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abstract
本稿は,未来予測で多用されるシナリオ法を用い,今から100年先の2117年を想定し,未来の世界の情報システムを予測.その姿を逆に現代にフィードバックして,現代社会の在り方についてヒントを得ようとするものである.
具体的には今後100年間で四つの破壊的イノベーション,すなわちハイパエネルギー革命・ハイモビリティ革命・メガインダストリー革命・スーパコミュニケーション革命が起こり,社会生活が一変.その様子をC夫婦の目を借りて想定する.そして2117年に成立している「インフォ・ウェルネス社会」に向けて,今の我々に課せられた使命を三つの提言としてまとめる.
キーワード:破壊的イノベーション,ハイパエネルギー,スーパコミュニケーション,ハイモビリティ社会
本稿の目的は,未来予測に際してよく使われるシナリオ法を用い,2117年の将来における情報システムの姿を予想し,それをできるだけ具体的に描くことにある.そしてそのようにして想定された未来図のシナリオを逆に現代へフィードバックし,現代社会の在り方に対するヒントを得ようとするものである.
未来の情報システムと社会の将来像を明らかにするには,本来ならば計画論として理詰めで調査・分析することが必要である.しかし今はそうして計画を急ぐよりも,むしろラフスケッチとして自由に未来図を描き,それを基に具体的に正論・反論を戦わせる方がより創造的であろう.また新たな着眼点や発想も生まれやすいし,近道である.その理由を下の三つに整理する.
まず一つ目は,そもそも現在の延長上にあるとは限らない将来の姿が,計画論で正確に予測できるとは考えられないことにある.あえて言えば計画論は容易に外れる.
反対に,現在から約100年前を思い起こそう.1917年は大正6年にあたり,日本は第一次世界大戦と昭和恐慌の間のつかの間の平時にあり,自由で民主主義的な大正デモクラシーの時代にあった.電子情報通信分野では1912年,タイタニック号の遭難に際しモールス信号としてCQDとSOSを発信.その後,1920年にはテレタイプによる電信が始まった.アインシュタインが一般相対性理論を発表したのもこの頃,1915~1916年である.
ただモールス信号や電信技術が幾ら発展しても,スマホには進化しない.電信とスマホの間には真空管から半導体,そして集積回路へと何度もイノベーションが起こることが不可欠だからである.また通信インフラの整備や薄形ディスプレイの開発も欠かせない.
イノベーションには破壊的なものと,持続的なものとがある.破壊的イノベーションは,日々の改良に基づく持続的イノベーションとは異なり,古い技術による旧商品を駆逐し,新技術による新商品に置き換える(1).電信の延長線上にはスマホはなく,また真空管の延長線上に半導体や集積回路はない.同じことがフィルムカメラとデジカメの間,レンタルDVDと動画像配信サービスの間,店頭売りと通販の間など,あらゆる分野で言える.
技術史から学ぶと,今後1世紀の間に複数回の破壊的イノベーションが,予想外に起こることを大前提としなければならない.
二つ目は,ニーズの調査と掘り起こしからシーズが編み出され,新しい商品やサービスが工夫されるというメカニズムが,1世紀も先の話になるとうまく機能しないことである.そもそも,そんな遠い将来のニーズまで予想できるはずはない.まして電子情報通信分野で,日常的に起こっているイノベーションの速さと深さは著しい.
三つ目である.最近では,マーケットインと同時に,プロダクトアウトも見直され始めている.スマホはニーズに合わせて開発されたわけではない.ニーズやシーズにこだわらず,またそれらに過度に振り回されずに,強みとターゲットを見定めるには,未来図のシナリオを想定する方法が一番平易で分かりやすい.
本稿は上記三つの理由から計画論ではなく,未来図を想定シナリオとして描く.その意味で当シナリオは,一つの目標となる下絵であり,これを基に情報システムの在り方についてコンセンサスを醸成するツールである.
