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本会選奨規程第7条(電子工学及び情報通信に関する学術又は関連事業に対し特別の功労がありその功績が顕著である者)による功績賞(第79回)受賞者を選定して,平成29年度は次の5名の方々に贈呈した.
鈴木正敏君は,昭和59年に北海道大学大学院工学研究科電子工学専攻の博士課程を修了し工学博士の学位を取得され,同年,国際電信電話株式会社(現KDDI株式会社)に入社されました.平成14年に(株)KDDI研究所執行役員,平成19年にKDDI株式会社研究開発フェロー,平成23年に(株)KDDI研究所取締役副所長を歴任され,平成29年に(株)KDDI総合研究所の主席研究員となり,現在に至っております.
同君はこの間,高速光デバイスから大容量フォトニックネットワークに至る光通信技術全般の研究開発に従事し,光通信分野の発展に顕著な功績を挙げられました.
光デバイス分野に関する研究では,半導体吸収形光変調器の高速動作,DFBレーザ・変調器集積光源,並びに,変調器型ソリトン光源を世界で初めて実現し,開発成果を光海底ケーブルに商用導入するなど,先駆的な基礎研究から商用開発までを一貫して実施し,集積光源の現在の世界的普及につながる先導的な功績を挙げられました.
光通信システム分野に関する研究では,光通信システムの大容量・長距離化を可能とする独自の光ファイバ分散制御技術を考案・実証されました.同方式は,高速光信号の伝送距離を従来の10倍以上の1万km以上に拡大する画期的な新方式として世界中で注目され,当時の論文被引用数が光通信分野で日本人最多となり,その後の長距離光ファイバ通信研究を一変させました.更に,波長多重システムに向けた非線形性を考慮した分散制御技術を考案し,1波長当りの信号速度の高速化と多波長化により1Tbit/sの大洋横断光伝送に初めて成功されました.その開発成果は,2000年代に敷設されたJapan-USケーブル等の太平洋・大西洋横断及びアジア地域の数多くの光海底ケーブルで商用化され,グローバル大容量通信基盤の実現に大きく貢献されました.
更に,光とIPを統合制御するネットワーク技術について,波長単位での高速障害復旧や迅速なパス設定を実証した後,総務省の研究開発ネットワークにおいてドメイン間の相互接続を全国規模で実現するなど,フォトニックネットワーク分野の発展にも尽くされました.
学術・産業両面での波及効果が絶大な上記功績に加えて,本会においては,光通信システム研究専門委員会,光通信インフラの飛躍的な高度化に関する特別研究専門委員会(EXAT)の委員長や,光エレクトロニクス・光通信国際会議(OECC)やEXAT国際シンポジウム等の本会主催の国際会議委員長を歴任し,光空間多重技術などの我が国発の技術のグローバルな普及活動に尽力し本会活動の発展に貢献されました.また,本会活動を通して後進の指導育成に努め,光通信における「京」時代の幕開けとなる10P(1016=京)bit/sの光伝送を世界で初めて成功へ導くなど,研究者の人材育成にも貢献されました.更に,総務省21世紀ネットワーク基盤技術研究推進会議委員をはじめとする数多くの要職に就かれ,電子情報通信分野の発展に寄与されました.
これらの功績により,同君は文部科学大臣表彰科学技術賞,先端技術大賞経済産業大臣賞,光産業技術振興協会櫻井健二郎氏記念賞,通信文化協会前島密賞,本会論文賞,業績賞などを受賞されたほか,平成29年には紫綬褒章を受章されています.また,本会並びにIEEE,OSAからフェローの称号を授与されています.
以上のように,同君の光通信分野をはじめとする電子情報通信分野の発展への貢献は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.
西関隆夫君は,1969年3月に東北大学工学部通信工学科卒業,1974年に同大学院工学研究科電気及通信工学専攻博士課程を修了して工学博士の学位を授与されました.同年4月に同大学工学部助手に任用され,1976年6月に同助教授,1988年4月に同教授に昇任されました.2010年3月に東北大学大学院情報科学研究科を定年退職された後は,2015年3月まで関西学院大学理工学部情報科学科で教授を務め,2016年4月からは北陸先端科学技術大学院大学の監事に就任され,現在に至っておられます.
