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會長就任演說
(大正六年六月十六日電信電話學會第一囘常會に於ける演說)
工學博士 利根川守三郎
今囘は不圖も本會創立の始めに當たりまして會長に當致しまして身に餘る光榮と存じます.不の身を以って此の重任を全うすることが出來るや否やは甚だ懸念に堪えない次第で御座いますが,充分努力致して折角の諸君の御投票の御趣旨に背かない樣に致したいと思うて居りますから,諸君に於かれましてもどうぞ充分の御援助あらん事を偏に希望致す次第で御座います.
扨て,本會の今日に至りました歷史に就いて少しく考えて見ますに,明治四十四年五月に電氣試驗所第二部硏究會なるものが生まれて出て,專ら有線無線の電信電話に關する硏究をすることになりましたのが發端であります.此の會は其の名の如く範圍も甚だ狭うございまして,會員數も僅かに五十餘名にぎませんでしたが,當時會員諸君の非常なる熱心で,每一囘講演會を開いて居りました所が,其の後,每は如何にも會員の倦怠を來たす恐れがあると云う考えから之が隔になりました.處が會の性質上,之を電氣試驗所第二部のみに限るよりも寧ろ廣く會員を募集して,一層硏究の歩をめることが肝要であると云う考えから,大正三年三月に至りまして其の名稱を電信電話硏究會と改めることになりまして,一ケ月一囘講演會を開き且つ講演錄を發行することになりました.而して講演會開催度數は第二部硏究會時代には豫備講演七囘,本講演五十八囘,計六十五囘,電信電話硏究會時代には三十六囘でありまして,又,會員數は漸次增加致しまして去る四月末日に於いて名譽會員が七名,第一種會員が百三十八名,第二種會員が二百八十一名,第三種會員が四百十七名,合計八百四十三名となるに至ったのでございます.斯く漸次發展の域にみましたのも,全く當初よりの會長淺野博士の御盡力の多大であったことに因るのでございまして,會員諸君と共に深く同博士に感謝の意を表する次第でございます.又,講演錄發行に就きましては,三浦覺玄君が會の爲に非常な便宜を計ってくださったことは實に感謝に堪えない次第でございます.
斯くの如く會員數も漸次增加して參りまするし,又,會の基礎も漸次强固になりましたのに就きましては,會の組織も一層改良する必要が生じて來ましたので,茲に初めて學會組織としまして名稱は電信電話學會と改め,規則にも改良を加え,且つ講演錄でなく會誌を發行することとなりましたのでございます.此が本會の今日の沿革の槪略でございます.
今日は本會が創設せられまして第一囘の常會でございまして,茲に會長として所感をぶることを得るのは誠に光榮と存ずる次第でございます.
本邦の電信電話事業は漸次發展して參りまして誠に御同慶に存ずる次第でございます.本來ならば其の發展の有樣に就きまして此處に簡單にぶる筈でございますが,諸君は平素電信電話に從事せられて居られるので,其の發の模樣は私が此處で喋々しないでも能く御承知のことと思いますから,其れは省略して置きます.而して電信電話の技術も亦,事業の發展と共に漸次發して參りましたが,之を歐米に比較して見ますと大いに色があることを感ずるのであります.元來,事物は硏究を怠りますと必ず世間の歩に遲れることは申すもないことでございますが,我々の專門たる電氣に關する事項に就きましては,一層其の感を深うするのでございます.而して硏究は必ず學理的及び實行的の兩方面から行わなければならないのでありますが,從來本邦に於いては果たして此等の硏究が憾なく行われて居るかどうかと云うことを考えて見ますと,甚だ憾ながら行われて居ないと云わなければならないのであります.本邦に於ける現時の狀況は之を忌憚なく申して見れば,寧ろ事業の施設にのみ急にして硏究等を行う遑もない,又,財源もないのであります.而して今日多少なりとも歩發の跡を見ることが出來ましたのは,素より會員諸君が僅かの遑と僅かの財力とを利用して大いに勤勉努力せられたことが與って力あるのでありますが,大部分は寧ろ外國の硏究成果を直入して來て辛うじて今日あるを致したのであると思うのであります.然らば今後に於いても同一方法で日本の電信電話の技術は發展するかと云うと,もう何時も續けることは出來ないと思うのであります.是は外國に行きましても日本人は寧ろ可憐の少年の如く愛せられて居りましたのでありますが,そう何時も少年で居る譯には參りません.漸次大人となるに從いまして外國人も日本人を恐れる樣になって參りましたので,もう中々先方で硏究した事柄を是の如く容易に見せても聞かしても呉れないのであります.故に日本人は今後獨立獨行の態度を取らなければならないのであります.そうなると恰も暗夜に燈を失った樣な形になりまして茫然と佇立していなければならない樣なことになり易いのであります.