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Vol.100 No.7 (2017/7) 目次へ

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タイトル

篠原弘道 正員:フェロー 日本電信電話株式会社

Hiromichi SHINOHARA, Fellow (NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION, Tokyo, 100-8116 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.7 pp.583-589 2017年7月

©電子情報通信学会2017

1.は じ め に

 電子情報通信学会は,課題先進国である我が国がこの先の成長をなし続けるために不可欠である電子情報通信に関する学問・技術を総合的に議論する学会です.本会がこれまで培ってきた成果などにより,電子情報通信技術は我が国における社会活動,産業活動,経済活動の基盤として位置付けられたと言えますが,取り巻く環境は大きく変化しており,この分野単独での成長には限界を迎えています.今後,我々は主役であり続けることに固執して単独での成長を目指すのではなく,黒子になって他の学問や産業と融合し,一体となって我が国の成長を目指さなければなりません.

 財政基盤の強化も含め,環境変化に伴う学会改革は歴代会長をはじめとした数多くの方々が御尽力されてきましたが,まだまだ道半ばと言えます.本会は本年で創立100周年を迎えましたが,その節目の会長として任命頂いたことは大変光栄なことであり,これまで進められてきた改革を,産業界の視点で我が国の産業競争力強化,経済発展までを視野に入れ,皆様との議論を重ねながら推進し,ここに集う誰もにとって魅力と活力にあふれた学会となるよう,大きな責任を持って務めてまいりたいと思います.

 以下,本会の置かれた状況や課題などを改めて共有するとともに,その解決に向け何をすべきか,皆様に協力をお願いしたいことなどをお示ししたいと思います.

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2.電子情報通信学会を取り巻く環境の変化

2.1 電子情報通信学会の現状

 本会は,1917年(大正6年)5月1日,利根川守三郎博士を初代会長に,会員数843名で「電信電話学会」として発足して以降,幾つかの名称を変えながら本年で創立100周年を迎えました.現在,約3万人の会員を擁する我が国最大規模の学会ではありますが,会員数の減少に歯止めが効かない危機的状態となっており(図1),財政基盤にも大きな影響が生じています.

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 その大きな要因は企業会員及び学生員の減少で,2007年度からの8年間だけで約5,000人が減少しています.学生員は2015年度に増加傾向へと転じていますが,将来を担う学生にとっての魅力,我が国の経済成長を支える産業界にとっての魅力を両立させることが急務であり,継続的かつ将来を見据えた恒久的な対策を実行しなければなりません.

2.2 我が国の電子情報通信産業の現状

 本会で議論されてきた成果の多くは,民間企業等によって製品やサービスにつながりました.その結果,電子情報通信産業はこの20年にわたり我が国における名目国内生産額の約1割を占め,一大基幹産業として経済を支えてきました(図2)(1)

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 一方,国際競争力にもつながる貿易収支の観点から現状を見てみますと,貿易収支全体は2008年のリーマンショック,2011年の東日本大震災以降の鉱物性燃料の輸入増等によって大きく落ち込みましたが,近年は回復傾向にあります(図3)(2).しかしながら,電子情報通信産業(IT機器が含まれる電気機器分野)では,近年は下げ止まり感が見られるもののリーマンショック以降の停滞から立ち直っている状態とは言えません(図4)(2)

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 その理由としてはIT機器の寡占化がグローバルレベルで進展してきたことや安価で品質を上げてきた海外製品の流通などが考えられますが,今後もこの停滞が続くのではなく,昨今の大きな潮流となっているIoT・ビッグデータ・AI等の進展により我が国の経済成長が加速され,2020年度時点で実質GDPに約33.1兆円の押し上げ効果があるとの予測もあります(図5)(3)

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 ここで期待されている成長は,電子情報通信技術の成長によるものといえども,これまで本会に集ってきたこの分野の人たちだけで成し遂げられるものではありません.課題解決等のために本技術を活用する全ての分野の方々と目標を共にし,我が国が一体となって新しい価値を創出し続けることが不可欠です.

