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現在の光通信を支える光エレクトロニクスとして,レーザ,受光素子,変調器,ファイバ,増幅器などの光デバイスについて初期から最近までの進展を振り返る.また,波長多重,多値変調などの多重化によるネットワークの超大容量化の動きや高度化するネットワークについて概観し,対応する集積化などのデバイス技術について今後の展望を議論する.
キーワード:光通信,光半導体デバイス,光ファイバ,光集積,シリコンフォトニクス
今日,情報通信技術の発展で,情報化社会が実現され,更にビッグデータの活用やIoTなどが大きな関心を受けている.この情報化社会は,大容量の光通信が実現されることで進展してきた.今日,インターネットには平均して3Tbit/s程度の情報が飛び交い,更に年率40%の増加率を示している.この光通信は,1960年代のレーザの発明と低損失のファイバの提案を契機とし,1970年のGaAsレーザのCW発振(1),同時期の低損失ファイバの開発(2),(3)などの研究をベースに本格的にスタートした.その後の半導体レーザ,光変調器,受光素子,ファイバ,光増幅器などの光コンポーネント技術,これらをシステム化する電子回路,変調方式,各種多重化技術などの不断の研究開発が行われ,システムの上位レイヤの技術開発もあいまって,今日の情報化社会を支える光通信ネットワークが構築された.
光通信を支える光エレクトロニクスは極めて幅広い技術の集積であり筆者がカバーできる範囲は狭い.ここでは,筆者が関わってきた光デバイス技術を中心に狭い視野になるが進展を振り返り,今後の課題を展望する.まず,1970年代の初期から1990年代までの光通信の高速化と長距離化に向けたデバイスの開発を振り返る.次に,その後の各種多重化による超大容量化と最近の高度のネットワークへの進展を概観し,光デバイス技術の研究開発の課題と今後を議論する.
光ファイバを実際に敷設して通信を行う世界初の現場試験が1978年から日本電信電話公社(現NTT)により東京都内で行われた.波長0.8帯で,ビットレートは32Mbit/sと100Mbit/sであった.その後,波長は低損失の1.3帯に移り,単一モードファイバを用いたビットレート400Mbit/s,中継間隔40kmの国内幹線系(1985年完成),280Mbit/sの日米間光海底ケーブルTPC-3(1989年)などが実用化された.1987年には,1.55帯で1.6Gbit/sの幹線系,1990年後半には10Gbit/sのシステムが実用化された.この時期の光通信の中心的な課題は高速化であった.光ファイバには分散と呼ばれる波長による光の伝搬速度の違いがあり,高速の信号を伝送すると光波形がなまり伝送距離が制限される.このため,高速化にはレーザのスペクトル幅を狭くしていくことが必要であった.受光素子では高速化と高感度化が要請された.ファイバでも損失の最も少ない1.55帯で分散がゼロになる分散シフトファイバが開発され,更にファイバ増幅器の出現が長距離化に大きなインパクトを与えた.
まず光源である半導体レーザの進化を振り返ってみたい.図1に半導体レーザの進化の歴史としてファブリペローレーザ,分布帰還形レーザ(DFB; Distributed Feedback Laser),変調器集積化DFBレーザの共振器方向の断面模式図と変調時のスペクトルを示す.
初期の半導体レーザは図1(a)に示すようにファブリペロー形のレーザで,マルチスペクトル発振する.変調時に1本1本のスペクトルがランダムに変動することによるモード分配雑音が問題となり,これを低減するには横モードの安定化が必要であった.更に電流を効率良く導波路領域に閉じ込め,低消費電力化する必要があった.これを実現する各種の構造のレーザが開発された.その中で,0.8帯のGaAlAs/GaAs系レーザで開発された塚田によるBH(Buried Heterostructure)構造(4)が最も基本的な構造であった.本格的な光通信が始まった1.3帯では,レーザに適した材料系としてInGaAsP/InPが選択され(5),各社が競って独自性のあるBH構造のレーザを開発した(6)~(8).これらのレーザは400Mbit/sの幹線系,280Mbit/sの初めての太平洋を横断する光海底ケーブルTPC-3,296Mbit/sの大西洋横断光海底ケーブルTAT-8などで使用された.海底ケーブルへの適用に関しては信頼性が大きな課題で,InGaAsP/InP系レーザの高い信頼性が確立された(9).
