電子情報通信学会 - IEICE会誌 試し読みサイト
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電子情報通信学会は私が初めてジャーナル論文を採録頂いた学会です.当時のことはよく覚えています.何度も推敲し,紙の原稿を切り貼りしながら幾度となく修正しました.論文が活字になったときには誇らしく誰かに伝えたい気持ちになりました.この学会に育てて頂いたと感じています.その後,研究専門委員会の幹事,ソサイエティ会長などを経験し,学会の現場も運営も知っているつもりでしたが,この間,学会は大きく変化していました.そこでまず,次期会長の一年間に学んだ学会の活動を報告したいと思います.
まず,コロナ対策です.会誌編集委員会は早々とその重要性を認識し,各界のオピニオンリーダーの記事を「ウィズコロナ緊急連載」として掲載しました.サービス委員会は,研究集会が十分に実施できずキャンセルが続く中,Webinarの立上げに力を注ぎました.オンラインを活用したWebinar(IEICE ICT Pioneers Webinarシリーズ)は毎回500~1,000名の視聴者を集めています.財務委員会はオンラインの活動を魅力化する「先進的取組」への支援を行いました.ポスターセッションも実施可能なEventIn((株)ブイキューブ)の試行が成功し,学会内で本格的な利用が始まろうとしています.
長期的な取組も継続しています.ディジタルコンテンツは,「知識の森」はユーザ数が40万人を超え,ディジタルライブラリには50万件の文献が収録されています.財務状況は多くの方の努力の結果,一時期の危機を脱し堅調に推移しています.会員減少に対しては,ジュニア会員制度が導入されるとともに,プラチナクラブが継続的に活動しています.維持員向けサービスも拡充され「感謝の集い」が初めて開催されました.一方,新たな課題も顕在化しています.英文誌への論文投稿の減少とそれに連動する海外会員の減少です.サービス委員会,編集連絡会はこの課題を解決すべく,英文誌のインパクトファクター向上策を検討しています.
会員の皆様からは見えにくいかもしれませんが,笹瀬巌会長を中心に,本会の理事会,委員会,事務局が,この一年間,課題の把握と解決に真摯に取り組んできたことを報告致します.
ところで,次期会長着任時に様々な統計グラフの説明を受けました.学会の長期的構造的な変化に気づいたのはそのときです.もし,その変化に気づかなければ,私の就任挨拶はここまでで,歴代会長の中で最も短い挨拶となったでしょう.しかし,1枚のグラフが気になり出しました.それは,年齢別会員数のグラフです.
会員数を表すグラフは,会員減少という本会の重要な課題を示しているのですが,毎年の恒例行事のようで,受け取る側の危機感は鈍っています.しかし,年齢別会員数のグラフは初めて見るもので,30歳前後の会員数が55歳前後の1/3程度であることを示していました.少子化の影響もあるでしょう.減少する海外会員に若手が多いことも関係していると思いますが,それだけでは説明できません.また,この数年間のグラフを比較すると,年次ごとの会員数は平行移動ではなく,むしろ徐々に下がっています.つまり,年齢が上がるにつれて入会が進んでいるという楽観的な見方はできそうもありません.
人口は比較的予測が容易であることが知られています.有名な未来予測であるローマクラブの「成長の限界」も,まず人口の予測から始めたそうです.会員数と人口を同様に扱うのは飛躍がありますが,本会の将来を考える際に年齢別会員数は重要な指標と思われます.若手会員の減少を受け止めた企画戦略室は「若手のための若手による学会革新」ワーキンググループを発足させました.若手会員と理事会との対話では,学会に対する多くの問題提起や具体的な改善案が示されました.もの言う若手は本会の前進に欠かせない存在です.法人化後,研究会運営の負担が増えているなどの現場からの指摘には,事務局が対応に動き出しています.
事務局に(忙しい業務の傍ら)グラフの詳細化をお願いしました.作って頂いたのは大学と企業の年齢別会員数を示すソサイエティごとのグラフです.本会は,大学と企業の会員数がほぼ同じという特徴を持っています.そのため,学生員は,就職した後も企業で会員となり続けることが期待されるのですが,現実にはそうなっていないようです.詳細化されたグラフは,本会の課題を更に具体的に示しています.例えば,通信ソサイエティはもともと企業会員の比率が高いのですが,その企業会員は55歳をピークに年齢が若くなるにつれ減少していく傾向が顕著です.本会が若手の企業研究者・技術者にどのような価値を提供できるかを考えるだけでは十分ではなく,そもそも本会と企業との関係性を再構築する必要があることが分かります.一方,情報・システムソサイエティは大学の会員数が企業を上回りますが,大学会員においても若手の減少が顕著です.原因を究明し,本会が次世代を担う大学の研究者・教員にどのような価値を提供できるかを考えなければなりません.
