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初代委員長は北陸先端大の学長等を歴任された片山卓也(敬称略)だった.国内にとどまらず国際的に知名度のあるソフトウェアにおける第一人者だ.ソフトウェア工学(SE)における最も権威のある国際会議International Conference on Software Engineering(ICSE)が1998年に京都で開催された際にはTechnical Chairを務めた.現委員長が第16代なのでソフトウェアサイエンス(SS)研専が始まったのは約30年前である.片山によると,情報処理学会(情処)のSE研は既に発足していたが,ソフトウェアの原理を研究の対象とする研専を立ち上げたいということで始めたとのことだ.思いがサイエンスに込められていると認識している.
この原稿執筆の要求(ソフトウェア工学における最重要課題の一つ)に,対象とする研究が人類の生活に与えた影響についても触れることとあった.ソフトウェアということであれば,筆者が語るまでもなく,ソフトウェアがなくては人類の生活は成り立たないところまで来ていることは周知の事実である.SS研で発表された研究成果であれば,人類の生活にどのような影響を与えたのかを語ることは筆者には荷が重い.そこで,初代委員長が名前に込めた思いに関係することについて語ることにする.
ソフトウェアを包含する学問分野はComputer Science(CS)である.Wikipediaによると,Theoretical CS(TCS)とApplied CS(ACS)に分類されている.TCSは,権威あるジャーナル名にも使われており,少なくともCSの研究者の間では市民権を得ている.Association for Computing Machinery(ACM)(チューリング賞を出している学会)にApplied Computingという研究会があることは知っているが,筆者はACSという用語にはなじみがない.TCSは,計算の原理・理論等を扱う.オートマトン,アルゴリズム,プログラミング言語の基礎,書換え等,である.SS研では,これらに関する研究発表は頻繁にある.それではなぜ研究会の名前をTCSにしなかったのだろう.本当の理由は筆者には分からないが,計算の原理・理論等はソフトウェアの原理と密接な関係はあっても同じではないということも理由の一つであろう.要求や保守等はTCSの対象ではない.ではなぜ,ソフトウェアの原理にしなかったのだろう.筆者の想像の域を超えることはないが,理論と実践をバランス良く扱いたいという思いがあったのではなかろうか.SS研では,明らかにSEに分類できる研究発表も数多くある.なぜ,情処SE研ではなくSS研で発表するのかは興味がある.恐らく,理論と実践をバランス良く扱いたいという思想を堅持できているのであろう.真に新しいことを成し遂げるには,先人たちの築いた知見等を尊重しつつも,それらにとらわれることなく自由な発想をすること,自由に議論をすること,そしてそれらを可能とする場を提供することが必要である.SS研はそのような場である.何がソフトウェアの原理であるのかはまだよく分かっていないというのが筆者の認識である.分かっているとすればより良いソフトウェアの開発方法を人類は手にしているはずだからである.まだ見ぬ場所にたどり着くにはいろいろなことをいろいろな方法で試す必要がある.SEの研究であろうが,TCSの研究であろうが,ソフトウェアの本質を捉えることのできる可能性のある発表が数多くあるのは初代委員長の思いを受け継いでいると言える.
(平成29年4月28日受付 平成29年6月6日最終受付)
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