)に別掲

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Null-Space Expansion for Multiuser Massive MIMO Inter-User Interference Suppression in Time Varying Channels

(英文論文誌B 平成29年5月号掲載)

受賞者 岩國辰彦 受賞者 丸田一輝 受賞者 太田 厚 受賞者 白戸裕史 受賞者 新井拓人 受賞者 飯塚正孝

 同時に複数の端末に対して空間多重伝送を行うマルチユーザMIMOでは,基地局から端末に向けてのダウンリンク伝送時に,無線伝搬路の時変動に起因して各端末アンテナで受信される信号に干渉(ユーザ間干渉)が発生することが課題となっている.本論文は,第5世代移動通信(5G)で利用検討が進められているMassive MIMOの多素子アンテナの膨大な制御自由度(アンテナ自由度)を活用して干渉を抑圧する,ヌル空間拡張法を提案している.

 ダウンリンクのマルチユーザMIMO伝送では送信信号にプリコーディングウェイトを付加することにより,受信アンテナにおいてそのアンテナ宛ての信号以外が受信されないよう,ヌルを形成し送信する.通常ヌルは信号ストリームごとに,宛先以外の受信アンテナ一つに対し一つ形成することが一般的であるが,提案するヌル空間拡張法では,受信アンテナ一つ当り複数のヌルを形成する.これにより,ヌルとなる無線伝搬路ベクトル空間(ヌル空間)を時変動が予想される高次元の部分空間に拡張することで,無線伝搬路が変動した場合でもユーザ間干渉の低減が可能となる.提案法では,取得可能な過去の複数の無線伝搬路情報を用いてヌル形成することにより,未来の無線伝搬路の変動に対して有効に干渉抑圧の効果が生まれる.この興味深い点についても,考察を加えその原理を提示している.提案法は,追加のヌル形成に自由度を消費するため信号利得は低下するが,干渉抑圧効果が信号利得の低下を上回ることから,信号対干渉雑音電力比(SINR)の観点において大きな改善効果が期待できる.

 このように本論文は,Massive MIMOの豊富なアンテナ自由度をヌル空間の拡張による追加のユーザ間干渉抑圧に活用するという,全く新しい手法を提案するとともに,計算機シミュレーションを通してその有効性を確認している.この成果は,マルチユーザMIMOの適用先を拡大し,無線通信の大容量化に大きく寄与するものであり,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.

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NL-BMD : Nonlinear Block Multi-Diagonalization Precoding for High SHF Wide-Band Massive MIMO in 5G

(英文論文誌B 平成29年8月号掲載)

受賞者 西本 浩 受賞者 平 明德 受賞者 井浦裕貴 受賞者 内田 繁 受賞者 岡﨑彰浩 受賞者 岡村 敦

 第5世代移動通信システム(5G)では,広帯域を確保しやすい高SHF(Super High Frequency)帯・EHF(Extremely High Frequency)帯の使用を視野に入れており,課題となる伝搬減衰に対して,数百以上のアンテナ素子を用いて空間を最大限に活用するMassive MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)技術が有望視されている.Massive MIMOは,各アンテナ素子を制御し端末方向にビーム形成することで受信利得と空間多重性能を向上し,高SHF帯・EHF帯においても複数端末との同時MIMO通信(MU-MIMO: Multiuser MIMO)を実現する.

 MU-MIMOダウンリンクでは,基地局でのプリコーディングにより端末間干渉(IUI: Inter-User Interference)を解決する.プリコーディングは線形型と非線形型に大別される.前者は空間フィルタによりIUI抑圧する方式であり,端末同士の位置が離れている場合に良好な特性を示すが,端末が密集するちゅう密環境ではビームが重なり劣化する.一方,後者はIUI事前除去(PC: Pre-Cancellation)と非線形の信号整形処理を用いる方式であり,ちゅう密環境でもロバストな特性を持つ.しかしながら,従来手法では演算規模が大きいという課題があった.

