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論文賞(第73回)は,平成27年10月から平成28年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.
(和文論文誌A 平成27年10月号掲載)
IoT(Internet of Things)やビッグデータ処理に代表されるように,ネットワークを介してサブシステム同士が有機的に結合した大規模システムの制御や解析は,我々の生活に大きなインパクトを与える技術の一つとなっている.制御工学の分野においては,このような大規模ネットワークシステムの分散制御法としてマルチエージェントシステムの協調制御が注目され,情報通信理論や機械学習などの他分野とも融合しながら,ここ10年余りの間に大きな発展を遂げてきた.
マルチエージェントシステムにおける代表的な制御問題として,平均合意問題と呼ばれるものがある.平均合意問題とは,エージェント間のローカルな情報伝達を通し,全てのエージェントの状態を初期値の平均値に収束させる問題であり,ビークル群の編隊形成や動物の群れ行動の解析,センサネットワーク,スマートグリッドへの応用などに関する研究が活発にされている.しかし,従来提案されてきた平均合意ダイナミクスは収束が遅いため,分散的な通信構造を保ったまま収束速度を改善することは,工学的応用の点からも重要な課題である.
そこで,本論文では,近傍エージェントだけでなく,近傍エージェントと通信しているエージェントも考慮した2-ホップ通信による平均合意ダイナミクスを提案し,従来の1-ホップ通信による平均合意ダイナミクスよりも収束速度が改善されることを示した.また,ネットワークの構造が収束速度に与える影響をグラフラプラシアンの第2最小固有値を用いて定量的に評価した.更に,提案法は2-ホップ通信のみならず,一般のマルチホップ通信にも容易に拡張でき,汎用性の高い手法であることを示した.
以上のように,本論文で提案した2-ホップ通信による平均合意制御法はマルチエージェントシステムの制御に関する理論的基礎を与え,今後ますます重要性が高まると考えられる大規模ネットワークシステムの制御や解析に関する研究の発展に寄与するものと期待される.
(英文論文誌A 平成28年1月号掲載)
近年,暗号化したまま様々な演算が可能な暗号として関数型暗号が活発に研究されている.これは,公開鍵暗号が発展したものであり,例えば,暗号化されたデータを高度な論理式を用いて暗号化したまま検索することや,データを暗号化したまま演算しその演算結果のみを復号することなどが可能となる.このような機能により,関数型暗号は最近の高度なネットワークサービスを安全に利用するための切り札と期待されている.
このような関数型暗号においては,暗号文に含まれる属性情報(演算対象データや検索論理式)を秘匿すること(属性秘匿)がプライバシー上望まれ,この属性秘匿性を持つ関数型暗号は特に述語暗号と呼ばれる.述語暗号がどのような一般的な関数(述語)に対して実用的に実現可能かを明らかにすることは大きな問題であり,本論文はこの問題に対する回答として,現在知られている最も一般的な関数に対する述語暗号を示した.この関数は,内積述語と呼ばれる関数で,定数深さの任意の論理式や定数次の任意の多変数多項式関数を含む広いクラスの関数である.特に,本研究で提案した方式は,現在に至るまで,(制約条件を付けない下で)理論上最も強い(望ましい)安全性を持つことが証明された唯一の内積述語暗号方式である.つまり,本論文は,最も強い安全性を持つ述語暗号はどのくらい一般的な関数に対して実現可能であるかという問題に対する答えを与えている.本研究では,この結果を達成するために,斬新な証明手法を開拓している.従来知られていた双対系暗号法という手法では述語暗号の最も強い安全性を証明することはできなかったが,本論文の手法により初めてこの安全性を証明することが可能となった.
以上のように,本論文は,述語暗号研究の一つの到達点であるとともに,主要な既存研究の位置付けも明確に示されており,今後,安全な述語暗号を実用化する上でますます重要性を増すと思われ,更に本論文で得られた安全性証明理論はこの分野の発展に大きく寄与すると考えられることにより,本論文は本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(英文論文誌A 平成28年6月号掲載)
有限体から有限体への多変数関数を,多値論理関数と呼ぶ.多値論理関数は,以前から論理回路設計やスイッチング理論に用いられてきた.ここで「多値」とは,有限体の大きさが2より大きいことを想定するからである.有限体として0と1だけから成る二元体とするときは,ブール関数と呼ばれる古典的なものである.多値論理関数の一例として,有限体を係数に持つ多変数多項式がある.実は,この両者は一致することが知られており,この事実は通常,代数的標準形やリード・マラー展開と呼ばれる.また多値論理関数と多変数多項式との対応は,関数の積を多項式の積に対応させることも知られている.この事実は通常「畳込み定理」と呼ばれ,離散あるいは連続的なフーリエ変換の畳込み定理の論理関数への類似となっている.
