知識の森 プラズモニックデバイス

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Vol.106 No.12 (2023/12) 目次へ

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知識の森

電磁界理論研究専門委員会

プラズモニックデバイス

田中拓男(理化学研究所)

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.二つの表面プラズモンポラリトン

 プラズモニックデバイスとは,表面プラズモンを利用したデバイスである.表面プラズモンは,自由電子の集団的な振動で,正確には表面プラズモンポラリトンである.この表面プラズモンポラリトンには,伝搬形表面プラズモンポラリトン(以下,伝搬形プラズモン)と局在形表面プラズモンポラリトン(以下,局在形プラズモン)の二つがある.伝搬形プラズモンは自由電子の粗密波で金属の表面を伝搬する.波なので分散関係を持っている.金属が真空と接しているときの伝搬形プラズモンの分散関係は図1のようになる.図1には真空中を伝搬する光波(以下,伝搬光)の分散関係(ライトライン)も併せて示した.重要なのは,伝搬形プラズモンの分散カーブがライトラインの常に高波数側に位置していることである.これは伝搬光を金属表面に照射するだけでは伝搬形プラズモンを励起できないことを意味する.そこで一般的にはプリズム等の屈折率若しくは回折格子等の格子ベクトルによって足りない波数を補う.更に,波数が大きいということは,伝搬形プラズモンの波長が伝搬光の波長よりも短いということや,プラズモンの伝搬速度が光速よりも遅くそれだけ境界面に電界がたまって電界強度が増強されることを意味する.伝搬形プラズモンを利用したプラズモニックデバイスは,このような伝搬形プラズモンの短い波長や増強された電界を利用することで様々なメリットを得ている.

図1 伝搬形プラズモンの分散関係  伝搬形プラズモンの分散カーブはライトラインの高波数側に位置する.これは伝搬形プラズモンが伝搬光と比較して高い波数,短い波長,高い電界強度を持つことを表している.

 局在形プラズモンは,光の波長よりも十分に小さな金属構造中に励起される.波長よりも細かな構造中に励起されるので,波のように伝搬せず構造中に局在している.そのため,伝搬形プラズモンのような分散関係はないが,励起光の周波数や金属の誘電率,サイズが一致すると共鳴を起こし,非常に強い光電界が金属構造の表面近傍に生じる.局在形プラズモンが励起されている金属構造は微小アンテナとみなせばよいので様々なモードがある.例えば金属微小球に最低次の局在形プラズモンが励起されている場合は,電気双極子と等価なので,局在形プラズモンのエネルギーは電磁波として空間に放射される.これは相反則から伝搬光を金属微小球に照射するだけで局在形プラズモンを励起できることを意味し,伝搬形プラズモンのようにプリズムや回折格子のような波数を合わせるための細工は必要ない.

2.伝搬形プラズモニックデバイス

2.1 表面プラズモンセンサ

 伝搬形プラズモンの共鳴状態は金属表面が接している物質の屈折率などの変化に敏感で,物質の屈折率が変化すると伝搬形プラズモンの励起角や励起波長が大きく変化する.これを利用して光の入射角や波長を走査しながら表面プラズモンの共鳴状態を測定することで,物質の屈折率等を高精度に測定できる.これが表面プラズモンセンサである.金属表面を抗体分子などの特定の分子で修飾しておき,そこに別の分子(抗原など)が吸着することを屈折率の変化として検出すれば特定の物質の存在を単分子レベルで検出できる.光の入射角を測定するタイプの表面プラズモンセンサは20年以上も前から市販され,バイオやライフサイエンス分野で広く利用されている.最近では,光を金属表面に集光照射して,その反射光をレンズでフーリエ変換してマルチチャネル検出器で測定することで機械的な走査機構なしに表面プラズモンの励起角度を測定する小形のデバイスが活用されている.