處が,其處が大いに奮發を要する所であることは申すもないことでありまして,之からは獨立獨行し自力を以って學術的及び實行的の硏究を行わなければならないことになるのであります.我が國民は一般に硏究なることは如何程必要なものであるかを充分に理解する人は甚だ少ないのであります.甚だしきに至りましては,硏究をして居るのは樂をやって居るのだなぞと批評する人さえあるのであります.尤も,最に至りまして一部人士の間に硏究が必要であることをせられて居りまして,例えば理化學硏究所の如きものが成立するに至りましたのは甚だ結構な事でありますが,まだまだ斯る硏究所が二つや三つ出來たからと謂って安心し且つ滿足すべきではないのであります.之を外國の例に取って見ましても米國の如きは諸君御承知の如く,あれ程硏究には力を入れて居る國であります.卽ちGE會社ではタングステン電球の硏究の爲に數百萬圓を投じたと云い,又,ウェスターン電氣會社には硏究のみに從事して居る人が數百人も居ると云うて居る.此の外,例を擧ぐれば數限りもないことと思います.然るに米國電話電信會社の技師長にして米國電氣工師會長たるジェー・ジェー・カーチー氏は米國民に硏究の必要なことが知れ渡っていないから有ゆる方法で之を一般に知れ渡る樣努めることは同會員の義務であることを云い,且つ硏究に費やされたる費用は必ず大なる報償があるものであると云うことを極論して居ります.又,ピッツバーグ大學のメロン・インスチチュートの所長たるレーモンド・エフ・ベーコン氏も同樣なことを吹聽して居ります.
以上は硏究が必要であると云うことの槪論でありますが,今,本邦竝びに諸外國に於ける頃の硏究の結果を電信電話に關する實例に就いてべて見ましょう.
第一,電信に關し比較的來の發明考案に係るものに就いてべんに,(イ)クリード及びビル氏の電信機の如く,ドットとダッシュとによる陸上線信を自働的に中繼して現波式底線信を行う機械があり,(ロ)受信符號を擴大して受信を容易ならしむるハートレー受信符號擴大機及びオーリング繼電器があります.而して前者は太平洋及び太西洋底線に應用して信度を二割乃至五割增加し,又,後者は太西洋底線に應用して信度を十二割半增加せしめ得たと云うことである.(ハ)ジョンゴット氏は底線をじてモールス式信を可能ならしめた.又,極めて最に,ディクソン氏はセレニユム・セルの光によりて抵抗の變化する理を應用して,サイフォン・レコーダー或いは繼電器を働作せしめ受信符號を擴大することを考案し,(ニ)スクワイヤー氏は交流を使用してモールス式信を巧みに底線信に應用し,(ホ)米國陸軍省にては長距離底線信の受信局に於いて無線電信のチッカーとオーヂオン管とを利用し,受話器によりて音響信を行うことを發明しましたが,此の方法によるときはサイフォン・レコーダーを働かすに必要なる電壓の約二十分の一以下で充分明瞭なる受信符號を聽き得たりと云う.(ヘ)本會會員伏野氏によりて發明せられた四重電信裝置は從來の四重電信の缺點を補うことを得る優秀なる點があると思います.
第二,電話に關しべんに,(イ)自働電話交換機は今を去ること二十七八年前ストロージャー氏が稍實用にするものを發明いたしましたが,本機は現今に至りまして殆ど完全の域にしまして,各國に於いて之を實用せるものが少なくないのであります.而して其の構及び働作を見まするに,考案が緻密であって構が精巧であることは實に驚嘆の外はないのであります.然るに又,ウェスターン電氣會社は,別に全く異なりたる構を有して居る自働交換機を發明し,又,半自働交換機をも發明するに至ったのでございます.(ロ)ド・フォレー氏はオーヂオン管を電話增音器として用い得ることを發明し,(ハ)其の發明とピュピン博士の發明したる負荷線輪とによりてベル電話會社はバンクーバー・モントリール間四千二百二十七哩の電話信に成功しました.尤も此の成功に就いてすべからざる事項は,米國電話電信會社に於いて架空線路の絶緣を高く保つことに關する硏究をげて紐育,桑港間三千四百哩の長距離電話信に成功したと云う事であります.(ニ)本會員淺岡氏の發明に係る無鍵信號中繼裝置は未だ實用には供せられませんが,々京橋局で實地に試用せられることになって居りまして,必ず充分の効果があるものと思います.(ホ)又,同氏の發明に係る撰出電話信裝置は是も未だ實用には供せられませんが,々陸軍交兵團に於いて實地に試用せられる筈になって居りまして,是亦充分の効果があるものと思います.(ヘ)本會會員の堀江氏によりて發明せられたるオーヂオン管に對し特種の接續法を施した電話中繼裝置も未だ實用には供せられませんが,從來發表せられた此の種の裝置に比べまして大いに優良の點があると思います.
