記念特集 1-4 ワイヤレスインターネット社会を支える高周波集積回路技術

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Vol.100 No.9 (2017/9) 目次へ

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タイトル

末松憲治 正員:シニア会員 東北大学電気通信研究所ブロードバンド工学研究部門

Noriharu SUEMATSU, Senior Member (Research Institute of Electrical Communication, Tohoku University, Sendai-shi, 980-8577 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.100 No.9 pp.902-906 2017年9月

©電子情報通信学会2017

abstract

 今や一人1台を超えるまで普及した携帯電話そしてスマートフォン,あるいはWireless Local Area Network(WLAN)などの無線通信が現在のワイヤレスインターネット社会を支えており,今後もそのデータ通信量は年率約50%の勢いで増加することが予想されている.ここでは,このワイヤレスインターネット社会を支えている無線通信機の高周波集積回路技術に注目し,これまでのデバイス,回路技術と,その設計に必要となるシミュレーション技術の進展について解説する.更に,第5世代移動体通信をはじめとする今後の無線通信機器に向けて必要となる要素技術やその展開についても述べる.

キーワード:マイクロ波,ミリ波,携帯電話,移動体通信,無線LAN,MMIC,RFIC

1.は じ め に

 1990年代以降急速に普及した携帯電話やスマートフォンなどの無線を用いた移動体通信やWLANにより,これまでワイヤでつなぐために固定されていた電話やパーソナルコンピュータ(PC)などの情報端末を,ユーザが自由に持ち運ぶことができるようになった結果,現在のワイヤレスインターネット社会が実現されている.移動体通信で扱うデータ量は,今後も年率50%以上の勢いで増加することが予想されており(1),より高い周波数帯の開拓を含め,今後ますます,この技術の発展が期待されている.

 マイクロ波を使った無線通信は,戦後,電話局間の大容量な基幹系回線や衛星通信を実現するために,研究開発が進められ,実用化されてきた.更に,1950年代には電話局間の更なる大容量化を目指して,円形TE01モード導波管を用いたミリ波通信の研究開発も進められていた(2).この時期に,進行波管,ガン(GUNN)ダイオード,インパット(IMPATT)ダイオードに代わり,GaAs MESFETを用いた送信増幅器のSolid-State Power Amplifier(SSPA)化(3),更にはHEMTの発明(4)とそれを用いたLow Noise Amplifier(LNA)の実現や,マルチキャリヤ共通増幅(アナログひずみ補償)技術(5),(6)などが開発された.基幹回線としての地上マイクロ波中継回線では,四相PSKをはじめとするディジタル変調も採用されるに至った(7)

 しかし,1970年に米国コーニング社が7dB/kmという低損失な光ファイバを実現したと発表する(8)と,光ファイバ通信への流れが加速し,基幹系回線としてのマイクロ波,ミリ波通信の研究開発の機運が一気にしぼんでいった.しかし,1979年に,自動車電話のサービスがUHF帯で開始され(9),移動体通信という新しい用途が加わった.更に自動車電話を発展される形で第1世代と呼ばれる狭帯域FM変調を用いたアナログ携帯電話サービス(10)が始まった.1989年に,米国モトローラ社がマイクロタック(Micro TAC)という超小形端末を発表すると,携帯電話は本格的に普及し始めた.マイクロタックに対抗して,国内でこれを凌駕する携帯電話端末の開発が開始され,1991年にNTTから(アナログ)MOVA(9)として発売されることになり,本格的な携帯電話の普及フェーズに入った.この際に,端末用高効率送信増幅器を実現するためのF級増幅器,GaAs Monolithic Microwave IC(MMIC)化(10)の開発がなされた.

