知識の森 第5世代セルラシステム

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Vol.106 No.4 (2023/4) 目次へ

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知識の森

無線通信システム研究専門委員会

第5世代セルラシステム

熊谷慎也,原田浩樹,永田 聡((株)NTTドコモ)
nagatas@nttdocomo.com

本会ハンドブック「知識の森」

https://www.ieice-hbkb.org/portal/doc_index.html

1.第5世代セルラシステムとは

 第5世代セルラシステム(5G)では,LTE,LTE-Advancedでも考慮されていた「高速・大容量」の観点に加えて,「低遅延・高信頼」「多数の端末の同時接続」「多様な産業のサポート」などの観点も考慮して新たな要求条件を定め,初版仕様が含まれるRelease 15の策定を2018年6月に完了した.

 5Gでは,①モバイルブロードバンドの更なる高度化(eMBB : enhanced Mobile BroadBand),②多数同時接続を実現するマシンタイプ通信(mMTC : massive Machine Type Communications),③高信頼・超低遅延通信(URLLC : Ultra-Reliable and Low Latency Communications)でまとめられる利用シナリオごとに,無線アクセス技術の主な要求条件を表1に示すように定めている.

表1 5G無線アクセス技術の主な要求条件

 これら要求条件を踏まえて検討した結果,以下の主要機能が合意され,5G NR(New Radio)標準仕様に反映されている.

2.高周波数・超広帯域伝送

 超高速・大容量伝送を実現するため,52.6GHzまでの高周波数帯を想定して最大400MHzのチャネル帯域幅が規定されている.また,最大16のComponent Carrier(用語)を束ねて超高速伝送を実現するCarrier Aggregation(用語)やDual Connectivity(用語)がサポートされている.

 また,マルチアクセス(用語)方式としては,MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)(用語)技術との親和性やマルチパスフェージング(用語)への耐性が高いOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)が上下リンクともにサポートされている.更に,高周波数帯における位相雑音(用語)や様々なサービスごとの異なる遅延要求,マルチパス通信環境などに柔軟に対応するため,OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)(用語)におけるサブキャリヤ(用語)間隔として15,30,60,及び120kHzをデータ送受信向けにサポートしている.加えて,上りリンクではカバレージ確保のため,PAPR(Peak-to-Average Power Ratio)(用語)の低いDFT(Discrete Fourier Transform)-spread OFDM(用語)がシングルストリーム伝送時に限定してサポートされている.

3.Massive MIMO伝送

 高周波数帯において,基地局で最大256,端末で最大32のアンテナ素子を用いたMassive MIMO(用語)伝送を想定した参照信号構成,ビーム制御などの要素技術が規定されている.下りリンク通信向けには最大8レイヤのシングルユーザMIMO(用語)伝送及び最大12レイヤのマルチユーザMIMO(用語)伝送が,上りリンク通信向けには最大4レイヤのシングルユーザMIMO伝送がそれぞれ可能である.

 高周波数帯では伝搬損(用語)によるカバレージの減少を補うためにビームフォーミング(用語)技術が重要となる.そのため,特に高周波数帯における初期アクセス,スケジューリング,HARQ(Hybrid Automatic Repeat reQuest)(用語)などの主要機能は,比較的低コストで実現可能なアナログビームフォーミング(用語)やハイブリッドビームフォーミング(用語)を考慮した標準仕様となっている.

4.柔軟なフレーム構成・物理チャネル構成

 前述のとおり5G NRでは複数のサブキャリヤ間隔がサポートされており,広いサブキャリヤ間隔を用いることでOFDMシンボル(用語)長が短くなる.更に,制御,データチャネルの割当単位を構成するOFDMシンボル数を柔軟に変えることができる.これにより,短時間での伝送が可能になることから,トラヒック発生後すぐに伝送を開始しやすくなり低遅延の達成につながる.また,フレーム構成においては,上下リンク通信のトラヒック比に応じて,上下リンク通信向けの時間リソース比を柔軟に切り換えることができる.

5.URLLC向け機能

 前述のとおり,広いサブキャリヤ間隔の適用やデータ割当に用いるOFDMシンボル数の削減により,低遅延での通信を実現できる.一方,高信頼性の実現に向けて,eMBB向けよりも低い符号化率をサポートできるよう,CQI(Channel Quality Indicator)(用語),MCS(Modulation and Coding Scheme)(用語)テーブルをURLLC向けに新たに規定している.

