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abstract
無線資源である周波数の有効利用には,①既に割り当てられている周波数をより効率的に利用する技術と,②未使用周波数の開拓が重要である.一般に①は多重化や周波数の再利用などを指しており,第4世代までの無線ネットワークにおける主要な研究テーマであった.②はミリ波帯などの周波数の開拓を指しており,第5世代無線ネットワーク(5G)において実現される予定である.しかしながら②はその伝搬損の問題からカバレージを確保するために空間的に分散した①を用いざるを得ない.つまりミリ波を用いる5Gは,①と②の両方を用いて究極の無線資源の有効利用を目指しているのである.
キーワード:無線資源,周波数,多重化,ミリ波,周波数のヘテロジニアスな使い分け,5G・6Gへの展開
無線資源である周波数の有効利用には,①既に割り当てられている周波数をより効率的に利用する方法と,②未使用周波数を開拓する方法,の二つがある.①の代表的な技術としてはマルチユーザMIMO(MU-MIMO)などの多重化やセル間での周波数再利用などが挙げられ,第4世代までの無線ネットワークにおける主要な研究テーマであった.周波数資源を土地に例えると①は都心の限られた土地に建てる3階建て家屋や超高層マンションなどに相当するであろうか.一方,②はミリ波などの未使用周波数の開拓を指しており,無線アクセスという意味ではようやく第5世代無線ネットワーク(5G)においてその実用化のめどが立った.一般に電波の伝搬損は周波数の二乗に比例して増加するため,周波数が高いほど通信距離が短くなり,システムの設計が難しくなる.周波数資源を土地に例えると,②は埋立地や砂漠における宅地造成に相当するかと思われる.いずれにしても周波数や土地は限られた資源であるため,人類全体が通信速度や住環境に満足できるように有効利用されなければならない.
本稿では,まず②に着目して議論を進めるが,結局のところ②は①と合わせて利用するため,実は究極の無線資源の有効利用を目指しているというのが本稿のメッセージである.筆者が②のミリ波通信の研究に着手したのは2012年頃であり,スマートフォンの急速な普及により爆発するモバイルトラヒックを収容する無線ネットワークが必要であるという社会問題を解決するためであった.課題解決の着眼点は簡単で,ミリ波の広帯域性を活用してミリ波小セル基地局を大量に導入するというものであった.ミリ波帯における高い伝搬損と回折損の増加により必然的にセル間干渉は小さくなる.よって全ての小セル基地局で同一のミリ波帯を再利用する①の多重化により更に特性を改善できるのである.つまりミリ波アクセスとは,②と①の相乗効果により究極の周波数有効利用を目指しているというわけである.残された課題はセルの極小化に伴う端末のモビリティ管理である.しかしこれは周波数のヘテロジニアスな使い分けによって解決されることになる.つまりより広域なカバレージを実現できるマイクロ波帯でモビリティ管理などの制御プレーンをつかさどり,狭域ではあるが超高速なミリ波でデータ通信を行うのである.この技術により,埋立地や砂漠における宅地造成が可能となり,ミリ波が遂に無線アクセスとして使われる時代が来るわけである.
本稿では,まず2.でミリ波周波数帯開拓の歴史を説明し,3.でMU-MIMOとミリ波小セルの比較を行いつつ,周波数有効利用の理論的背景を説明する.次に4.でミリ波を使いこなすキーテクノロジーである周波数のヘテロジニアスな使い分けについて説明し,5.でミリ波を用いた最新のアプリケーションを紹介する.最後に6.で本稿をまとめる.
ミリ波を無線アクセスに用いる研究が始まったのは2011年頃である.その理由は簡単でミリ波帯の未使用周波数を活用したいというものであった.図1は300MHz~300GHzにおける日本の周波数割当の現状を示している.300MHz~3GHzは非常に混み合っているのに対して,30GHz以上のミリ波周波数には多くの未使用帯域(白塗り)があることが一目瞭然である.
その後28,38,60,73GHz帯などにおいて伝搬特性の測定実験や,その実測値を用いたシステム設計が数多く行われ,2015年に初めて6GHz以上の周波数をIMT(International Mobile Telecommunications)に活用する新レポートがITU-R(International Telecommunication Union-Radiocommunication Sector)から発行されることになる(1).またその直後に開催されたWRC-15(World Radiocommunication Conference)において5Gで新たに使用する24.25GHz以上のミリ波帯の候補が選定された(2).WRC-15の決定内容と,その後米国のFCC(Federal Communications Commission),欧州のCEPT(European Conference of Postal and Telecommunications Administrations),及び日本の5GMF(5G Mobile Communication Promotion Forum)が発表した5Gへ向けたミリ波周波数帯の候補を共に表1に示す.1GHz以上の帯域幅を有する多くの周波数帯が5Gの候補となっていることが分かる.この中からIMTとして使用される周波数帯が決定されるのは2019年であるが,それを待たずして米国,韓国,日本は28GHz帯を用いて5Gの導入を開始する予定である.2018年6月には3GPP Rel. 15においてNew Radio(NR)Phase 1の標準化が完了し,2018年には28GHz帯の3GPP NRを搭載したスマートフォン用チップセットの販売が開始されると予想されている.一方,60GHz帯はアンライセンスバンドであるためこの表には含められていないが,IEEE802.11ad/WiGigの標準化は2012年に完了しており,2017年内には60GHz帯のWiGigを搭載したスマートフォンの販売が開始されると予想されている.というわけで当面は28GHzと60GHzが5Gの主役となりそうであるが,その他の周波数を含めたミリ波の詳細に関しては文献(3)を参照されたい.