同君はこの間,計算機科学,アルゴリズム理論,グラフ理論,情報セキュリティに関する幅広い研究に取り組むとともに,学生の教育に尽力し,数多くの優秀な研究者・技術者を学界・産業界に送り出されました.
同君の主要な研究業績は下記の四つにまとめることができます.
(1)構造的グラフの線形時間アルゴリズム:インターネットなどの接続構造を表すグラフには特徴があり,多くは木構造を一般化した形をしています.同君は,そのようなグラフに対してほとんど全ての組合せ問題が極めて高速に線形時間で解けることを示しました.この研究が契機になり,構造的グラフに対する線形時間アルゴリズムという研究分野が発展しました.
(2)離散アルゴリズムの効率化:同君のもう一つの大きな業績として,離散構造特にグラフに関する理論の展開とアルゴリズムの効率化が挙げられます.辺の交差がなく二次元平面上に描けるグラフは平面グラフと呼ばれます.平面グラフの埋込み,彩色,ハミルトン閉路,独立点集合,多種フロー問題など重要な組合せ問題のほとんど全てに対し,極めて効率の良いアルゴリズムを与えています.
(3)グラフ描画分野の開拓:グラフをいろいろな条件の下で最適に描画することは,インターネットの接続構造を見やすく表示するためばかりでなく,科学技術の様々な領域で現れる重要な問題です.同君は,世界で最初にグラフ描画についてアルゴリズムの立場から研究を開始し,平面グラフの全ての面を凸多角形で描画する凸描画が存在するかどうか判定し,存在する場合には凸描画を見つける線形時間アルゴリズムを設計しました.このほかにも,箱方形描画,内部方形描画,面の面積が指定された八角形描画などの新しい描画法を開発しております.
(4)複数割当秘密共有法:秘密鍵共有法としてはRSA公開鍵暗号で有名なShamirによる(,)しきい値法が有名です.しかしこの古典的な(,)しきい値法では,人のうちの任意の人が合意した場合だけ秘密情報を復元できます.これに対し,分散情報を秘密共有システムの各構成員に複数個割り当てる複数割当法を提案し,その方法を用いれば,いかなる単調なアクセス構造も実現できることを示しています.
これらの成果に対し,本会論文賞・業績賞,船井情報科学振興賞,文部科学大臣表彰科学技術賞など多数の学術賞,IEEE,ACM,情報処理学会及び本会からフェローの称号を授与され,バングラデシュ科学アカデミーの外国人特別会員に称されています.
同君は,本会の情報・システムソサイエティ副会長,東北支部長,コンピュテーション研究専門委員会委員長などの重要な職責を担い,文部科学省学術審議会専門委員,日本学術会議連携会員などを歴任されるとともに,アルゴリズムと計算理論に関する国際会議ISAACを創設し世界で主要な国際会議の一つに育てておられます.
以上のように,同君の電子情報通信分野における功績は誠に顕著であり,本会功績賞を贈呈するのにふさわしい方であると確信致します.
牧野昭二君は,1981年に東北大学大学院工学研究科修士課程を修了され,同年,日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社,NTT)横須賀電気通信研究所に入所されました.1996年からヒューマンインタフェース研究所主幹研究員,2003年からコミュニケーション科学基礎研究所メディア情報研究部長を務められました.2009年に筑波大学大学院システム情報工学研究科教授に就任され,現在に至っておられます.
同君は永年にわたり音響メディアにおける統計的信号処理に関する研究に取り組まれ,卓越した構想力と強力なリーダーシップにより,本分野の革新的技術の開拓・体系化に顕著な成果を上げられました.
同君はNTT入社後,二次統計量に基づく高速収束音響エコーキャンセラ理論についての研究を推進され,音波の減衰及び音声の統計的性質に着目することにより,高速適応追随性を実現する適応アルゴリズムを開発されました.更に,新しい適応動作制御方式によるダブルトーク時の性能改善,新しい自動損失制御法との併用により,音声による自動学習を実現した高性能音響エコーキャンセラ装置を実現されました.これにより,通話を妨げず瞬時にエコー消去を行うことが可能となり,遠隔地とあたかも同一室内にいるようなシームレス音声通信環境が実現されました.新しい適応アルゴリズムを搭載したボードを米国AT & Tと共同開発して全世界で販売されました.国内でも,この技術を基に5万台以上の音響エコーキャンセラ装置を市場導入し,30億円以上の実績を上げ,従来の通話性能を飛躍的に向上させる貢献により,社会に大きなインパクトを与えられました.