第三,無線電信電話に關しべんに,無線電信電話は有線電信電話に比し比較的年に於いて發したものであることは諸君の御承知のりでありまして,僅々二十年間に實に偉大なる歩をなしたものであります.其の内で最の發に係るものをべて見ますと,(イ)本會員鳥潟博士,横山學士及び北村氏の三氏によりて發明せられたる無線電話裝置は,能く數十哩の無線話を可能ならしめまして,世界に先だちて之を伊勢湾に實行するに至りましたのは我國の誇りとして宜しい事と思います.(ロ)鯨井學士によりて發明せられたる無線電話裝置も亦,鳥潟博士外兩氏の發明に係るものと同樣な効果があるものと思います.(ハ)ド・フォレー氏によりて發明せられたるオーヂオン管を應用したる發振裝置は,將來,無線電信電話に最も應用の廣いものと思います.(ニ)(ハ)の發振裝置を應用し米國電話電信會社に於いて發明せられたる無線電話裝置は,未だ商業的には成功しないにしても數千哩の無線話を行い得たと云うので,當時吾人を驚かしたものであります.(ホ)アームストロング氏の發明に係るオーヂオン管に對し,特殊の接續法を施し,リゼネレーチング・アクションこさしむべき受信裝置は,從來感度が最も鋭であるとして知られて居りました鑛石檢波器に比べて其の感度が實に幾十倍であるか幾百倍であるか分からないと云う程鋭であります.
以上の外,有線無線の電信電話をじて發明考案改良等は澤山ありまして枚擧に遑がないことと思います.又,各種の理論的硏究も非常に多くして,之によりて各種裝置の設計或いは色々の事業の計畫等に多大の便宜を與えて居ることは,上記發明考案改良等に讓らないのであります.
以上べましたところによりて考えて見ますに,電信電話の技術は實に年々歳々長足の歩をして居るのであります.而して本會會員の發明考案に係るものも亦,少なくないのであります.然れども飜って考えて觀ますに,本邦に於いて發明考案せられたるものは一二のものを除きましては甚だ失禮ながら世界的の發明とも言われべきものがない樣に思うのであります.之は一つには其の發明を廣く世界に發表するの方法を取らない爲に世界各國の人が本邦の發明に注意を惹かないから左樣に思われるのかも知れませんから,之は有ゆる方法によりて自己の發明を世界に紹介することを努める必要があると思います.然しながら又,他方にはどうも根本的の發明考案が少ないからではないかと思うのであります.又,根本の理論的硏究結果の發表が少ないからだと思います.どうか本會員に於かれましても一層の御努力があって,諸外國に優る發明考案理論的硏究等をなされて本邦電信電話界に非常なる便益を與うるのみならず,又,世界の電信電話界に其の餘澤を蒙らしむるに至らしめられん事を偏に希望する次第であります.
而して電信電話に關する硏究事項は誠に多種多樣であるとは諸君の御承知のりでありまして,以上べました發明考案改良等は實に將來の硏究に參考となるべき數例にぎないのでありまして,各種の方面に向かって充分の御硏究を願いたいのでありますが,茲に本邦に於ける電信電話の改良上やかに解決を要すると思わるる事項を擧げて會員諸君の御參考に供し,併せて其等の方面に向かって特に取り急ぎ御硏究を願いたいと思うのであります.
1.眞空管の硏究
眞空管現象の硏究は目下世界の大問題でありまして,にもべましたり有線無線の電信電話の何れにも必要缺くべからざるものとなって參りましたのみならず,又,强電流方面にも必要なものとなりつつあるのであります.然るに此の物は極めて最の發でございまして,まだまだ改良の餘地は澤山あるものと思われます.例えば各種の用によりて各最良の構を擇する必要もあり,又,壽命を長くする必要もあり,眞空程度を異にする必要もある等,隨分硏究事項が多いことと思います.
