記念特集 2-2-6 臨床歯科医師が期待する情報通信テクノロジー

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Vol.100 No.11 (2017/11) 目次へ

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西村太賀男 にしむら歯科

Takao NISHIMURA, Nonmember (Nishimura Dental Clinic, Yao-shi, 581-0002 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.11 pp.1254-1257 2017年11月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 筆者は,一般的に街で見掛けるような歯科医師である.技術のことはよく分からないが,ここ数年,筆者の周りで変わったことと言えば,歯科医師の会議で使う資料が紙からタブレットPCに変わりつつあること,高齢の患者がインターネットで歯科の開業時間を調べて,治療に来ているということである.インターネットが世の中に普及し,ある程度期間がたったことで,患者も我々医師も技術に対する心理的なハードルが下がってきていることを感じる.

 本稿では,筆者が診療を通して日々感じていること,歯科医師を支えてくれる技工士や災害時の対応について紹介する.

2.診  療  所

2.1 医師も患者も治療はストレス

 図1に私の診療所の様子を写真で紹介する.一般の診療所は,患者が座る椅子,椅子の横に治療用の機器,上から口の中を照らすライト,歯の状態を撮った写真を表示するモニタから成っており,どの診療所もおおむねこのような配置になっている.治療は,椅子を倒した状態で行い,歯科医師は通常,患者の頭の方に座り,口の中をのぞき込むようにして治療する.

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 治療時は,患者のみならず歯科医師も非常に緊張する.まず我々歯科医師側だが,ある歯科医師が歯を抜く際に自身の血圧を測定したところ,180もあり驚いたという話を聞いたことがある.これに関して,筆者らも似たような経験をしている.麻酔をする際は,なるべく痛くないようにゆっくりと行うのだが,知らず知らずのうちに息を止めており,非常にドキドキしていることがある.恐らく同じようなことを患者も感じていると思う.これは,麻酔に限ったことではない.歯を削るときは舌を切らないように,かぶせ(冠)を合わせるときは誤飲させないように,抜歯の際には出血をできる限り抑えるようになど,様々なことを考えつつ治療している.しかしながら患者は様々な感じ方をされるので,一人一人負担を感じる場面は違うだろう.また,我々のような開業医は,限られた診療時間内に患者全てを一人で診ることが普通であるため,通常の治療に加え,個々の患者のストレスまで把握することは難しい.

 技術で患者と歯科医師のストレスを感じるポイントが分かれば,治療の様々なシーンで役立つかもしれない.歯科医師としては,自身が負荷を感じる治療や日々の治療での体調変化にも気付くことができる.

 我々が何らかの測定機器を付けてストレスを測る場合,機器が治療に邪魔にならないというのが条件になる.歯の治療は,非常に細かい指先の動作で,いわば職人技のようなものである.口腔内という狭い空間での治療に邪魔になるようなものであってはならない.また,治療中の自身及び患者のストレスはその場で知りたい.

 医師の背後から治療状態の画像を撮るには,患者のプライバシーの問題もあるし,欲しい画像が医師の頭や手に邪魔されてうまく撮れないかもしれない.血圧や脈拍を測定できる方法があれば,ストレスを感じているかの判断はできるかもしれないが,そのストレスがどのような治療をしているときに起こったのかのひも付けができると便利である.

 また,患者のストレス測定も,患者が不快に感じないことが重要である.

2.2 電子カルテ

 多くの医療分野で電子カルテが普及してきているが,歯科は医科に比べると,まだ十分ではない.これには様々な理由が考えられるが,診療の形態の違いが大きな要因だろう.

 病院歯科のことは詳しくは分からないが,開業歯科診療所の場合,一人の歯科医師が診る保険診療のみの患者数は1日当り20~30人である.この前提において,1日の診療時間が8時間とすれば1時間に3~4人診ることになり,一人の患者を診る時間は15分程度となる.この約15分間に,“説明”と“治療”を行う.初診時はある程度時間を掛けて説明を行うが,2回目以降は主に治療に時間を費やされる.治療中は両手を動かしているので,衛生面上の問題はもちろんのこと,医科のように患者と話しながらカルテに治療情報を入力する余裕がない.また,観血処置を伴う治療が多く,そのままキーボードを打つことはできず,またキーボードを打った後に処置に戻ることもできない.

