功績賞贈呈

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Vol.104 No.7 (2021/7) 目次へ

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第82回 功績賞贈呈(写真:敬称略)

 本会選奨規程第7条(電子工学及び情報通信に関する学術又は関連事業に対し特別の功労がありその功績が顕著である者)による功績賞(第82回)受賞者を選定して,2020年度は次の5名の方々に贈呈した.

写真:池内克史

池 内 克 史

推 薦 の 辞

 池内克史君は,1973年に京都大学工学部機械工学科を卒業後,1978年に東京大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程を修了され,同年,米国マサチューセッツ工科大学人工知能研究所に博士研究員として入所されました.その後,1980年から電子技術総合研究所研究官のちに主任研究官,1986年から米国カーネギーメロン大学計算機科学部研究准教授のちに研究教授,1996年からは東京大学生産技術研究所/大学院情報学環教授をお務めになられています.2015年からはマイクロソフト社リサーチアジア(北京)主席研究員,レドモンド本社上級主席研究マネージャーとして御活躍されています.

 同君は,計算機に画像を通して外界を認識理解させるコンピュータビジョンと呼ばれる分野において,明るさ解析などの基礎的理論を深く探究してこられました.特に,同君が物体の陰影から表面形状を推定するShape from Shadingの問題が持つ不定性に対して考案した滑らかさ拘束と呼ばれる解法は,動き解析をはじめとする多くの解析にも使用され,コンピュータビジョン分野の問題解決の一つの定石となっています.滑らかさ拘束を世界で初めて記した国際人工知能誌に掲載された原書論文はOne of the most influential papers in the last decadeに選出されています.

 更に,同君は,ロボティクスの分野においても,タスクモデルと呼ばれる作業理解の枠組みを提唱し,2個の立方体の組立作業,多面体の組立作業,機械部品の組立作業,ひも結び作業,全身動作としての踊りなど,様々な作業や動作に対して,人間の行動を観察することで必要な動きを取得可能な人間行動観察学習ロボットを実現しています.

 加えて,同君は,コンピュータビジョンの手法を駆使した文化遺産のディジタル保存技術に関しても顕著な業績を有しており,奈良や鎌倉の大仏,九州装飾古墳,カンボジアのアンコール遺跡など,数々の大規模文化遺産のディジタル化を実現しました.これらのディジタルモデルはNHK大河ドラマの冒頭シーンや高校・中学の歴史の挿絵,更には東京国立博物館や九州国立博物館の展示物となっており,九州古墳のデータは熊本地震の後の復旧にも使用されました.人間行動観察学習ロボットによる舞踊のモデリングと解析と合わせて,同君が開発してこられた文化遺産ディジタル保存技術は,有形・無形の文化遺産をディジタル保存・利活用・解析するe-Heritageと呼ばれる文理融合の研究分野の創出に欠かすことのできない役割を果たしました.

 同君は上記の業績に対し,紫綬褒章,本会業績賞,大川賞,船井業績賞,情報処理学会功績賞,IEEE PAMI Distinguished Researcher Award, IEEE PAMI Marr Award, IEEE RAS KS-Fu Memorial Best Transaction Paper Awardなど数多くの賞を受けられています.更に同君は,本会情報・システムソサイエティ副会長,パターン認識国際連盟(IAPR)副会長,アジアコンピュータビジョン連合(AFCV)会長として,国内外で学会の発展に尽力されるとともに,日本学術会議連携会員をはじめ,ITSジャパン副会長等,幾多の要職を務めてこられました.以上のように,同君の電子情報通信工学分野における貢献は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.

区切


写真:梅比良正弘

梅比良 正弘

推 薦 の 辞

 梅比良正弘君は,1978年に京都大学工学部を卒業後,1980年に同大学院修士課程を修了され,同年,日本電信電話公社(現NTT)横須賀電気通信研究所に入所されました.1995年に同ワイヤレスシステム研究所主幹研究員,1999年に同ネットワークサービスシステム研究所主幹研究員,2000年に同未来ねっと研究所グループリーダ/主幹研究員,2002年に同未来ねっと研究所ワイヤレスシステムイノベーション研究部部長を経て,2006年から2021年まで国立大学法人茨城大学教授として御活躍されました.

