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小特集
数理的手法の多様化・深化による通信システムへの新たなアプローチ
通信システムの「性能評価」という言葉から,待ち行列理論を思い浮かべる人も少なからずいると思います.待ち行列理論のルーツが,コペンハーゲン電話会社のアーランが1909年に発表した論文にあることは広く知られています.通信への応用が,待ち行列理論の発展を促す原動力であったことは紛れもない事実です.
一方,現代のポピュラーな通信手段であるインターネットやスマートフォンは,アーランの時代にはその片りんすらありませんでした.あらゆる情報が手に入るインターネット,インターネットにアクセスするための携帯電話網や無線LAN,その先につながる無数の端末,またインターネットの先にあるデータセンターなど,現代の通信システムは巨大で複雑であり,待ち行列理論を教科書どおりに適用できる対象ではもはやありません.その一方で,第5期科学技術基本計画等で情報技術を支える科学技術(サイエンス)としての数理科学の重要性がうたわれているように,複雑な対象を抽象化し,そこから真理をくみ上げて現実に還元するための数理的手法が,依然として必要とされているとも感じます.
そこで今回は,様々な数理的手法を駆使して,現代の多様な通信システムを解析する試みについて,第一線で活躍されている研究者の方々に解説して頂く小特集を企画しました.本小特集は6章構成となっており,前半の3章に通信システムの時間的な変化を扱った記事を,後半の3章にシステムの空間的な広がり,分布,揺らぎを対象とする記事を置きました.
第1章では,群馬大学の河西氏に待ち行列理論のコールセンター等への応用を解説して頂きます.コールセンターでは長時間待たされた客は電話を切ってしまいますが,このような客の特性は「状態依存型」の待ち行列モデルで説明できます.この記事では,状態依存型待ち行列モデルの使い方や特徴が丁寧に説明されています.
第2章では,待ち行列理論の応用に関する拙記事を用意しました.無線LANの性能は,「飽和状態」と言われる過負荷の条件で解析されることが多いのですが,飽和状態で無線LANが使われることは現実にはありません.非飽和状態では必然的に待ち行列的な考え方が必要になります.この記事ではその辺りを解説します.
第3章では,奈良先端科学技術大学院大学の笠原氏に,極値理論のクラウドコンピューティングやビットコインへの応用について解説して頂きます.極値理論は多数のデータの最大値や最小値の特性を調べる確率統計理論です.ビットコインにおいて,ブロックと呼ばれる過去の取引記録を承認する時間が指数分布におよそ従う事実が,極値理論により裏付けられる様子を見ることができます.
第4章では,NTTネットワーク基盤技術研究所の斎藤氏に,積分幾何のセンサネットワークや移動体通信への応用について解説して頂きます.センサによる対象物の検出の容易さは,対象物の大きさだけでなく,形状にも依存すると思われます.この記事では検出確率の形状依存性が積分幾何により鮮やかに導かれています.
セルラネットワークとして正六角形のセルが規則的に配置されている図を見掛けますが,実際の基地局の配置は規則的ではありません.第5章では,東京工業大学の三好氏に,基地局配置の空間的な揺らぎを「空間点過程」により表現する手法について解説して頂きます.基地局配置の空間的な揺らぎが端末の受信信号の干渉雑音比に与える影響等を,空間点過程により解析する手順が易しい言葉で説かれています.
第6章では,大阪大学の松田氏,大阪市立大学の原氏,情報通信研究機構の小野氏,滝沢氏,三浦氏に無線トモグラフィーを用いた室内位置推定技術について紹介して頂きます.近年注目されている圧縮センシングにより室内で無線信号が減衰する様子を可視化し,それにより室内の対象物の位置を推定する手法が解説されています.
最後に,御多忙の中,原稿の執筆を御快諾頂いた執筆陣の皆様,企画について御協力頂いた編集チームメンバー並びに学会事務局の皆様に深く感謝致します.
小特集編集チーム
塩田 茂雄 植松 芳彦 中川 健治 岡田 啓 川喜田佑介 潘 珍妮
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