ここではMU-MIMOを用いた集中形の多重通信とミリ波小セルを用いた分散形の多重通信の性能比較を行ってみる.図2はMassive MIMO基地局を用いたMU-MIMO通信のイメージを示している.マイクロ波帯の周波数(GHz)を用いたMassive MIMO基地局はビルの屋上などの高所に設置され,比較的広いカバレージ(m2)に存在する(台)の端末を(個)のビームで収容する.ビーム当りでは平均(台)の端末が存在している.全てのビームは周波数の帯域幅(GHz)を同時に使用するため周波数利用効率を(倍)に改善している.Massive MIMO基地局には(本)のアンテナが搭載されており,ディジタルプリコーディング(用語)だけでなくアナログビームフォーミングによる適応的な指向性制御を可能としている.各ビームのフットプリントは図2に示すようなバーチャルな小セルと考えることができ,その位置はユーザの分布に応じて追跡制御される.Massive MIMO基地局から距離が(m)のセル端におけるSN比(SNR)をと定義する.セル端のSN比はアナログビームフォーミングによるビーム利得により最大まで改善される.ただしビーム当りの送信電力は後に説明する小セル基地局の送信電力と等しいものとする.以上から,MU-MIMOのセル端におけるユーザレートは以下になる.
次に図3に示す小セル基地局を用いた分散形の多重通信を考えよう.ここではミリ波帯の周波数(GHz)を用いた(台)の小セル基地局が,カバレージ(m2)内に散在するホットスポット周辺に設置され,(台)の端末を収容する.小セル当りでは(m2)のカバレージに平均(台)の端末が存在することになる.帯域幅は図1に示すように周波数に対してほぼ線形に比例し(GHz)となるが,雑音電力も帯域幅に比例し倍になる.一方,伝搬損は周波数の二乗に比例するため倍となるが,小セル基地局のアンテナ利得は実装面積を一定とすると同じく倍となるため相殺される.全ての小セルは周波数の帯域幅(GHz)を同時に使用するため周波数利用効率をMU-MIMOと同様に(倍)に改善している.小セル基地局からの距離が(m)となるセル端では,ミリ波の伝搬損が距離の二乗に比例することと,雑音電力が倍となることを考慮すると,SN比はとなる.以上をまとめると,小セルのセル端におけるユーザレートは以下になる.
更にMU-MIMOとの比較を簡単にするために以下の変形をする.
ここでSN比は0(dB)よりも十分大きいことを仮定し,をミリ波小セル環境における実効SN比と呼ぶことにする.
表2にマイクロ波帯MU-MIMOを用いた集中形多重通信とミリ波帯小セル基地局を用いた分散形多重通信のパラメータ対応表を示す.簡単な例を用いて議論しよう.例えば妥当な値として,,,としてみる.このときMU-MIMOのSN比はとなるのに対して,ミリ波小セルの実効SN比はとなり,帯域拡大の効果が伝搬損や雑音電力の問題を圧倒することが分かる.
これまで,ミリ波小セルは分散形多重化の究極の形態であり,多重化と帯域拡張のダブルの効果で周波数利用効率(本稿では実効SN比)を大きく改善することを述べてきた.しかしながら実際にミリ波小セルを運用するには解決すべき課題が少なくとも二つある.一つ目の課題は端末のモビリティ管理である.ミリ波小セルは,セルサイズ(ビーム形成後のフットプリント)が極小であるため,どの小セル基地局のどのビームに端末を接続するか木目細かく制御する必要がある.二つ目の課題は異なる小セル基地局間での連携したビーム制御である.端末が密集するホットスポットでは隣接する小セル基地局間の干渉を考慮してビーム(端末)を選択する必要がある.これらの課題を解決するために導入されたのが制御プレーンとデータプレーンを分離するヘテロジニアスネットワークの考え方である.