 同君は,長年にわたりワイヤレスシステムの変復調技術の研究に従事し,多くの業績を上げてこられました.特に,衛星通信用TDMA(Time Division Multiple Access)変復調装置の小形・経済化,陸上移動通信の広帯域化において顕著な業績を上げられました.

 衛星通信の分野においては,TDMA衛星通信におけるディジタル自動周波数・位相制御技術,位相補償フィルタ,小形・経済化のためのLSI・IC化手法を考案し,これによりTDMA衛星通信用高速変復調装置の高性能化,TDMA装置の大幅な小形化が実現し,TDMA技術を種々の衛星通信システムに広く利用することが可能となりました.本技術をベースとして,当時,従来では考えられなかった可搬形のTDMA衛星通信地球局装置を開発し,遠隔地におけるISDNサービスの提供や災害対策等に利用され,阪神・淡路大震災時には非常用の電話等の通信手段確保にも活躍しました.

 陸上移動通信の分野においては,当時考えられなかった数十Mbit/sの広帯域ワイヤレスアクセスを実現するアーキテクチャ,変復調・誤り制御技術,サービス品質(QoS)制御技術を考案して,マルチメディア移動アクセス(MMAC)のコンセプトの下に24/27GHz帯を用いた80Mbit/sの広帯域ワイヤレスアクセスシステムを世界に先駆けて試作し,実現性を示しました.また,誤り訂正符号を用いてOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)の課題であった周波数選択性フェージングを克服する符号化OFDM技術を提唱し,厳しいフェージング環境で高速・高品質伝送を実現する技術として,高速無線LANに関する日米欧の標準機関へ協調を働き掛け,日米欧標準仕様の基本仕様の統一に寄与しました.本技術は無線LANや携帯電話など,近年のワイヤレスシステムの高速化を支える重要な技術の一つとなっています.

 茨城大学では,変復調技術だけでなく,周波数有効利用を図るためのコグニティブ無線,ダイナミックスペクトルアクセスや,通信だけでなく車載レーダの干渉低減技術,センサシステムなど,無線に関する幅広い経験,知識を生かして教育・研究を推進しています.

 同君は上記の業績により,本会業績賞,文部科学大臣表彰,電気通信普及財団賞,本会フェロー等を授与されております.また,情報通信審議会の専門委員,国立研究開発法人審議会,研究開発評価委員会の部会長,委員長を歴任し,電波行政,技術政策の面からも電気通信分野の発展に尽力しております.また本会においては,研究専門委員会委員長,ソサイエティ副会長・会長を歴任するなど,本会の発展にも貢献されました.

 以上のように,同君の情報通信分野における功績は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈るにふさわしい方であると確信致します.

区切


写真:桑原秀夫

桑 原 秀 夫

推 薦 の 辞

 桑原秀夫君は,1974年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻修士課程を修了,同年,(株)富士通研究所に入社されました.1984年に東京大学から工学博士の学位を授与されています.1991年に同社光システム研究部長,1999年に米国Fujitsu Network Communications, Inc.のSenior Vice President, 2003年から(株)富士通研究所ネットワークシステム研究所所長代理,2004年からは同社取締役,2006年から同社フェロー,2017年に同社を退職し名誉フェローに就任され,現在に至っておられます.長年にわたり光ファイバ通信の大容量化の研究をけん引するとともに,フォトニクス分野における日本のプレゼンスを高める活動で活躍されてきました.

 同君は,れい明期から高速大容量光ファイバ通信システムの研究開発を担い,その根幹を成す技術の開拓と実用化をけん引してきました.特に,先導したコヒーレント変復調技術・光増幅技術・波長多重技術の実用化研究は,その後30年で1万倍という飛躍的な大容量化とそれに伴う通信ネットワークの経済化をもたらしました.同技術の実用化に伴い発展した光ファイバ通信システムは,インターネット・携帯電話の普及を支え,今日の高度情報化社会を支える社会基盤として必要不可欠なものとなっています.