また,高次統計量を基礎とした教師なし学習理論である独立成分分析に基づくブラインド音源分離の動作メカニズムを空間音響学の観点から分析し,その動作原理が,従来から研究されてきた適応ビームフォーマと呼ばれるマイクロホンアレーの並列同時学習と等価であることを世界で初めて明らかにされました.この動作原理の解明により,適応ビームフォーマで培われた様々な音響信号処理技術を音源分離技術に援用することが可能となり,その結果,ブラインド音源分離技術の分離性能を大幅に向上させることに成功し,世界最高性能を達成されました.更に,新しい音響信号処理・統計推定理論を確立し,当該分野の世界的な研究を先導し,新しい研究分野を築かれました.
これらの業績により,文部科学大臣表彰科学技術賞,本会から二度の業績賞を受賞されるとともに,本会フェロー,IEEEフェローも授与されています.
本会においては,基礎・境界ソサイエティ副会長,フェロー推薦委員会委員などを歴任され,本会の発展に尽力されました.一方,国際的な活動におきましても,IEEE Signal Processing Society Board of Governor, IEEE Jack S. Kilby Signal Processing Medal Committeeなどの要職を務められました.
以上のように,同君の本会並びに電子情報通信分野における貢献は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈るにふさわしい方であると確信致します.
村瀬 洋君は,1978年に名古屋大学工学部を卒業の後,1980年に同大学院修士課程を修了され,同年,日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社,NTT)武蔵野電気通信研究所に入所されました.1992年に同基礎研究所主幹研究員,2001年に同コミュニケーション科学基礎研究所メディア情報研究部長を経て,2003年に名古屋大学大学院情報科学研究科教授となられ,現在は同情報学研究科知能システム学専攻教授,同研究科長並びに同大学情報学部長として活躍しておられます.
同君は長年にわたりメディア情報学の研究や教育に努め,多くの業績を挙げてこられました.特にメディア情報の頑健かつ高速な認識と探索の技術を追究され,パラメトリック固有空間法,アクティブ探索法などに代表される独創的な技術を相次いで考案することにより,メディア情報認識の技術分野を切り開き,同分野に多大な貢献をされました.
パラメトリック固有空間法は,三次元物体を様々な条件で撮影した際の見え方の違いを特徴空間内における一連の軌跡として捉え,これをパラメトリックに表現することで,撮影条件の違いにかかわらず極めて頑健かつ高速な物体認識を可能にする独創的な技術であり,この革新的な考え方は国内外に大きな影響を与えました.
アクティブ探索法は,ある画像が別の画像の一部分として含まれているかどうかを探索する部分画像探索の問題において,ヒストグラム特徴の代数的性質を用いることで,近似によることなく大幅に照合計算を省く手法であり,同一の結果を保証したまま数百倍に及ぶ計算の高速化が可能なことから,関連分野に大きな影響を与えました.実際に同君らは,この高速化の計算原理を部分画像探索のみならず音や映像などのように時間的なメディア情報に対しても適用できることを示されました.時系列アクティブ探索法と呼ばれるこの手法は,高速・頑健な時系列メディア探索の研究分野の幕開けともなりました.
これらをはじめとする同君の研究は,同君がNTTにおいて直接指導育成された研究者らを中心に,その後更に発展しました.同グループ会社等を通じて実用化されたサービスの中には,放送番組等で用いられた音楽の著作権処理に関するサービスや,インターネット上のメディアファイルのモニタリングサービスなどが含まれ,これらはメディアコンテンツの流通を支える基盤の一つとなっています.
同君は名古屋大学においても画像・映像認識技術の更なる発展に尽力され,車載カメラで長時間撮影された映像からの周囲環境の認識や地図の作製など,画質や撮影条件が限られた現実の条件下においても頑健に動作する認識技術を軸として,教育と研究を精力的に進めておられます.