2.底線電信信
我國の本土と屬領地間は底線により絡せらるるものが多きのみならず,亦,國際線もありまして,其の電報數は漸次增加して來るのでありますから,底線の能率を增する爲に必要なる機械器具の改良に關する硏究及び從來使用の機械類を一層簡單なるものにすべき硏究は,極めて必要な事項と思うのであります.例えば前のハートレー式受信符號擴大機,ゴット式モールス信法,オーヂオンを應用した音響信法等に類したものも澤山あるでしょうし,又,此等のものと雖も,未だ必ずしも完全の域にして居るものと思えないので,此の先,充分硏究の餘地があるものと思われる.又,底線信を自働的に陸上線に中繼する電信方式及び二重電信法に於ける擬似ケーブルを一層減じ得る方式の如き,其の他種々硏究すべき事項があることと思います.
3.陸上線高度電信信及び多重電信信
我國に於いては電報數が來實に驚くべき割合を以って增加して居るのでありますから,此の急激の增加に應ずる爲に高度電信信及び多重電信信に關する硏究は必要缺くべからざることである.殊に我國の信度は外國の信度に比して大いに低い.又,使用器械の損傷に基づく障碍が少なくないのであります.度の改善に就いては從來電信線として用いて居る鐵線を銅線に取り換えることによりて大部分其の目的をし得ることと思いますけれども,之には多額の經費を要するのでありますから,信裝置の方を改良して度を高めることが必要と思います.信裝置としては中繼盤を增加することも一方法でありましょうが,理想としては受信裝置,就中受信裝置を改良することが最良の方法であると思います.又,使用器械の損傷は多く鑽孔器にあるのでありますが,此方は現用鑽孔器の改良に關する硏究,電氣的鑽孔器の考案,鑽孔紙改良の硏究等が必要であります.又,多重電信信は受兩局の機械に同期囘轉を與える爲に當なる方法により當なる周波數の交流を用うることによりて解決することが出來はしないかと思われます.
4.印刷電信機の改良
印刷電信機には色々種類があって中々精巧なものが多いのであります.然しながら之を其の儘我邦の電信に應用が出來ないのは我國の假名の字數が多いからであります.從って改良の必要があるのでありますが此は餘程困難であると思います.
5.架空電話線路の負荷に關する硏究
我國の氣候は米國等に比し濕度高く,從って負荷電話線路に特に必要なる絶緣を完全に保つことが困難でありますから,碍子の形狀構等に關する硏究竝びに負荷線輪を接續すべきブライドル線の絶緣を完全にする方法の硏究を行いまして長距離電話線の改良を行うことが必要であります.
6.電力線より電話線に及ぼす誘妨碍防止裝置
年電氣事業の著しき發により漸次高壓の電線路網を以って殆ど全國を蔽うに至らんとして居るのであります.從って市外電話線との竝行交叉が益々多くなって來ることになりますので是等の高壓電線路から受ける誘妨碍も亦,漸次增加して參りますので信上に及ぼす影響と危險との防止は一日も忽にすることは出來ないのであります.從來ドレーネージ線輪を入れるとか蓄電器を入れるとか,又は變壓器を用いるとか種々考案せられましたが,未だ充分に目的をすることが出來ないのでありますから,之も大いに硏究を要するのであります.
7.高電壓電話信
電話の發は益々其の話距離の延長を必要と致します.而して話用電池の電壓を高めることは話能率を增する方法の一つであることは諸君の御承知のでありまして,本邦では二十四ヴォルトを標準として居りますが,此は本邦の濕度が高いので容易に電壓を高めることが出來ないのでありますから,局内裝置其の他の裝置の絶緣に關する硏究を行いまして,米國の如く四十八ヴォルト或いは其れ以上にも電壓を高むることが必要であります.
8.自働電話交換
自働電話交換は歐米各國に於いて漸次採用せられる機となって參りましたが,我國に於いては交換手の勞銀がまだ比較的安いので本方式を用うることが利益となるのは今暫く間があることと思います.然るに我國の諸物價は來著しき勢いを以って向上して居りますので自働,又は半自働交換が手働交換に比べて經済上利益になる時期は餘りき將來ではないと思います.而して此も機械の構上から考えて見ますに,あの儘で絶緣が本邦の濕度に堪ゆるや否やは大いに懸念すべき點でありますから,今から充分に實驗して置いて絶緣を保つ上に於いて改良すべき點は之を改良する方法を講じなければならないと思います.
