巻頭言 技術の発展と赤の女王仮説

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Vol.104 No.9 (2021/9) 目次へ

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巻頭言

技術の発展と赤の女王仮説 Technology Development and Red Queen’s Hypothesis会計理事 足立朋子

 組織やもっと広く社会発展のキーワードとして,グローバル化や多様性が挙げられるようになって久しいですが,こうあるべきという理想論よりもっと腑に落ちる説明があるはずではないか,そんなことを考えてきました.

 少し話がそれますが,昨年からの新型コロナウイルスとの攻防では,ウイルスの変異の速さが改めて認識されました.生物の進化に思いを馳せるとき,赤の女王仮説というものがあります.生き残るためには進化し続ける必要があるというものです.外との接触がない環境下では最適化して安定する方向になりますが,一旦外の世界とつながれば最適ではなくなります.閉ざされた世界に新しい種が入ってくると元の世界の生物が劣勢になるのは元の生物にとっては想定外の要素が生じるからです.生物進化は無意識の産物で意識してどうこうできる代物ではありません.しかし,前述の仮説を新たな環境を受け入れることで多様な刺激に触れ,進化していくという意味で捉えると,意識下の活動にも当てはまりそうです.実際,この仮説は国家間の競争でも引用されています.進化は意識下での活動に適用すると発展に置き換えられるでしょうか.本会に関わる組織の方々は電子情報通信技術と深く関係し,その技術発展で社会に寄与されています.そこで以下では赤の女王仮説という視点から我々に身近な技術の発展について考察していこうと思います.

 新たな変化への適用は意識するとしないにかかわらず周囲との競争という側面も持ちます.変化や競争に対する耐性は人それぞれでその許容値を越えるような場合は居心地が悪く,ストレスになり,なるべく回避しようとするのは当然と思います.その際,短期的ではなく長期的な発展の視野で判断することがポイントでしょう.外乱,外圧があったら抵抗一辺倒ではなく,それを受け入れて変化の起点にする.生物進化での議論と違うのは技術発展では圧倒的に優位なものに敗れてもその新しいものを受け入れて変わることができるところだと思います.例えば違う考え,違う価値観などに接して良いところを受け入れる.多様性です.技術は積み上げて発展していく,つまりある範ちゅうでの洗練された最適解を出していくことも大事ですが,ブレークスルーも必要です.コアとなる技術に新たな技術やアプローチをうまく取り入れることができると化学反応のように発想の転換が起こり,ブレークスルーがもたらされます.手っ取り早く,と言うと語弊がありますが,その際にグローバル化は新しい変化を呼び込む手段としてこちらから戸を開きさえすれば始められるものです.逆にグローバル化が当たり前になっている現代では,消極的だと退化になりかねません.正に同じ場にとどまるためには積極的に変化していかないといけないわけです.

 今は5Gの浸透とBeyond 5Gに向けた大きな技術変化の中にあり,新しい多様な技術の芽に触れて皆がブレークスルーを起こそうとしている時期です.このようなときは,最適解が出そろっているわけではないため,不便や退行といった“ペイン”を感じるかもしれません.多少の不便を楽しみつつ新しい技術に触れて新しい着想を得る,あるいはそのペインを敏感に感じ取って技術を洗練させる.いずれにしても,門戸を広げて新しい世界と接しないことには始まりません.グローバル化の流れに乗って新しい技術や考え方といった多様性に触れることで,新たな世界で通用する技術を磨ける,そう考えるとグローバル化は肩肘張った理想論からより身近な自分事に感じられるのではないでしょうか.


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