2.3 「Society 5.0(超スマート社会)」実現に向けて

 2016年1月,2016年度から2020年度までを対象とした我が国の中期計画である第5期科学技術基本計画が閣議決定されました(4).ここでは,電子情報通信技術の進化等により社会・経済の構造が日々大きく変化する「大変革時代」が到来し,国内外の課題が増大,複雑化する中で科学技術イノベーション推進の必要性が増しているとの認識が示され,この計画の下で我が国が一体となって「世界で最もイノベーションに適した国」となることを目標として定められています.更に,具体的な政策も幾つか示されていますが,その一つとして大きく掲げられているのがサイバー空間とフィジカル空間(現実社会)が高度に融合した社会の姿である「Society 5.0(超スマート社会)」であり,この実現によって我が国の産業競争力強化と経済発展を目指しています.

 図6を見ても分かりますように,AI,ビッグデータ処理技術,サイバーセキュリティ等として例示された電子情報通信技術は,システム化された種々のサービスや事業を共通のプラットホーム上で連携させて実現するSociety 5.0の基盤技術として位置付けられています(5).つまり我々は,我々が主役であり続け単独で成長することを目標とするのではなく,我が国全体が成長するために役割を大きく変え,黒子としてその手段を提供し続けるべきだということ,産業のハブ機能として経済成長を支える大きな役目を担っているということを強く認識しなければなりません.

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3.これから100年の成長のために

3.1 電子情報通信学会創立100周年宣言

 本会はこれまでの100年において電子情報通信技術分野における学問・産業の振興に大きく貢献してきました.しかしながら2.で述べましたとおり,現在の学会を取り巻く環境,更には我が国が置かれた状況を考えると,本会が果たすべき役割を今一度考え直し,かつ明確にすることが必要です.

 そこで,これからの100年を迎えるにあたり,コミュニケーションの夢とそれによって実現される豊かな未来社会に向けて果敢に挑戦し,革新的技術及びイノベーションを継続的に創出する学会として大きく飛躍することを目指し,本年1月に電子情報通信学会創立100周年宣言を行いました(6)

 (1) 広汎な知が交流する場を作り,新たな学術領域をひらく

 人文科学,社会科学など幅広い分野の知とも協働し,新たな学術領域や革新的イノベーション共創の場を構築するとともに,研究者を鍛える生きた教室の役割を果たし,更なる学術の振興と産業の発展に貢献する.

 (2) 社会課題の解決に貢献し,新たな社会のビジョンを作成する

 研究者,技術者にとどまらない会員の多様化を促し,社会の課題を共有して短期的な社会課題の解決に寄与するとともに,長期的な社会の在り方を変革し得る科学・技術の役割を認識して,健全なる社会のビジョンを作成する.

 (3) 技術倫理の向上に努め,社会に向けて発信する

 あらゆる科学及び技術の研究開発と展開は社会と人類の幸福を希求すべきものである.会員の技術倫理を高め,本会の活動から誕生した研究成果と併せて技術倫理の意義を発信し,社会と人類の幸福に貢献する.

3.2 魅力と活力にあふれた学会運営を目指して

 創立100周年宣言の下,これから100年の成長のために学会がどうあるべきか,以下に私の考えをお示ししたいと思います.

 繰り返しになりますが,情報通信分野に閉じた生態系での発展には限界があり,我々は他分野を巻き込んだ生態系として発展しなければなりません.そのために学会での議論をより明確にしなければならないと考えています.将来の競争力の源泉となる破壊的イノベーションを創出するために「電子情報通信技術そのものを究める」こと及び,我が国の経済成長のために「他の産業とのハブ機能となりお互いの可能性を広げ続ける」ことを両立しなければなりません.

 この考えを基本とし,会員の皆様が何のために学会に集うのか,学会活動によって得られるものは何か,そのメリットを明確にすることで学会活動の魅力を高め,安定した運営基盤の確立と更なる発展を目指します.

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3.2.1 会員メリットの明確化

 これまで本会で活動すれば皆様がどのような成長を成せるのか,明確にお示しできていなかったのではないかと思います.それぞれの立場によって求めるものは違うと思いますが,共通的なメリットとしては,例えば次のようなものがあるのではないかと考えます.

 (1) 自己研鑽による専門性の向上

 各種大会での発表や研究会での活動などを通じ,自分自身の研究レベルがどの程度のものなのか,また,どのような方向性をもって取り組めばより高い成果を得られるのか,高い意識をもってぶつかればぶつかるほどその答えが明確となり,大きなステップアップが期待できます.