 本論文では,鋭いビーム形成が可能なMassive MIMOの利点を生かした,非線形ブロック多重対角化法(NL-BMD: Non-Linear Block Multi-Diagonalization)を提案している.NL-BMDは,線形演算のブロック多重対角化(BMD)と近隣IUI-PCの二つの信号処理から成る.BMDでは,所望端末と近隣端末をブロック化し,近隣端末へのIUIを許容して所望端末に対し強いビームを形成する.しかし,そのままでは近隣端末へIUIを与えてしまうため,近隣IUI-PCで当該IUIをあらかじめ除去する.IUI-PCは,音響分野のノイズキャンセリング技術と同じ原理であり,干渉信号を基地局側で事前に減算する手法である.BMDと組み合わせることでIUI減算対象を近隣端末のみに限定でき,演算規模を従来の1/4に削減できる.以上により,提案のNL-BMDでは,ビームが重なるちゅう密環境でも演算量を抑えつつ高いスループットを確保できる.

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A 20-GHz Differential Push-Push VCO for 60-GHz Frequency Synthesizer toward 256 QAM Wireless Transmission in 65-nm CMOS

(英文論文誌C 平成29年6月号掲載)

受賞者 Yun WANG 受賞者 桂木真希彦 受賞者 岡田健一 受賞者 松澤 昭

 近年,ミリ波を用いる無線通信技術の重要性が増している.ミリ波とは,電波のうち30~300GHzの周波数帯のもので,波長が10~1mmの範囲であることからミリ波と呼ばれる.30GHz以下のマイクロ波帯に比べると非常に幅広い周波数帯域が利用できることから,高速な無線通信の実現にミリ波帯の利用に対する期待が大きい.特に,60GHz帯は9GHz近い周波数帯域を利用可能で,アンテナ1本当り40Gbit/s以上の無線通信速度の実現が可能である.一般的な4.7GByteのDVDデータなら,僅か0.9秒ほどで転送可能である.また,MIMO技術と組み合わせることで300Gbit/s以上の更なる超高速無線通信を実現できる可能性がある.

 本論文では,そのようなミリ波無線機に用いる局部発振器の低位相雑音化の手法を提案した.搬送波周波数が高いミリ波帯無線通信において,変調精度を劣化させる最大の要因は局部発振器の位相雑音特性である.高い周波数における位相雑音の劣化は,受動素子の損失が大きくなることが原因である.以前,注入同期現象を用いることで低周波発振から60GHz局部発振信号を生成し,良好な位相雑音特性を実現する手法を提案したが,その際は20GHzを元発振として用いた.本論文においては,提案する同相注入技術を用いることで10GHzの元発振から60GHzの局部発振信号を極低位相雑音で生成することに成功した.従来技術では,64QAM変調までの対応であったが,新規技術により256QAM変調への対応を可能とした.

 ミリ波無線技術は第5世代移動通信システム(5G)の中核技術として研究開発が活発化しており,本論文における低位相雑音化技術の適用が大いに期待できる.

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Efficient Analysis of Diffraction Grating with 10000 Random Grooves by Difference-Field Boundary Element Method

(英文論文誌C 平成29年1月号掲載)

受賞者 杉坂純一郎 受賞者 安井 崇 受賞者 平山浩一

 凹凸のある表面で光や電波が散乱される様子をシミュレーションする技術は,回折格子,回折レンズ,ホログラム,フォトリソグラフィーのレチクルの設計において必須のものとなっている.ほかに,人工物が多い都市部での電波の受信状態を解析したり,散乱された光や電波の状態から,物体の表面形状を推定したりするセンシング技術の開発にも必要となる.ただし,シミュレーションには膨大な計算時間とメモリを要するため,現在は解析対象を数波長~数十波長程度のごく狭い範囲に限定するか,電磁波の偏波特性を無視して計算量を減らすことで,近似的なシミュレーションが行われている.

 本論文では,物体表面の凹凸パターンを,基板と多数の突起に分離し,突起を一つずつ基板に戻しながら,電磁界分布を更新していく.この更新操作は差分電磁界という概念を利用したアルゴリズムを用いており,突起を分離して計算しても,最終的にはマクスウェル方程式を満たす厳密な解が得られることを確認している.また,計算機内に一度に保持しておく電磁界データは,基板に戻す突起の周辺の境界上の値だけでよい.この特徴は,メモリ消費量が素子全体のサイズに依存しないという利点となっている.