2.2 プラズモニック導波路

 プラズモニック導波路は,光波を伝搬形プラズモンとして導波させる光伝送素子である.誘電体で作られた光導波路にはカットオフがあり,導波路の径が小さくなると光はその内部を伝搬できなくなる.一方,金属細線表面を伝搬する伝搬形プラズモンにはカットオフがなく,幾ら細い金属ワイヤでもプラズモンは伝搬できる(1).実際,金原子を一列に並べたワイヤ構造の上をプラズモンが伝搬することが実験的にも確認されている(2).このようにプラズモニック導波路は極微細な光伝送線路として機能する.プラズモニック導波路は金属による吸収損の影響を受け,これが最終的な伝送特性を決める.通常は吸収損の少ない金や銀などの貴金属が使われるが,それでも伝送距離は短くなり,その影響は光閉込め効果が強い導波路ほど顕著になる.そこで必要なところのみプラズモニック導波路を使うために,図2のようなSi導波路とプラズモニック導波路間のモード変換器が開発されている(3)

図2 プラズモニックモード変換器の電子顕微鏡像  Si細線導波路とMIMプラズモニック導波路間のモード変換を高効率で行える.

3.局在形プラズモニックデバイス

3.1 表面増強ラマン散乱

 物質に照射された光が散乱されるとその散乱光には物質を構成している分子の振動数分だけ周波数が増減した成分が含まれる.そこで散乱光の周波数を測定すれば対象物質を構成している分子を同定できる.これがラマン散乱分光法で,化学,生物学など幅広い分野で利用されている.ラマン散乱は散乱断面積が小さいので,試料分子が少ないとほとんど信号が得られないという問題がある.一方,ラマン散乱光の強度は入射電界の4乗に比例するので,入射光が強くなれば信号を増強することができる.そこで表面プラズモンの電界増強作用を使用してラマン散乱光を増強する手法が提案されている.これが表面増強ラマン分光法(SERS : Surface-enhanced Raman Scattering)である.具体的には適当な誘電体基板の表面に金属ナノ微粒子やBow-tie形アンテナ構造などを集積したものを作製し,その上に検体分子を分散させてそのラマン散乱光を測定する.するとプラズモンを利用しない場合と比較して数桁以上強い信号が得られる.ただし,SERS法にはプラズモンによる電界増強効果に加えて,金属表面と検体分子間の電子移動に伴う化学的な信号増強効果もあり,増強度の全てがプラズモンによるものではない.また,信号増強度が金属構造の表面状態や検体分子並びに金属構造と検体分子との相互作用の度合いによって変化するため,定量的な測定を苦手とすることも重要である.

3.2 SPASER

 表面プラズモンポラリトンの電界増強効果を利用したレーザデバイスがSPASER(Surface Plasmon Amplification by Stimulated Emission of Radiation)である.SPASERはナノ領域に局在した増強電界を利用するため,極めて小さなコヒーレント光源として様々な応用が期待されている.初期のSPASERの一つは,金ナノ微粒子の表面にシリカ層をコートした後,更にその周囲に蛍光色素をドープしたシリカ層をコートした構造である(図3(a))(4).それ以外にも銀薄膜表面に厚さ数nmの透明ギャップ層を介してゲイン物質のナノワイヤを配置した構造でレーザ発振が報告されている(図3(b))(5).これらは光励起形のレーザデバイスであるが,電流注入形のSPASERも開発されている(6)図3(c)).それ以外にも様々なSPASERが提案されている(7)

図3 様々なSPASERデバイス  (a)金ナノ微粒子を核としてその周りに色素ドープシリカ層を積層したコアシェル構造のSPASER.(b)銀薄膜の上に透明ギャップ層を介してCdS製のナノロッドを配置したSPASER.レーザはCdSとAgのギャップ部から紙面に垂直方向に出射される.(c)InGaAsを利得物質として用いた電流注入形のSPASER.

