記念特集 2-2-5 持続血糖モニタを用いた糖尿病治療――そのアンメットニーズとテクノロジーへの期待――

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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西村理明 東京慈恵会医科大学糖尿病・代謝・内分泌内科

Rimei NISHIMURA, Nonmember (Division of Diabetes, Metabolism and Endocrinology, The Jikei University School of Medicine, Tokyo, 105-8461 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1248-1253 2017年11月

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1.糖 尿 病 と は

 生物としての人間が生きていくために必要なエネルギーは糖質,脂質,たん白質に分類される.このうち,基本的に糖のみが脳におけるエネルギー源として使用される.したがって,健常人における血液中の糖濃度(血糖値)は,緻密なメカニズムにより100mg/dLを中心とする極めて狭い範囲に維持されている.

 この血糖値のコントロールにおいて大きな役割を果たすのが膵臓から分泌されるインスリンである.このインスリンが分泌されない,若しくは分泌されていても適切に作用しない(この病態をインスリン抵抗性と呼ぶ)ことにより,血糖値が上昇してしまい,結果として様々な合併症を引き起こす疾病が糖尿病である.

 糖尿病の問題点は,その頻度が極めて高いこと(日本における,平成24年度「国民健康・栄養調査」では,糖尿病が強く疑われる者(糖尿病有病者)は約950万人,糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備群)は約1,100万人,両者併せて約2,050万人と推計されている)(1),なおかつ,糖尿病患者の平均寿命は,一般人口の平均寿命より約10~15年短いとされていることから,社会及び医療経済への負荷が極めて大きいことである.

2.糖尿病における血糖コントロール指標とそのアンメットニーズ

 糖尿病治療における血糖コントロール指標として主にHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)と血糖値が用いられている.特にHbA1cは,食事の影響を受けないため,糖尿病診療や健康診断において頻用されている.

2.1 HbA1c

 HbA1cとは,体内で酸素を運ぶ役割を担っている赤血球中のヘモグロビンにおいて血液中のぶどう糖が結合したものの割合を指し,その正常値は4.6~6.2%である.ヘモグロビンはぶどう糖と結合すると,その赤血球の寿命(約120日間)が尽きるまで,そのままの状態を保つという特徴があるため,HbA1cは,検査時より遡って過去1~3か月間の血糖値の平均を反映する(2).血糖値が高くなるとこの割合が上昇する.

 HbA1cの問題としては,血糖値の平均を反映する指標であるため,日々の血糖値の変動を必ずしも反映しないことが挙げられる(3).具体的には,血糖値の変動が大きい患者と小さい患者がいても,平均値が同じであれば,HbA1cは基本的に同じ値を示してしまうという問題点が存在する(図1).

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 更に,HbA1cを改善すれば,細い血管が傷害される糖尿病の合併症である網膜症・腎症の予防が可能であることは示されているものの,HbA1cの改善が生命予後の延長や心血管疾患の発症予防において有用か否かが,いまだ明確でないことも問題である.

2.2 血糖値

 健康診断では,HbA1cと併せて空腹時の血糖値が測定される.しかし,この血糖値は,日々刻々と変化している血糖値のあくまでも測定時の一点の値でしかない.

 糖尿病患者の血糖値を,比較的容易に測定することができるため,世界中で血糖自己測定(SMBG: Self Monitoring of Blood Glucose)用の機器が普及している.しかし,SMBGは測定時点の血糖値を示してくれるが,測定時点の血糖値が上昇傾向にあるか,変化がないのか,下降傾向にあるのかを推定することは困難であることが少なくない(図2(a))(4).更には測定を行えない夜間帯の血糖変動に関しては全く把握できていないと言っても過言ではなかった.

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 以上から,糖尿病診療において,容易に測定でき,なおかつ血糖変動の全容を捉えることができる指標の開発というアンメットニーズが存在していることは明らかである.また,血糖値のみに関して言えば,その値を連続して測定できる,なおかつ運用や携帯が容易な機器の開発が待ち望まれていた.

3.持続血糖モニタ:CGM

 1999年に,皮下組織に留置したセンサを用いて,間質液中のグルコース濃度を連続して測定し,その測定値を示すことができる持続血糖モニタ(CGM: Continuous Glucose Monitoring. その測定結果の一例:図2(b))機器の発売が開始された.