同君はこれらの功績により,IEEE,情報処理学会,本会からフェローの称号を授与されるとともに,紫綬褒章,前島密賞,文部科学大臣賞,本会業績賞など数多くの表彰を受けられています.また本会においてはパターン認識・メディア理解研究専門委員会委員長,情報・システムソサイエティ会長を歴任されるなど,分野の発展にも貢献されました.
以上のように,同君の情報通信分野における功績は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈るにふさわしい方であると確信致します.
山中直明君は,1981年3月に慶應義塾大学工学部計測工学科を卒業,1983年3月に同大学院工学研究科計測工学専攻修士課程を修了,同年日本電信電話公社(現日本電信電話株式会社,NTT)の武蔵野電気通信研究所基幹交換研究部に入社しその後一貫して高速広帯域ネットワークに関連する技術を研究開発されました.慶應義塾大学では,有機半導体レーザやエネルギー移行型レーザと言った応用物理的なデバイスの研究も行い,NTT入社後は光と電気を組み合わせたスイッチシステムを開発し1991年工学博士(慶應義塾大学)を取得し,NTT研究所において極めて少数の優秀な研究開発を行う特別研究員に1996年に選ばれ,多くの国際的研究を行われました.その後,2004年3月から慶應義塾大学理工学部情報工学科教授,2014年4月から慶應義塾先端科学技術研究センター(KLL)副所長,2018年から同所長を兼務し,主にバックボーンネットワーク,スマートネットワーク,光通信等の教育研究及び産学官連携の推進を行っており,近年はこれらの超高速ネットワークを用いた,サービスやアプリケーションの研究も活発に行われ,エネルギー制御の高度化,スマート社会,更に自動運転のプラットホームやテストベッドを日米共同で研究開発され,現在に至ります.
主にNTT研究所において同君は超高速パケットネットワーク,フォトニックネットワークの研究を推進し,ブロードバンドネットワークの基礎的技術を確立しました.特に,超高速パケットシステムに関しては,IEEEのトップコンファレンス(IEEE ECTC40th, 44th, 48th)で日本人唯一のベストペーパーを三度にわたり受賞,更にIEEEの論文誌IEEE CPMTでベストペーパーも受賞されました.また,本会論文賞(1998年度)等数多くの国内学会から受賞されています.研究として国際的に評価されるだけではなく,これらの技術は,当時のスーパコンピュータ,ワークステーション,テラビットルータといった高速化の開発の波の中で,日本企業のみならず,IBM,モトローラといった国際的巨大企業にライセンシングされ,また,NTTの通信システムへも導入されました.すなわち,基礎的研究から実用化まで,大きな功績があります.また,光と電気技術を組み合わせた超高速システムは,米国NSFと日本のNICTがファンディングしている日米共同研究を通し,日本を代表するグローバルな研究となっています.
学会活動にも積極的で,本会においても東京支部長,編集理事,企画理事,フォトニックネットワーク研究専門委員会委員長,通信ソサイエティの国際交流担当,編集など多くの幹事として学会活動の発展に大きく貢献されました.国際的にもIEEE CPMTソサイエティDirector,IEEE コミュニケーションソサイエティ Asia Pacific Directorをはじめアジアパシフィックにおける国際連携においてもIEEE/IEICEのシスターソサイエティ制度導入等,顕著な功績を上げています.更に,米国の相互接続検証のコンソーシアムISOCORE Executive Directorや総務省けいはんなオープンラボの主査を長年務める等,産官学連携コンソーシアムの日本の国際的かつ代表的な研究者であります.
近年は,産学連携や大学技術の社会実装を推進すべく,KLL所長として,産学研究コンソーシアムや日本での理工系大学最大規模の産学連携エキジビション(慶應テクノモール)の責任者を長年務め,医工連携,オープンイノベーションの推進者としても著名です.また,最近は大学発のベンチャーを積極的に推進しようとされています.このように,通信分野,とりわけ現在のクラウドサービスを実現した超高速ネットワーク技術においては世界の第一人者であります.
以上のように,同君の電子情報通信分野における功績は誠に顕著であり,本会功績賞を贈呈するのにふさわしい方であると確信致します.
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