1Gbit/s以上の高速を狙うと,マルチスペクトルのレーザでは限界があった.この観点から,東工大の末松教授(現栄誉教授)は,変調しても単一スペクトルで発振する動的単一モードレーザの必要性を1970年代から提唱し研究を進めていた(10).動的単一モードレーザとして,図1(b)に示すDFBレーザを各社が競って開発した(11)~(13).基板に回折格子を刻み,その上にクラッド層,活性層を液相エピタキシャル成長するという製作法であった.単一スペクトルで発振させるため回折格子には/4の位相シフトも設けられた.筆者らもDFBレーザの開発を行っていたが,理想的な構造を作っても安定な単一スペクトル発振の歩留まりが低く苦慮していた.雙田らは,この原因がレーザの軸方向の空間的なホールバーニングであることを明らかにし,最適な回折格子と光の結合を明らかにした(14).これにより高歩留まりでDFBレーザを製作することが可能になった.1.55帯で分散がゼロになる分散シフトファイバが敷設されたことから,これらのDFBレーザは1.55帯の1.6Gbit/s,2.4Gbit/sの幹線系で使われた.
より高速の10Gbit/sに向けてはレーザが単一スペクトルであっても,直接変調では変調に伴う屈折率の変動で,1本のスペクトル幅が広がるため,外部変調方式が検討された.図1(c)に示すような,電界吸収形の変調器とDFBレーザをモノリシックに集積化したレーザが開発された(15).10Gbit/sでの変調時のスペクトル幅は0.016nmで極めて狭い.並行して,Lithium Niobate(LN)のマッハツェンダ形変調も開発された(16).スペクトル幅の広がりはLN変調器の方が電界吸収形変調器より小さい.このため,デバイスの小形化低コスト化の要求の高い中距離の伝送では変調器集積化DFBレーザが,高品質の伝送が必要な長距離伝送ではLN変調器が使われるようになった.
受光素子では,pin-PD(Photodiode)に加えて0.8帯ではSi-APD(Avalanche Photodiode),1.3~1.5帯ではInGaAs/InP APDが開発された.APDが高速かつ低雑音で動作するためにはイオン化率比というパラメータが大きい材料が必要である.1.3~1.5帯が受信可能な半導体ではSiに比べてこの値が小さく,レーザと同じInGaAsP/InP系で最大限の特性を得る努力が行われた.高速,低雑音で,高い信頼性を得るために,層構造,表面パッシベーション,ガードリング構造等の工夫が行われた.利得・バンド幅積が100前後のAPDが実用化された(17),(18).APDはアバランシ増倍機構を利用するため,pin-PDに比べ時間応答に限界があるが,小形低コストで受信感度を稼ぐために用いられている.40Gbit/sで使えるAPDも開発された.
1980~1990年に長距離化を目指したコヒーレント通信(19),(20)の研究が行われた.信号光とローカル光でビートを取って検波することで直接検波に比べて10~20dBの受信感度の増大が得られ,伝送距離を長くすることができる.筆者らもコヒーレント通信用にスペクトル純度の高いスペクトル線幅500kHzで波長可変なレーザを開発した(21).NTTは海底ケーブル240kmで2.5Gbit/sのコヒーレント通信の現場試験を行い,安定なコヒーレント通信が行えたことを1991年に報告している(22).しかし,同時期にファイバ増幅器が出現し,伝送距離の長距離化ができるため,コヒーレント通信は実用化されることはなかった.筆者にとってファイバ増幅器は突然現れたという印象がありインパクトが大きかった.Erをファイバのコアにドープして,0.98,あるいは1.48の半導体レーザで励起して光を増幅する(23),(24).これにより,幹線系や光海底ケーブルの中継間隔が長距離化された.また,他の希土類元素を用いて帯域が広げられ,更に励起波長を変えることで広い波長帯域をカバーでき,分布的な増幅で低雑音の増幅が可能になるファイバラマン増幅が実用化された(25).
この時期,光半導体デバイス作製の結晶成長技術は初期の液相成長から量産性の高いMOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)技術へと進み,組成,膜厚,結晶品質,量産性が飛躍的に向上した.これにより量子井戸やひずみ量子井戸,超格子を導入することが可能となり,レーザや受光素子の性能が大きく向上した,InGaAlAs系の材料の導入もデバイス性能の向上に大いに役立った.