 コヒーレント光変復調技術に関しては,1980年代にいち早く先駆的研究に取り組み,各種変復調デバイスのモジュール化により,現在も広く用いられている光位相変調―偏波ダイバーシチ復調方式を実現しました.それまで実験室内において光学防振台上での原理確認しかなされていなかった同技術を実システムへ実装可能な実用レベルにまでに高め,その業績により1990年に櫻井健二郎氏記念賞を受賞されています.1990年代中盤になると,光増幅技術及び波長多重技術の開発において,世界各国の熾烈な競争が始まりましたが,同君の下で進めてきた研究により,1995年に世界初の毎秒1.1テラビットの記録を樹立し,米国の一般紙(ニューヨークタイムズ)やギネスブックに掲載されるなど注目を集めました.その後の実用化研究を通じ,国内のシステムサプライヤやデバイスサプライヤの日本・北米におけるビジネス・市場獲得にも大きく貢献し,日本の高い技術力をグローバルに知らしめるに至りました.これらの業績により,本会の業績賞の表彰を受けられています.

 学会活動としては,日本人として史上二人目となるIEEEフォトニクスソサイエティの会長に就任されるなど,国外の学会運営においても傑出したリーダーシップを発揮し,フォトニクス分野における日本のプレゼンスを高めることに大きく貢献されました.本会においては,副会長をはじめ各種要職を歴任し,本会活動の発展に寄与されてきました.更には,国内外での数々の学術活動を通じ,当該分野を中心とした科学技術の振興並びに後進の育成にも多大な影響を及ぼされてきました.

 以上のように同君は,今日の光ファイバ通信の根幹を成すコヒーレント変復調技術,光増幅技術,波長多重化技術のそれぞれについて,研究開発とともに後進の育成にも尽力し,光ファイバ通信技術の開発と実用化において日本が世界をリードする基盤作りに寄与された功績は極めて顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.

区切


写真:納富雅也

納 富 雅 也

推 薦 の 辞

 納富雅也君は,1988年3月に東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程を修了し,同年4月に日本電信電話株式会社光エレクトロニクス研究所に入所されました.1996年から1997年の間,リンシェピング大学(スウェーデン)にて客員研究員として研究に従事し,1997年には東京大学にて工学博士号を取得されました.1999年から現所属のNTT物性科学基礎研究所に移り,以降,フォトニックナノ構造研究グループリーダ,上席特別研究員,ナノフォトニクスセンタ長などを歴任されてきました.また,教育活動につきましても,2001年に東京工業大学客員准教授,2010年に同大学客員教授,2017年からは同大学教授として,学生の指導にも大きく寄与してこられました.

 同君は,長年にわたり微細加工技術を駆使した集積ナノフォトニクスの研究に従事し,ナノ構造による新しい光学現象を解明し,その結果を応用して光通信用デバイスの超小形化及び超低消費エネルギー化を達成してきました.

 フォトニック結晶と呼ばれるナノスケールの人工周期構造について,同君はその勃興期から研究に取り組み,これまで数々の重要な成果を挙げてこられました.初期段階では,負の屈折,スローライト等の新しい光学現象を提案し,世界に先駆けて実証されました.これらの成果は多数の論文に引用されるとともに,実証された現象は近年ライダなどに応用されようとしております.また,2005年にはフォトニック結晶共振器を用いた光スイッチを世界に先駆けて実現し,2010年には従来の光スイッチに比べて動作エネルギーを二桁低減することに成功されました.従来の光素子では高速化と省エネ化はトレードオフの関係にありましたが,同君はフォトニック結晶の光閉込め作用を利用することでこのトレードオフを打ち破ることに成功したという点で,学会にインパクトを与えました.その後,この原理を他の多様な光情報処理素子に適用し,小形化と低消費エネルギー化を達成してきました.代表例を列挙しますと,光スイッチ(2010年,2020年),光メモリ(2012年,2015年),受光器(2016年),光変調器(2019年),光トランジスタ(2019年)において,従来素子に比べて1~6桁の消費エネルギー低減を実証しており,現在でも引き続き世界記録を保持しております.また,ナノ光素子の集積技術も世界に先駆けて開発し,105ビット集積光RAMを2014年に実現されております.これらは,低消費電力化が鍵となる極短距離光インタコネクトに向けた重要な成果であるとともに,プロセッサチップ内に大量の光素子を集積できる可能性を指し示しており,将来のチップスケール光通信技術を開拓する技術として期待されております.