図4は,文献(4)で提案されたヘテロジニアスなセルラネットワークの例である.ここではマクロ基地局がマイクロ波を用いて広域な制御プレーンを担当し,小セル基地局がミリ波を用いてデータプレーンを超高速に伝送している.マクロ基地局が一元的に端末のモビリティを管理することで,制御プレーンのハンドオーバに関わるオーバヘッドを大幅に削減し,また一元的に管理された端末の位置情報を用いて接続する基地局とビームを木目細かに制御できる.このヘテロジニアスなアーキテクチャは既に3GPP Rel. 12/13で標準化されており,またミリ波に関しても3GPP Rel. 15以降で同様に標準化される予定である.また誌面の都合により詳細は割愛するが,無線LANにおいても同様に60GHz帯のミリ波と2.4/5.2GHz帯のマイクロ波を使い分けたヘテロジニアスなアーキテクチャの有効性が実証されている(5).
これまで述べてきたように,ミリ波は伝送レート及び周波数利用効率を飛躍的に改善するという意味で5G及びそれ以降において大きな役割を果たすことは間違いない.しかしながら5G・6Gにおけるミリ波は,これまでの公衆無線ネットワークの伝送レートをただ改善するだけでなく,新たなビジネスモデルを生み出すことが予想されている.ここでは,本稿の最後に筆者が現在関連しているプロジェクトを引用してその動向を紹介する.
図5,図6は5G-MiEdgeプロジェクト(6)で検討が進められているミリ波アクセスのアプリケーション,及びそれを実現するシステムアーキテクチャを描いている.図5はミリ波とエッジクラウドを組み合わせたロケーション(イベント)特化型アクセスネットワーク(RAN)を示している.ミリ波とエッジクラウドを組み合わせた小形のRAN(MiEdge)を例えばスタジアムや駅に設置し,ユーザがアプリケーションを介してそれらの小形RANを事前にオーケストレートすることにより,スタジアムにおける拡張現実アプリケーション(VR/AR)や,駅における大容量エンタメコンテンツの瞬時的なダウンロードなどを実現するものである.
一方,図6は自動車の自動運転を実現するためのミリ波車/路車間(V2V/V2X)通信システムを示している.自動車の自動運転には,カメラやLiDAR(Light Detection And Ranging)などの大容量センサにより取得したダイナミックHD(High Definition)地図が用いられる.しかし市街地などの複雑な環境では,建物や他の自動車の遮蔽により自律形のセンサでは情報が不足し,安全な走行は実現不可能である.そこで自律形のセンサに加えて路側帯や他の自動車に設置された複数のセンサ出力をミリ波V2V/V2Xを介して瞬時に収集することにより,遮蔽のないダイナミックHD地図を合成し,安全な自動運転を実現するアプリケーションである.
本稿では,5G以降の無線ネットワークにおいて利用が検討されているミリ波帯を活用した無線アクセスの動向,理論背景,システムアーキテクチャ,及びアプリケーションの一例を紹介した.ミリ波小セルは,分散形の多重通信という意味で,実は究極の無線資源の有効利用であることを納得して頂けただろうか?
(1) ITU-R, “Technical feasibility of IMT in bands above 6GHz,” Report M. 2376-0, July 2015.
(2) ITU-R, “Provisional final acts,” World Radiocommunication Conference (WRC-15), p.426, Nov. 2015.
(3) K. Sakaguchi, T. Haustein, S. Barbarossa, E.C. Strinati, A. Clemente, G. Destino, A. Pärssinen, I. Kim, H. Chung, J. Kim, W. Keusgen, R.J. Weiler, K. Takinami, E. Ceci, A. Sadri, L. Xian, A. Maltsev, G.K. Tran, H. Ogawa, K. Mahler, and R.W. Heath Jr., “Where, when, and how mmwave is used in 5G and beyond,” submitted to IEICE Trans. Electronics.
(4) K. Sakaguchi, G.K. Tran, H. Shimodaira, S. Nanba, T. Sakurai, K. Takinami, I. Siaud, E.C. Strinati, A. Capone, I. Karls, R. Arefi, and T. Haustein, “Millimeter-wave evolution for 5G cellular networks,” IEICE Trans. Commun., vol.E98-B, no.3, pp.388-402, March 2015.
(5) K. Sakaguchi, E.M. MOhamed, H. Kusano, M. Mizukami, S. Miyamoto, R.E. Rezagah, K. Takinami, K. Takahashi, N. Shirakata, H. Peng, T. Yamamoto, and S. Nanba, “Millimeter-wave wireless LAN and its extension toward 5G heterogeneous networks,” IEICE Trans. Commun., vol.E98-B, no.10, pp.1932-1948, Oct. 2015.
(6) 5G-MiEdge D1.1, “Use cases and scenario definition,” March 2017, Available online: https://www.5g-miedge.eu/
(平成29年4月8日受付 平成29年5月9日最終受付)
■ 用 語 解 説
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