このシナリオの前提は,今からちょうど1世紀先の2117年とする.当シナリオにはその時代に暮らすC夫妻,共に60歳に登場してもらい,夫婦の目を通した未来の日本社会を描く.
なお2117年頃,世界人口は今から1.4倍の100億人になる反面,日本の総人口は5,000万人弱に半減.また生産年齢人口(15~64歳)は2,500万人,総人口の約半分で,65歳以上の高齢化率は現在の2割強から4割強に増加.現在,一人のお年寄りを約3人で支えている人数が,ほぼ一人になる.いわゆる人口オーナス現象である(2).これで50歳以上の人口が半分以上になる定常社会がしばらく継続することが,既に明らかにされている.
本稿では2117年までの100年間に4回の破壊的イノベーションが起こるものとし,それぞれが絡み合いながら未来の豊かな日本社会を創る,そんな未来を描く.
2117年の日本に暮らすC夫婦.二人はある事情で悩んでいた.思い余った夫婦は相談のために急きょ息子と娘に会うことにし,「MOVER(ムーバー)」と呼ばれる自動走行体に乗り,豊中市内から大阪都心へ向かって急いだ.その段取りをしたのは,C夫婦が永年連れ添ってきた「サニー」というAIロボットだ.
エネルギーはあらゆるものの根幹にある.情報システムもその例外ではない.2042年,重水素と三重水素によるD-T反応で発生する熱核融合エネルギーをもって商用発電が開始.その反応式は下のとおりである.
D+T→4He+n(14MeV)
このように表現される核融合反応.重水素(D)と三重水素(T)が核融合すれば,ヘリウム(He)と中性子(n),そして膨大なエネルギーが発生する原理は古くから知られていた.核分裂と異なって暴走する心配もなく,また二酸化炭素の放出も皆無で,環境負荷も著しく軽減.しかも水素などは,地球上に無限に存在する.
同反応式を用いて「地上の太陽」を実現すべく,21世紀初頭から日欧を中心とした国際研究協力体制下で,トカマク型核融合炉の実験がされていた.ただし原理は分かっていても,実現は簡単ではなかった.トカマク型では1億℃以上の高温プラズマを一定時間・一定密度,強い磁力で閉じ込めることが必要だからである.
実は21世紀初頭にはもう少しのところまできていた.その後20~30年で臨界プラズマ条件,すなわちプラズマから流入出するエネルギー量が釣り合う条件を満足して,ついに炉として点火.そして実験炉から商用炉へと段階が進み,2042年に実用化を見た.これで人類は何億年も輝いている太陽のエネルギー源を手にしたことになり,エネルギー問題から解放された.
この歴史的な技術イノベーションをもって,「ハイパエネルギー革命」と称することとなった.
同革命の社会的影響は小さくない.化石燃料を争奪し合うことで絶えなかった紛争が根絶された.原油はエチレンなどの石油化学の基礎製品以外には需要が減少.原油価格が大きく下落した.これによって産油国に集まっていた資金は激減.オイルマネーは死語となり,世界のパワーバランスが激変した.
CO2フリー,放射能フリーで,しかもエネルギーコストが廉価なコストフリーな社会が実現.安価で大量のエネルギーは,世界から非電化地域と闇夜を駆逐.24時間365日,100億人の人類が活動可能になり,情報が世界を駆けめぐるタイムフリーな情報システム社会になった.
具体的には,農業はアグリビジネスとして工場生産に変わり,天候に左右されることがなくなった.また単位面積当りの食糧収穫高は100年前の3倍になり,世界の食糧問題が解決されて飢餓を撲滅した.水資源も同様,海水から大量の真水を精製できるようになった.中には気象をもコントロールしようとする国まで現れた.これで室内温度の制御から,都市内温度のコントロールに一歩踏み出した.食糧革命・水革命・気象革命はこうして起こった.これらが人々のワークスタイルとライフスタイルに及ぼした影響は,計り知れない.