 CGM機器の測定原理は,センサ中に含まれる酵素であるGlucose Oxidaseと,皮下組織間質液中のグルコースを連続的に反応させて電気信号に変換することによる.

 この間質液中のグルコース濃度の測定値と血糖値との間には,かい離が生じるため,現時点では,全てのCGM機器でSMBGの値(1日に1~4回程度必要,機器により回数が異なる)を利用して補正を行うことを必須とする機器が多数を占める.補正を行うことでCGMの測定値は血糖値に近似した値を連続して示すことが可能となることから,本稿ではCGM機器による測定値も,以後,血糖値と呼称する.いずれのCGMも,血糖値が上下するときの追随性,特に低血糖からの回復時の追随性が遅れることが指摘されている(5)(6)

 発売当初の機器は,測定したデータをダウンロードし,その結果を患者にフィードバックするという,言い換えれば,測定データを遡って患者に示す機器であった.それゆえ,retrospective CGM(RS CGM)と呼ばれる.我が国では,RS CGMが2009年に認可され,2010年に保険点数が収載された.現在,我が国で購入可能な機器の代表は,Medtronic社が2012年に発売を開始したiPro2である(図3).

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4.CGMデータから見た耐糖能の悪化パターン

 糖尿病の病態を把握し,血糖コントロールを最適化するには,耐糖能の悪化パターンの実態を知る必要がある.それゆえ,ここでは,耐糖能の悪化がCGMによりどのように観察されるのか典型例を4例示す(図4)(7).このパターンが可視化できれば,そのパターンを改善し得る治療の選択がなされ,結果的に,治療の最適化につながるはずである.

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 75gぶどう糖負荷試験(OGTT: Oral Glucose Tolerance Test)にて確認されたNormal Glucose Tolerance(NGT, 耐糖能正常)の症例(図4(a)),OGTTにて耐糖能異常(IGT: Impaired Glucose Tolerance)と診断された症例(図4(b))そして,2型糖尿病で入院時HbA1c6.6%の症例(図4(c)),2型糖尿病で入院時HbA1c8.9%の症例(図4(d))においてそれぞれ72時間施行したCGMの結果を示す.ここで示した糖尿病症例は,CGM施行時には薬物を一切使用していない.

 NGTの症例では,食後の血糖上昇は余り明確ではなく,血糖値は1日中100mg/dL近辺を推移している.糖尿病治療における血糖コントロールの究極の目標とは,ここで示したようなNGT症例の血糖変動パターンを再現することだと私個人は考えている.

 ここで示した4例を参考に,食後の血糖上昇が耐糖能悪化の中心的な病態なのか,空腹時並びに各食前血糖の上昇も見られるのか否かを鑑別することが大切である.この血糖変動の把握が,適切な治療手段の選択につながる.

5.Retrospective CGM機器におけるアンメットニーズ

 ここで,RS CGM施行時の注意点,すなわちアンメットニーズを挙げたい(表1).

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6.Real Time CGMとその有用性

 欧米では,直近の測定値が画面に表示されるReal Time CGM(RT CGM)機器が主流になっている.RT CGM機器は,究極の自己管理ツールとしてのポテンシャルを持ち合わせている.

 RT CGM機器の長所は①直近の測定値を示せること,②血糖値が上昇しているか,低下しているかのトレンドを示せること,③この機能を利用し,高血糖や低血糖を知らせるアラーム(値は調節可能),④そして測定値の変化速度から,高血糖や低血糖の予知アラームまでも設定することができることである.したがって,本機器を適切に使用すれば,血糖値を目標範囲内に維持するための強力な手段となり得る.

 このRT CGM機器が,糖尿病のコントロール改善に寄与するか否かが検討されてきた.インスリン治療中の患者において,RT CGM機器が示した血糖パターンを知ると,運動量を増やす,低血糖予防のためにより栄養価の高い軽食を摂る,など自ら行動を変更するようになり,RT CGM機器を1~3か月間使用すると,ほとんどの患者が,インスリン量の調節も自主的に行うようになるという(8)

 実際,小児並びに成人のインスリン治療が必要な糖尿病患者322名を対象にRT CGMの有用性を検討した無作為割り付け試験の結果を見ると,25歳以上のRT CGM使用群ではSMBG群と比較し,低血糖の時間を減らしながら(ただし有意差なし),試験開始後26週時のHbA1c値を有意に改善したことが報告されている(9)

