論文賞贈呈

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Vol.104 No.7 (2021/7) 目次へ

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2020年度 第77回 論文賞贈呈(写真:敬称略)

 論文賞(第77回)は,2019年10月から2020年9月まで本会和文論文誌・英文論文誌に発表された論文のうちから下記の12編を選定して贈呈した.

Precoder and Postcoder Design for Wireless Video Streaming with Overloaded Multiuser MIMO-OFDM Systems

(英文論文誌A 2019年12月号掲載)

受賞者 田代晃司 受賞者 黒崎正行 受賞者 尾知 博

 1990年代,AppleやMotorola等は,無線LANに使用する新たな周波数獲得のため,周波数を管理するFCCに対して,学校で児童生徒や教師が,病院で医療従事者が,タブレット端末を利用した教育活動,医療活動を行う未来を示したという.その未来は既に現実となりつつある.

 期せずして,コロナ禍がその未来の実現に拍車をかけた.コロナ禍やポストコロナ時代においては,テレワークの浸透により,家庭で無線LANを用いたビデオ会議を行う機会が増加する.また,GIGAスクール構想によりモバイル端末一人一台の教育環境でも,無線LANとモバイル端末を用いた動画像視聴・ビデオ会議への需要が高まる.

 これらの環境では,複数のモバイル端末に対して,高画質動画像伝送を可能とする情報伝送技術が必要である.一方,モバイル端末は,アンテナ数,バッテリー容量,演算能力等に制限があるため,高画質動画像再生を実現することは技術的に困難である.

 本論文では,無線LANを利用する複数のモバイル端末に対して,高品質動画像伝送を行う情報伝送技術が提案されている.提案法は,①スケーラブル符号化された動画像情報において,視覚的に重要な情報を保護する手法,②アクセスポイントのアンテナ数に対してモバイル端末の総アンテナ数が少ない通信系に適用可能な固有ビーム空間多重法,③前述の送信技術に対応する演算量削減型の受信機技術,から構成される.論文には,動画像視聴に問題のない映像品質を,既存技術に対して1/5の受信電力,1/3の演算量で達成可能であることが示されている.

 本論文の提案手法を発想するには,情報源符号化,無線通信方式,信号処理という複数の技術分野を熟知している必要があり,基礎・境界ソサイエティ論文誌にふさわしい論文と言える.またこの論文に結実するまでの努力は論文賞として称えられるべきものと考えられる.

 本論文は,ポストコロナ時代に要求される高画質動画像伝送の実現に貢献し得る研究成果であり,本会論文誌の価値を高めるものであることから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.

区切


Methods for Reducing Power and Area of BDD-Based Optical Logic Circuits

(英文論文誌A 2019年12月号掲載)

受賞者 松尾亮祐 受賞者 塩見 準 受賞者 石原 亨 受賞者 小野寺秀俊 受賞者 新家昭彦 受賞者 納富雅也

 計算処理の高速化に関する要求はとどまるところを知らず,また電子的な集積回路の微細化による性能向上も限界に近づきつつあるため,新たな処理方式の研究開発が盛んである.光を用いた計算回路は,その一つとして超高速性ゆえに近年再注目されている.本論文は,光論理回路を効率良く設計するための設計最適化手法の提案を行ったもので,設計したい論理関数を出力値が多値であるマルチターミナルの二分決定グラフ(BDD: Binary Decision Diagram)で表して実現する既存手法に新たなアイデアを導入したものである.既存手法では,BDDの各節点を制御変数値に応じて通す光を切り換える2入力1出力のDirectional Coupler(DC)素子に変換することで光回路を実現するが,BDDの節点が複数の節点から共有される場合の分光器のために入力光を強くする必要があり,BDDでの節点数の削減が必ずしも回路サイズや消費電力の削減につながらないという問題があった.そこで,まず複数の異なる波長の光を用いるWavelength Division Multiplexing(WDM)を導入して,一つの回路で複数の論理関数を実現する手法を導入し,更に,分光器をDCあるいはその木構造に置き換える手法を提案して分光器の削減を行っている.WDMで素子及び回路構造を共有して複数の演算回路を実現する方式はDCの削減と電力の削減に大きな効果があり,分光器を削減する手法は電力削減に大きく寄与する.手法としては,Ad-hoc,面積最小,電力最小の3通りの手法を導入し,7ビットの入力の1の個数をカウントする並列カウンタ回路と4ビットの乗算回路の二つの算術演算回路に適用して,電力,遅延,面積の評価を行っている.Shared-BDDの直接実現に比較して,どの手法も遅延が少し大きくなるものの,DCの個数や電力を最小化できている.DCの個数と電力の間にはトレードオフがあり,面積最小化回路と電力最小化回路の間に実用的な回路がある.Ad-hoc手法では面積と電力をバランスさせており,Shared-BDDの直接実現に比べて,並列カウンタでDCの数が同じで電力を1/6.8に,4ビット乗算でDCの数を半分にして電力を1/2.8に削減できており,有用性は高い.今後は,遅延も考慮した設計アルゴリズムの精緻化と自動化が期待される.