3.3 Latticeモードプラズモニックデバイス

 局在形プラズモンを保持する金属ナノ微粒子には,抵抗損など様々な損失があるので,その共鳴特性(Q値)は誘電体微粒子の共鳴特性を比較すると低くなる.しかし,金属ナノ粒子が周期的に配列した構造では,レイリーのアノマリー(Rayleigh Anomaly)によって粒子間に強度のピークを持つモードが励起される.このモードは損失が少ないのでQ値が高く鋭い吸収ピークになる.これがLatticeモードである.最近では,Latticeモードの高いQ値を利用した色素レーザも提案されている(8)

3.4 メタマテリアル/メタサーフェス

 プラズモニックデバイスに密接に関連する技術にメタマテリアル/メタサーフェスがある.メタサーフェスは近年活発に研究されている二次元版のメタマテリアルである.今日ではメタマテリアルは電磁波に限らず音波や物質波など様々な波に適用されている幅広いサイエンスである.光領域のメタマテリアルでは,最近誘電体を用いたものも提案・研究されているが,金属を用いたものも多くそれらのほとんどは局在形表面プラズモンを利用しているので,プラズモニックデバイスの一種である.メタマテリアルについては様々な解説論文が出版されているので,それらを参照頂きたい(9)

文     献

(1) J. Takahara, S. Yamagishi, H. Taki, A. Morimoto, and T. Kobayashi, “Guiding of a one-dimensional optical beam with nanometer diameter,” Opt. Lett., vol.22, no.7, pp.475-477, April 1997.

(2) T. Nagao, S. Yaginuma, T. Inaoka, and T. Sakurai, “One-dimensional plasmon in an atomic-scale metal wire,” Phys. Rev. Lett., vol.97, no.11, p.116802, Sept. 2006.

(3) M. Ono, H. Taniyama, H. Xu, M. Tsunekawa, E. Kuramochi, K. Nozaki, and M. Notomi, “Deep-subwavelength plasmonic mode converter with large size reduction for Si-wire waveguide,” Optica, vol.3, no.9, 2016.

(4) M.A. Noginov, G. Zhu, A.M. Belgrave, R. Bakker, V.M. Shalaev, E.E. Narimanov, S. Stout, E. Herz, T. Suteewong, and U. Wiesner, “Demonstration of a spaser-based nanolaser,” Nature, vol.460, no.7259, pp.1110-1112, Aug. 2009.

(5) R.F. Oulton, V.J. Sorger, T. Zentgraf, R.M. Ma, C. Gladden, L. Dai, G. Bartal, and X. Zhang, “Plasmon lasers at deep subwavelength scale,” Nature, vol.461, no.7264, pp.629-632, Oct. 2009.

(6) M.T. Hill, M. Marell, E.S. Leong, B. Smalbrugge, Y. Zhu, M. Sun, P.J. van Veldhoven, E.J. Geluk, F. Karouta, Y.S. Oei, R. Notzel, C.Z. Ning, and M.K. Smit, “Lasing in metal-insulator-metal sub-wavelength plasmonic waveguides,” Opt. Express, vol.17, no.13, pp.11107-11112, June 2009.

(7) S.I. Azzam, A.V. Kildishev, R.M. Ma, C.Z. Ning, R. Oulton, V.M. Shalaev, M.I. Stockman, J.L. Xu, and X. Zhang, “Ten years of spasers and plasmonic nanolasers,” Light Sci. Appl., vol.9, p.90, 2020.

(8) J. Guan, R. Li, X.G. Juarez, A.D. Sample, Y. Wang, G.C. Schatz, and T.W. Odom, “Plasmonic nanoparticle lattice devices for white-light lasing,” Adv. Mater, p.e2103262, Sept. 2021.

(9) J. Hu, S. Bandyopadhyay, Y.-h. Liu, and L.-y. Shao, “A review on metasurface : from principle to smart metadevices,” Front. Physics, vol.8, 2021.

(2023年8月17日受付) 


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