 リアルタイムCGMは,糖尿病患者のための究極の自己管理ツールとして用いられ,そのポテンシャルを発揮していくと信じている.しかしながら,我が国において,現時点では,リアルタイムCGM機器単体で,保険点数が決定している機器は,残念ながら皆無である.現在,使用可能なリアルタイムCGM機能を持つ機器は,リアルタイムCGM機能を装備したインスリンポンプであるメドトロニック社製のSensor Augmented Pump(SAP:後述)のみである.しかしながらRS CGMの簡易版と言ってよいFlash Glucose Monitoring(FGM)機器が我が国に登場してきた.

7.Flash Glucose Monitoring(FGM)

 我が国において,2016年5月に革新的な機器が承認された.この機器はアボット社が開発した,Free Style Libreであり,二つの部品から構成されている.一つは,皮下間質液のグルコース濃度を測定するセンサと一体化した500円玉大の薄形の円形の機器で,過去8時間以内の測定データが蓄積される.このセンサは14日間連続使用可能で,せん刺器具も含め,全て使い捨てである.もう一つの機器は,測定値の読取り機(SMBG: Self Monitoring of Blood Glucose[血糖自己測定]機能付き,更には血中ケトン体の測定も可能)である.皮膚に装着した円形のセンサに本機器をかざすと,瞬時に現在の血糖値(皮下のグルコース値から,血糖値を推定して示すため,便宜上,以下,血糖値と呼称する),並びに過去8時間の血糖値の推移,更にはそのトレンドを示す矢印が表示される.センサに,読取り機をかざして血糖値を表示させる動作から,欧米ではFGMと呼ばれている(図5)(3)

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 本機器が画期的なのは,①非常に安価であること(本体,センサそれぞれ7,089円+税),②一つのセンサで14日間もの長期間測定することが可能なこと,③SMBGによる補正を必要としないことである.

 一方,注意点として①SMBGによる補正をしないため,低血糖や高血糖が疑われる場合は,必ずSMBGにより検証することが必要なこと,②インスリン等の用量調整を行う際には同様に必ずSMBGを行い,その値に基づき判断すること,③測定機器をセンサに8時間以内ごとにかざし,センサからデータを取得しないと,センサに記憶されたデータが上書きされてしまう(データ取得前8時間以前のデータが消去されてしまう)という制限があることである.

8.RT CGM機能を備えたインスリンポンプ(CSII)

 インスリン治療が必要な糖尿病患者において,健常人におけるインスリン分泌動態を再現するために,精密なポンプを用いて時間ごとに細かく設定したインスリンを皮下に注入する機器を,持続皮下インスリン注入(CSII: Continuous Subcutaneous Insulin Infusion,通称インスリンポンプ)機器と呼ぶ.

 このCSIIにRT CGM機能を追加し,両者の長所を活用しようと考えるのは当然の流れである.本機器はSensor Augmented Pump(SAP)と呼ばれている.2014年には,メドトロニック社製のSAPであるMinimed 620G(図6)が日本で承認され保険点数も決定した.2015年2月に発売が開始されると本機器の使用が全国で急速に普及し,全国で3,000台以上が稼動しているそうである.

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9.Closed loop system/Artificial Pancreasに向けて

 自動車産業の分野では,完全自動運転に向けての技術開発が過熱している.SAPの分野においても,RT CGMから得た血糖値のデータを利用してCSIIを制御しようとする動きが加速しつつある.この自動制御機能を備えたSAPは,Closed loop system若しくは,Artificial Pancreas(AP:小形の人工膵臓)と呼ばれている.

 2009年に,アメリカのJuvenile Diabetes Research Foundation(JDRF)は,AP開発へ向けての六つのステップを示した(表2)(10)

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 既に,表2のステップ③に相当する,低血糖/高血糖をできるだけ減らせる(具体的にはCGMのデータから低血糖/高血糖を予測し,低血糖/高血糖を予防すべく早めにインスリン注入を停止/追加する)機器が,2016年にFDA(Food and Drug Administration. アメリカにある日本の厚生労働省に相当する組織)により承認された.この事実は,Closed loopに向かう動きが更に加速したことを意味する.本機器は,メドトロニック社製のMiniMed 670Gである(図7)(9).MiniMed 670Gは2017年4月からアメリカでのみ先行販売されている.