 本論文では,1万本の不規則な溝を含み,素子のサイズが波長の2万7,000倍の回折格子を解析している.メモリ消費量は111MByteで,デスクトップ計算機1台でも複数の素子を同時に解析する余裕がある.溝の周期性を乱していくと,回折光が弱くなっていくことは以前から知られているが,本論文ではこの関係を定量的に,かつ入射波の偏光ごとに明らかにした.この特性を利用すれば,回折光の強度から回折格子の製造誤差(品質)を簡単に評価できるシステムに利用できる.回折格子に限らず,様々な素子や物体に対して,大形計算機などの特殊な設備がなくても容易に高精度な数値解析ができ,大形計算機と併用すれば従来の限界を超えた大規模解析が実現できる.エレクトロニクス・フォトニクス各分野の次世代の素子の開発への寄与が期待できる.

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短絡スタブを用いた超広帯域帯域通過フィルタの小型設計と阻止域特性の改善

(和文論文誌C 平成28年12月号掲載)

受賞者 濱野竜飛 受賞者 馬 哲旺 受賞者 大平昌敬

 高速大容量無線通信の需要が年々高まる中,各種無線通信技術の研究と開発が活発に行われている.なかでも,超広帯域(UWB)無線通信技術は,3.1~10.6GHzという極めて広い帯域を利用して送受信を行う高速無線通信方式として,注目を集めている.しかし,UWB通信は数GHzに及ぶ非常に広い帯域を利用するため,各種の携帯電話及びWi-Fi等の従来の無線システムとの帯域競合が予想され,これらの通信方式との干渉回避が義務付けられている.

 UWB帯域通過フィルタ(UWB BPF)はこういった干渉回避を実現するための中核的なデバイスとして盛んに研究され,数多くの研究報告がなされている.しかし,これまでに報告されたUWB BPFの多くは広い通過域を実現していたものの,阻止域において,米国連邦通信委員会(FCC)が規定していた大きな減衰量及び十分な阻止域幅は確保できていない.

 本論文では,著者らはマイクロストリップ伝送線路に先端短絡スタブを直結した構造でFCCのUWBスペクトルマスクを満たすUWB BPFを開発している.この回路は微細な間隙構造がなく,安価で製作できる特徴がある.所望の広い通過域と急しゅんな周波数選択性を得るために,著者らが開発した厳密な設計公式と最適化計算手法を用いて,9段のマイクロストリップUWB BPFを設計している.次に,UWB BPFのスプリアス共振を抑えるために,広い阻止域を持つ帯域阻止フィルタ(BSF)を設計している.最後に,9段のUWB BPFと広帯域BSFを組み合わせた構造を小形に設計,試作している.測定した結果,中心周波数6.85GHz,リップル比帯域幅95%,中心周波数における挿入損1.4dB,通過域内の群遅延の変動0.5ns以下,直流から28GHzまでの広い周波数範囲でFCCのUWBスペクトルマスクを満たす優れた特性を実現している.

 以上のように,本論文は,UWB BPFを厳密な回路設計から試作測定まで行い,極めて優れた回路特性が得られたことも実証している.その成果は,広帯域フィルタの設計理論と手法の研究分野の発展,及び関連デバイスの開発と実用化に貢献するものであり,本会の論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

区切

複数等質テスト構成における整数計画問題を用いた最大クリーク探索の近似法

(和文論文誌D 平成29年1月号掲載)

受賞者 石井隆稔 受賞者 赤倉貴子 受賞者 植野真臣

 情報通信技術を利用したテストによって受験者の能力を測定するeテスティングは現在,様々な入学試験や資格試験で利用されるようになっている.こうした試験では,異なるテストを複数回受験しても同じ問題が出題されずに受験者の能力を適切に推定できることが求められる.このことから,それぞれのテストに含まれる問題が異なってもテストの統計的な性質が一定であるような複数等質テストを,大規模なテスト問題データベースから大量に自動生成することは非常に重要な研究課題である.

 著者らは先行研究においてこうした課題を,データベースから所望の性質を持つ問題の組合せを探索するために,グラフ上で定義される最適化問題である最大クリーク問題として定式化したが,実時間・実環境で十分な量のテストを構成することはできなかった.そこで本論文では,現在探索中のクリークに接続されている頂点のみを整数計画問題を用いて,探索の必要に応じて構成することにより,計算に必要な空間計算量を減少させる近似アルゴリズムを提案している.更に,提案アルゴリズムがどのような条件で良い性能を示すのかについて,シミュレーションデータ・実データを利用した実験に基づいて議論しており,特に問題データベースが大規模になった場合の提案手法の優位性が示されている.