6.スタンドアローン・ノンスタンドアローン運用

 5G初期導入の段階では,ミリ波帯を含む5G NR用の新周波数を局所的に展開することが想定され,5G NR単独でエリアを提供するスタンドアローン(用語)運用に加えて,LTE/LTE-Advancedとエリアを組み合わせてサービスを提供するノンスタンドアローン(用語)運用がサポートされている.これにより,5G NR単独で局所的にサービス提供するよりも,より利用者に対して安定した通信を提供することができる.

――― 用語解説 ―――

Component Carrier
:Carrier Aggregationにおいて束ねられるキャリヤを表す用語.
Carrier Aggregation
:複数のキャリヤを用いて同時に送受信することにより広帯域化を実現する技術.
Dual Connectivity
:マスターとセカンダリの二つの基地局に接続し,それらの基地局でサポートされる複数のComponent Carrierを用いて送受信することで,広帯域化を実現する技術.
マルチアクセス
:無線システム内において,複数の端末が通信を行う際,各端末に対して複数の無線チャネルのうち,空き状態にあるチャネルを割り当てて通信を行う方法を指す.
MIMO
:送信と受信にそれぞれ複数素子のアンテナを用いることで無線信号を空間的に多重して伝送する方式.
マルチパスフェージング
:電波が地形や建物によって反射や回折を繰り返し,複数の電波となって受信機に到達する現象.
位相雑音
:局部発信信号における搬送波周波数以外の周波数成分によって発生する位相変動.
OFDM
:ディジタル変調方式の一つで,情報を複数の直交する搬送波に分割して並列伝送する方式.高い周波数効率での伝送が可能.
サブキャリヤ
:OFDMなどのマルチキャリヤ伝送において信号を伝送する個々の搬送波.
PAPR
:最大電力と平均電力の比.これが大きいと,信号ひずみを避けるために送信側のパワーアンプのバックオフを大きくする必要があり,特に移動端末において問題となる.
DFT-spread OFDM
:ディジタル変調方式の一つ.1ユーザの信号に対して,OFDM変調を行う前にDFTプリコーダを乗算することでPAPRを抑えることができる.
Massive MIMO
:MIMO伝送方式において,より多くのアンテナ素子で構成される超多素子アンテナの採用により,高周波数帯使用時の電波伝搬損失補償を可能とする鋭い電波ビームの形成や,より多くのストリームの同時伝送を実現する技術.これらにより,所望のサービスエリアを確保しつつ,高速なデータ通信を実現する.
シングルユーザMIMO
:同一時間周波数において,単一ユーザに対してMIMO伝送を行う技術.
マルチユーザMIMO
:複数のユーザに対する信号を同一時間周波数においてMIMOを用いて伝送する技術.
伝搬損
:送信局から放射された電波の電力が受信点に到達するまでに減衰する量.
ビームフォーミング
:複数のアンテナそれぞれの振幅及び位相の制御によってアンテナ全体に対して指向性パターンを形成し,特定方向に対するアンテナ利得を増加・減少させる技術.
HARQ
:誤り訂正符号と再送を併用して,受信した信号の誤りを補償する技術.
アナログビームフォーミング
:各アンテナ素子に接続された位相器と増幅器を活用し,各アンテナ素子から放射される電波の重ね合わせにより特定方向に強い電波の指向性を形成する技術.
ハイブリッドビームフォーミング
:ベースバンド回路で信号処理を行うディジタルビームフォーミングとRF回路で信号制御を行うアナログビームフォーミングの両方で構成することにより,高周波数帯回路の実装コストを削減する技術.
OFDMシンボル
:伝送するデータの単位であり,OFDMの場合は複数のサブキャリヤから構成される.各シンボルの先頭にはCPが挿入される.
CQI
:移動局で測定された下りリンクの伝搬路状況を表す受信品質指標.
MCS
:適応変調を行う際にあらかじめ決めておく変調方式と符号化率の組合せ.
スタンドアローン
:端末が単独の無線通信システムを用いて移動通信網に接続する形態.
ノンスタンドアローン
:端末が複数の無線通信システムを介して移動通信網に接続する形態.

(2022年12月20日受付) 


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