1990年代に入って米国で波長多重による大容量化の研究が進展していた.MONET(Metropolitan Optical Network Project)というプロジェクトで,高密度波長多重(DWDM: Dense Wavelength Division Multiplexing)と,回線に光信号を加えたり,取り出したりするOADM(Optical Add/Drop Multiplexer)を狙ったものである.米国では通常分散のファイバを使っていたため1.55帯で高速化ができず,WDMを使わざるを得ないという状況があった.加えて,日本に遅れた米国がWDM技術をてこに巻き返そうという大きな戦略もあったと言われている.日本でも,波長可変チューナブルレーザを複数個集積化したレーザ(26),(27)や,PLC(Planar Lightwave Circuit)というシリカ導波路(28)の開発とこれを用いたAWG(Arrayed Waveguide Grating)分波器などのコンポーネントやハイブリッド集積技術,広帯域のファイバアンプなどの強みを生かし,2000年頃までに,DWDMで300Gbit/sのシステムが実用化された(25).また,DWDMをアクセス系に導入して,柔軟なネットワークが実用化されると同時に更なる大容量化も進んだ.
2004年頃から,コヒーレント光通信が多値変調という多重化の方式として復活した(29),(30).光の振幅と位相の両方を使い信号を送る.多値の限界を極める一つのパルスに11bitの情報を乗せる多値伝送も報告された(31).このコヒーレント多値通信には,1990年代にコヒーレント通信用に開発された狭線幅レーザ,バランス形pin受光器などの技術が役立つことになった.多値変調のためには,LNで複数のマッハツェンダ形変調器を組み合わせた変調素子が開発された(32).受信側では,PLCを用いたハイブリッド集積による受信機などが開発された(33).また,インパクトが大きかったのは,東大の菊池教授が主導したDSP(Digital Signal Processing)の技術であった(30),(33).多重分離,誤り訂正,偏波も含む分散補償などがLSIでディジタル的に行えるようになり,ディジタルコヒーレント伝送として25Gbit/sをベースとした100Gbit/sのシステムが実用化された.400Gbit/s,600Gbit/sのシステムの検討も進んでいる.日本メーカが連携して,DSP用LSIを開発し世界で大きなシェアをとった.
これらの多重化により,1本のファイバで実験的にはおよそ100Tbit/sの非線形シャノン限界に近い情報を送ることも可能になり,更に,一層の大容量化を目指して多芯ファイバなど各種の空間多重の研究が盛んに行われている.
2010年代に入って,システム構成も複雑になり幾つかの流れが出てきた.一つは,ネットワーク資源をいかに柔軟にかつ効率的に使うための技術で,ハードウェアレベルでは,クロスコネクト,波長を使い任意の方位にルートの切換が可能なCDC(Colorless Directionless Contentionless)-ROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)など.上位レイヤでは,SDN(Software Defined Network),NFV(Networking Functions Virtualization)などのキーワードで現されるようにネットワークのハードウェアを資源とみなして,それをソフトウェアでいかに効率良く利用するかという方向に開発が進んでいる.二つ目は,超大容量の情報を低消費電力で扱えるようにすることで,電子ルータでパケット処理すると消費電力が大き過ぎる.光スイッチを用いてダイナミックにパスルーチングを行い桁で低消費電力化することも追求されるようになった(34).三つ目は,機器レベルの動向で,従来の光ノードは全ての機能をまとめたものであったが,トランスポンダ,スイッチ,RODAM,増幅器など機能ごとに分けて集約し,マルチベンダに対応でき,更に必要に応じてそれぞれの部分を増強できるディスアグリゲーション(Disaggregation)が進行している.ここで使われるデバイス,モジュールは必然的にコモディティ化していく.そして,四つ目は,光通信が,データセンター内のネットワーク,サーバ間,チップ間の光インタコネクションへと範囲が広がろうとしていることである.