本論文では,上記の結果を,有限体における半群の直積から有限体への多変数関数に一般化し,新たな畳込み定理を抽象代数学における剰余環の同形定理として示した.続いて本論文では,この一般化された畳込み定理を,二つの多変数多項式の積の高速化に応用した.これは,多項式を関数に変換した上で積を行い再び多項式に戻すことで行われる.この一見う回路とも取れる方法が高速化になっていることを示すためには,両方向の変換の計算量を求める必要がある.本論文では,変換を1変数の場合に帰着し,数学的帰納法を用いて計算量を求め,オーダが削減されていることを証明する.また,テンソル積及び行列のクロネッカー積との関係,更に転置を介して誤り訂正符号と結び付くといった話題も,数値例とともに示している.
本論文は論理関数という古典的なものを扱っているものの,得られた結果は今までで最も一般的なものであり,扱える対象を広げたという意味で価値がある.簡潔な定式化や証明の仕方及び計算量の評価の仕方を含め,どれもほかにはないものであり,独創性が高い.畳込み定理や剰余環,高速乗法など,今まで独立とみなされていたこれらの事実を結び付けたことも,大きな業績である.以上のことから,本論文は本会論文賞にふさわしいと言える.
(和文論文誌B 平成28年7月号掲載)
近年,重量100kg以下程度の小形人工衛星にも搭載可能な小形のカメラやセンサでも高い能力を実現できるようになってきており,実用的な地球観測が行えると考えられるようになってきた.地球規模での自然災害や環境モニタリングに対して社会的な要請が高まってきていることもあり,従来の大形衛星よりも短い開発期間かつ低予算で実現できるこういった小形の衛星が注目されるようになってきた.
小形衛星の応用範囲拡大を考えた場合,高性能センサによる大量の観測データを地上に送信する大容量ダウンリンク通信が求められる.このような地球観測衛星は概して高度数百kmという低軌道を高速で周回するため,1回に高々10分程度しか通信時間を確保できない.
そこで受賞者らは従来小形衛星向けによく使用されるSバンドではなく,より周波数の高いXバンドに着目した搭載用の高速送信機を開発した.この周波数では広帯域化が実現しやすく,小形衛星で搭載可能な大きさでも利得のあるアンテナ(MGA)を用いることができ,高いビットレートを得ることができる.また限られた資源である周波数を効率良く活用するために従来よりも複雑な多値変調を用いている.日本で発明され進化の著しい窒化ガリウム高電子移動度トランジスタ(GaN-HEMT)を活用することで効率の高い固体化電力増幅器(SSPA)を構成することが可能となり,非常に安定した低ひずみ特性を得ることができた.結果として受賞者らは複雑な信号品質補償システムを組み込むことなく,高効率と信号品質の両立が難しいという多値変調の弱点を克服することに成功した.一方でディジタル回路の内部を低速で動作させる等の工夫により消費電力と規模の増加を抑えることにも成功した.
開発した送信機は少ない電力と重量リソースの小形衛星にも十分搭載可能な質量約1.3kg,消費電力約22Wとなり,実験用に複数のモードを備える.60kg級の地球観測衛星に搭載して地上の3.8m級アンテナで受信実験を行い,ターボ符号による誤り訂正を含めてビットレート348Mbit/sという結果を得た.
(英文論文誌B 平成28年8月号掲載)
ベクトル摂動MIMOプリコーディング方式は代表的な非線形MIMOプリコーディング方式であり,ゼロフォーシングビームフォーミングなどの線形プリコーディング方式の誤り率特性を顕著に改善することができる.これはプリコーディング後の送信信号ベクトルのノルムを低減し,かつ,受信側で除去可能な摂動ベクトルを探索して変調シンボルベクトルに加えることにより送信電力効率を改善するものである.しかし,ベクトル摂動による利得はチャネル行列だけでなく符号化ビット,変調次数,摂動変数,及び摂動ベクトル探索パラメータに依存する値となるため変調シンボルベクトルへのマッピング以前には未知である.したがって,スループット向上のための変調・符号化方式(MCS)選択,すなわち,リンクアダプテーションの適用に難があった.