 次いで,アナログ方式からディジタル方式に移行し,1993年にNTTから1/4mathシフトQPSK変調方式を用いたPersonal Digital Cellular(PDC)方式のディジタルMOVAが発売された(9).これが第2世代と呼ばれている.これから僅かに遅れて1995年に,同じ1/4mathシフトQPSK変調方式を用いた,Personal Handy-phone System(PHS)システムが実用化された.この時期に,端末に関しては,送信増幅器は,AB級を用いた増幅器の線形化,NiHバッテリー3セルやLiイオンバッテリーに対応できるように電源電圧の3V化,小形化が課題となった.受信系に関しても,まずは,GaAs MMIC(11)やマルチチップモジュール(12)による小形化が進み,送信電力の比較的低いPHS端末用に,送信増幅器を含む高周波部を1チップに集積したGaAs MMIC(13)も開発された.更に低コスト化のためにSi MMIC,Si Radio Frequency IC(RFIC)への置き換え(14)が始まった.高周波フィルタについても,誘電体フィルタ(15)からSurface Acoustic Wave(SAW)フィルタによる小形化が進んだ(16).基地局に関しては,マルチキャリヤ共通増幅器,特にアナログフィードフォワード方式のひずみ補償回路が開発され,実用化された(17).第2世代の携帯電話に関しては,国内ではPDC方式が主流であったが,国外では,Gaussian-Filtered Minimum Shift Keying(GSMK)変調を用いたGlobal System for Mobile communications(GSM)方式が主流となり,その後,PDC方式の携帯電話を称して,ガラパゴス化と呼ばれるようになった.

 第3世代では,IMT-2000として国際標準となったW-CDMA方式が採用され,世界共通仕様でのデバイス,回路,端末,基地局の研究開発競争となり,それ以降,次第に国内での研究開発の勢いが失われていくことになる.その中でも,基地局においては,ドハティ増幅器による高効率化,ディジタルプリディストータによる低ひずみ化,GaN FETを用いることによる高出力化が実用化され,端末においてはSi RFICによるチップ統合化,マルチモード/マルチバンド化が進んできた.

 一方,WLANに関しては,IEEEを舞台に,1998年にはIEEE 802.11として2.4GHz帯で2Mbit/s,1999年には802.11bとして2.4GHz帯で11Mbit/s,802.11aとして5GHz帯で54Mbit/sと,セルラ系に比べて非常に高速なデータ通信が可能なシステムとして標準化され(17),PCなどの情報端末に広く使われるようになってきた.その後,802.11nや802.11acでは,MIMO化などによるデータ通信の高速化が更に進み,Gbit/sの通信速度が得られるようになっている(18).更に,60GHz帯のミリ波も,802.11adとして,その範囲に含めるようになってきた(18).WLANについては,携帯電話に比べて送信出力電力が比較的低いことや高周波性能より価格などが優先されたため,CMOS化(19),PCのCPUなどとの1チップ化(20)が進んでいる.

 これまでは,セルラ系とWLAN系と別々に研究開発,実用化が進められ,運用されてきたが,第5世代以降の将来,両者を融合したシステムへと進化し(21),更にはITSやIoT通信の用途を含めたものへと進化することで,このワイヤレスインターネット社会を更に発展させていくものと考えられる.

 以下では,第1世代の携帯電話以降の移動体通信以降のワイヤレス通信端末の送受信回路に関して,集積化技術と,その回路設計に必要となるシミュレーション技術を取り上げ,概説する.なお,端末用高出力増幅器に関しては,文献(22)に,詳細に述べられているので,参照されたい.

2.送受信回路の集積化技術

 GaAs MESFETの発明(23),そしてGaAs MESFETを用いた初めてのモノリシックマイクロ波集積回路(MMIC)(24)が1975年に開発されて以降,増幅器,ミクサ回路,発振回路など様々なマイクロ波帯の能動回路,制御回路の小形化,高性能化のため,MMICが用いられてきた.第1世代の携帯電話の開発開始の時点でMMICの適用の素地はある程度,出来上がっていたと考えられる.一方,シリコントランジスタを用いたモノリシック高周波ICは,GaAs MMICよりも早い時期に発表例(25)がある.しかし,シリコン基板がドープされているため体積抵抗が低く,基板上の伝送線路や受動回路の損失が高いため,半絶縁性の基板を用い,かつトランジスタの高周波特性も良好なGaAsが,移動体通信の立ち上がり期には,MMICの主流であった.トランジスタチップあるいは,バイアス回路とともに半導体基板上に集積したICチップをパッケージングしたディスクリート部品を,ガラスエポキシやアルミナなどの誘電体基板上に実装したマイクロ波集積回路(MIC: Microwave Integrated Circuit)も広く使われていた.