MOVERやサニーも,潤沢な電気エネルギーで動いている.C夫婦の乗った走行体はあべのハルカスを真正面に見ながら,時速120kmの完全自動モードで移動していた.2042年には,全MOVERが全日本道路交通情報システムに接続されたコネクティッドカー社会になっている.渋滞箇所を避けて最適ルートを自動選択.またセンサネットワークを装備し,交通死亡事故がゼロになった.これが完全自動モードの真価である.
自動車はドイツで生まれ,米国でMOVERに発展し,日本でコネクティッドカーとなった.この分野で日本が果たした役割は国際的で,産官学連携の成果として誇るべきである.
「まずは,ムスコさんとジカにおハナシになれば分かりますヨ.いつも三次元電話だけではどうしてもネエ」と,サニーが夫婦に語り掛ける.ディープラーニングのおかげか,人の気持ちが酌み取れるようにプログラムされている.サニーの言葉に二人の気持ちは少し和んだ.
2067年,人類は100m走で9秒の壁,またフルマラソンでも2時間の壁を破った.社会のスピードもこれと同様,秒刻みの慌ただしさとなった.それを「ハイモビリティ革命」と称する.その象徴が,二人とサニーが乗っている自動走行体MOVERである.特徴は三つある.
まずMOVERはパーソナルである.豊中から大阪都心へ移動するには,21世紀初めならば公共交通機関を利用した.でもMOVERなら時刻表に制約されず,いつでも,どこでも気ままに行ける.
今回,サニーがそれをC夫妻に予約した.サニーに対して「大阪都心の息子に会いに行く.30分後にMOVERを準備するように」と口頭で指示をすると,時間どおりにMOVERが玄関前へ到着.2列シートで4人乗りのMOVERは,ドアツードアで移動し,極めてパーソナルである.車でなく走行体と表現したのは電気で走るため,自動車というより家電に近い存在だからである.
二つ目の特徴は,インテグレイティッドなことである.MOVERは近隣コミュニティの中でシェアされている.これはシェアリングエコノミーの成功例である.自動車を所有する時代は終わり,2067年は移動サービスを買う時代となった.またMOVER内部で「息子と昼食をとりたいので,目的地近くで静かに話ができる個室付きのお店を予約してくれ」と指示すれば,「カシコまりました」と走行体自体が答えてくれる.更に運転は備え付けのAIが行い,運転手も運転免許証も不要となった.車を超えた走行体,それがインテグレイティッドの意味である.
三つ目の特徴は,究極のコネクティッドカーであることにある.全てのMOVERにはIPアドレスが割り振られ,先述の全日本道路交通情報システムに常時接続.いわゆるIoTデバイスの一つとなり,渋滞知らずである.このために,2015年には154億個であったIoTデバイスは5年ごとに倍増し,この頃には15兆個を軽く超えるに至った(3).これだけでもエクサ(exa)から,ゼタ(zetta)やヨタ(yotta)の単位にまで及ぶ.事実2067年のトラヒックはヨタレベルになり,情報システム社会はゼタからヨタ社会に急進.ヨタの上の桁の単位呼称が必要となった.
ハルカスの21階で内科クリニックを開業している息子は,やはり不機嫌であった.C夫妻はスープが冷めるのも忘れて,懸命に説得を試みた.
「お前だって遠隔地医療の専門医だろう.地方の患者さんを三次元電話で診察した後に,処方箋をメールして,お薬は調剤薬局からの通販で事足りているだろう.死亡届や婚姻届もメールで出す時代なんだから,都心の超高層ビルにクリニックを構えている必要はないんじゃないのか.だから,故郷の豊中へ引っ越さないか? お父さんたちと一緒に住んで欲しいんだよ」
だが息子は煮え切らなかった.「やはりテレワーク社会でも,都心にクリニックを構えていることが大切だ.どんなに情報システムが発達しても,都心は都心,ライブ感覚がある.最後は人対人のやり取りだから」
横で黙っているサニー.最後まで会話はかみ合わないままであった.デザートが手付かずのまま残ったテーブル.息子は次の診察時間が迫っている,と中途退席した.