9.電話交換のサーヴィス改善
大都市の電話交換は益々膨大となり複雑になりますから,サーヴィスは輙もすると不良になる傾向を持って居るのであります.之を良好に維持するには交換手の技倆を增すること,竝びに交換取扱方法の改良と相俟って交換設備の改善を計ることが必要なことは申すもないことであります.交換設備の改善と云えば,例えば交換手の負荷を均一にする裝置であるとか無鍵信號の範圍を擴張するとか,各種中繼線の方式に關する設備であるとか,其の他種々あることと思いますが,又,茲にすべからざるは交換手の負荷標準或いは各種囘線の負荷標準等に關しまして一層理論的に硏究調査をめる必要があると思います.
次は無線電信電話に關することでありますが,(1)にべました眞空管に關する硏究は無線電信電話の大變廣い部分に渉りますのでありまして,此の硏究によりまして數多くの事項が解決せられるのでありますから,此の硏究は最も必要な事と思います.而して此の外,一二の事項に就いてべますと,
10.高度大電力無線電信裝置
本裝置はき將來に於いて内地及び殖民地の樞要な場所に必要となりますことは明らかであります.而して本裝置は旣にマルコニ會社等で實用に供して居るものでありますから,特別の發明考案を要する譯ではありませんが,兎に角,之を本邦で設計製するには相當の實驗と製上の技術とを要することと思います.尙,此の裝置の設計に就いては信裝置の内,大電力に關する部分は船橋の無線電信局の裝置は大いに參考となることと思います.又,高度の信裝置としては是非とも自働的裝置でなければならないので,從って有線電信と同樣,鑽孔紙を用うることとなり,又,受信裝置としては必ず記錄機械を要するので,例えばサイフォン・レコーダーの如きものが必要になることと思います.どうか本會員に於いて充分の御硏究御經驗を得られて置かれまして,本裝置が必要になった場合に外國から入を仰ぐことのない樣にせられんことを希望するのであります.
11.安價なる小無線電信裝置
本邦は四面環の國でありますから,き將來に於いて數多の小岸無線電信局を必要とするに至るでしょうし,又,小なる數百噸位の船舶にも小無線電信裝置を必要とするに至るでしょう.然るに現今設計せられて居るものは價が高くして斯の如き場所には不當であると思いますので,是非共極めて安價にして且つ實用的なる無線電信裝置が必要であると思いますから,會員諸君に於いて此の方面の御設計御考案があることを希望致します.
12.空電による妨害防止裝置
無線信に於いて空電による妨害は之に從事して居る者が等しく困難を感じて居るところでありまして,當の方法によりて之を防止することが出來たならば非常に利益を得る事は諸君の御承知のりでありまして,從來之が防止方法に關してはマルコニー會社とかフェッセンデン氏等によりて種々考案せられたものがあります.此等は皆强勢の空電を反對に接續したる二個の變壓器,又は檢波器に働作せしめて其の影響を打ち消す裝置となって居るのでありますが,未だ充分成功の域にして居らないのでありますから御硏究を願いたいと思います.
13.燈臺より船舶に危險信號をる裝置
船舶が航行中濃霧に出合って潮流の爲に流される樣な場合には,自己の位置を知ることが困難となってに暗礁に乗り上げる樣な災害に出會うことがあるので,從來は燈臺でサイレンを鳴らして船に危險信號をったのでありますが,サイレンでは空氣の密度の關係から時としては非常に距離聞こえ,又,時としては距離しか聞こえないので大變不便を感じて居たのでありますが,斯樣な場合には燈臺から電波をって置いて,船が危險區域に入ると船に備えられた電鈴が鳴る樣にして置けば,船の方では指向式無線受信によって自己は燈臺から何れの方位に居るかと云うことを知り,又,距離も大約知ることが出來るから自己の位置を知ることを得て難を防ぐ上に於いて非常に便利であると思います.此は申すもなく理論上可能のことでありますから,唯,會員諸君に於いて當な御設計があってやかに各地の燈臺に使用せられる樣になることを希望するのであります.
以上べました事項は總計十三でありますが,固より數例にぎないのでありまして此の外,種々な緊要な事項があることと思いますから,其等の事項に對しても充分御硏究があることを希望するのは勿論であると同時に,最初から陳致しましたり,今後は外國に倚頼することなく獨立獨行の態度を以って世に伍して行かなければならないのでありますから,其の覚悟を以って此の上充分の御硏究御考察があって邦家の爲,且つは斯界の爲,御盡瘁になり,以って本會設立の趣旨を全うせられんことを切望致します.
聊か本會員各位に對する希望をべて就任の御挨拶に代うる次第でございます.
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