 (2) 新たなネットワーク作りと多様性の向上

 他の分野,産業とのハブ機能として位置付けるため,今後は電子情報通信技術の活用を期待する分野の方々や,人文科学,社会科学といった学術領域の方々も招き,新たな可能性の開拓と価値創造を進めたいと考えています.こういった議論に主体的に参加することで,これまでの学会活動では得られなかった新たな人脈や視点などを得ることが可能となります.

 (3) 社会信用性やステータスの向上

 学会活動の成果等は,今まで以上に発信を強化したいと考えています.例えば,政府の政策に対し経済団体等とも連携しながら学術的な観点で提言したり,国民に分かりやすい情報発信をすることなどで,困ったときに頼れる専門家集団として活動し,本会に対する信頼性を高めることができれば,結果として皆様のステータス向上にもつながるものと確信しています.

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3.2.2 将来を担う学生の皆様へ

 将来を担う学生の皆様には,結果を恐れず自由に生き生きと活動して頂きたいと思います.今後の方向性として示した「電子情報通信技術そのものを究める」,「他の産業とのハブ機能となりお互いの可能性を広げ続ける」どちらに軸足を置いて活動するか自由に選んで頂きたいと思いますし,既存の研究会とは違った学生視点によるサークル的な“ゆるい活動”を自発的に作って頂くことも大歓迎です.

 近年,情報通信技術の分野を希望する学生が少なくなってきたとの話をよく聞きます.そこで,まずはこの道に興味を持ってもらうことからはじめ,この道を進むことでどのようなキャリアプランが描けるのか,そのきっかけを提供することが必要だと考えています.ソサイエティや支部の活動において,スマートフォンに代表される情報通信機器・サービスの一大ユーザ層に“つかう”だけにとどまらず,“つくる”ことへの興味を持ってもらうきっかけを提供できないかと考えています.

 次に考えてみたいのは,本年の総合大会で初めて実施したキャリア相談会の充実化です.本年は,修士・博士課程修了者の採用に深い理解のある民間企業10社が多くの学生さんと面談を行い,双方にとって有意義な意見交換ができたと伺っています.この場を充実させれば,産業界で活躍する道を希望する方自身のキャリアイメージ形成に大きく貢献できるのではないかと思います.関連する業界団体等と連携して参加企業を増やし,本会で育った学生が産業界の第一線で活躍する姿を伝えれば,求められる人物像のイメージや具体的になすべきことが理解できるのではないでしょうか.

 さて,皆様には産業界への貢献という面でベンチャーを起業するというプランも考えてほしいと思います.アメリカでは多くの大学発ベンチャーが成功を収め,イノベーションを創出してきました.一方,図7のとおり,我が国の大学発ベンチャーの設立数は現在頭打ち状態にありますがIT企業の数は平成27年度で全体の約40%強を占め,比較的育ちやすい土壌がある領域と言えます(7).現在,関係各省がベンチャーを支援する様々な政策を推進していますが,そういった政策とアイデアソンのようなイベントがタイアップして新たなイノベーションを創出したという事例ができると大変喜ばしい限りです.

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3.2.3 学術を担うアカデミアの皆様へ

 アカデミアの皆様には「電子情報通信技術そのものを究める」ことを先導して頂きたいと考えています.学生への教育も含め,我が国の電子情報通信技術の基礎を築き高めて頂くということは,将来に向けた競争力の源泉を確保し続けるという観点だけでなく,この源泉が確保できなければ我が国の電子情報通信技術そのものが弱体化してしまい,海外技術を利活用するだけになってしまうという大きな懸念を払拭するためにも重要であることに疑いはありません.

 一方で,産業界とともに大変革時代を乗り切るためには,誰も見たこともない将来像を描き,電子情報通信技術が秘める可能性を明らかにすることも必要で,是非そういった産業界では想像もできないような姿,破壊的イノベーションの種を提案頂けないかと考えています.まずは学術的な観点からその提案を具現化し,産業界を介して社会実装につなげる活動を積み重ねることができれば,本会はイノベーション創出に最も適した学会としても大きく成長できるのではないでしょうか.

