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前回巻頭言を書かせて頂いたのは,総務理事を務めていた2014年8月号である.(http://www.journal.ieice.org/bin/pdf_link.php?fname=k97_8_f01&lang=J&year=2014).それからほぼ5年間で,筆者にとり大きな変化は,定年退職をしたことと,彼岸の出来事であった不正問題が身近に複数発生し,しかも逮捕者まで出たことである.
その一つに文部科学省の私立大学支援事業をめぐる汚職事件がある.それが発端となり,医学部の入試不正が発覚した.更にその入試不正は1大学にとどまらず,複数大学で行われていた.文部科学省による医学部の入試不正に関する調査の結果,性別や年齢により不適切事案があったことが公表されている.この公表に先立ち実施された各大学の記者会見では,「(現役生の方が浪人生より)優れた医学生になることが多い」,「愛校心の強い卒業生の子女であれば勉学意欲が高い」などの根拠理由が示された.
中には「女子はコミュニケーション能力が高く,男子を救うための補正」という根拠理由を示した大学もあった.この理由は,その大学の医学部のアドミッションポリシーに「人とかかわることに関心を持ち,基本的なコミュニケーション能力を有する人」と書かれていることと矛盾しているだけでなく,男性のコミュニケーション能力が低いとしている.そうであるならば,該当大学での入試方針は,患者へのサービスを劣化させ,ひいては病院経営を悪化させるおそれがあることを意味している.
いずれの大学も低賃金で過酷な労働環境に耐える人材を確保したいという本来の意図を隠しているがための苦しい方便となり,それがかえって傷口を広げてしまったのである.実は,筆者は,どこかの大学が「AIで解析した結果である」と言わないかとひそかに期待した.その理由は,AmazonがAI活用採用システムにおいて,女性を差別することを発見し,AI活用人材採用システムの運用を中止したことにある.このAI活用採用システムは過去10年間の履歴書を学習したが,技術職のほとんどが男性からの応募であったため,機械学習の結果,システムは男性を採用するのが好ましいと認識した.つまり学習するデータに偏りがあったことが原因である.なので,問題となった大学の入学者データを機械学習したとすれば,女性と浪人生,卒業生の子女でない受験者には不利な選考となったと推定する.なのでAmazonの件をAIが問題であったと報じたメディアもあったが,問題があったのはそもそものデータである.Amazonの採用部門はAI活用人材システムの結果だけで採否を決定していず,自ら判断していたので,結果の不公平さに気付いたのである.つまりビッグデータやAIがもてはやされているが,そもそもそのデータが公平なものか,手法は適切なのかを,自らが判断して使うことが大切なのである.蛇足ではあるが,Amazonの例で,性別を除いた解析結果なら使い物になるのかは興味のあるところである.
国家プロジェクトなどの評価でもいろいろな指標が与えられる.最近ではTRL(Technology Readiness Level)を推奨される例もある.TRLはNASAによる技術の成熟度を測るものである.ロケットのように一品ものの技術精度を測り,システム開発を行うにはTRLは有用である.一方,消費財などのBtoC,BtoBtoCでは,TRL9からが量産化のスタートになる.スマホアプリなど多くのディジタル製品はアジャイルメソッドで実証と実装が並列なので,TRL6で既に社会実装が始まる.このように出口の形態により,必ずしもTRL9を目指すことが正しくないことも認識せねばならない.
要は「判断は我にあり」で,与えられたデータや指標が有用か,自ら判断して責任を持つことが大事なのである.仇や技術や他人のせいにしてはならない.学会経営も前例に倣うのではなく,自らが考え判断するものである.
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