区切


A Constant-Size Signature Scheme with a Tighter Reduction from the CDH Assumption

(英文論文誌A 2020年1月号掲載)

受賞者 梶田海成 受賞者 小川一人 受賞者 藤﨑英一郎

 ディジタル署名はデータの完全性を保証するための基本的な暗号技術であり,現代の情報社会にとって必要不可欠な技術である.ディジタル署名においては,秘密鍵と公開鍵と呼ばれるランダムな鍵ペアが生成され,署名生成処理において署名者は秘密鍵を利用して対象データに対する署名を生成し,検証処理において検証者はそのデータの信頼性を公開鍵を利用して検証する.この際,公開鍵は公表できるため不特定多数のユーザがデータの正しさを確認できるという特長がある.

 ディジタル署名技術を構成するには,ある種の計算問題の困難性を仮定する必要がある.現在,絶対に計算困難であると断定できる問題は知られておらず,素因数分解問題や離散対数問題のように長年において効率的な解法が知られていない問題を利用するか,P≠NPを仮定してNP困難問題を利用する等のアプローチがある.その際,できるだけ相対的に困難な問題を利用して構成することが望まれる.一方で,ディジタル署名の安全性パラメータと,利用される計算問題の困難性パラメータにはギャップが少ないことが望まれる.これは,両者のギャップが大きければ,計算問題の困難性パラメータを大きくしないと,ディジタル署名の安全性が確保できなくなるからである.

 本論文はディジタル署名の新たな構成法を提案しており,ディフィ・ヘルマン計算問題の困難性を利用している.この計算問題は,離散対数問題に関連する問題の中でも相対的に困難な問題である.また,本論文のディジタル署名は,定数サイズの署名を持ち,このような特長を持つ既存方式に比べて,安全性パラメータと計算問題の困難性パラメータのギャップがほとんどない.以上から,本論文のディジタル署名は,ディフィ・ヘルマン計算問題を利用していること,署名サイズが定数であること,計算問題の困難性パラメータとディジタル署名の安全性パラメータ間のギャップがほとんどないことから,現代暗号理論において学術的に優れた方式であるだけでなく,実社会でも有用なディジタル署名技術であると結論付けられる.以上の貢献から,本論文は本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

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GB-SAR(地表設置型合成開口レーダ)による変位・振動計測

(和文論文誌B 2019年11月号掲載)

受賞者 佐藤源之 受賞者 鄒 立龍 受賞者 ジョバンニ ニコ 受賞者 菊田和孝

 東日本大震災・熊本地震や豪雨による土砂災害・河川洪水など我が国では自然災害が頻発している.また火山活動の活性化や南海トラフ地震など今後避けることができない事象も予想され,防災・減災技術が社会的に大きな注目を集めている.地滑りなど土砂災害が予測される場合,傾斜計やひずみ計,GNSSなどを利用した地表面モニタリングが行われるが,センサを現地に設置する従来手法ではあらかじめ変状の可能性がある位置を予想する必要がある上,離散点での計測しかできない.ALOS2など衛星リモートセンシングでは干渉SAR技術による広域地表面変位観測も可能であるが,衛星周期の制約があり連続計測はできない.