本論文では現行の移動通信システムで使用されている誤り訂正符号の多くが組織符号であることに着目して情報ビットとパリティビットの分離変調シンボルマッピングに基づく繰返しMCS選択法を提案している.まず従来の線形プリコーディングで得られる実効チャネル利得から算出されるSINR値に基づいて暫定のMCSを選択する.次に情報ビットのみから変調シンボルベクトルへのマッピングと摂動ベクトルの探索によるベクトル摂動利得の推定を一定数回交互に行いながらMCSを更新する.最後に余剰なベクトル摂動利得をより高い符号化率に転嫁してターボ符号化によりパリティビットを生成して変調シンボルベクトルへマッピングする.本方式により準最適なMCS選択下でのベクトル摂動変調シンボルベクトルへの効率的なマッピングが可能となっている.本提案方式を複数の3Dビームフォーマを密に分散配置して複数の受信アンテナを具備した端末に向けて指向性制御を行ったMIMOチャネルに適用し,線形プリコーディングに対して大幅なスループット改善効果が得られることを計算機シミュレーションにより明らかにしている.本論文がベクトル摂動MIMOプリコーディングシステムの実用化に寄与することが期待される.
(英文論文誌B 平成28年9月号掲載)
無線通信ネットワークを用いて様々な情報を観測・収集し,その情報に基づいて制御機器の遠隔制御を行う無線センサアクチュエータネットワーク(WSANs: Wireless Sensor and Actuator Networks)は,産業・ビルオートメーションやスマートグリッド等,IoT(Internet of Things)社会における多様なアプリケーションを実現するための基盤技術である.WSANsのノードはバッテリーで動作するため,ノードの省電力化が重要な課題となり,更に,制御命令に対して高速に応答するために,通信の低遅延化も重要な課題となる.無線センサネットワークの一般的な省電力化方法としては,周期的に無線通信インタフェースの起動・停止を繰り返す間欠動作方式が広く検討されてきている.しかし,間欠動作方式では,動作周期を通して省電力性と応答性の間にトレードオフの関係があり,これらの性能の両立が困難であった.
本論文では,このトレードオフを打破するために,ウェイクアップ受信機を活用したRadio-On-Demand Sensor and Actuator Networks(ROD-SAN)の提案を行っている.ウェイクアップ受信機は超低消費電力で通信要求の待受を行い,通信必要時のみデータ通信モジュールを起動するオンデマンド通信動作を実現する.これにより,省電力性と高応答性の両立が可能となる.ROD-SANでは,センサネットワーク用通信プロトコルであるIEEE 802.15.4との互換性を強く意識したウェイクアップ信号・受信機設計を行っている.本論文では,ROD-SAN及び標準的な間欠動作方式の通信特性と省電力性のシミュレーション評価を行い,ROD-SANの優位性を示している.また,ROD-SANを実現するためのウェイクアップ制御及び全ての階層の通信プロトコルの設計・実装を行い,ノード試作機を開発している.更に,試作ノードを用いて,屋外における大規模なデータ収集・機器制御実験を行い,実用的な環境でのROD-SANの有効性を示している.
このように,本論文は,斬新なシステム提案から,独創的なシステム設計,更にシミュレーションに加え,試作機を用いた大規模実験による実用性の確認まで幅広い検証を行っており,省電力・高応答無線通信ネットワークの実現に大きく寄与することから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.
(英文論文誌C 平成28年1月号掲載)
喜安善市賞(第10回)に別掲
(和文論文誌C 平成28年5月号)
移動通信に適するUHF~SHF帯のひっ迫と通信容量の増大に伴い,準ミリ波帯を用いた無線通信の需要が高まっている.準ミリ波帯のような高周波帯では,無線機をヘテロダイン方式とし,アップコンバータに局部発振信号の漏れを抑圧することができるバランスミクサを採用することが多い.しかし,バランスミクサには大きな面積を占めるバランが必要なため,サイズが大きくなってしまうという課題がある.本論文は,この課題を解決する一手段を提案するものである.