これらの進展に対応して,当然ながら,これらデバイスやモジュールは小形,高機能,そして低価格であることが要請される.このためには集積化が必須となる.これまで,ハイブリッド集積は,DWDMやアクセス系,ディジタルコヒーレント通信で行われてきた.加えて,多くの部分をモノリシック化することができれば,一層小形・低コストになる.モノリシック集積の流れは,米国が先導した.2011年にはInfinera社がInP系のモノリシック集積化デバイスに400以上の機能を集積化し,チップ当り1Tbit/sのトランスミッタとレシーバを報告した(35).また,2004年に,米国のEPIC(Electronic and Photonic Integrated Circuits)プロジェクトが企業,大学の連携で発足,SOI(Silicon on Insulator)基板を用いて微細なシリコン導波路を形成して,光デバイス,電子回路などをモノリシックに集積するシリコンフォトニクスの開発を進めた(36).この中で,Luxtera社は,レーザ以外を電子回路も含めてモノリシックに集積した10Gbit/sのトランシーバを開発した(36).この技術は,架間やブレード間を接続するAOC(Active Optical Cable)に適用されている.その後,シリコンフォトニクスの技術はディジタルコヒーレントの100Gbit/sトランシーバの開発へと進み(37),更に高速の超小形トランシーバへと開発が進んでいる.シリコンフォトニクスはCMOSのラインで生産できるのが売りであるが,ヨーロッパにはIMEC(Interuniversity Microelectronics Centre),シンガポールのIME(Institute of Microelectronics)などがファウンドリーとして機能し,米国でもファウンドリーが整備され,最近ではAIM Photonics(The American Institute for Manufacturing Integrated Photonics)がエコシステムの構築を目指して発足している.
日本では現在,企業は海外のファウンドリーを使ってシリコンフォトニクスデバイスの開発を行っている.加えて,国のプロジェクトでシリコンフォトニクスと化合物デバイスのハイブリッド集積による光インタコネクション用の集積化モジュールの開発が行われている(38).図2にその中で開発されているものの一つとして25Gbit/s,6チャネルのトランシーバの写真を示す(39).また,ダイナミック光パスネットワークのプロジェクト(34)では,図3に示すシリコンフォトニクスによる大規模マトリックススイッチ(40)の開発が行われている.これらのシリコンフォトニクスのデバイスは産総研の施設で製作されたもので,この施設のファウンドリーとしての整備も始まっている.しかし,日本はこの分野で出遅れており,既に製品化し,更なる展開を進めている米国の勢いに比べると心もとないと言わざるを得ない.
1990年代初頭までの光デバイスの開発は目標が明確であり,開発されたデバイスが直ちにシステムで使用された.しかし,今日,システムの要求に合うデバイス,モジュールを,低価格で,タイムリーに実現できなければ,実際に使われることはない.有効な開発を行うには,大学の研究者を含むデバイス研究者,技術者がシステムの現場の動向をよく知っておく必要がある.また,デバイスをハイブリッドあるいはモノリシックに集積化し小形・低価格で超大容量の信号を扱える機能を実現することが必須である.これを進めるには,大きな資源の投入が必須である.米国では企業がこれを強力に進めている.しかし,日本では企業1社でこれを賄うのは難しい.現在,一つの試みとして企業11社と産総研が連携して,「光デバイス基盤技術イノベーション研究会(PHOENICS)」と名付けられたハイブリッド集積を目指すコンソーシアムが動いている(41).米国に対抗していくには,このような試みを成功させて,光集積のエコシステムを構築していく必要がある.
イノベーティブなデバイスの開発も課題であるが,一つのデバイスの役割は小さくなっている.しかも,使える基本的な物理や材料系はおおむね出尽くした感がある.光非線形信号処理デバイス,フォトニック結晶,量子ナノ構造,新材料などの基礎的研究が1990年以降盛んに行われて,筆者もこれらに関わってきた.しかし,物理的面白さとは裏腹に,インパクトを与える技術にはなっていない.シリコンフォトニクスを振り返ると,Si光源,光非線形などの基礎研究が源流である(36).Si光源はいまだに成功していないが,基礎的研究であったものが,集積化の要の技術へと成長して現在大きなインパクトを与えている.基礎研究は実を結ぶまで長期間耐える必要がある.また,実を結ぶにはテーマ設定が重要であろう.新しい光デバイスができるとすれば,低コストで集積化できるという要請を満たす必要があり,そのためのプラットホームとなるような新技術の出現を期待したい.
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