 本論文が紹介する地表設置型合成開口レーダ(GB-SAR)は地上に固定したレーダ装置で1km以上離れた数km2程度の範囲を連続計測できる.更に干渉SAR技術を利用すれば数mの空間分解能で1mm精度の地表面変位を実時間計測でき,GB-SARは最近10年ほどで実用化が進んでいる.

 著者らはGB-SARの開発経緯と技術的な特徴を説明した上で,高精度な計測に必要な大気補正手法について述べ,より高度な地表面情報を得るための偏波利用,多周波計測などを提案している.また現状のGB-SAR装置はレーダ送受信機を固定されたレール上を移動してデータを取得するのに対し,固定した複数の送受信アンテナを利用するMIMOレーダ技術で耐環境性に優れた次世代型GB-SARが実現できることを示した.

 本論文ではGB-SAR装置に関する基礎的な研究を礎とし,著者らが進めてきた宮城県・熊本県での長期的な地滑りモニタリングの社会実装で,その有効性を示している.更に橋梁,ダム,空港舗装路面などの社会インフラを連続モニタリングする可能性を実証的に論じている.今後GB-SAR技術が社会で活用されることにより我が国の防災・減災に限らずレジリエントな社会の構築に大きく寄与することが期待される.以上の理由から本論文は本賞に値する論文として高く評価できる.

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Reducing Dense Virtual Networks for Fast Embedding

(英文論文誌B 2020年4月号掲載)

受賞者 間野 暢 受賞者 井上 武 受賞者 水谷后宏 受賞者 明石 修

 最優秀論文賞(第3回)に別掲

区切


Method of Measuring Conducted Noise Voltage with a Floating Measurement System to Ground

(英文論文誌B 2020年9月号掲載)

受賞者 荒井稔登 受賞者 岡本 健 受賞者 加藤 潤 受賞者 秋山佳春

 電源ケーブルや,通信ケーブルを伝搬した電磁雑音がICT装置に侵入することで,機器の誤動作やフレーム損等の通信障害が発生する場合がある.このような障害が起こった際は,侵入経路,電磁雑音の周波数及び強度などを調査し,適切なノイズフィルタの取り付けや雑音源の除去による対処を行うが,電磁雑音の対地電圧を測定する際,調査環境にて測定器の接地が取れない場合には,正確な電圧を測定することができない.

 本論文では,非接地状態で測定した電磁雑音の電圧の大きさや波形を,接地を取って測定した場合の測定結果を補正する技術が紹介される.測定器のグランドと大地間に生じる静電容量を正確に見積もることができれば,非接地で測定した場合に測定される変位した測定結果を,正確に補正することが可能である.この静電容量を測定するため,大地に向かい合う電極や,発振回路,電圧測定回路などで構成される対地容量測定装置が本論文では提案される.この装置の電極は大地との間に静電容量を構成し,その静電容量の大きさによって,発振回路から信号を出力した際に電圧測定回路で測定される電圧が変化する.この特徴を用いて,測定器のグランドが大地との間に形成する静電容量の見積もりが行われる.オシロスコープのグランドとシールドルーム床面間の静電容量の導出,また導出された静電容量を利用したサグが生じた方形波の波形の補正などが提案手法の検証のため実施された.検証の結果,提案手法により静電容量の見積もりが可能であること,また見積もった静電容量を用いて非接地での測定結果を正確に補正できることが示された.

 本論文で紹介される電磁雑音の測定手法は,今後ますます増加すると考えられるICT装置に生じる電磁雑音起因の通信障害に対する対応の効率化へ寄与する手法であり,実社会での貢献も期待できる.本論文は有用性と新規性が高く,本会論文賞に値する論文として評価できる.

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データドリブンサービスを支える混載メモリ技術とその応用

(和文論文誌C 2019年12月号掲載)

受賞者 藤井英治 受賞者 三河 巧 受賞者 滝波浩二 受賞者 笹子 勝

 IoT(Internet of Things)デバイスから得られるビッグデータをAI(Artificial Intelligence)を用いて意味付けしサービスを行うデータドリブンサービスが主流となってきている.IoTデバイスの代表格の非接触ICカードでは,電磁誘導で発生させた電力でデータ読み書き可能な低消費電力性・高速性を持った層状ペロブスカイトSrBi2Ta2O9(SBT)系材料を用いた強誘電体メモリFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)が混載不揮発性メモリの主流となっている.