IC上に多層配線を利用して上下方向に結合させた線路を作成する場合,グランドとの距離が異なること,ICの配線は通常は最上層の配線が他の配線よりも厚くなっていること等により,非対称な結合線路となる.本論文では,このような非対称結合線路において,非対称結合特性を示すパラメータを導入することにより,対称結合線路のS行列を起点に解析する手法を提案している.これにより,一定の条件を満たせば3dB結合の実現が可能であることを示した上で,縦積みの非対称結合線路を直列に2段接続することによりマーチャントバランをMMIC上に構成し,準ミリ波帯バランスミクサMMICの小形化を図っている.また,スパイラルインダクタを多層配線によって構成するなど,受動素子の小形化・高密度化を図っている.これらの効果を試作により確認し,チップ面積1.56mm2,LO信号抑圧比47dB,変換利得-9dBと良好な特性のバランスミクサを実現している.
以上述べたように,本論文では理論解析から実機による確認まで行い,高い効果が得られることも実証している.また,提案技術は,Massive-MIMO技術の適用に伴い大きな課題となる高周波回路の小形化・高集積化に大きく寄与するものであり,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌C 平成28年8月号掲載)
プラスチック基板を用いたフレキシブル液晶ディスプレイ(LCD)は,薄く,軽く,柔らかく曲げられることから,ディスプレイの携帯・設置・デザインの自由度を飛躍的に高め,新たな視聴形態を創出する次世代技術として実現が期待されている.フレキシブルLCDの実現に向けた課題の一つとして,薄膜トランジスタの形成や配向膜の焼成等の高温処理におけるプラスチック基板の寸法変化の抑制が挙げられる.この課題を克服する方法として,寸法安定性が高いガラス板上に耐熱性ポリイミド(PI)基板を極めて薄く塗布形成する「塗布・剥離法」によるフレキシブルLCDの作製手法が提案されてきた.しかし,従来のPI基板は光透過率が低く,また厚み方向の光学異方性が大きいことから,ディスプレイの視野角が制限され,高性能なフレキシブルLCDの作製に応用することは困難であった.
本論文では,塗布・剥離法による極薄のPI基板を用いたフレキシブルLCDの作製技術の確立に向けて,無色で透過率が高く,光学異方性が小さい透明PI材料を見いだし,厚さ10の透明PI基板の形成に成功した.作製した基板の光透過率は可視光領域で約90%で,波長依存性がほとんどなく,厚み方向の光学異方性は従来のPI基板の約1/10と極めて小さいことを確認した.また,フレキシブル液晶デバイスの試作・評価から,デバイスの視野角特性を大きく改善できることを確認し,作製したPI基板がフレキシブルLCD用の基板として極めて有用であることを明らかにした.
以上のように本論文は,PI基板の透過率,及び光学異方性をディスプレイとしての要求を満たすレベルまで改善し,従来,実現が困難とされてきた塗布・剥離法によるフレキシブルLCDの作製が可能であることを示したものである.本成果は,携帯情報端末,ウェアラブルシステム,車載ディスプレイ等,様々な分野への応用が期待されているフレキシブルLCDの実用化と,その研究分野の発展に貢献するものであり,本会の論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌D 平成28年8月号掲載)
多種多様な古文書のディジタルアーカイブ手法が開発される中,その多くが計測及び記録手段に主眼を置き,電子的に記録された結果を提示することに関しては,既存のディスプレイや通常の印刷技術を用いるか,あるいは博物館などの特殊な表示環境を用いた手法が多く,実際に手に取って見ることができるような複製を作ることまでは考慮されていなかった.
本論文では,これら既存手法とは一線を画し,元の古文書と同じような反射率や透過率を再現できるような複製を作成するという,これまでにない斬新な点に着目している.この反射率・透過率といった光学特性を再現する光学レプリカを実現するために,実験室環境における古文書の反射特性及び透過特性を計測するというごく順当な手段に始まりながらも,複製を作成する手段としてはトレーシングペーパーに対してインクジェットプリンタで印刷した結果を複数枚利用するという簡便ながらも極めて効果的な手法を開発している.この多層印刷構造と呼ばれる提案手法では,上層と下層の2層の印刷レイヤを利用して光学特性を再現するため,あらかじめ各層で方向の異なるグラデーションパターンを計測したルックアップテーブルを作成しておくことで,容易に目的とする反射率・透過率を再現するための各層での印刷色を決定することが可能である.しかし対象となる古文書によっては,この多層印刷構造でも,ありのままの光学特性再現が困難な場合があるが,ダイナミックレンジ圧縮や白紙を2層間に挿入することにより,質感の再現の悪影響を抑えつつもより近い再現が可能となっている.更に多層印刷構造による光のにじみの影響や定量主観評価も含めた実証にも力を入れ,その有効性を証明している.