社会のあらゆるセクタで連携の重要性が認識されてから20年ほどが経過しました.この間,産学官連携,異業種間連携,オープンイノベーション,エコシステムなど,様々な連携の形態が生まれ議論されてきました.その背景には,社会が向き合う課題が一つの専門や業種では解けないほど複雑になってきたためと思われます.ネットワークで世界がつながり地球規模の制約条件があらわになったことも原因でしょう.SDGsが扱う16のテーマはそうした社会課題を表しています.(そして17番目のテーマは課題解決のための連携です.)本会の会員が様々な連携を求め,その興味が専門を超えて広がっていても不思議ではありません.
一方,学会は専門分野の振興を目的とする団体です.本会は,電子情報通信という専門分野に関心がある研究者・技術者が集まり,基礎・境界,通信,エレクトロニクス,情報・システム,NOLTAという五つのソサイエティに,ヒューマンコミュニケーショングループを加え,それぞれが多くの研究専門委員会によって構成されています.先日,総合大会の最終日に「アフターコロナ・ウィズコロナ時代の学会をぶっちゃけ語ろう」という討論会が行われました.その際にも,「学会はもっと社会課題を扱うべきだ」という意見がありました.専門で集まった会員の関心が社会課題に向かうと,その解決は専門に閉じなくなります.専門で分化した学会は,この矛盾にどう向き合えばよいのでしょうか.
大学を例にとりますと,専門は部局(学部や研究科)によって分かれています.縦割りの組織は研究には適しているのですが,今日の教育には横断的な問題解決能力の育成が求められます.つまり,研究と教育が「縦」で一体化していた時代から,研究が「縦」,教育が「横」の時代へと変化しつつあります.コペンハーゲンビジネススクール(CBS)は,その変化を先取りした成功事例です.CBSは今日では学生数2万人の大規模な商科大学ですが,この25年で学部や修士課程のコースは3倍になり,それに伴い学生も2.5倍に増えました.これは,社会の要請に応えて横断的な教育プログラムを増やした結果です.注目すべきは,大幅に強化した「横」の教育プログラムを支えるために教員が増え,結果として教員が所属する「縦」の研究力も強化されたということです.つまり,連携の強化が専門の強化を導いたのです.CBSにヒントを得て,横断的な連携活動を活性化することで会員にとっての魅力を増し,結果としてソサイエティや研究専門委員会に所属する会員が増えることを狙ってはどうでしょうか.
また最近では,新規産業の戦略的連携を表す用語としてエコシステムをよく耳にします.自然界の生態系をビジネス連携に転用したものです.データを介した柔軟な連携に用いられることも多く,「アマゾンはもはや会社ではない,複雑なエコシステムだ」などと表現されます.考えてみますと学会という組織は,会員から情報を集め精選し社会に還元しています.学会における連携活動もエコシステムにヒントを得て,学術情報を介して,学会内,間,そして社会に開かれた連携を目指してはどうでしょうか.
さて,連携の時代の電子情報通信学会はどうあるべきでしょうか.次期会長の期間に様々なアイデアを理事会や事務局の方々と相談したのですが,その中で比較的ポジティブな反応を頂いたものを三つ紹介します.
(1)学会連携による学術メディアコンテンツのバンドリング
コロナ禍でWebinarなどのメディアコンテンツの蓄積が加速している今こそ,複数の学会が連携し学術メディアコンテンツをバンドリングして提供してはどうでしょうか.
本会では,企画戦略室を中心に,電気学会,日本機械学会との連携が進められ,会誌や大会で共同企画が行われるようになりました.情報処理学会とは,従来から情報・システムソサイエティが情報科学技術フォーラムFITを共同開催しています.こうした研究集会や出版の共同企画に加えて,今後の連携活動として考えられるのは,Webinarなどのメディアコンテンツの連携です.
情報経済によれば,情報材は限界費用がほぼゼロ(すなわち,再生産にコストはかからない)であるため,新しい供給戦略が可能となります.特にバンドリングは情報材であるからこそ可能な戦略です.音楽を例にとると,数千万曲をバンドリングしても,ユーザが聞ける曲数には限りがありサーバの負荷が曲数に比例して増えるわけではありません.一方,バンドリング戦略は多様なユーザの興味に対応でき,ユーザの支払い意志額が収束するため(聞こえは悪いですが)消費者余剰を残さない戦略です.その結果,音楽家が独自に楽曲をユーザに販売するより,バンドリング企業を介して販売する方が効率的となり情報財の集積が進んでいきます.