 このような状況下でも,電子カルテ化は必要である.キーボードを打つ代わりに,通常の歯科治療で使う機器に何かを内蔵し,施術動作から治療内容を自動的に入力ができたり,音声での入力ができると有り難い.なお,歯科医師は治療中マスクを着けているため,その状況でも音声入力が可能であってほしい.キーボードを打つことなくモニタにカルテや治療内容を表示できるのであれば,筆談での治療が必要な難聴の患者や外国の患者の治療説明の際に有効である.

3.家庭から見る歯の健康

3.1 歯磨き

 歯科における2大疾患というと,歯周病とカリエス(虫歯)である.このうち,虫歯ができないようにするには,シーラント(歯の溝をあらかじめ埋める)やふっ素塗布などの予防措置がある.しかし,何より重要なのはブラッシング(歯磨き)である.特に,幼いときからの歯磨きの習慣が大切であるが,幼い子供に対し歯磨きの動機付けを行うことは非常に難しい.

 また,歯科医師と歯科衛生士が小学校等に赴き,児童に対して歯磨き指導をすることがある.その際に,どの歯のどの場所に磨き残しがあるかを知ってもらうのに,歯垢染色液を使うことがよくある.これは,まず生徒に自分の歯ブラシで実際に歯磨きをしてもらい,その次に綿棒でこの液を歯全体に塗る.その後うがいすると,磨き残しの部分(プラークが付着している部分)が赤く染まり,染まった場所を鏡で確認してもらい,赤色がなくなるまで磨くことで歯磨きの仕方を理解してもらう.この方法は児童にとって分かりやすいため,非常に有効と思われているが,問題点も存在する.歯垢染色液を綿棒で歯に塗る場合,どうしても唇や歯茎にも付いて取れにくく,服を汚す場合もあるため,実施できる状況が限られる.

 診療所で歯磨き指導をする場合は,特殊なカメラ(ブルーLEDとホワイトLEDの光をブレンドしたカクテル光線を歯に当てて歯垢の付着状態を映像で見られるカメラ)を用いて行う.このカメラは,洋服や歯が汚れることがなく便利ではあるが,高価である.

 家庭で手軽に歯磨き訓練や磨き残しチェックをするには,一般の人が普段使っている道具を用いてできる方がよい.歯科医師が考案した“歯磨き貯金”(1)というソフトウェアは,3D画像と音楽を用いて歯磨きを楽しく,また長い時間(8分程度)できる.この方法は,歯垢染色液のように磨き残しのチェックはできないが,良い歯磨き習慣を付けることが期待される.

 例えば,スマートフォンを活用した歯磨き指導はどうだろう.スマートフォンで口腔内(歯)の写真を撮り,どこかに送ると磨き残した箇所に色を付けて戻してくれる.磨き残した部分を再び磨いた後写真を撮り,最初の写真と比べ何%磨けたか数値で表せれば,患者の歯磨きに対するモチベーションもあがり,ゲーム感覚で歯磨き指導ができると思う.

3.2 在宅治療

 近年,国は医療において基本的に在宅治療に重きを置いている.それは,歯科においても同様である.在宅治療は,国からの事業としても推し進められており,筆者の診療所がある八尾市でも,歯科医師会に在宅歯科訪問ケアステーションなるものを設置し,在宅治療に取り組んでいる.しかし歯科の在宅治療は,まだまだ十分でない.なぜなら,歯科治療を行う機器は,通常非常に大きく複雑で,在宅治療用にコンパクトに改良した機器は必然的に高価となり,個々の診療所が購入するのは困難である.