 本論文では,非接触ICカードに最適なメモリ技術として,2V以下の低電圧で分極反転が可能なSBT系材料をメモリキャパシタ材料に用いた混載FeRAMの世界初の量産化に成功し,交通用インフラの確立へ貢献している.加えて,SBT系材料には最も大きな分極を示す<100>方向のドメインに依存する微細化限界が存在する課題を見いだし,Mbit級の大容量混載を目的に,アモルファスライクの微結晶から成るタンタル酸化膜を抵抗変化膜として用いることで,高集積化が可能なReRAM(Resistive Random Access Memory)を開発した.

 ReRAMの抵抗変化動作には,抵抗変化膜に形成される微細フィラメント内の酸素欠陥制御が重要であることに着目し,2層のタンタル酸化薄膜から成るメモリ構造と,標準40nm CMOSプロセス上に4Mbit-ReRAMのメモリ混載プロセスとを開発し,1万回以上のエンデュランス,85℃10年以上のリテンションを実現した.更に,ReRAMの基本原理であるアナログ的な抵抗変化を重みに用いたニューロモルフィックデバイスを提案し,超低消費電力エッジAIデバイスへの適用可能性を見いだした.本成果は,FeRAMやReRAMの現状を知る上で有益な情報を提供するとともに,その応用に関する将来展望を示しており,本論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

区切


100GBd超級光送信器実現に向けた超広帯域・低駆動電圧動作InP系IQ光変調器

(和文論文誌C 2020年1月号掲載)

受賞者 小木曽義弘 受賞者 尾崎常祐 受賞者 上田悠太 受賞者 脇田 斉 受賞者 金澤 慈 受賞者 石川光映

 通信容量の更なる増大に対応すべく,近年ディジタルコヒーレント光通信方式が急速に普及している.この方式では,光波の位相と振幅の両成分を用いて情報を伝える多値変調によって,単位時間当りの伝送容量を増倍させることが一つの特長である.一方,従来の強度光変調同様に単位時間当りの光オンオフ切換速度(ボーレート)の高速化もまた伝送容量増大に向けて重要視されている.特に,高ボーレート化による大容量化は高次多値化よりも伝送距離の観点でより優れたアプローチとして捉えられており,光部品の高速・広帯域化ニーズはより一層高まっている.その中でも電気信号を光信号に変換する光変調器は光通信の根幹デバイスであり,光変調器の高速化が通信システムの高速化の鍵を握るといっても過言ではない.本論文では,光変調器高速化のボトルネックが材料(半導体及び電極配線)の抵抗にあることを突き止め,その課題に対するブレークスルー技術として,新たな半導体構造(nipnヘテロ構造)と容量装荷型電極構造を融合させた超広帯域光変調素子を提案した.本構造により,これまでトレードオフ関係にあった広帯域化と高効率化(低math化)の両立に成功し,世界最高性能(80GHz帯域/1.5V math)の光変調器を実現した.更に,高速化に伴う入力電気配線の損失増大に対処すべく,光変調器チップと高速ドライバIC(電気増幅器)とを一体実装させたドライバ変調器サブアセンブリ素子の作製にも着手し,本サブアセンブリを用いたIQ光変調実験も行った.そこでは光等化処理を行わずに最大128GBdまでのIQ光変調動作を世界で初めて成功させており,現在進められている次世代100GBd超級システム開発加速に大きく貢献している.また最後に本論文では,本素子を用いた長期信頼性試験結果の一部も報告しており,従来のInP光変調器と同等以上の電気的安定性を確認し,実運用においても十分耐えられる構造であることを実証した.本技術は近い将来到来するテラビット級光通信システムにおいて主要な光部品になることが期待されている.