以上のように,本論文は,元の古文書とほぼ同等の光学特性を持つ複製を容易に実現することが可能な工学的に新たな手法を開発しただけでなく,ディジタルアーカイブ応用の新たな可能性をも開拓したと言うこともでき,これらの点から高く評価できる.
(英文論文誌D 平成28年8月号掲載)
音響電子透かしは,音楽や音声データそのものに付加的な情報を埋め込む技術であり,コンテンツそのものと不可分に情報を重畳するため,音声データの不正利用の防止に有用である.ただし,人間に知覚されるひずみがその処理によって混入してはいけないため,埋め込むべき情報量と聴覚的な秘匿性を両立させる必要がある.また,圧縮などの音響信号処理に対しても透かし情報が壊れることなく検出でき,かつ,透かし情報の検出時には,埋め込み時に使用したパラメータを必要としない,いわゆるブラインド検出が可能である手法が望ましい.
本論文は,これら多くの要件を高い次元で同時に満たすことを目指したものである.そのために,Singular Spectrum Analysis(SSA)と呼ばれる手法で原信号を解析し,その値の一部をある規則に従うように変更することで,透かし情報の埋込を行っている.このような手法は,著者らのグループが初めてであり,独創性が高い.また,音質と攻撃耐性のバランスを考慮するコスト関数を導入した差分進化を用いて,変更を加える範囲などのパラメータの最適化を行っている.これにより,自動的にホスト信号に対して最適なパラメータが決定でき,誰でも本手法の性能を引き出せるという点で実用性が高い.従来の手法において課題とされているブラインド検出を,特異スペクトルの凹凸性の利用により克服している点も特徴的である.形状という複数の要素により構成される,定性的な特性に透かし情報を対応させることで,埋込時のパラメータ条件に関する正確な情報なしに透かし情報の検出を可能にしている.計算機シミュレーションにより攻撃に対する評価を行い,Singular Value Decomposition(SVD)に基づく従来法との比較を通して,提案法の優位性が示されている.更に,聴取実験の結果,パラメータを固定した場合と比較して適応的に調整した提案法により透かしを埋め込んだ信号の主観的音質は,ホスト信号と区別がつかないほど高音質であることが示されている.
このように,音響電子透かしの分野に新しいアプローチを示すとともに,実用面でも有用な手法であり,論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
(和文論文誌D 平成28年9月号掲載)
単一のデバイスによって三次元映像情報である多視点画像を取得し,ディジタルリフォーカシングやデプス推定,自由視点画像生成などのアプリケーションに対する関心が高まってきている.
これまでに,Light field cameraで取得した生データ(RAW画像)から多視点画像を生成する手法や,それぞれの視点画像を高解像度化するため超解像技術の適用が検討されてきた.このRAWデータの扱いには三つの困難性がある.第1に,イメージセンサが取得したRAW画像において各画素はRGBのうち1色しか記録されていない.第2に,多視点画像における整数座標へ対応するRAWデータの座標は小数となる.第3に,マイクロレンズは六角格子状に並んでいる.一般的には,デモザイキング,滑らかな補間,リサンプリングという処理により課題を解決するが,更なる問題が生じる.
そこで,本論文ではRAW画像に由来する画素配列を維持したまま多視点画像を生成する.異なる視点の情報の混合を誘発する補間処理を回避した問題の定式化のアプローチは,原理的に問題を解決している.また,超解像処理において,相互に依存関係のあるデプス推定と高解像度化をADMM(凸最適化の交互最適化の一手法)による解法アプローチも理にかなっている.Lytro Illumという特定のLight field cameraにおける評価実験しかないが,提案内容は一般化されており汎用性が高い.問題の定式化・解法の構成は,論理的に構築されており,その合理性の高さから,方式の有効性は高いと考える.また,論文の論理性・読了性が高い点も評価に値する.
以上のように,提案手法のアルゴリズムは標準的な再構成型超解像の範ちゅうであるが,観測モデルの中にRAW画像に由来する画素配列への変換過程を組み込むという独自の工夫により,従来手法よりも鮮明な高解像度画像を生成する手法である.これは,今後の発展が期待されるlight field研究において,重要な要素技術であると考える.これらのことから,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.
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