解説 キログラムの新しい定義

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Vol.103 No.12 (2020/12) 目次へ

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 解説 

キログラムの新しい定義

New Definition of the Kilogram

倉本直樹

倉本直樹 国立研究開発法人産業技術総合研究所工学計測標準研究部門

Naoki KURAMOTO, Nonmember (National Metrology Institute of Japan, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba-shi, 305-8563 Japan).

電子情報通信学会誌 Vol.103 No.12 pp.1221-1227 2020年12月

©電子情報通信学会2020

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 2019年5月20日,世界共通の質量の単位「キログラム」の定義が130年ぶりに新しくなった.世界に一つしかない分銅「国際キログラム原器」の質量が基準であったキログラムの定義は,現在では,普遍的な物理定数であるプランク定数に基づく定義へと改定されている.この歴史的な改定によって,キログラムの定義は人の手によって作られた人工物から解放され,自然界の法則にもとづく定義へと進化した.本稿では,定義改定の経緯,我が国の定義改定実現への歴史的貢献及び定義改定がもたらす影響などについて解説する.

キーワード:キログラム,キログラム原器,プランク定数,質量

1.は じ め に

 「はかる」ことは科学の基本であり,私たち人類は様々な計測技術を開発することで,この世界の現象を解き明かそうとしている.物の質量を正確に測定しようとする試みはその根幹であり,素粒子から惑星までの幅広い対象の質量を測定するための様々な技術が開発されてきている.測定結果の確からしさを検証し,更に高精度な測定技術を導くためには,世界中の研究者と測定結果を共有しなければならない.スムーズな情報共有のためにはユニバーサルな測定基準が必要であり,世界共通の質量の単位「キログラム(kg)」がその役割を担っている.

 また,1kgが具体的にどのくらいの質量かを定めているのがキログラムの定義である.正解な情報共有のために,キログラムに限らず,重要な単位の定義には,その時代の最先端技術が結集されてきた.つまり,単位の定義は科学技術の発展とともに進化しているのである.

 2019年5月20日,キログラムの定義が130年ぶりに改定された(1)(4).新たな定義は普遍的な物理定数(用語)であるプランク定数に基づく.本稿では,定義改定の経緯や定義改定のもたらす影響などについて解説する.

2.質量の単位「キログラム」

 キログラムの起源は18世紀末のフランスに遡る.当時はフランス国内だけでも800以上もの異なる質量や長さの単位が用いられており,フランスが国家として発展していく上での大きな障害となっていた.この問題を根本的に解決すべく,世界共通の質量の単位を新たに作り,その基準には世界中どこにでもある水を用いることが提案された.フランス革命のさなか,水の密度がラボアジェらによって測定され,水1リットルの質量としてキログラムは定義された.ただし,質量測定のたびに水1リットルを準備するのは現実的でなく,質量が水1リットルとほぼ等しい白金製の分銅「確定キログラム原器」が製作され,基準として用いられた.

 その後,白金よりも硬く摩耗しにくい白金イリジウム合金を用いて,質量が確定キログラム原器とほぼ等しい分銅が製作された.これが国際キログラム原器(図1)であり,1889年に開催された第1回国際度量衡総会(用語)において,その質量としてキログラムが定義された.その後,2019年までの130年間,驚くべきことに同一の分銅が世界中の質量の基準として使われ続けていた.

図1 国際キログラム原器(Photograph courtesy of the BIPM)


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