 ところで,創立100周年宣言では技術倫理の向上を一つの目標として掲げていますが,技術倫理は電子情報通信技術があらゆる産業と融合し,国民生活に深く浸透しながら我が国の発展に貢献する過程において,例えばAIにおけるシンギュラリティへの対応のように大きな課題となってきます.アカデミアの皆様には,社会に対するインパクトがリスクも含めこれまで以上に大きくなることを強く意識して頂きながら,市民に対する社会受容性の醸成も含めてこの目標に対峙頂きたいと考えています.

3.2.4 産業を担う企業会員の皆様へ

 企業会員の皆様には,「他の産業とのハブ機能となりお互いの可能性を広げ続ける」ことに軸足を置いた活動を期待します.

 企業会員数の減少は,図8に示すように企業会員がほぼ業界関係者で固定された現状において,学会活動が技術分野ごとに「たこつぼ化」してしまった結果,企業会員に対する魅力が大きく減少していること,つまり,従来の枠を超えた新たな魅力が見いだせていないことが大きな要因ではないかと考えており,産業界に身を置く立場として強い危機感を持っています.企業会員の皆様は,自身の活動が社会や産業にどう貢献するのか,既成概念にとらわれず視野を広げて下さい.きっとその先に新たな可能性が見えてくるはずです.

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 本年3月に名城大学で行われた総合大会は,「電子情報通信で広がる次世代モビリティの世界」をスローガンにテーマ企画も数多く催されました.今後も開催地に根付く産業や着目すべき社会課題等をテーマとして掲げ,その最前線で活躍される方々をパートナーとして招き,そこに所在するニーズを正しく捉えて共に議論し,パートナーからのフィードバックも受けながら課題解決につなげる取組みを強化したいと思います.我々が黒子になって地道かつ誠実な活動を進めて答えを導けば,他分野の方々も仲間として学会に参画し,大きな戦力として活躍してくれるのではないでしょうか.ソサイエティや研究会の枠にこだわらず学会の総力を挙げて結果を出し続ければ信頼や地位もより一層向上し,どの産業からも頼られる要として成長できるものと確信しています.

4.お わ り に

 創立100周年宣言の下,本会が進むべき道と具体的になすべきこと,会員の皆様に申し上げたいことをお示しさせて頂きました.ここで申し上げたことは,学会の運営側となる私自身がしっかりと肝に銘じ,特に他の産業との連携は,より大きな決意を持って取り組んでまいります.学術探究と他分野融合を両立させ学会活動を活性化するには学会そのものがどのような組織体であるべきか,支部も交えて議論し,できるところから取り組んで大きな流れを作りたいと思います.もちろん,こういった議論やその実行は皆さんの意見も随時伺いながら進めてまいりますし,特に,将来を担う学生や若手社会人の皆さんには積極的に参加頂き,柔軟な発想で新たな風を吹き込んでもらいたいと思っています.

 学会への参画は,個人として,企業として,様々な形があると思いますが,ここに集う皆様の積極的な活動があって初めて成立するものです.困ったときに会員の誰もが気軽に相談ができる駆け込み寺のような役割を持った魅力と活力にあふれる開かれた学会運営を目指します.

 これからの100年の成長に向けた第一歩を,皆様とともに力強く踏み出したいと思いますので,より一層の御協力を心よりお願い申し上げます.

文     献

(1) 総務省,ICTの経済分析に関する調査,平成28年,
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/link/link03_03.html

(2) 財務省,貿易統計(最近の輸出入動向),平成28年,
http://www.customs.go.jp/toukei/suii/html/time_latest.htm

(3) 総務省,情報通信白書,平成28年度版ICT成長シナリオに基づく経済成長,平成28年,
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc113220.html

(4) 内閣府,第5期科学技術基本計画,平成28年,
http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html

(5) 内閣府,重要課題専門調査会・システム基盤検討会,第6回資料2,平成28年,
http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/juyoukadai/system/6kai/siryo2-1.pdf

(6) 電子情報通信学会,電子情報通信学会創立100周年宣言,Jan. 2018,
https://www.ieice.org/jpn/100th/declaration.html

(7) 経済産業省,平成27年度産業技術調査事業(大学発ベンチャーの成長要因施策に関する実態調査),平成28年,
http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160408001/20160408001c.pdf


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