学会が提供する学術メディアコンテンツにも同様のことが言えると思います.多くの学会が連携してコンテンツをバンドリングすれば,様々な分野に興味を持ち始めた研究者・技術者の,更には広く市民の要求に応えられ,かつ各学会が個別に提供するより収益が上がる可能性があります.
(2)会員の活動を世界に発信するIEICE Reviewの創設
会員の優れた活動を解説し,世界に発信する出版物(仮にIEICE Reviewと呼びます)を新たに設けるのはいかがでしょうか.
本会ではWebinarが成功していますが,いわばその出版バージョンの提案です.内容としては,専門知識をまとめた解説,数年を要した研究をまとめたモノグラフ,企業や大学の研究開発プロジェクトの解説などが考えられます.特に目次も作らず,査読の終わったものから迅速に電子出版で公開していけばよいと思います.
モノグラフの出版を思いついたのは,JSTさきがけの研究総括を務めたときでした.多くの若手教員や研究者の優れた研究成果と社会実装に瞠目する一方で,彼らが代表的な著作(例えば単名の英文ジャーナル)を持たないことに気づきました.最近の若手教員や研究者は,自ら研究費を獲得し,博士学生を育てなければなりません.その結果,多数の国際会議論文やジャーナル論文が出版されるのですが,大半は連名で,代表的論文ですら学生が主著者であったりします.短期的にはそうした出版戦略も功を奏するかもしれませんが,長期的には,例えば国際的な連携の中心人物となるためには,本人の研究を代表する著作が必要です.しかし研究成果は既にあちこちに発表済みですので,原著論文は書けません.モノグラフであれば,自らが構想し推進した研究を総括し,単名で出版することができます.
企業や大学で研究開発プロジェクトを主導した方々も,プロジェクトの解説を出版する意欲は強いと思います.論文ではプロジェクトの全体像を描くことはできず,また,得られた知見は一般化を求められます.解説であれば,特殊な条件下での苦労した経験を記述することができます.社会的評価を受けたプロジェクトの記録を残すことは,中心的に関わった方々にとっても社会にとっても意義あることと思います.
(3)会員の連携活動を支援するIEICE AdHocの創設
連携の時代を生きる会員の多様な活動を支援する,敷居の低い柔軟な場(仮にIEICE AdHocと呼びます)を設けることはできないでしょうか.
会員数の減少は本会に限らず多くの学会の悩みですが,本会はIoTとAIの中心的学会です.この分野の研究開発が下火になっているわけではないとすると,先端に向かう研究者・技術者の活動を,本会が吸収できていない可能性があります.AdHocが,若手に対しては,機械学習などの新規技術の勉強会や,ベンチャーとの協働を支援する場となり,本会のボリュームゾーンであるシニアに対しては,社会課題を解決する産学連携や行政,NPOとの連携の場となればと思います.
こうした枠組みは単純で透明性が高いものである必要があります.事情をよく聞かなければ使えない複雑な仕組みでは,何かを始めようとする意欲が削がれます.結果として生まれる活動は,今ある研究専門委員会のように秩序だったものではないかもしれません.活動のオーバラップも生じるでしょう.枠組みを単純にする一方で,活動の多様さと多少の混乱を許容することが肝要です.柔軟な場が生まれることによって,若手もシニアも自由奔放に活動できる学会になればすばらしいと思います.
上記の提案を含め多くのアイデアが,本会を構成する様々な委員会で議論されてきました.学会改革の「知恵は十分にある,問題は誰が実行するかだ」という嘆きにも近い声が聞こえてきます.考えてみれば,本会の理事や委員は全員がボランティアです.事務局は少規模で,総合大会やソサイエティ大会,80を超える研究専門員会の担当者は数名にすぎません.100年の歴史の中で積み重ねられた本会の枠組みを転換するには力が足りません.
したがって事務局の人的強化がまず必要です.既に大学院生のボランティアを組織化し,次世代のコミュニティを育成しながら学会運営への参加を求める取り組みも始まりました.企画戦略室では,学会トランスフォーメーションを実現するために新たな部門を作ることも議論されています.
民主的に運営されている学会の意思決定には時間がかかります.しかし,変化する社会は待ってはくれません.本会と企業との関係性を再構築すること,研究者・技術者のニーズを捉え直すこと,会員の自由で奔放な連携活動を支えることを目標に努力していく所存ですので,会員の皆様の御支援と御協力をお願い致します.
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