 また,抜歯などの患者の身体に大きな負荷が掛かる治療を在宅で行えるかと言えば,これもまたなかなか難しい.高い負荷が掛かる治療ができるかどうかは,患者の健康状態を見ながら総合的に判断する必要があるが,診療所に来る体力のない在宅の患者は,特に判断が難しい.例えば患者が服用している薬の種類によっては訪問した歯科医師が処置できないこともある.

 患者・歯科医師,更に治療に携わる多くの人々が適切な処置を効率的に行う仕組み,例えば2.2で述べた電子カルテだけでなく,介護士の介護記録や家庭で様子を記した記録など,内科の医師や歯科医師,介護士など業種の垣根を超えて総合的に患者の状態に関する情報を共有できると非常に助かる.

 ある患者が在宅歯科治療を希望したとき,口腔内の状態がどのような状態かを患者宅に診察に行く前に,できれば画像で把握したい.介護保険を利用している方であれば,日常的に服用している薬の情報もケアマネが把握していることが多いだろう.加えて,図1に示した口の中を照らすライトの代わりになるものがあるかなど,治療を行う患者の居住環境の情報も在宅歯科訪問ケアステーションに事前に集約できていれば,歯科医師の選定や器具の準備が円滑にできる.

 在宅治療は,準備の時間も含めると一人の患者に要する時間が2.2に述べた診療所に来る患者の何倍も掛かる.自身の診療所での予約状況によっては,同じ医師が継続して在宅治療に行けるとは限らない.治療内容を在宅歯科訪問ケアステーションで共有できれば,次回違う歯科医師が治療に行くことになった場合でも治療の引継ぎがスムーズにできる.

4.診療所を支える歯科技工所

 歯科技工所は,患者の失われた歯の形や機能を回復し,見た目を損なわないようにするかぶせ(冠)や義歯などを作るところである.しかし,歯科技工所の経営は厳しい.経営が厳しいがゆえに,少人数の従業員で労働時間も長く,給料も安い.そのため,歯科技工士の人気は低く,技工士になるための歯科技工士学校がどんどん少なくなってきており,近い将来技工士不足になるおそれがある.これは,我々歯科医師にとっても重大な問題である.そこで本章では,少しでも歯科技工所の経営を助ける方法がないかを共に考えて頂くために,歯科技工の仕事内容を紹介する.

 一般的に,歯のかぶせ(冠)の作り方は,まず歯を削り,印象材を使い口腔内で取るその型に石こうを流して口腔内を再現した模型を作る.作成した模型を技工士が特殊な器具に装着し,ろう(蝋)で歯の形態を作り,専用の石こうに埋没し高温でろうを溶かし金属を流し込んで(鋳造し)冠を作る.最後に研磨して完成となる.冠の種類により多少工程は異なるが,おおむね同様の方法で冠が出来上がる.このように冠は多くの段階と技術を要し,一つの冠を作るのに3日ほど必要である.

 最近,歯科診療において導入されたCADシステムが,冠作成の手順を大きく変えている.従来の方法との違いは,歯を削った後,口腔内を3D光学カメラで撮影し,モニタ上に再現する.モニタ上で歯の形態やかみ合わせを調整して理想的な冠を再現して,そのデータを,冠加工を行うミリングマシンに送り専用のブロックで冠を削り出して完成する.経験された方もおられると思うが,患者は,型を取る際のあの気持ち悪さを感じることもなくなる上,慣れた歯科医師・技工士が行えば,口腔内を撮影してから1時間ほどでできる.

 この短時間な冠作成において掛かる費用は材料費(ブロック)だけであるが,二つ問題がある.

 (1) メーカによって異なるが,3D光学カメラ・モニタ・ミリングマシンがセットで1,000~2,000万円と高額であり,個人経営の技工所での購入は難しい.

 (2) 技工所が一つの冠を作って得られる利益は,保険治療の冠の場合,7,000円ほどである.そのため,上記のシステム代を償却するのには,かなりの数をこなす必要があり,地域の診療所と密接な関係のある多くの中小の技工所では導入に踏み切ることが難しい.