 以上のように,大規模な問題データベースに対して複数等質テストを大量に自動生成することは,eテスティングにおける非常に重要な課題であり,従来手法よりも多くのテスト群を生成できる本提案手法はこの分野の発展に大きく寄与すると考えられる.これらのことから,本論文は本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

区切

生態系モデルに基づくオンライン活動データの非線形解析

(和文論文誌D 平成29年4月号掲載)

受賞者 松原靖子 受賞者 櫻井保志 受賞者 Christos FALOUTSOS

 多様なオンラインメディアが発展し,ユーザの社会活動,経済活動等の大規模オンライン活動データを用いた行動分析が果たす役割が増大している.本論文はそのような大規模オンライン活動データを対象として,Eco-Webと称する非線形時系列解析手法を提案している.時系列データ解析に関する研究は多岐にわたるものの,ドメイン知識に応じた柔軟な特徴パターンのモデル化は,過去十分に試みられてきたとは言えない.本論文の著者らは,自然界においては種と種が食料資源を奪い合っていることに着目し,Web等のオンライン活動をターゲットとして当該生態系における種の個体数の推移を模した動的非線形システムに基づくモデル化を提案している.当該モデルによれば,潜在的な競合関係や季節活動等の時系列パターンを柔軟に表現することが可能となり,より直観に合致した重要な特徴を抽出することが可能となる.本論文において著者らは,モデル化のフォーマルな提案を行うと同時に,その学習アルゴリズムを示し,Web検索エンジンにおける四つのキーワード種別の検索数の時系列データに適用した実験結果を提示し,既存手法との比較により提案手法がより高速かつ高精度に重要な特長を抽出可能であることを明らかにしている.このように,本論文は,キーワードとキーワードが時間等のユーザ資源を奪い合うという独創性を備え,また,多種多様なオンライン活動データにおいて優位性を発揮することが期待される新たな非線形時系列解析手法を提案しており,本会論文賞にふさわしい論文として極めて高く評価できる.

区切

異粒度データ分析のための非負値行列分解に基づく確率モデル

(和文論文誌D 平成29年4月号掲載)

受賞者 幸島匡宏 受賞者 松林達史 受賞者 澤田 宏

 近年,データ分析の重要性が広く認識されている.そのような分析のために収集されるデータは,様々な現実の制約により,均質ではないことがある.例えば,小売店で利用者が会計時に会員カードを提示する場合に個人単位の購買履歴(細かい粒度のデータ)が得られ,そうでない場合には店舗スタッフが利用者の外見から推定するなどして入力された性別や年代といった集団単位の購買履歴(粗い粒度のデータ)が得られる.結果として,収集されたデータセットには粒度の異なるデータが混在している.

 有力なデータ分析手法として非負値行列分解(NMF: Non-negative Matrix Factorization)がある.このNMFを基礎にして,複数のデータを統合的に扱えるようにした拡張手法も提案されているが,これまでの従来手法でデータの粒度を考慮したものはなかった.

 本研究では,この点に着目し,非負値行列分解を基礎にして,異粒度データを同時に扱えるように拡張した手法を提案している.ここで,本研究の核となる手法は,(A1)共通ユーザ集合,(A2)独立同分布という二つの仮定が満たされるデータ解析問題を扱うものである.

 例えば,小売店で会員カードが導入され,それ以降は会員カードを提示しなければならなくなったとしよう.このとき会員カードの導入以前と以後とで,(A1)はユーザ集団が同一であること,(A2)は各ユーザの商品購入確率は一定であることに対応している.

 本論文ではまず (A1)-(A2) の仮定を満たす基本形のデータ解析問題に対する解法を与えている.そして,これを基礎に据え,この枠組みに入らない別のデータ解析問題に対しても同様のアプローチで解決できることを例示している.これにより,本研究が様々な異粒度データ解析問題を扱う上で基盤的なアプローチとなり得ることを示している.

 以上で述べたように,既存の有力な手法であるNMFを拡張する形で,数理的な裏付けを基にした異粒度データの分析手法を定式化しており,実社会での有効性や当該分野における貢献度が高く,本会の論文賞にふさわしい.


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