「おツカレさまでした.ネンのためにムスメさんのところへも行ってみればイカガでしょうか?」
サニーの助言は冷静で感情がない分,妙な説得力がある.それに促されてC夫婦はやっと重い腰を上げ,足を引きずるようにMOVERに戻った.中でCさんはサニーに向かって指示をした.「シンガポールの娘に会いに行くしかない.至急,関西国際空港からの航空券を3枚手配してくれ」MOVERはゆっくりと地下駐車場から地上へ出て,空港へ向けて風のように疾走し始めた.
きっとサニーの選曲だろう,ボブ・ディランの「Blowin’ in the Wind」が流れてきた.
急きょシンガポール便を手配したが,無事に空席を確保.もちろんサニーも同行する.それには2092年に起こった「メガインダストリー革命」で搭乗券フリー,パスポートフリーで航空機に乗れるようになったことが大きかった.これは21世紀初めには考えられなかったが,H2M(Human to Machine)というべき情報システムが構築されたことが大きい.
21世紀初頭,IoT技術でM2Mは完成していた.メガインダストリー革命では機械や‘もの’だけではなく,人にまで拡大してインターネット接続を可能にした.このことで情報システム社会の発展には大きく貢献した.それがH2Mであり,H2H,つまり人対人のインターネット接続である.IoTの進化形として,人がネットにつながったIoH(Internet of Human)と称されている.
2092年,人間がインターネットに直結される技術が開発.目や耳という感覚器を経由せず,中枢神経へ情報を直接インプットすることが情報医学分野の革新で実現した.この医療技術で人体の中に,IPアドレスが割り振られたチップを埋め込めば,IoHは完成.スマホを持たずとも,画像情報が大脳視覚野に直接送られ,また音声情報が言語中枢から電気信号としてチップに送られれば,話さなくても意思疎通が可能になる.
実際,世界の中には身体にチップを埋め込む国も本当に現れた.人がネットに直接接続すれば,確かに便利にはなろう.でもさすがに日本は違った.
IoHの技術的進歩に伴って,日本では「IoHアセスメント」が制度化.その結果,少なくとも体にチップを埋め込む処置に対しては,国民的コンセンサスが得られなかった.やはり中枢神経への外科的処置に対しては,根強い抵抗感があったからである.代わりに,IPアドレスを埋め込んだカードを携帯したり,事前に網膜や指紋を登録したりしておけば,本人確認が不要となった.C夫妻もそのカードでパスポートフリー,搭乗券フリーで機中の人となることができたのであった.
もしも,ペットにチップを埋め込んでコネクティッドペットにすれば,迷い犬や迷い猫がなくなるとの意見もあった.でも動物愛護団体から猛反対を受け,やはり実現しなかった.その他,個人活動をライフログとして記録することは,限定されるべきと定められた.
またパスポートフリーになった背景には,アセアン経済共同体(AEC)での制約が緩和され,域内で人・もの・サービスの移動が自由化され,それを支援する情報システムが関係国の間で構築されたこともある.この結果,AECはEU(欧州連合)を上回る経済力を誇るに至った.情報システムでアジアを含め,世界は一つになった.
このようなメガインダストリー革命は,別名インダストリー7.0とも言われている.1.0の蒸気機関から,2.0の電気機関を経て,コンピュータ統合生産による第4次産業革命が4.0と位置付けられていた.その流れを受けて5.0では前述のハイパエネルギー革命,6.0のハイモビリティ革命と続き,2092年にはメガインダストリー革命が起こった.‘もの’だけではなく,資金とサービス,そして究極の接続先として,人も対象になった.それがインダストリー7.0である.