区切


周波数検出と分周数制御を用いたPLLのチャープ信号の線形性補償手法

(和文論文誌C 2020年4月号掲載)

受賞者 和田 平 受賞者 水谷浩之 受賞者 中溝英之 受賞者 田島賢一 受賞者 森 一富 受賞者 檜枝護重

 車載レーダや気象レーダでは,時間とともに周波数が三角波状に変化するチャープ信号を送信し,送受信信号の差の周波数を測定することで,検知対象物体との距離と速度を検出する.検知精度は送信するチャープ信号の線形性に大きく依存するため,検出精度を高めるためには,線形なチャープ信号を生成する必要がある.チャープ信号を生成するためによく用いられる信号源はPhase Locked Loop(PLL)であり,PLLはその基準信号のmath倍(mathは実数)の周波数の信号を出力でき,mathは外部からの制御信号によって任意に制御できる.PLLは,mathの値を三角波状に遷移させることでチャープ信号を生成できるが,その伝達特性が低域通過形であるため,過渡応答により三角波の変曲点付近でオーバシュートが発生し,線形性が劣化する.

 本論文では,この課題解決のため,PLLの出力周波数を検出し,検出結果からmathの値を制御する手法を提案した.提案手法では,まず,オーバシュートによって線形性の劣化したPLLの出力周波数を検出し,検出結果から所望の周波数との誤差を小さくするためのmathの値を算出する.次に,算出したmathの値を用いてPLLを制御することで,変曲点も含めて線形性を補償する.提案手法は,PLLの出力周波数を動作中に常時検出して補償を行う手法のため,温度や経年変化によるPLLの特性変化に対応できる.このため,初期校正後にレーダ運用を開始する場合には,レーダの運用を停止することなくチャープ信号を生成できる.シミュレーション及び実測により,提案手法を適用することで最大周波数誤差が87%以上改善し,線形性が向上することを示している.

 本論文は,チャープ信号を送受信するレーダの検出精度向上に寄与し,実用化に貢献する研究であることから,本会論文賞に値する論文として高く評価できる.

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道路ネットワーク上の軌跡データに対する圧縮索引

(和文論文誌D 2020年5月号掲載)

受賞者 小出智士 受賞者 肖 川 受賞者 石川佳治

 GPSに代表される様々なセンサが搭載されている現代の車両からは膨大な移動軌跡データが収集されており,それらを利活用する技術の開発は近年の重要なテーマの一つである.本論文は,そうした大規模な移動軌跡データに対する検索技術の開発を目的としている.

 車両が動く道路ネットワークを有向グラフと考えると,軌跡データはエッジ集合をアルファベット集合とする文字列とみなすことができる.このとき,文字列索引アルゴリズムの一つであるFM-indexを適用することで様々な経路ベースの問合せが可能となるが,大規模なデータにFM-indexを適用すると,エッジの数が膨大になり,効率が低下することが知られている.この問題に対し,本論文では,車両が移動する道路ネットワークには物理的構造による制限があり,道路ネットワークは疎グラフの性質を持つ点に着目して,効率の低下を抑える圧縮データ構造,及びその構造での索引アルゴリズムを提案している.提案手法は,FM-indexを大規模データへ適用可能にした既存の改良手法と比べて,高い圧縮性能と高速な索引が可能であることを理論的に証明している.更に,実際の軌跡データを用いたシミュレーション実験も実施し,既存手法と比べて数倍から数十倍程度高速かつ,大幅な圧縮率の改善が可能であることも示している.

 本論文は,既存手法とは異なる新たな着想やその着想を実現するための独創的なアイデアが盛り込まれていること,性能評価において理論解析,数値実験の両面から本手法の優位性を示していることから,新規性,有用性共に非常に高い.また,大規模な軌跡データに対して高い圧縮率と効率的な検索を両立した本論文の成果は,到来が予期されるデータ駆動形社会での活用が期待され,データ工学分野の発展に大きく貢献している.よって,本論文は,本会論文賞にふさわしい論文として高く評価できる.

