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ラスコーの洞窟壁画に見られるように,見たり聞いたりした体験を記録して残したいという感覚は人間にとって根源的な欲望の一種であると言えよう.文字の発明によって,言語情報を物体に固定して情報を記録・交換することが可能になった.1877年にエジソンが蓄音機を発明(1)すると,絵や文字だけでなく,音情報も自由に記録・交換できるようになる.その後,映画の発明によって映像も扱えるようになり,更に今日では全てのメディアがディジタル化・統合されてきたことは周知のとおりである.
記録された情報は価値を生む.価値ある情報を記録し,必要な人には伝えたいが,それ以外の人には知ってほしくない.それは古来知恵を扱ってきた人たちに共通した悩みであったろう.これこそが,メディアの価値研究に関する基本的な要求である.
我々が扱う情報のメディアは,文字をはじめとして画像・音声・映像など多岐にわたる.一方,そのメディアの情報について何をしたいのかについても,特定の人にしか読めないようにしたい(暗号・スクランブル),情報があることを知っている人にしか伝わらないようにしたい(ステガノグラフィー),正当な権利がある人にだけ伝えたい(電子透かし)など様々な種類がある.
本会及び関連学会でメディアを扱う研究コミュニティは,基本的にメディアごとに分かれる傾向があった.画像はIE,文字はPRMU,音声はSP,音声でない音はEA,文書はNLCやLOIS,といった具合である.一方,暗号は独立したコミュニティを形成しているが,電子透かしやステガノグラフィーなどの技術に関するコミュニティは日本国内にはなかった.国際的には,IH(1998~),IWDW(2002~),IIH-MSP(2004~)などの国際会議が創設されて,国際的な研究コミュニティが形成されつつあった.
このような国内外の状況を受け,主に電子透かし研究のコミュニティを形成する目的で,2007年にIE研専の第二種研究会としてマルチメディア情報ハイディング(MIH)研専が設立された.その後,MIH研専は2011年に第一種研究会「マルチメディア情報ハイディング・エンリッチメント(EMM: Enriched Multimedia)研専」として新たに発足した.EMM研専は,様々なメディアを横断して「メディアの価値」を中心に置いた,世界的にもユニークな研究コミュニティである.メディアの価値を守る技術だけでなく,「価値を高める」「価値を創造する」「価値を測る」という多角的な視点からメディア技術の研究を進めている.
(1) T.A. Edison, “Phonograph,” U.S. Patent No.227,679, 1880.
(平成29年5月4日受付)
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