一方IoTの進化も著しい.シンガポールで建築デザイン業を営むC夫婦の娘さんは,コネクティッドハウス,コネクティッドオフィスをはじめとしたAI建築をデザインしている.建築部品である1本1本の鉄骨・鉄筋や設備機器などにIPアドレスを付加すれば,施工時に作業所内搬送は効率化される.部材を組立て場所に誤搬送することがなくなるからである.また設計図に記載されたIPアドレスと部材とを照合すれば,自動作業もできる.この頃にはサニーと同じような2足歩行形AIロボットが作業員として就労していたので,プログラムどおりに組み立てることもできるようになった.また竣工後には,部材に発生したさびや劣化,故障などがセンサを通じてIPアドレスごとに監視され,不具合の予知もできる.
こんな作業用AIロボットは,日本で一家に1体,5,000万体も働き,人口減少と高齢化を補った.他国では戦闘用AIロボットもおり,また公序良俗に反するサービスロボットもいるらしい.開発は国際競争となっている.
シンガポール便は満席だった.水平飛行に移ってから客室乗務員による機内サービスが始まった.もちろんAIロボットによる.最新鋭のアンドロイド形AIロボットは,人間と見分けがつかないほど精巧にできている.正に1体というより一人と呼んだ方がふさわしい.21世紀末,最新のアンドロイド形は掃除・調理・洗濯をそつなくこなせるようになった.手間暇の掛かる家事は,これ一人でほぼ事足りる時代になった.アンドロイド形に情が移る御仁まで現れる始末となった.もちろん良し悪しは別であるが.
四半世紀前のハイモビリティ革命で商用運航した超音速機は,平和の海となった南シナ海を飛び越え,今までの半分,僅か3時間半のフライトでシンガポール・チャンギー空港に着陸.ターミナル7のスポットに横付けされた.もうシンガポールは日帰り圏となった.
以前から情報システムの先進国であるシンガポールは,入国手続も簡素化.蘭の花一杯の到着ロビーを抜けると,サニーが機内で手配したMOVERが待ち構えていた.3列シートで6人乗りの大形走行体である.
娘さんのコンドミニアムまで後15分.だがC夫婦は緊張で,窓からの風景を楽しむ余裕をすっかりなくしていた.中ではボレロが流れ,だんだん曲調が高まってゆく.またサニーの選曲に違いない.全く食えないやつだ.
C夫婦とサニーが活動する2117年は,ちょうどスーパコミュニケーション革命の時代である.オーチャード通りに近いコンドミニアムへ2年ぶりに到着.玄関で娘さんのAIロボットが「Welcome!」と,愛想良く出迎えてくれた.英語はもちろん,マレー語,マンダリン,タミル語にも堪能らしい.
医療先進国でもある同国.それは国策としてインフォメディカル(情報医学)分野に力点が置かれた結果である.そこにシンガポール政府の強い意思を感じる.ラッフル病院はその中核施設である.中東を含むアジア各地から重病人が来院.そして娘さんは,同病院の新しいAIホスピタルのデザイン中であった.
2117年,ヒトゲノムがシーケンサ(遺伝子解析装置)によって個人別に解析が可能になった.膨大な遺伝情報は究極のパーソナルデータであり,人生のモンタージュであり,ビッグデータでもある.これに健康保険が適用され,個人は安価に疾病予知ができるようになった.
実はこれでCさんも命拾いをしたことがある.「5年以内に脂肪肝ががん化して,2年でステージⅢbに進行します.どうしますか?」とのAIドクターの診断に基づき,肝臓を予防的に全摘.自身の幹細胞から作られた再生肝臓に置き換えた.こんな再生医療技術は21世紀末には臨床試験を終えていた.それに息子の内科クリニックが関与していた.これで日本人の平均寿命は100歳になった.
