知識の森 Massive MIMO

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Vol.106 No.11 (2023/11) 目次へ

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知識の森

無線通信システム研究専門委員会

Massive MIMO

丸田一輝(東京理科大学)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.Massive MIMOとは

 第4世代移動通信(4G)以降,飛躍的な通信速度の向上が求められ,5G,またその先の6Gにおいても高速化は継続的な技術要件とされている.これを実現し得る最も有望な技術の一つとして,Multiple Input Multiple Output(MIMO)の実用化が進んでいる.MIMOは送信機と受信機にそれぞれ複数のアンテナを備え,それぞれ異なる信号を空間領域に多重し伝送する方式であり,時間や周波数といった限られた無線資源を増加させることなくアンテナ数に比例して伝送容量が増大可能となる.基地局(BS : Base Station)のアンテナ数を100素子規模にまで拡張することで,空間多重伝送のストリーム数を更に増大し,高い周波数利用効率を安定的に実現することが可能となる(図1).この概念がMassive(大規模)MIMOであり,Very Large MIMOとも呼ばれる.Massive MIMOを含むアレーアンテナ技術は6Gにおいても引き続き重要な技術であると位置付けられている(1)

図1 Massive MIMOの概念  多素子化に伴いアレー開口が大きくなることから,より鋭いビームを形成することが可能となる.

2.Massive MIMOシステムモデル

 基地局(送信)アンテナ数,端末(受信)アンテナ数をそれぞれmathmathとし,送信信号ベクトルをmath,受信信号をmath,伝搬路行列をmathとする.ここで,信号分離のためのウェイトは送信側で適用する場合を想定し(プリコーディング),そのウェイト行列をmathmathとすると,送信から受信の流れは以下のように表すことができる.

math

ここで,mathは受信機において付加される白色雑音項である.mathmathが同等数であれば従来のMIMOであり,mathmathに対して4倍程度以上とも言われる)となればMassive MIMOと呼ばれる領域となる.受信側は,複数のアンテナを備えた1台の端末と捉えてもよい.この場合,シングルユーザMassive MIMOとなり,受信ウェイトの適用も可能である.

3.Massive MIMOの利点

 通常,MIMOによる空間多重伝送を実現するためには,干渉除去(ヌル形成)の機能を伴うウェイトとしてゼロフォーシング(ZF : Zero Forcing)や最小二乗誤差法(MMSE : Minimum Mean Square Error),またグラムシュミットの直交化法などの各種規範を用いる.一方,Massive MIMOでは基地局の膨大なアレー自由度を所望信号の合成利得に活用することで,干渉除去を伴わない最大比送信(MRT : Maximal Ratio Transmission)といった簡易なウェイト(math)のみでも一定の信号対干渉電力比(SIR : Signal-to-Interference power Ratio)を得ることが可能である(2).希望信号は同位相で合成されることから,振幅はmath倍,電力ではmath倍となる.一方,干渉信号はランダム合成となることから,その増加分は統計的にはmath倍,電力ではmath程度となる.厳密には所望信号電力及び干渉信号電力の確率的分布を考慮する必要があるが,大まかな理解としては,残るmathが干渉となることを踏まえ,SIRを

math

として表すことができる.基地局アンテナ数を増加するほどにSIRは増大する.図2に示すように,例えばmath,であれば,およそ10dBものSIRをZF等の複雑な信号処理を行わずとも達成される.これがMassive MIMOの最大の利点である.

図2 送信アンテナ数に対するユーザの平均SIR  基地局アンテナ数Nt=100,端末数Nr=10,MRT適用時におけるシミュレーション結果.

 上記のように所望信号に対し同相合成を行うことは当該信号に対しビームを形成していることと等価である.伝搬路がマルチパスを含む環境である場合,見方を変えると,同相合成は主要なパスに対して強いビームを形成し,干渉であるマルチパス成分は相対的に抑圧されることになる.つまり,周波数選択性を緩和する効果をもたらす.また,5Gでは高周波数帯が新規に採用されているが,距離減衰が大きいことからカバレージの狭小化が課題である.これに対し,多素子アンテナにより実現される高いアレー合成利得は激しい距離減衰を補償可能であり,この観点からも親和性が高い.

4.Massive MIMOの構成例

 実際の装置構成において,各アンテナ素子にはディジタル信号処理部にアナログ-ディジタル(A-D : Analog-Digital)変換器,D-A変換器や無線周波数(RF : Radio Frequency)デバイス等のアナログ回路が接続される.アンテナの多素子化によりこれらのデバイスも多数必要となり,装置コストや消費電力の面で課題が生じる.そのためMassive MIMOの能力を最大限発揮しながらも上記課題を克服可能な構成として,アナログ位相器によりアンテナ群の信号を合成した後にディジタル段へと接続するハイブリッド構成が検討されている(3).全てのアンテナをアナログ合成したものを複数系統用意し,ディジタル段へと接続するフルアレー構成(図3(a))や,一部のアンテナ群をアナログ合成し,個別にディジタル段へと接続するサブアレー構成(図3(b))などが提案されている.ハイブリッド構成ではディジタル段における信号処理系統数がアンテナ素子数に対し少ないことから空間自由度は減少するが,前段のアナログビームフォーミングにより信号利得を獲得することができる.一方,全てのディジタル段にアナログ回路が接続された構成はフルディジタルと呼ばれ,全ての空間自由度をビームフォーミングによる利得の獲得またはヌル形成に任意に配分可能であることから,Massive MIMOの能力を最大限に発揮可能である.

図3 ハイブリッドビームフォーミングの構成例

5.6Gに向けた検討状況

 6Gに向けては,100GHz以上の(サブ)テラヘルツ波の活用に向けた検討も進んでいる(4).距離減衰が更に著しくなることから,多素子アンテナによるビームフォーミングの利用は不可欠となる.そこで,アンテナ素子数の規模を更にスケールアップさせたUltra Massive MIMO, Extra-Large MIMO(XL-MIMO)等の検討も始まっている.また,面的に分散配置されたアンテナ群を多素子アンテナと捉え,一括して信号処理・制御を行うことによりセルの概念を払拭するセルフリーMassive MIMO(5)も改めて注目されている.いずれも高周波数帯へ移行しつつある無線通信システムの周波数資源を活用する有望な技術として発展が期待される.

文     献

(1) Z. Xiao et al., “Antenna array enabled space/air/ground communications and networking for 6G,” IEEE J. Sel. Areas Commun., vol.40, no.10, Oct. 2022.

(2) E.G. Larsson, O. Edfors, F. Tufvesson, T.L. Marzetta, “Massive MIMO for next generation wireless systems,” IEEE Commun. Mag., vol.52, no.2, pp.186-195, Feb. 2014.

(3) F. Molisch et al., “Hybrid beamforming for Massive MIMO : A survey,” IEEE Commun. Mag., vol.55, no.9, pp.134-141, Sept. 2017.

(4) Y. Ogawa, T. Utsuno, T. Nishimura, T. Ohgane, and T. Sato, “Sub-terahertz MIMO spatial multiplexing in indoor propagation environments,” IEICE Trans. Commun., vol.E105-B, no.10, pp.1130-1138, Oct. 2022.

(5) I. Kanno, K. Yamazaki, Y. Kishi, and S. Konishi, “A survey on research activities for deploying cell free Massive MIMO towards beyond 5G,” IEICE Trans. Commun., vol.E105-B, no.10, pp.1107-1116, Oct. 2022.

(2023年6月26日受付) 


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