巻頭言 平成と電子情報通信学会の30年

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Vol.101 No.6 (2018/6) 目次へ

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 今年で平成は30年を迎え,間もなく元号が変わります.本会も,創立70周年の1987年に名称を「電子通信学会」から「電子情報通信学会」に改めてから30年が経過し,昨年創立100周年を祝ったことは記憶に新しいことと思います.学会名称に「情報」が加わってからの30年間に,正に通信と情報があいまった技術の発展により,私たちの生活が非常に大きく変化してきたことは,誰もが実感するところでしょう.

 しかしその一方で,日本社会がめっきり成長しなくなったのも,おおむね平成になった頃からと言えます.むろん1990年初頭のバブル崩壊に端を発する金融の減速が大きく影響していると思いますが,同時に始まっていた情報通信技術による社会の変化に.ビジネスモデル的に十分対応できなかったことも影響していたと思われます.

 もっとも,それ以前に「‘もの’づくり」の工業国として最先端を走っていた日本が,その成功体験が強かった余りに,平成に入って環境が変化し始めていたにもかかわらず自分の生き方を変えられなかったことは,不思議なことではありません.金融危機が前面に出ていたため,背後で徐々に進んでいた変化に気付くのが遅れた不運もあったでしょう.戦後の驚異的な成長が,様々な要素がたまたま良い方向に重なった結果とすると,平成に入ってからの不調は,様々な要素が悪い方向に重なった結果とも言えます.かくして平成の30年間,低成長の原因がよく理解できず,財政赤字だけが膨大に積み上がってきました.

 30年前からの社会環境変化の要因は様々ありますが,「情報化」が主要因子の一つであることは言をまちません.30年前に学会名称に「情報」を加えた本会の先見性はたたえられるべきものと思います.しかし情報化というのは,単に技術的な問題でなく,もっと根本的な社会変革をももたらし得る大きなものであったことに,当時思いが至っていたでしょうか.たらればの話になりますが,もし30年前に情報化の本質に気付いていたなら,学会として単にICTの性能向上に注力するだけでなく,その社会へのインパクトを先見し,産業構造の変革にいち早く取り組んでいたのかもしれません.この間を職業人として生きてきた小職自身も責任を感じるところです.

 戦後から30年前までの急成長は,大量生産,大量消費がもたらした,いわば‘もの’の時代の果実と言うことができます.そうして手にした大量の情報端末という‘もの’は,社会の「情報化」を推し進め,皮肉なことに‘もの’の時代の終えんをもたらしつつあります.情報化が進むと,人々は実物に関心を示さなくなっていくように見受けられます.むしろバーチャルな空間で得られる‘もの’(情報)に関心が移り,価値もそちらに置いています.この30年間に起きてきたことは,それ以前の単なる延長ではない,文明の質的変化とみなさざるを得ません.

 本会は,30年前に「情報化」を先取りした名称に変えたものの,それ以前と基本的には変わらない延長線上で活動してきました.(むろん,この間様々な改善の努力が払われてきたことは強調しておきたいと思います.)しかし今日に至って,会員の減少・高齢化や,分野の縦割り・固定化など,困難な問題に直面し,持続可能性に黄色信号が灯っています.この30年間の社会の変化に,学会自身が適応できておらず,社会との乖離が進んでいる結果と見ることもできます.情報を駆使するはずの学会が,情報化に翻弄されているのは皮肉なことです.

 間もなく元号が変わるこの機会に,また学会が新しい世紀に歩み出したこの機会に,学会自体の存在意義を一から問い直し,新しい社会の価値に直結する形に抜本的に構造改革することが必要なのだと思います.このことは一部旧来の価値を壊すことにもつながるので勇気のいることであり,またリスクも伴います.とは言え,何もしなければ確実に衰退するのです.学会新世紀の中心となる若い世代の主体的参画に期待しています.

 この機を逃していいはずはありません.私たちは既に一度(30年前に)チャンスを逃しているのですから.


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