 同君は上記の業績により,学術振興会賞,日本学士院学術奨励賞,文部科学大臣表彰,IEEEフェロー等の賞を授与されております.また,これまで160回以上の国際会議招待講演や多くの基調講演を行うなど,同分野の代表的な研究者として認知されており,日本の科学技術の国際プレゼンス向上にも貢献しておられます.更に,2013年からはNTTナノフォトニクスセンタ長として,基礎から応用研究にわたる集積ナノフォトニクス研究をけん引し,世界をリードする研究成果を創出し続けておられます.これらに加え,Opto-Electronics Communication Conference(OECC)等の多くの光通信関連の国際会議の運営にも携わるとともに,電子情報通信学会英文論文誌特集号を含む複数の学術誌の編集幹事も務めるなど学術界にも大きく寄与しております.

 以上のように,同君の情報通信分野への貢献は顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.

区切


写真:山本博資

山 本 博 資

推 薦 の 辞

 山本博資君は,1975年に静岡大学工学部電気工学科を卒業後,1980年に東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程を修了され,工学博士の学位を取得されました.その後,徳島大学工学部助手(1980年),講師(1981年),助教授(1983年),電気通信大学助教授(1987年),東京大学工学部助教授(1995年)を経たのち,1999年に東京大学大学院工学系研究科教授に昇任されました.更に,大学院情報理工学系研究科教授(2001年),大学院新領域創成科学研究科教授(2004年)を歴任されたあと,2018年に東京大学を定年退職されました.現在は,東京大学名誉教授,早稲田大学大学院基幹理工学研究科客員教授,中央大学研究開発機構客員研究員(機構教授)として,研究教育活動を継続されています.

 同君はこの間,シャノン理論,フィードバック通信理論,情報理論的暗号理論,マルチユーザ情報理論,データ圧縮アルゴリズムなど,情報理論の幅広い領域で,数々の先駆的な研究に取り組まれるとともに,学生の教育に尽力され,数多くの研究者・技術者を学界・産業界に送り出されています.

 フィードバック通信理論に関しては,1980年に畳込み符号に対するHybrid-ARQビタビ復号法を考案され,その方式は携帯電話のデータ通信などに広く利用されています.また,1979年に発表された最大の信頼性関数を達成できる二段階通信方式は,フィードバックを用いて理論限界を達成できる基本的な符号化法として,よく知られています.

 情報理論的暗号理論では,1985年に,強安全なランプしきい値秘密分散法を考案されました.この秘密分散法は,従来の秘密分散法よりも符号化効率良く情報を安全に分散符号化できる特徴を持っています.また,相関を有する情報に対する安全な符号化(1983年),シャノン暗号システムに対するレート・ひずみ理論(1997年),強安全なネットワーク符号化法(2008年),盗聴通信路に対する効率の良い多重符号化法(2013年)など,様々な情報セキュリティ符号化システムに対して符号化定理を証明され,この分野の理論発展をけん引されてきました.

 ネットワーク的な通信システムに対するシャノン理論を取り扱うマルチユーザ情報理論分野では,1980年に,世界で初めてマルチホップ通信システムに対するレート・ひずみ理論を証明されるとともに,現在COE符号化問題と呼ばれている通信システムを世界で初めて取り扱われるなど,この分野でも多くの先駆的な貢献をされています.

 データ圧縮アルゴリズム分野では,2015年に複数の符号木を用いる準瞬時FV符号を考案され,約60年にわたり最も圧縮率が良いと考えられていたハフマン符号よりも,良い圧縮率を実現できることを明らかにされています.更に,競合的最適符号,整数の符号化,LDPC符号による有ひずみ圧縮,準瞬時VF符号などにおいても,新しい符号化法や符号化定理を示されています.

 これらの業績に対して,本会論文賞・業績賞などを受賞されるとともに,本会フェロー及びIEEE Life Fellowの称号を授与されています.

 同君は,本会において,監事,基礎・境界ソサイエティ会長,英文論文誌A編集委員長,情報理論研究専門委員会委員長などの重要な職責を担われてきました.また,情報理論分野の国際会議ISITAのプログラム委員長を二度担当されるとともに,IEEE論文誌のAssociate Editorを務められるなど,世界的に情報理論分野の発展に尽力されてきています.

 以上のように,同君は本会並びに情報理論を基とする電子情報通信分野の発展への貢献が極めて顕著であり,本会の功績賞を贈呈するにふさわしい方であると確信致します.

区切


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