 例えばだが,技工所が購入しなければならない高額の3D光学カメラ・モニタ・ミリングマシンのセットを,3D光学カメラ・モニタ,モニタ・ミリングマシンの二つに分割し,3D光学カメラ・モニタは,各診療所が所有し,モニタ・ミリングマシンを技工所が所有し,両者をネットワークでつないで情報を送るようなことはできないだろうか(図2).

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 歯科診療所は3D光学カメラとモニタを,技工所はモニタとミリングマシンを所有し,歯科診療所でのデータを技工所に送れるようにする.歯科診療所のモニタでは,口腔内の必要な範囲が撮影されているかを確認するために利用し,技工所のモニタではミリングマシンと連携し技工に利用できるものとする.そして,一つの技工所で所有するモニタとミリングマシンに対して,3D光学カメラとモニタのセットが複数対応できるようになれば,一つの技工所に複数の歯科診療所がスムーズに依頼できるようになり,飛躍的に技工数も増加すると思う.

5.災害時のサポート

 時折,警察からの依頼で「身元不明者」の口腔内の状態(どの歯に金属が入っているか等)がFAXで歯科医師会から送られてくる.それを見て心当たりの患者がいるかどうかを問われることがある.しかしながら,全顎にインプラントをしている等の特徴のある患者なら記憶しているが,全部の患者の状態など覚えてはいない.そこで,2.2同様,患者の口腔内の状態を電子カルテとしてデータで保存し,検索できるようになれば,上記の依頼以外にも大規模災害等が起きた場合に,身元判明のための新たな手段として使うことができるのではないだろうか.

 診療所では,初診時に患者の口腔内の状態を記録する.口腔内は上下左右で4ブロックに分けられており,各々1ブロックに8本の歯があり,1~8番の番号を付けている.この番号に対応させて,各歯の状態(健全歯,金属冠,樹脂充填,欠損,義歯等)を詳細に記録する.2.2にも述べたが,診療所での患者の診療データの記録の方法は課題があるとしても,これを統一基準でデータ保存し,検索できるようにすれば,人の判別や発見ができるように思うが,気になる点も幾つかある.

 (1) 歯科医院に受診したことがない人のデータはどうするか.例えば,校医としての診断結果も同様の方法でデータ化するか.

 (2) 受診する歯科医院を変えたり,しばらく何年も受診しなくて自然に歯が抜けたりして口腔内の状態が変わった患者などの場合,最新のデータをどうして更新するか.特徴的な情報,顎の骨格情報などとセットで保管するか.

 (3) 患者のプライバシーはどうやって守るのか.患者のデータの管理方法はどうするのか.

 上記の(1)と(2)に関しては,歯科医院の連携と自治体で行う各種の健康診断との連携システムができればよいかもしれない.(3)については,歯科医院での利用と,災害時の利用の両面で,利用方法に応じたセキュリティを確保する何かがあるとよいかもしれない.

 これまでのようなFAXでの身元確認ではなく,大規模災害時に亡くなられた方や意識を失った方の身元確認が歯科治療履歴の共有が最新技術でできればよいと願う.

6.お わ り に

 本稿は,多くの歯科に関係する問題の一部ではあるが,街の歯科医師の一意見として日頃感じていることを述べた.読者は,幅広い分野の多くのIoTに関する知識や技術を持っている方々と聞いている.本稿で述べた問題の解決策を見つけて頂けると大変有り難いし,筆者が気付かなかった別の問題を見つけてもらえるとより有り難い.本記事をきっかけに,歯科及びそれを取り巻く医療や介護など様々な分野の連携ができるようになれば,非常にうれしく思う.

文     献

(1) 天野歯科医院,歯磨きアプリ「歯磨き貯金」,http://amanodental.com/hamicho.htm

(平成29年5月31日受付 平成29年7月10日を最終受付)

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西(にし)(むら) ()()()

 昭62-03阪大・歯卒.平3-05大阪府八尾市にて,にしむら歯科開院.現在に至る.


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