区切


軽量な類似度計算によるプロジェクト間のソースファイル集合の再利用検出

(和文論文誌D 2020年7月号掲載)

受賞者 伊藤 薫 受賞者 石尾 隆 受賞者 神田哲也 受賞者 井上克郎

 ソフトウェア開発の現場では,ソフトウェアの品質や信頼性の向上を指向して,オープンソースソフトウェア(OSS)のソースコードを再利用することが一般的に行われている.しかし,開発の長期化や度重なる更新・修正作業によって再利用したソースコードのバージョン情報が失われることがある.その場合,対象となるソフトウェアとOSSのソースコードとの類似度を計算して再利用元を特定する必要があるが,既存のソースファイル単位での類似度計算手法ではライブラリのバージョンを自動的に特定することは難しく,また類似度計算に係る膨大な計算時間も課題となっている.

 本論文では,分析対象ソフトウェアのソースファイルと再利用したライブラリの版管理システムのリポジトリの内容を比較し,再利用したライブラリのバージョン情報を自動的かつ高速に検出する手法を提案している.提案手法では,まず対象ソフトウェアとライブラリの二つのソースファイル集合を基にソースファイル単位で類似度を算出し,それらの合算値をそのライブラリに対する類似度とする.そして,最も類似度の高いバージョンのライブラリを現在の再利用元として自動的に抽出する.これら類似度の計算を高速化するため,類似度を構成するJaccard係数の推定値を正確に求めるのではなく,局所性鋭敏ハッシュの一つであるb-bit MinHash法を用いて近似的に類似度を算出している.そして,種々のOSSライブラリに提案手法を適用した結果,正確なバージョンを平均99.3%の精度で検出可能であり,これはJaccard係数の推定値を正確に算出する既存手法と同程度の検出精度を達成している.更に,平均実行時間は24.1%短縮され,既存手法の1%未満のメモリ消費量で実行できるなど,多くの面で提案手法の有効性が示されている.

 近年,大規模・複雑化の著しいソフトウェア開発の現場において,本論文で提案された高精度かつ高速なバージョン管理手法はソフトウェアの品質向上に大きく寄与するものであり,その優れた有効性から本会論文賞に値する論文として高く評価できる.

区切


機械学習におけるハイパパラメータ最適化手法:概要と特徴

(和文論文誌D 2020年9月号掲載)

受賞者 尾崎嘉彦 受賞者 野村将寛 受賞者 大西正輝

 本論文は,機械学習モデルにおけるハイパパラメータの最適化手法とその関連技術をまとめたサーベイ論文である.発展著しい当該領域の研究をこれから始めようとする研究者や学生,また機械学習システムを開発する企業技術者や,機械学習の導入を考えている異分野の研究者にとって非常に高い価値がある.また,日本語で読むことのできる当該分野のサーベイとしても大変貴重であり,本論文は初学者に必要とされると考えられる.

 本サーベイ論文はハイパパラメータ最適化手法に望まれる要件を整理し,代表的なブラックボックス最適化手法(グリッドサーチ,ランダムサーチ,ベイズ最適化,個体群に基づく最適化,Nelder-Mead法)を丁寧に解説している.その後,ハイパパラメータ最適化の高速化を目的としたグレーボックス最適化手法の紹介を行っている.最後に,状況に応じたアルゴリズム選択のガイドラインをまとめている.特にアルゴリズム選択のガイドラインは非常に重要なトピックであるとともに,本サーベイ論文は非常に多くの文献を紹介しており,このトピックを網羅的にカバーしていると言える.機械学習モデルでは,適切なハイパパラメータを設定することが必要であり,古典的な手法であっても適切なハイパパラメータを設定することで近年の深層学習モデルよりも優れた性能を発揮できる場合があることが報告され,チューニングの重要性が高まっている.本サーベイ論文は実用化に向けたハイパパラメータの最適化について説明されており,それぞれの手法の説明だけでなく,どの手法を用いるべきかの指針が示されていることから,実際に適用を考える多くの読者に有益であると言える.本サーベイ論文は,様々な手法を紹介するだけでなく,基礎知識の説明から始まり,最後に実際にどの手法を用いるべきかを判断するためのガイドラインまで記述されている点を高く評価できる.説明は簡潔に記述され,質・量は初学者にとっては分かりやすく整理されたものになっており,本サーベイ論文は機械学習の導入において著しい波及効果が期待される.

区切


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