 第1世代の超小形携帯電話が出現する1990年前後からの携帯電話,WLANなどの無線通信端末の送受信回路のデバイス動向を図1に示す.参考までに,図2に送信増幅器のデバイス動向を示す.送受信回路,送信増幅器共に,1990年代前半まではGaAs MESFETが主流であったが,その後,高出力,高効率を目指す送信増幅器は化合物,集積化を目指す送受信機はSi系半導体に移っている.まずは,当時,MOSFETよりも高周波特性が優れていたSi BJTやSiGe HBTを高周波用トランジスタとして使えるBiCMOSプロセスが採用され,現在では,CPUとの1チップ化も可能なCMOSプロセスが主流となっている.

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 第1世代の当初は,UHF帯の受動回路の寸法が大きく,ICチップへのモノリシック化がコスト的に困難であったため,GaAs MMICではなく,ディスクリートのGaAs半導体部品を実装したMICが広く使われていた.

 しかし,1990年代前半,第1世代の超小形端末を実現するために,半導体基板へのモノリシック化をはじめ,様々な工夫がなされた.具体的には,歩留まりの高い受動回路と比較的歩留まりの低い能動回路を別々の半導体基板に形成して,製造コストを低減したGaAs MMICチップセットを1パッケージ化したもの(12),これにSAWフィルタなどの異種チップを加えて1パッケージに集積したマルチチップモジュール(13),送信増幅器の出力整合回路を低損失な誘電体基板に形成し,これを除く部分をGaAs MMIC化し,両者を1パッケージに集積したマルチチップモジュール(26)などが挙げられる.また,ディスクリート半導体を用いたMICの受動回路を構成する際にも用いられるチップインダクタ,チップコンデンサなどの表面実装用チップ部品の小形化(1608サイズから0603サイズに小形化)と高周波数化及び自動実装技術も大きく進展し,これらチップ部品を用いた回路の小形化も盛んに行われた(9)

 第2世代においては,GaAs MMICを用いた集積化が進むとともに,コスト低減,IF/アナログベースバンド回路,Phase-Locked Loop(PLL)回路,ディジタル回路などのCMOS回路との1チップ化を目指し,高周波の整合回路を含めたSiモノリシック化の流れが出現した(14).前述のように,低抵抗なSi基板を使っているため,整合回路などを受動回路の損失が大きく,これを低減するために,Coplanar Waveguide(CPW)線路(14),Grounded CPW(GCPW)線路,高抵抗Si基板(27)やSOI基板(28)の採用など,様々な試みが,いまだになされている.

 1990年代は,Si BJTの方が,CMOSプロセスのMOSFETに比べて高周波性能が優れていたため,BiCMOSプロセスが多く用いられた(29).この場合,BJTは高周波増幅器などに,MOSFETは高周波スイッチや論理回路に使われていた(14).CMOSプロセスの微細化に伴い,MOSFETの高周波性能が向上し,2000年代に入ると,BJTを凌駕するようになってきた.この結果,CMOSプロセスを用いたRFIC化が大きく進展することになる.高周波性能よりも集積化,低コスト化が求められるWLANではCMOS化が急速に進むことになる一方,フリッカ雑音やLNAのNFなどが問題となる受信感度,消費電流などの特性が強く求められる携帯電話においては,1990年代半ばに実用化されたSiGe HBT(30)を用いたSiGe BiCMOSプロセスが使われるようになった(31).また,送信増幅器の出力電力が数十mWと比較的低く,送受信回路との一体化が可能なElectronic Toll Collection system(ETC)車載器のRFICに関しては,CMOSのMOSFETに比べて高出力な特性が得られるSiGe BiCMOSプロセスが使われた(32).しかし,微細化に伴うフリッカ雑音の増加に対するパッシブミクサの採用など,様々な回路的,プロセス的な工夫がなされた結果,現在では,CMOS RFICが主流となっている.