ゲノムの情報量は決して小さくはない.それを遠隔地と送受信するには,大容量で安全な情報インフラが不可欠である.それでスーパコミュニケーション社会が成立した.この社会で,人々は等しく情報・情報サービスから恩恵を施され,場と時間から解放されて自由に活動できるようになった.そして中央集権型の分配から,個々のことは個々に任せる分散型で民主的な社会になった.スーパコミュニケーション社会は民主的である.
娘さんの話が始まった.「人は場から完全に解放されたのよ.居場所がどこかなんて,関係なくなったのよ」
シンガポールでも,日本でも,地域と地域がつながったコネクティッドコミュニティが成立していた.
「あたしはシンガポールで暮らしているときでも,日本人だし,お父さんの娘よ.それを忘れたことはないから」
娘さんは,シンガポールを異国とは思っていないようだ.またここで夢を実現したいと思っている様子である.それをかなえたのは情報システムであることは間違いない.
「家族のきずなは大事よ.それは思い出の中にずっと残っている.どこへ行ってもね…」
娘さんの話はずっと続いていた.C夫婦は,そんな娘さんの話を聞きながら,次第に心が静まっていくのを感じていた.時代の流れの中で,きずなが失われたわけではなかった.どんなにイノベーションが起こっても,親子の関係がむなしく消えてしまうことがないことが分かった.先祖代々の墓を守るのは実子であって,サニーではない.
シンガポールは深夜まで騒々しく,アクティビティにあふれていた.
上述した2117年の未来図は楽観的で,他方C夫婦の家族問題は切実である.筆者がそんなC家族に親近感を覚えるのは,情報システムの進化する中で現在の我々が日本社会の将来をいろいろ考えさせられているからである.ただ悲観する必要は全くない.日本人は日本人,情報システムを活用し,時には翻弄されながらも日本社会にうまく調和させてきた実績があるし,今後もそうであろう.
22世紀の世界は,情報システムで自己実現が可能な社会になり,システムにたけた個人は他者からも一目置かれる存在になろう.そこでは健やかで幸福を追求でき,人・地域・仕事が自由で健全な関係になる社会となろう.情報システムで形成される,そのような理想的な社会のことを「インフォ・ウェルネス社会」としよう.
インフォ・ウェルネス社会が100年先に到来することを前提にすると,現在の我々が果たすべき事柄は次の三つに整理できる.
提言1:情報システムの国際化加速
当然だが,情報デバイスが多ければ多いほど,通信量は増加してコストダウンになる.それには海外へ進出し,外需を取り込んで接続するのが最も早道と考えられる.情報システムのボーダレス化推進がまず求められる.
提言2:電子情報通信業の高度化に向けた産官学連携
電子情報通信業界において,米国企業が握る覇権は,今後も強大であり続けよう.邦人企業はとても太刀打ちできそうにない.でも日本業界の独自性を編み出すことは重要であり,密な産官学連携が望まれる.
提言3:自由・平等・民主的な情報社会の制度設計
世界中の人と‘もの’が,あまねくリンクすることによって情報の平等社会が生まれる.有産階級と無産階級の意味合いが薄くなり,代わって,情報を制御する者と制御される者との区別が重要になろう.自由で平等,民主的な社会の制度設計をいち早く戦略化した国家・組織・企業が,22世紀まで生き残れる.
さてこの3提言は,インフォ・ウェルネス社会形成の十分条件ではなく,せいぜい最低条件程度であろう.むしろ大事なことは日本らしさを忘れずに,進取の気性を持って起業家マインドを醸成することである.C家族はその象徴であり,インフォ・ウェルネス・ファーストの象徴でもある.最後にそのことを訴えて本稿の締めくくりとしたい.
(1) C. クリステンセン,イノベーションのジレンマ,翔泳社,東京,2001.
(2) 藻谷浩介,デフレの正体,角川書店,東京,2010.
(3) 総務省,平成28年版情報通信白書,2015.
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