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 本機器には,マニュアルモード(現在我が国で使用可能であるMiniMed 620Gと同様の機能)と,オートモードが用意されている.本機器の特筆すべきところは,オートモードになっているときには,低血糖時のインスリン注入自動停止機能に加え,高血糖時に装着者が何も操作しなくても,血糖値が目標とした値に下がるようインスリンポンプ自体が投与しているインスリンを増量することである.オートモードのときに,装着者がしなければならないことは,CGMの補正のためのSMBGと,食事を食べる際の食事中の炭水化物量を入力して,機器が提案したインスリン量を受け入れるか否かを選択するだけになるという.

 実験段階ではあるが,ステップ④以降のClosed loop機器についての検討も多々行われ,その有効性に関する報告が続いている.

10.お わ り に

 いつの日になるか明言することはできないが,CGMデータを利用し適切な治療薬を推薦してくれるソフトウェアが登場する日や,RT CGMによりインスリン注入の完全自動化機能を携えた機器が完成する日が訪れるであろう.

 その日をいち早く迎えるために,CGM全体について個人的に考えているアンメットニーズを挙げさせて頂き(表3),筆を置きたい.

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文     献

(1) http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000032074.html

(2) D.M. Nathan, J. Kuenen, R. Borg, H. Zheng, D. Schoenfeld, and R.J. Heine, “A1c-derived average glucose study group. Translating the A1C assay into estimated average glucose values,” Diabetes Care, vol.31, no.8, pp.1473-1478, Aug. 2008.

(3) S. Del Prato, “In search of normoglycaemia in diabetes: controlling postprandial glucose,” Int. J. Obes. Relat. Metab. Disord., vol.26, Suppl 3, pp.S9-17, Sept. 2002.

(4) 西村理明,“持続血糖モニター,”Diabetes Journal, vol.1, no.36, pp.35-38, 2008.

(5) M.S. Boyne, D.M. Silver, J. Kaplan, and C.D. Saudek, “Timing of changes in interstitial and venous blood glucose measured with a continuous subcutaneous glucose sensor,” Diabetes, vol.52, no.11, pp.2790-2794, Nov. 2003.

(6) E.H. Cheyne, D.A. Cavan, and D. Kerr, “Performance of a continuous glucose monitoring system during controlled hypoglycaemia in healthy volunteers,” Diabetes Technol Ther., vol.4, no.5, pp.607-613, May 2002.

(7) 西村理明,CGM持続血糖モニターが切り開く世界 改訂版,医薬ジャーナル社,2011.

(8) H.A. Wolpert, “Use of continuous glucose monitoring in the detection and prevention of Hypoglycemia,” Journal of Diabetes Science and Technology, vol.1, no.1, pp.146-150, Jan. 2007.

(9) Juvenile Diabetes Research Foundation Continuous Glucose Monitoring Study Group, W.V. Tamborlane, R.W. Beck, B.W. Bode, B. Buckingham, H.P. Chase, R. Clemons, R. Fiallo-Scharer, L.A. Fox, L.K. Gilliam, I.B. Hirsch, E.S. Huang, C. Kollman, A.J. Kowalski, L. Laffel, J.M. Lawrence, J. Lee, N. Mauras, M. O’Grady, K.J. Ruedy, M. Tansey, E. Tsalikian, S. Weinzimer, D.M. Wilson, H. Wolpert, T. Wysocki, and D. Xing “Continuous glucose monitoring and intensive treatment of type 1 diabetes,” N. Engl. J. Med., vol.359, no.14, pp.1464-1476, Oct. 2008.

(10) A. Kowalski, “Pathway to artificial pancreas systems revisited: moving downstream,” Diabetes Care, vol.38, no.6, pp.1036-1043, June 2015.

(平成29年6月5日受付)

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西(にし)(むら) ()(めい)

 1991東京慈恵会医科大卒.1997同大学臨床系大学院(内科)了.1998医博取得.1998 Graduate School of Public Health, University of Pittsburgh了(MPH取得).2000~2002富士市立中央病院内科医長.2000~2016 Adjunct Assistant Professor, Graduate School of Public Health, University of Pittsburgh. 2002~2006東京慈恵会医科大・糖尿病・代謝・内分泌内科助手.2006~2011同講師.2011~現在同准教授.


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