 RFIC化に伴い,これまでのディスクリート部品での回路構成では実現しにくかったダイレクトコンバージョン方式(33)や低IF受信方式の受信機構成が提案され,前者は第2世代のGSMや第3世代のW-CDMA(31)で,後者はBluetooth(34)などで実用化されていった.近年は,微細化によるチップエリアの縮小が望みにくいRF/アナログ回路を極力ディジタル回路で置き換えるディジタルRFと呼ばれるディジタルリッチな回路構成や,キャリブレーションなどの機能を備えたディジタルアシステッドRF回路が注目されている.

3.回路シミュレーション技術

 マイクロ波回路の設計においては,伝送線路を取り扱う必要があるため,通常の電子回路の設計で使うSPICEをそのまま使うことができない.マイクロ波Computer Aided Design(CAD)用線形回路のシミュレータとして初めて市販されたのが,1981年のsuper COMPACTであり,以降EEsof社のtouchstone,Hewlett-Packard(HP)社のMLSが発売されることになる.現在でも,Sパラメータの電子データのフォーマットとして,touchstoneフォーマット(データファイルの拡張子に「.s2p」などと書かれているもの)が使われている.しかし,送信増幅器,発振器,ミクサ,逓倍器などの非線形回路については,設計ができず,これを解決したのが,ハーモニックバランス法(35)であった.これは,回路を非線形回路部と,伝送線路を含む線形回路部に分割し,トランジスタやダイオードなどの非線形回路部については,SPICEと同様に時間領域で計算し,伝送線路を含む線形回路部については,Sパラメータなどを用いて周波数領域で計算し,両者の接点における電圧,電流をバランスするように収束させることで,伝送線路を含む非線形回路全体の解を求めるものである.

 ハーモニックバランス法を用いた非線形回路シミュレータとして,EEsof社のLIBRAやHP社MNS(後に,MLSと合わせてMDSとなり,現在はADSとなっている)が開発され,移動体通信用MMICの開発に大いに役立った.更なる高集積化は高周波回路のSi化により行われRFICとして実現されているが,従来のSPICEをベースに,上記ハーモニックバランス法をはじめとする新しいシミュレーション技法によって,その回路設計環境が実現されている(36)

 非線形回路のトランジスタモデルに関しては,SPICEのSi BJTモデル,MOSFETモデルが広く使われてきたが,GaAs MESFETの場合にはその静特性を多くのSPICEモデルのように物理モデルで示すことができないため,Curtice cubicモデル(37)などの数式モデルや,Rootモデル(38)などの測定データを基にしたモデルが使われている.更には,Xパラメータ(39)を用いた回路設計も行われるようになってきた.トランジスタの物理形状を基にしたデバイスモデリング(40)も行われ,回路シミュレーションとの統合も研究されている.

4.お わ り に

 以上のように,携帯電話,スマートフォンあるいはWLAN,ITSなどの移動体通信は,半導体をはじめとするデバイス技術,回路の集積化技術,実装技術,これらを設計するためのシミュレーション技術とともに発展し,その無線端末の小形化,軽量化,低コスト化を実現してきた.現在の第4世代では,第3世代の高周波部を余り変えずに,キャリヤアグリゲーションなどの新技術を導入したため,マルチバンド化が進む程度の変化しか起きなかったが,第5世代では,高SHF帯やEHF帯(ミリ波帯)などのより高い周波数帯への対応や,Massive MIMOのようなビームフォーミングやMIMO機能の実現のために多数の送受信回路の集積化が必要になるなど,送受信機の高周波部も大きく進化する必要がある.単なるプロセス微細化による小形化,高周波化だけではなく,ダイレクトディジタルRFをはじめとする新しい回路や送受信機アーキテクチャの採用など,高周波集積回路技術のパラダイムシフトが期待されるところである.

文     献

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(平成29年4月24日受付 平成29年5月17日最終受付)

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(すえ)(まつ) (のり)(はる) (正員:シニア会員)

 昭60早大・理工・電通卒.昭62同大学院修士課程了.平22東北大教授,現在に至る.衛星通信,移動体通信,ITSなどの各種マイクロ波/ミリ波回路,送受信機の研究開発に従事.工博.平2年度本会篠原記念学術奨励賞,平23年度本会エレクトロニクスソサイエティ賞各受賞.


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